第931話 彼女はこの遠征に納得する
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第931話 彼女はこの遠征に納得する
「意外と燃えませんね」
「しっかり湿気ているからな。火船攻撃をする際も、簡単には燃え移らないから、停泊している船を狙って、火船には食い込むような杭を船首に仕込んでぶつけて刺さるようにするのよ」
「船を無駄にする割りに、あまり効果がないのよね」
古いガレー船などに火薬や油、燃えやすい干し草などを乗せて火をつけた状態で停泊中の船に突進させぶつかった拍子に杭が舷側に突き刺さり炎が燃え移ることで船が使い物にならなくなるような攻撃を企図することもあるようだが、成功率はあまり高くないとか。
海で何年も使っている船の木材は相応に湿っているし、帆も帆柱も同様に簡単に燃えてはくれない。乾燥していれば兎も角、潮風と波で湿気ているからだ。
先ほど見かけた海賊船に接舷し、獣脂玉と小火球の合わせ技を試したところ、それほど効果は無かった。大砲を多く乗せている船であれば、火薬樽に引火させ爆発させるという手もあるが、小型のそれも海賊の乗るガレー船には火薬を大量に乗せるほどの大砲が装備されていない。
マスケットと小型軽量砲くらいが関の山だ。
「良い感じでトゲトゲ君が振れました!!」
「なんか色々飛び出してたよね、海賊さんたちから……」
節減できる程度の距離まで近づいたので、冒険者組は各人の判断で海賊船に切り込みを敢行した。赤毛娘の場合は……切れないので殴り込みだろうか?
黒目黒髪は、前方だけ見て並走する海賊船に一切視線を向けていなかったのだが、あまりの断末魔の声に一瞬目を向けてしまったようだ。その時に、弾ける海賊の体から、いろいろな肉体の断片が飛び散るのを目撃したらしい。
一期生冒険者組の枠に入る黒目黒髪だが、後方支援か留守居が主で、戦闘面はからっきしなのだ。そして、怖がり。全身に魔力を纏い、「来ないで!!」と叫びながら吶喊。そして蹂躙する。本人に殺意が無い分、質が悪い。現状、魔導船でそれを敢行している。船全体で「来ないで!!」吶喊攻撃ぇ……
ニ三隻で行動する海賊船を見つけると、一当たりしてから離脱する攻撃を何度か繰り返しつつ、『聖ブレリア号』はキュプロス島の南岸を東に進んでいる。船影が増え、そろそろ東部都市『マグスタ』が近いように感じる。
「ここから先は、戦闘を行わず、マグスタへの接近を優先にしましょう」
彼女はそう指示を出す。わらわらと海賊船やサラセン海軍が集まってこられても対応しきれないと判断したからだ。
「……先生……」
「何かしら」
「あの、火矢を雨のように放つ魔術」
――― 『火驟雨』
「それが……」
「あれで、片っ端から海賊船やサラセン軍船を攻撃する」
「すると!!」
「全部燃え上がる。近づいてこなくなる」
「なるほど!!」
「……」
彼女が二の句を継ぐ前に、赤目銀髪と赤毛娘のやり取りで周囲が納得する。
「全速前進!! 近づいてくるサラセン軍船はアリーの魔術で焼き払い、薙ぎ払うわけじゃな」
「「「焼き払え!!」」」
「「「薙ぎ払え!!」」」
三期生がそれぞれジジマッチョの言葉を復唱する。良く鍛えられています。
「最良なのはそれね。楽できるし」
「ら、楽なんでしょうか?」
伯姪の言葉に黒目黒髪は疑問を唱えるが、わらわら集まってくるサラセン軍船から逃げ回りつヒット&アウェイで襲撃を繰り返すのだから、「ヤバイ魔術がくるかも」と躊躇させる意味はある。
恐らく数日は彼女たち主力がキュプロスに潜入している間、『聖ブレリア』の戦力は激減するので、警戒させるに越したことはない。夜間襲撃の合間に、『聖ブレリア号』に戻り、一日二日は『火驟雨』の攻撃を行えば、またしばらく警戒して近寄らなくなる。
「忙しそうだわ」
「貴女が船で魔術を行使している間は、貴女抜きで襲撃するわよ」
「そうです!! サラセン軍の物資を奪った後なら、魔法袋は必要ないですから!!」
赤毛娘よ、彼女は魔法袋掛かりだけではないのだよ。サラセン陣地にも火矢の驟雨を降り注ぐのだよ!!
