第935話 彼女は『聖雷炎』を放つ
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第935話 彼女は『聖雷炎』を放つ
――― 『火驟雨』
角度を付けず横合いから放つ火の雨。天幕が次々と燃え上がり、騒ぎは一層大きくなる。寝ている者は既におらず、固まって武器を片手に周囲を警戒しているのだが……
「憐れね」
『徴用兵だからって装備が棒って何なんだよこいつら!!』
長柄の武器が本当に長柄だけ。つまりスタッフである。剣を持つ者はほぼおらず、銃も同様。三分の一ほどが槍を持ち、半数はただの『棒』を持ってこちらに向かって来ようとしている。
「自警団レベルですね」
「はっ、そんなことは知らねぇ。死ねぇ!!」
青目蒼髪が人の壁に吶喊、その背後を赤目蒼髪がカバーしつつ剣と小盾で突き飛ばし、突き放していく。
『わあぁぁぁ!!』
『貴様ら!! 逃げぇぇぇ……』
指揮官らしき剣を装備し胸当を付けたややましな戦士の首をスクラマサクスの一撃で斬り飛ばすアグネス。
「先端が重くて一撃の感じがいいです」
「そう。それは貴女に差し上げるわ」
「……え……」
リリアル生が冒険者なりたての頃使っていたスクラマサクス。彼女は柄を騎士服にに合うように差し替えて使い続けているが、他のリリアル生はマロン・ソード風の片手曲剣を装備しており、サクスはお蔵入りしていた。
「それなら、魔力纏いも問題ないでしょうし、使ってちょうだい」
「はい!! すごく嬉しいです!!」
未だ、ダガーと小斧しか装備していない三期生の中で、実戦に参加し彼女からお古とはいえ剣を与えられたのだ。一人前と認められたと判断しても間違いではない。
アグネスは恐らくカルを始め、多くの三期生から「ずるい」とか「羨ましい」と文句を言われる事だろう。だが、それも楽しみではある。
「貴女の素早さに合わないかもしれないのだけれど」
「いえ、左手でバゼラードを使うので、速度重視の時は左手で扱います」
その左手から『小火球』を放ちながら、アグネスは彼女に笑顔を向ける。およそ、この場に相応しい表情ではないが。
『死ねぇェ!!』
「シッ」
天幕の陰から飛び出してきた槍持兵の懐に頭を下げて飛び込むと、腹を横に切り裂く。
『ぐべぇ』
腹から内臓が飛び出し、前かがみになり倒れる槍持兵。
「黙っていれば生き延びれたのにね」
「……」
アグネス、予想以上に殺意が高い。闇夜に燃え上がる炎に照らされ、光と影が複雑に絡み合う幕営地。気配を消しながら、立ちふさがる兵士を容赦なく斬り飛ばすアグネスの歩みは、昼間の草原を散策するように足取りが軽く、ちょっと良い気分でお出かけしているようにしか見えないのである。
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『主、この先に親衛兵の幕営地があります』
「ありがとう。案内してちょうだい」
『猫』が再度合流。親衛兵の幕営地へと案内する。
『多少、土塁のような陣地が形成されています』
どうやら、彼女達がヌーベ遠征時に作った野営地程度の土塁で周囲を覆い、ちょっとした簡易陣地の中に幕営地があるようだ。棒振兵とは大いに差がある。天幕も豪華なのだろうか。
「物資もそこに集積されているのね」
『はい。親衛兵の幕営地が物資集積所を兼ねているようです。警護役も役割りの一つなのでしょう』
それは少々厄介かもしれない。つまり、物資集積所の警護も兼ねている親衛兵は警戒心も最大であろうし、既に装備も整え待ち構えている可能性が高い。いや、間違いなく入り込めば迎い撃たれるだろう。
彼女は少々考えることにする。
「二手に分かれます」
「さらに二手に……でしょうか」
彼女の言に灰目藍髪が疑問を呈する。五人を分割するとはどういうふうにであろうかと。
「このままだと親衛兵が待ち構えているところに向かう事になります」
「正面から弾き飛ばしてやろうぜ!!」
「一万くらいいるんじゃない?」
「……だよな……」
