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第932話 彼女は『マグスタ』へと進入する

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第932話 彼女は『マグスタ』へと進入する


「左前方2000m、サラセン軍船……ガレアッツァクラス発見!!」

「左舷回頭!! 全速前進!!」

「「「焼き払え!!」」」

「「「薙ぎ払え!!」」」

「……」


 もう何も言うまい……


 夕闇迫る薄暗くなりつつある海上には近くに、遠くに松明が灯っている。燃えろよ燃えろ炎よ燃えろ!! である。


「何隻ぐらい燃えているのかのぉ」

「……数えてみてくださいませんか」

「ははは、イチニイサン……沢山じゃな」

「「「おう!!」」」


 もう沢山だと彼女は思う。既に、しばらく前に上陸組は『リ・アトリエ号』分乗し、港の入口へと向かっている。冬の海はあれるとはいえ、この辺りの波は穏やかといって良い。帆の無い『リ・アトリエ号』は、少し離れると波間に姿が見えなくなる。白い航跡が見て取れるのが僅かに視認できるだけだ。


 そしてしばらくの間、彼女は一人火矢祭開催中である。疲れてきたといえば疲れてきた。主に精神的に。


――― 『(Magi-)(Arbalest)(Imber)


 大型の軍船の甲板に火矢の雨が降り注ぎ……降り注ぎ爆発!!


「おお、火薬樽に運よく当たった様じゃな」

「管理不足でしょうか」

「油断か。まさか、このようなタイミングで大量の火矢が降り注ぐとは思うまい」


 今頃サラセン艦隊では「海都国の新型兵器か」と恐慌状態に陥っているかもしれない。いや、きっとそうだろう。


「今の爆発した船が、封鎖艦隊の司令船であろうな」

「ならば」


――― 『(Magi-)(Arbalest)(Imber)


――― 『(Magi-)(Arbalest)(Imber)


「……むごいのぉ」


 幾つもの爆発。天高く燃え上がる火柱。既に半ば燃え朽ちている大型ガレー船。大量のサラセン兵と……奴隷漕ぎ手諸共大破炎上中となった。多くが神の御許へと旅立ったことだろう。


「念入りに消毒しておきました。ではそろそろ」

「……うむ。送り届けよう」


 ジジマッチョは黒目黒髪に指示を出し、船首を港の入口方向へと向ける。


『すっかり待たせちまってるな』

「分かっているわ。急ぎましょう」


『聖ブレリア号』は海上に灯火を増やしながら、マグスタ港の入口近くまで接近する。港湾手前の城塞がこちらを注視しているように思える。


「旗を」

「おお、忘れておった!!」


 クロス総督『マリオ・・ティラトレ』から託された赤地に黄金の獅子の旗、それに聖エゼルの緑十字の旗を掲げる。


 その旗を見て、要塞方向から俄かに歓声が上がる。


「伝わりましたね」

「最初から出しとくと、サラセンの軍船が寄ってくるからのぉ。わ、儂、忘れておったわけじゃないからのぉ!!」


 爺が拗ねても可愛くないから。いいから。そういうの!!





 湾の入り口は小島あるいは岩礁が存在し、その間を鎖で塞いでいた。


「では」

「迎えが必要なときは『リリが行く!!』……だな。十日ほど先か」

「皆をお願いします」

「任せておけ!!」


『聖ブレリア号』に残る全員に黙礼し、彼女は海上へと飛び出す。『魔力壁』の足場を蹴り、海鳥のような速さで『リ・アトリエ』へと向かう。


 港の入口の閉鎖網の手前、プカプカと10m程の長さの船が浮かんでいる。


「お待たせしました」

「いま来たところです!!」


 赤毛娘は元気いっぱいだが、船の揺れが大きいのか他のメンバーは元気がない。船酔いか。


「さて、船を収容しましょう」

「先生!! あたし思ったんですけど!!」


 何やら鼻をスピスピさせながら、赤毛娘が話し始める。


「みんなで魔力壁に乗るじゃないですか?」

「そうね」

「その後、一旦先生が魔法袋に仕舞いますよね?」

「そうね」

「鎖を越えたら、また船を出せばいいんじゃないかなって」

「……そうね」


 赤毛娘の提案に彼女は「はっ」とした表情で同意。


「そうだな」

「なんで気が付かなかったんだ」

「盲点」

「それは良さそうですね」


 それぞれのメンバーが同意する。赤毛娘はたいそう得意気だ。トゲトゲの付いている棍棒を振り回しているだけではないと!!