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結論。『火驟雨』は魔力の込め具合によるが、湿気たサラセン軍船を焼くに十分な威力を発揮した。複数の甲板をもつ大型ガレー船では効果が甲板上に限定されるが、フスタ船のように甲板が一層あるいは、漕ぎ手のいる部分だけ犬走がつくタイプの船であれば、十分に燃え上がらせることができると判明した。
「魔術の火って魔力尽きるまで燃え続けるのね」
「アイネさんの大魔炎もすっごいですけど!! 先生のあの魔術も負けてません!!」
姉と比較されあまりうれしくない彼女だが、魔力を上手く注ぎ込む事で火翦攻撃が十分効果的に行える事が分かり、サラセン攻囲軍への襲撃の切り札になりそうだと感じる。『雷』では人の動きを阻止したり、命を刈るにはそれなりの威力を生じるが、あくまでも一瞬のことであり範囲も限られる。陸上は海上より燃え広がりやすくもあり、また、燃える資材も事欠かない。さらに、野営する資材が消失すれば、冬のキュプロスの荒野で野宿することになる。
将軍や親衛軍は優先的に補給を受けるだろうが、大半の戦力である徴兵された農民兵は食事にも事欠く事になるに違いない。疫病が流行る以前に戦力が大いに減衰することが想定できる。
サラセンの農民に恨みはないが、悲しいけれどこれは戦争である。包囲されている海都人も街が陥落すれば少なくとも財産没収、そして、貴族層は処刑されることになる。首都は消滅してしまっているのだから、『マグスタ』だけが無事生き延びることができるとは思えない。
ドロス島を下した美麗帝ほど、現サラセン皇帝は戦争に美意識を持っていない。ドロス島を下したときの美麗帝は二十代の聡明な青年皇帝。今の泥酔帝は、自意識過剰・肥大したさえない中年皇帝。残虐であることが強さと考えている節もある。ルールや敬意無用の悪党といったところか。
「サラセン軍が海都人を奪いつくし殺し尽くそうとするなら、やり返されても文句は言えないわよね」
「そうね。降伏しても皆殺しにされるくらいなら……徹底的に反撃してもおかしくないと思うわ」
「はは!! 我ら聖征の軍ぞ!! アリー、メイ!!」
立った一隻の聖征軍。カナンの地に住む同胞を助け、聖地を取り戻すという理由で王国や帝国から多くの騎士・貴族、兵士に農民がカナンの地に向かい、
幾度も軍を編成し、周辺を攻撃した。力が衰えていた当時のサラセン諸侯は太刀打ちできず、カナンの地を失った。
百有余年を経て、力を得たサラセンの総督はカナンの地にあった聖王国を海へと叩き出した。その過程で残ったのがキュプロスでありクロス。聖征の時代はまだ終わっていないとも言える。少なくとも、サラセンの皇帝は、そう考えキュプロス、クロスを狙っているのだろう。何しろ、陸続きの大沼国は大半が既にサラセン領であり、ウィンから目と鼻の先迄がサラセン領なのだ。
随分と西にサラセン領が広がっているといって良い。海都国も、海沿いの港湾都市は確保できたとしても、その背後にある土地はサラセン領になりつつある。港湾都市に船員として働きに出ていた住民がこれ無くなれば、船自体は本国で建造できても、ガレー船の漕ぎ手が不足してしまう。人口の少ない海都国においては、ガレー船=軍船の漕ぎ手は本国人だけで賄える状態ではないのだ。
海都国は既にジリ貧になりつつある。海都国が力を失えば、サラセンの西進力にさらに拍車がかかる事になるだろう。神国・教皇庁・帝国はそれに抗することができるだろうか。王国はサラセンと仮初とはいえ友好関係を維持して良いのだろうか。
「考えても仕方ないわね」
「サラセンを叩け!!」
「「「おう!!」」」
国同士の関係は王宮の管轄。彼女やニース辺境伯が直接考えるべきことではない。表向きサラセンと交流しつつ、裏では周辺国と協調するという感じで良いのだろう。今回の遠征もその一環。海都国を支えつつ、表向きサラセンとは対立していないと言い張る。それでいいのだ。
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「帆を畳め!!」
帆を操る三期生とジジマッチョ団に指示が出される。
「何故ですお爺様」
伯姪がジジマッチョに聞くと、「帆は見つけられやすくなるから」と返ってくる。帆は明るい褐色といえばいいだろうか、白っぽい。それが大きく広げられていれば、視界に入れば相当目立つ。魔導船は帆が無くても進めるので目だってまで帆走する必要はない。
「もうマグスタは目と鼻の先。サラセンの軍船も増える」
「「「焼き払え!!」」」
「「「薙ぎ払え!!」」」
三期生が声を揃えて叫ぶが……
「やらないわよ」
「「「え……」」」
彼女の即否定に、三期生が「そんなぁ」とばかりに視線を送る。フリじゃないんだからね!! 勘違いしないでよね!!