恐らくは三四千の部隊を司令部の四方に展開しているうちの一つだろう。王国なら一個連隊相当の部隊規模。古帝国の軍団相当だろうか。
「分かれるのは私とあなた達ね」
「「「え」」」
「私が正面から仕掛け、囮になります。その間に浸透して、武器、とくに火薬を回収してください。その上で、内部から火を放つ。案内は……」
『火薬の保管場所は確認しております』
「この黒い猫が案内するわ」
足元に潜んでいた『猫』がわざとらしい鳴き声を上げ、少し離れると山猫ほどの大きさへと変化した。
「先生の使い魔なのでしょうか」
「そのようなものね。私ではなく、子爵家に代々受け継がれている半精霊よ」
改めて『猫』を紹介すると、『猫』もぺこりと頭を下げる。残念ながら『魔剣』同様、言葉を直接伝えられるのは彼女にだけであり、その辺り、妖精の『リリ』とは異なるのだが。
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『聞け!! サラセンの犬ども!!』
魔力により拡声された大音声。音の壁で叩き伏せられたように、激しく動き回っていたサラセン兵の動きがぴたりと止まる。サラセン公用語の丸暗記。とはいえ、これで意図は十分伝わっている。
『愚昧な泥酔帝の命とはいえ、無抵抗な同胞を殺戮したこと許し難し』
首都は灰燼に帰し、略奪と破壊の限りが尽くされたと聞く。総督ら海都国貴族は残虐な処刑をされ、跳ねられた首は『マグスタ』へと投げ込まれた。
『天の主に代わり、アリックス・ド・リリアルが、貴様ら怒りの鉄槌を下さん!!』
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……
『聖|雷《 tonitrus i》炎』」
『雷』の精霊の加護を持つ彼女の放った広範囲雷魔術。その効果は複数の「雷炎」。発動に際し投入する魔力量に比例し、その数は増加する。
点から降り注ぐ「炎」を纏う「雷」。聖典における「雷」は神の怒りを指し示す。サラセン幕営地へと絶え間なく降り注ぐ「雷炎」。最初は唖然とし、やがて恐れおののき地へと平伏し許しを乞い始めるサラセン兵。
その大半は、農奴・農民であり、聖典の記述を知らずとも、天の主の怒りを感じることは難しくない。
「暗愚な皇帝」に命ぜられこの島に攻め寄せ、暴虐を尽くしたことに天の主は大いに怒っているとすでに説明されている。体も心も硬直し、大声で喚き散らす戦士長の言葉も、落雷の音で聞こえていない。いや、仮に落雷がなかったとしても、その言葉は心に響かない。
『イイ感じじゃねぇか』
「さっさと、済ませましょうか」
動きが止ったサラセン幕営地に向かい、彼女は『気配隠蔽』を纏うと、音もなく入り込んでいく。
平伏す兵士たちを叱咤し、どうにか動かそうとするサラセンの偉丈夫。
『貴様ら!! 神は我らとともにある!! 雷などただの……』
首の後ろを切裂かれ、無言となり膝から崩れ落ちる。
「この状態で動ける人間は」
『魔力持ちだろうな。雷くらいじゃ、動じちゃくれねぇ』
幕営地に浸透し、大声で叱咤する兵士長達を次々に斬り倒していく。兵士がいくらいようとも、指揮する人間、とくに兵士を束ねる軍曹格がいなければ動かせるものがいなくなる。兵士と指揮官である将軍やその配下の部隊長の間に立ち、ある時は叱咤しある時は励まし、寝食を共にする軍における親代わりの存在。彼らを優先的に仕留めることで、明日以降、攻め寄せるサラセン軍の動きは大いに緩慢になるだろう。
経験を積んだ兵士から選ばれる兵士長・軍曹は貴族階級である指揮官や参謀の意思を、分かりやすく兵士に伝える存在であり、軍の神経に当たる。どんなに大きな図体だとしても、神経が繋がっていなければ動くことはない。
偶然だが、混乱の中で役割を全うしようとする人間が浮き彫りになり、それだけを急ぎ斬ることで、攻囲を緩慢にできるかもしれないと彼女はほくそ笑む。
「急いで合流しなければ」
『火薬に食料、アルコールもあると良いな』
「そうね。消毒には必要ですもの」
