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第933話 彼女は総督に目的を理解させる

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第933話 彼女は総督に目的を理解させる


 マグスタ総督兼キュプロス総督代理である男の名は『マルコ・ブラガ』。年齢は五十歳前後であろうか。


「手紙を拝読しましたが……物資はいずこにあるのでしょうか?」

「……倉庫にでも案内していただければ直ちに供出いたします」

「そうですか。では、ご案内いたしましょう」


 マルコ総督は従卒に合図をすると、部屋の外は俄かに騒がしくなる。


「食料だけでなく、火薬の原料や鉄や銅のインゴットもあると手紙にはかかれておりましたが」

「その通りです」


 お茶も出さずにいきなり荷物を運べと言い出す総督に、伯姪当たりなら腹を立てるだろうが、彼女の中ではどうでもいいこと。この後、海都国にも神国にも教皇庁にも忖度することなく、王国の利だけを考えれば良いと頭の中が切り替わる。


 ジジマッチョの友人であったクロス公の手前、少し身内意識を持ちそうになっていたが、ここは海都国の領土であり王国の利にはあまり関係が無い。サラセンに商路を完全に抑えられているのであれば、海都国はどこかでサラセンと妥協し自国の利の為に立場を違えるだろうことは明らか。


 王国は表向きサラセン配慮し、裏では教皇庁や神国に手を貸しサラセンとの戦争に協力する。それ以上でも以下でもないのだ。この街が落ちても直ちに問題はない。できるだけ包囲を長引かせ、王国の内々の支援で陥落を免れているという事実さえあれば良いのだ。


「先生」

「気にしたら負けよ。私たちああくまで義勇軍」

「……できる範囲で協力すればいいんですね。はぁ」

「ええ、その通りよ」


 面白くなさそうな赤毛娘の声を聴き、彼女は自らの立場を言葉にして明確にする。それを確認する茶目栗毛。心は割り切りができたようだ。今までの王国周辺から離れた初の事案。心の線引きは大切だ。


 サラセン海軍との決戦に参加し、密かなる王国の貢献を示す。その為には、神国が自身の面子の為に参加しなければならない状況を作る。僅かな王国義勇軍が単独でサラセンの大軍に包囲された『マグスタ』に救援物資を運び込み、包囲軍に一定のダメージを与えた。


 そう、事実さえ残せれば後はこの地に用はない。陥落しようが持久に成功しようがどうでもよいのだ。





 最初に向かうのは火薬工房。サラセン軍の侵攻を予期していた海都国は『マグスタ』の城塞化を進めてきたのだが、それは何も攻城砲に対応できる低く分厚い堡塁の造成だけではない。


 長期の持久戦、年単位での抗戦が可能となるように武器弾薬の類を自給できるように工房を拡大している。銃は消耗するし、弾薬も使えば減る。銃砲の工廠を作り、消耗品である火薬と弾丸も作りだせるように整備した。火薬として保持するより、素材として保存する方が安全でもある。


 サラセンの工作員が火薬工場を爆破でもすれば大被害が出るとともに一気に抵抗力も低下してしまう。


 工場は石造りの古い聖堂を改装した場所であり、警備も防御もしやすい建物であるようだ。馬車で中庭へ入り、大聖堂地下にある保管庫へと案内される。


「既に生成済みの火薬、硝石と硫黄はどのように配置しましょうか」

「一先ず、その辺りに頼む。あとでこちらでいいように片付ける故な」


 ぞんざいに場所を指し示すマルコ。彼女は黙って火薬の樽から並べ始める。


 一、二、三……五十を超えたあたりで止めてくれと声が掛かる。


「何か問題でも?」

「……いや、済まなかった。あとどの程度あるのだろうか」


 クロス総督マリオ・ティラトレの書簡には、運び込む物資の量が記載されていたはずである。それをまともに確認していないか、数だけ流し読みをして具体的なスペースの確保をイメージできていないのか。恐らくその両方だろうと彼女はあたりを付ける。


「書簡にも記されていたと思いますが、小麦粉で500t、鉄・銅・鉛のインゴッドが合計で約20t。他にも、火薬の素材となる硫黄と硝石が100㎏ほど入った樽でそれぞれ100個ほどです。それと、ポーションが3000本ほどです」


 ポーション3000本という言葉に、周囲の騎士・兵士がどよめきの声を上げる。

キュプロス島では薬草の自生地も限られており元々が入手困難。その上、包囲されていることもあり、ポーションの自給もままならないのだ。都市内の修道院や教会で多少は栽培されてるが、それもわずかな量。