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 曇天が俄かに晴れ、赤地に金獅子の旗と薄青地に白剣百合の旗を並べた小型の船がゆっくり桟橋へと近づいてくる。その船は帆も無く、櫂もないのに水を櫂て進んでくる。


「クロス総督『マリオ・・ティラトレ』閣下の命により、救援物資を届けに来ました」


 魔力で強化した声を、桟橋周辺に集まりつつある兵士や荷揚人足たちに彼女は伝える。


「ほ、本当か!!」

「二つの旗を見ればわかるだろう!!」


 青目蒼髪が同じように魔力を込めた大音声で答えると、俄かに信じられないのか、何人かの兵士が伝令よろしく後方へと走り去っていく。


「し、暫しお待ちを!! そのまま、そのままでお待ちください!!」


『自称クロス総督の使者』を黙って陸に上げるわけにはいかない。そもそも、本当にそうだとしても、現場で勝手に判断するわけにもいかないのだ。


『アリー、手紙持ってく?』

「お願いしてもいい」

『まっかせてー!!』


 ピクシーの『リリ』に総督からの手紙を委ね、こちらを警戒する兵士に渡すように依頼する。


「これから、こちらの使者が向かいます。総督閣下からの手紙をお渡しするだけですので、攻撃しないように!! した場合、反撃します!!」


 武器を持たず構えず、彼女は声を掛ける。その場の指揮官らしき兵士が「承知!!」と大きな地声で返してくる。


 空を飛ぶ手紙を持った妖精を見て、見物人は大きな声で指をさし「妖精だ!!」「飛んでるぞ!!」と声を出す。確かに、雨も余り降らない荒野のような場所が多い内海の島では、妖精も見ないのだろう。話には聞いていても、実際目にすることはないのだから。


 声を返した偉丈夫の前にはばたきながら止まると、ピクシーは両手で抱えるように持っていた手紙を重たいものを腰に乗せるように掲げる。偉丈夫はその手紙を受け取ると、背後で待機していた兵士の一人に渡し、渡された兵士は走り去っていく。


「どのくらい待つのかしらね」

『さあな。けど、湾口の要塞からサラセン海軍を攻撃している謎の軍船の報告が上がっているだろ? さっきの手紙と合わされば援軍だと理解するんじゃねぇか。直だろうな』

「暗くなる前に、上陸したいわね」


 さほど波が大きいわけではないが、目の前に陸地があるのにいつまでも船上生活というのは勘弁してもらいたいところなのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「リリアル侯爵閣下はいずこに!!」


 数人の騎士風の男たちを伴い、貴族と思われる中年の男が桟橋に現れる。それと入れ替わるように、警戒していた衛兵たちが桟橋を出ていく。


 彼女が『魔力壁』を足場に桟橋へと降り立つと、中年貴族とその供の騎士達が彼女に向かい礼をする。


「海軍提督代理を拝命しております。アリックス・ド・リリアルです。この度は、義勇軍としてキュプロス島救援艦隊に参加するつもりでしたが、艦隊が一時解散しているという事で、前ニース辺境伯閣下と共に、救援物資の搬入をクロス公閣下から依頼されこちらに入港した次第です」


 小船一隻での救援かと、一瞬怪訝な顔をしそうになるが取り繕い、その後の「前ニース辺境伯」の名を聞くと、背後の騎士達から『蒼い悪魔』等と不穏な声が聞こえてくる。


『蒼い悪魔かよ』


『魔剣』の呟きに「護国の聖女」よりずっとましじゃないと彼女は内心毒づく。乙女限定の二つ名なんて、年を取れば痛いだけである。いや、いつくになっても女の子です、はい。