戦場で清潔な水は得難い。故に、蒸留酒に相当するアルコールを消毒薬として持ち込んでいるはずなのだ。手当が出来なければ、それだけ負傷兵の後送が必要となる。あるいは、見捨てることで士気も下がる。怪我しても手当されないと分かれば、無理をして攻め寄せることも難しくなる。
必要なのは守る『マグスタ』側も同じこと。増援が見込めないのであるなら、サラセン軍以上に物資を求めている。敵から奪い、味方に与える。効率のいい戦いだ。何度も出来ないし、いつまでも続けられるわけでもないのだが。
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『魔力走査』と戦いの音がする方向を組み合わせると、先行していた右回り部隊へと容易に合流できた。
「お待たせしたかしら」
「いえ、いまちょうどいいところですぜ!!」
山賊のようなテンションで言い返す青目蒼髪。その後ろで、相方が「馬鹿ねぇ」といいつつ、サラセン兵の首を刎ね体を蹴り飛ばす。
「火薬は回収できました」
「それは上々ね」
「あとは……」
「食糧庫の襲撃ですが、守りが堅いように思われます」
万が一の爆発を考え、火薬庫は本営から離れた場所に設置されていた。しかしながら、食料品・医療品の類は、本営の側で厳重に守られているのだという。
『主、本営には、親衛軍の精鋭が詰めているようです』
「魔力持ちが多いという事ね」
『はい』
恐らく、リリアル冒険者組並みの魔力持ちが百人単位で司令官と幕僚を守っているということなのだろう。
『親衛軍の幕営地を襲撃する方が良いかもしれません』
「精鋭が本営に集中している間に、手足を傷めつけるという事ね」
優秀な魔力持ちの戦士は本営守護についている代わりに、親衛軍本隊は指揮官級が減っている分、動きは鈍いと考えらえる。
「先導できるかしら」
『お任せください、主』
『猫』について、彼女達は親衛軍の幕営地へと密かに近づいていく。
「先生、どう対応するのでしょう」
「同じ事よ。私が正面から魔術を放つので、あなた達は側面から浸透して、
指揮する者を重点に仕留めてちょうだい」
「了解」
「承知しました」
彼女は顔がやや強張っているアグネスを見て、声を掛ける。
「大丈夫よ、あなたは自分が無事であること、それと」
「会い方の背後を護る事……に集中します」
「そう、それでいいわ。十分よ。初陣ですもの」
「は、はい!!」
口元がほころび、少し余裕がでたようだ。
「お願いね」
「お任せください。後輩を護りつつ敵の幹部を刈ることは難しくありません」
「護るのはお互いにね。相方ですもの」
無言で頷き同意を示す灰目藍髪とアグネス。頭一つ分以上背は低くとも、養成所の見極めを生き残ったアグネス。三期生の中では『最優のアグネス』と呼ばれている。唯一三期生で襲撃に参加させているわけではない。
「ここで別れましょう」
「「「はい」」」
彼女は幕営地の正面へ。親衛軍の幕営地はわかりやすい。一段と立派で仮とは言え門と木で組んだ門楼がある。見張台兼射撃陣地にあたるのだろう。数人の親衛兵が周囲を警戒しており、門楼の上には火縄に火をつけたままいつでも射撃できるよう待機している銃兵が見て取れる。
『あいつら邪魔だな』
「ええ。あの横に立つ旗も同様ね」
『軍旗』と呼ばれるそれは、貴族であればその貴族がそこにいると示すものであり、肩書が多くなればなるほど『旗』の数が増えていく。国王陛下が出陣する、場合などは、二十余の旗を立てる必要がある。彼女の場合は、リリアル副伯と、侯爵の旗、それに倒した竜の印章を立てる権利がある。この遠征が終われば、更にその旗が増えることだろう。
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……
『聖魔炎』
巨大な雷を纏う炎球が門楼へと命中、激しく燃え上がると同時に、そこに立っていた銃兵と旗竿を舐めるように火炎が迸っていった。
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