 また、硫黄なども樽1つ分といっても、火薬の入っている小型の樽ではなく、小麦が入るサイズの樽で一樽で各100㎏ほどが入る計算。つまり、各10t。


「……」

「ブラガ閣下。どういたしましょうか」


 どう見ても、この場所に200樽も置けるとは思えないので彼女は改めて総督に問う。周囲のリリアル生からは「無能が」とばかりの険のある視線が草臥れたおじさんに突き刺さる。


「いや、すまない。十分に把握できていなかった。そうだな……火薬の全てと硝石・硫黄の樽を10ずつ置いてもらいたい。残りは、別の保管庫で管理することにしたいのだが……」

「明日以降でも構いませんよ」

「そうか、すまない」


 リリアルが小舟で乗り付けたと聞き侮っていた総督以下『マグスタ』の防衛本部一同であったが、どうやら十数隻の船団ほどの物資を持ち込んでくれたのだとようやく理解する。


 疲れが顔ににじみ出ていた騎士・兵士たちの顔も俄かに力を得たように表情が変わる。


「さて、次はどちらへ」

「ああ、次は食料貯蔵庫へ向かいたい。よろしいか」


 彼女は漸く、義勇軍の価値を理解してもらえたと感じ、少し表情を柔らかく替えたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 指定された工房や倉庫を回りつつ、あるいは施療院などに立ち寄り彼女の魔法袋から物資を降ろしていく。


 クロス島からの救援物資が届いたと知り、街の住民や兵士の顔にはサラセンの攻囲も長くは続かないと思い、表情が明るくなったこともある。実際は、持久戦であり、損害度外視で徴用された農民兵をどんどん攻め寄せさせ、マグスタの兵と市民の力尽きるのをじっくりと待たれているに過ぎない。


 マルス島では、神国も教皇庁も近い場所であった事もあり、増援を送り込むと知り、サラセン攻囲軍は損害に耐えられず退却したのだが、キュプロスにはそれだけの援軍を送り込める戦力が海都国には無い。


 キュプロスの人口が元々十六万ほどであったのだから、それに匹敵する人数で攻め寄せたサラセン軍に抵抗する余地はないと言っても良い。


 そして、キュプロス攻略を命じた『泥酔帝』は、先代『美麗帝』と比べ暗愚な中年だと言われている。酒と女と名誉に人一倍貪欲であり、美麗帝が整えた陸軍・海軍を用いて、名声を得るために犠牲を問わないとされる。


 キュプロス攻略を命ぜられたサラセン軍の総司令官も陥落させるか死かの状況に陥っているのだろう。





 小麦の倉庫は未だ十分な量を確保していたとはいえ、余裕があるに越したことはない。既に粉にしている小麦の入った樽を次々とならべつつ、彼女は『マグスタ』に立て籠もっている一万の海都国兵と都市の住民がこの食料でどの程度生き延びることができるのか考える。


 一日一人当たり1㎏の小麦を消費するとして、兵と住民で約三万の人口を考えると毎日30,000kg=30tを消費していくことになる。引いた粉ならその7掛けほどなのだが、それでも200tの小麦粉で十日分ほどでしかない。


 退かない攻囲軍と、目に見えて減り続ける食料・武器弾薬。


 いかにしてこの状況を打開するか、『マグスタ』の防衛司令部は本国からの救援を信じ、ひたすら持久戦を続けるしかないという状況に追い込まれている

と彼女は見ていた。





 当初の「何しに来た小娘ども」という空気は一転、大船団の入港に匹敵する補給を受け、尚且つ、予想外である大量いポーションの供与を受け総督以下全員がリリアルを歓迎する空気となっていた。現金極まりない。


「大したものは出せないが、晩餐を共にして貰いたい」


 包囲の中、食事にも事欠くであろう状況で贅沢を言うつもりは勿論ない。パンと水だけの生活に甘んじているであろう、多くのマグスタ市民の手前、食べられるだけありがたいほどである。