「それでは、救援艦隊が……」

「……詳しくは、総督閣下の前でご説明いたします」


 救援艦隊の言葉に騎士達は再び色めくが、中年貴族が窘める。包囲されている『マグスタ』を解放できるほどの艦隊がこの時期に再び集結するとは考えられない。物資を積載した艦隊が近くまで来ているとして、閉鎖された港とその外側を包囲するサラセン海軍を突破して強引に入港できるかと

いえば、かえってサラセン海軍の湾内突入を許す可能性もある。


 物資を積んでいる帆船より、それを追うガレー船の方が短い時間であれば機動性は上回る。その辺りの判断をするのは総督と防衛司令であると考え、貴族は黙っているのだろう。


「船はこちらでお預かりしてもよろしいか」

「全員が下船できれば、収容します」

「……は」


 彼女が合図をすると、全員が下船してくる。そして、『リ・アトリエ号』を彼女の魔法袋へと収納した。


「「「……」」」

「では、参りましょう」


 迎えの一団を即し、彼女達は桟橋から岸壁へと移動し、迎えの馬車に案内される。とはいえ、一台の馬車にリリアル一団全員 が乗り切れるわけもなく、追加の馬車を用意するというが、彼女はやんわりと断り、灰目藍髪に指示する。


「マリーヌに魔装箱馬車を繋いで、後を追ってもらえるかしら」

「承知しました」


 彼女は再び魔法袋から、今回は魔装箱馬車を取り出し地面に据える。そこに水魔馬を呼び、巨大な戦馬のような魔物に周囲の騎士・衛兵が警戒するが、精霊であることを伝え再び驚かれる。そうしている間に、馬具が整えられ、馬車に一期生達が乗り込んでいく。箱馬車に乗る『アグネス』と『カル』はとても楽しそうに見てとれる。いつもは荷馬車か兎馬車だもんね。


 彼女はメンバーの中で伯姪を後続の馬車に残し、茶目栗毛と赤毛娘を連れ、案内役であろう中年貴族とともに迎えの馬車へと乗り込む。


「馬車が足りておらず申し訳ない」

「いえ。船を収納するとは思いませんから。船に残るものを考えれば、一台の迎えで十分と判断するのはおかしくありません」


 恐縮する案内役に、彼女は気にしていないと答える。王国の侯爵閣下であるとはいえ、相手から見れば小娘に過ぎない。そして、救援物資もどれほどのものかもわからないのだから、どの程度歓迎すればよいのかわからないというのも理解できる。


「救援物資はどれほど……」

「それも総督閣下の前でご説明いたします」


 そう彼女は答え、黙り込む。


 馬車の中は赤毛娘が物珍しそうに『マグスタ』の街を窓から見ている。「あたしたちの公都もこんな感じになるのかな」等と呟いているが、最前線の要塞港湾都市のようには多分ならないと思われる。いや、絶対そうはしません。





 港のある旧市街を抜け、新たな街の中心になるのであろう大きな建物へと馬車は進む。


「大聖堂もあります!!」


 歴史ある都市であり、聖王国に最も近い港街・玄関口であったことから、立派な教会施設があるのは当然か。


 大聖堂のある大広場に面している場所に総督府であろう石造の城館は存在した。とはいえ、町全体が要塞であることから、ことさら物々しい建物ではない。


 城館の前で馬車を降り、先を進む中年貴族の後に続き彼女は茶目栗毛と赤毛娘を連れて奥へと進んでいく。


 やがて、謁見室と思われる場所へと案内される。とはいえ、国王の謁見室のような広間ではなく、格式の高い応接室といった場所であり、王太子宮のそれに近いだろうか。


「王国侯爵アリックス・ド・リリアル閣下、ご入室されます!!」

「お入りください」


 扉を開けられると、中には疲労感漂うおじさんの集団が並んでいる。サラセンの大軍に囲まれ、救援もないとなれば相当の圧迫感を感じつづけているのだろう。


「良く来ていただいた。リリアル侯爵閣下!! マグスタの、いやキュプロスの住民を代表し、感謝をお伝えしたい」


 その真ん中に座る、一際顔色の悪い痩せぎすの禿げ頭の男性が言葉だけの歓迎をする。


「それで、どれほどの救援物資をいただけるのだろうか」


 笑顔一つ見せず、マグスタ総督であり、キュプロス島代理総督を兼ねるであろう




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