 歓迎の晩餐は、上陸したリリアル生全員と総督以下防衛司令部の幹部なのだが……大人と子供の交流会のように見えてしまう。お互い会話にこまるところなのだが。


「海賊吊るしが、いま熱い」

「……なるほど」


 真顔で『海賊吊るし』について語る赤目銀髪。その横では、赤毛娘がトゲトゲ君で如何に海賊をKOしたかについて熱心に語っている。おじさんたちはタジタジである。


 食事も一通り終わり、食後の飲み物をいただきながらの歓談。不意に、マルコ総督が彼女に問う。


「君なら、サラセンの包囲をどう崩そうと考えるだろうか」


 包囲され、休みなく城壁に攻め寄せるサラセン兵。ドロス島陥落の際もそうであったし、マルス島においても落ちるまで損害を顧みず攻め寄せるのがサラセン軍の流儀。


 若かりし美麗帝がドロス島を攻め落とした際は、戦死者は二万ほどもだした。十万で攻めて二万の戦死、負傷した者も含めれば倍ほどであろうか。一方、聖母騎士団とその寄騎の兵は七千のうち五千が戦死している。おそらく、マグスタも同じように攻め寄せられ戦力を削られて陥落に至ると予想される。


 とはいえ、策が無いわけではない。


「包囲する兵士を皆殺しにするほどの戦力はこちらにありません。であるならば、包囲を続けられなくすることを考えます」


「なるほど」と総督は頷き、その先を無言で促す。


「食料と水がなければ兵を養う事が出来ません。それを奪います」

「……言うは優しいが……」


 彼女の言葉を遠回しに否定しようとする総督。だがしかし、リリアルの反応は異なる。


「いつものあれね」

「あれです!!」

「あれかよ……でございます、侯爵様……」


 伯姪、赤毛娘、歩人は言葉にし、他のメンバーは「やっぱやりますか」といった表情。


「今日は幸い新月です」

「それで」

「夜陰に乗じてサラセンの包囲陣に夜襲を掛けます」


 彼女の提案は『夜襲』そこで、天幕を焼き、食料を奪い、混乱させ休めなくする。火が出れば水で消そうとするので飲料水も減る。魔法袋に入れ奪った食料はそのまま『マグスタ』の糧秣となる。敵から奪い、力をつける。


「そのようなことが」

「我々には可能です。早速、今夜にでも仕掛けてみましょう」

「……では、お手並み拝見させていただこう、リリアル侯爵殿」

「どうぞ、アリーとお呼びください閣下」


 彼女は小さく微笑み、リリアルはマグスタを見捨てはしないという意思を込めた視線で頷く。


「では、アリー殿。私のこともポルコと」

「……ポルコでしょうか?」


 痩せぎすのおじさんに「豚」を意味するポルコは似合わないなと彼女は考える。


「若い頃は、これでもかなり太っていてね。あだ名はポルコであったのだよ。親しい者には未だにそう呼ばれる。故に、そう呼んでもらいたいのだ」

「承知しました、ポルコ殿。必ず、成功させてみせましょう」


 彼女はその場で席を立つ。


「さあ、久しぶりに体を動かすわよ!!」

「「「おお!!」」」


 伯姪を筆頭に、リリアル生が気勢を上げる。そのまま晩餐の場を出ると、宛がわれた寝室へと移動し、皆、装備を整えるのである。





 彼女が伯姪と共に、装備を身につけ夜襲の準備をすすめていると、部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」

「開いてるわよー」


 二人が声を掛けると扉が開き、三期生の二人『アグネス』と『カル』、そして歩人が入室してきた。


「どうしたのかしら」

「せ、先生、私たちも襲撃に参加させてください!!」

「俺、最近夜遅いと、辛いんで、パスさせてくれ……でございますお嬢様」


 歩人の言葉は無視し、襲撃に参加を希望する二人に向き合う。


「おい!! 無視すんな!! でございます!!」

「黙りなさい」

「あんたは後回しよ! 寝言は寝て言いなさい!!」

「グーグー」


 どうやら歩人は寝言だったらしい。


 彼女は三期生の二人を襲撃メンバーに入れるかどうか考えあぐねていた。年長組は十二歳になる。リリアル一期生が最初に冒険者として登録できる年齢となり、魔物討伐に参加させた年齢と差が無い。数え年で計るなら、年少組の過半数も冒険者登録できると思われる。


 つまり、年齢を基準に参加させないという理由は成り立たない。問題があるとすれば、魔力量とどう組み合わせるかであった。


 今回は二部隊に別れ、サラセンの幕営地を襲撃する。彼女と伯姪がそれぞれ部隊を率いて襲撃する事になる。


「一人は、セバスの護衛……御守でも良いなら参加させましょう」

「げぇ」


 露骨に嫌そうな顔と声で答える歩人。そして、三期生二人は「仕方ありません」と了承したのであった。





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― 新着の感想 ―
何だかんだセバスも相当修羅場くぐったよね いずれセバスも伝説になる…のか?
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