「いや、少し集中して焼いてもらう方が良い。サラセンの軍船が複数燃え上がれば周囲の関心がそちらに集中する。その隙に」
「閉鎖されている港の入口に近付けばよいわけですね」
「然様」
ここで一期生上陸組と三期生&ジジマッチョ団の乗船組に別れることになる。とはいえ、焼き払い薙ぎ払うには彼女が『聖ブレリア号』に乗っている方が良い。魔導船に近付けば燃やされるという印象を持たせたいのだ。
「じゃあ、こういうのはどうでしょうか!!」
冒険者組は密かに『リ・アトリエ号』で封鎖された港の入口まで進む。その間に、『聖ブレリア号』に乗った彼女が焼き払い薙ぎ払う。
「……それで、どうやって合流するのかしら」
「先生なら、十キロくらい魔力壁で移動できるんじゃないですか!!」
そう。できる。やりたくないけど……できる。
「ふむ。ならば、アリーが一通り薙ぎ払ったら、港の入口方向にこの船を突進させるとするか。すぐ目の前は無理だが、掠めて横切るくらいはなんとかなるじゃろう」
どうやら、十キロは避けられたようだ。半分くらい、いや三分の一くらいだととても嬉しい。
「先生、お願いがあります」
声を掛けてきたのは三期生年長組の『アグネス』。その後ろには『カル』。気まずそうである。
「私たちも……上陸組に入れていただけないでしょうか」
「無理」
「そうね、難しいわ。あなた達、魔力壁で足場を作って、港の入口から岸壁まで辿り着けないでしょ?」
「「……」」
二人は魔力持ちとはいえ、少々の身体強化と気配隠蔽が使える程度。それも長くは持たない。この後の成長が期待できないわけではないが、現状、薬師組と同じような魔装銃兵レベルの運用ができる程度の魔力量にすぎない。
「そうね」
彼女は少し考える。魔力持ちかどうかはともかく、サラセンの野営地襲撃に二人の三期生年長組を加えることに否はない。むしろ望ましい。
「先生、二人乗りの鞍を生かすのはどうでしょう?」
ネデル遠征でも良く使われたタンデム仕様の鞍。とはいえ、あれは二人乗りであって、三人ではない。
「鞍の後部に二人乗るのは難しくありません。あとは、持ち手を分岐させて二人握れるようにして、真ん中に乗る子は鐙を使わず、後ろの子に支えてもらいます」
灰目藍髪は自身が魔力量に乏しいことを考え、閉鎖網を越えたなら、水魔馬に乗り移動するつもりであったようだ。そこに、二人を乗せれば魔力量が少なくともなんとかなると考えたようだ。
「……それで行きましょうか」
「いいのね」
「ええ。三期生にもできる限り実戦を経験させたいとは思っていたのよ」
「「「おおぉぉ!!」」」
船に残る三期生がアグネスとカルの背中を代わる代わる叩いていく。カルは時折痛そうに顔を歪めているので、シャレにならないやつがいるようだ。キュプロスに行きたいか!! 行きたいでーす!!というところだろうか。
「前方にサラセン軍船! 距離凡そ1㎞」
「魔導外輪!! 全速前進!!」
「ひぃぃぃ……」
ジジマッチョ団の号令に涙目になりつつ込める魔力を高めていく黒目黒髪。
「あの魔術、射程はどのくらいだ」
「300mほどでしょうか」
「ふむ、悪くないな」
弓銃やマスケットの射程が凡そ200m、軽量小型砲で500m。前者は手数が多く、後者は一度放つとニ三十分は追加の射撃ができない。近寄らなければ相手も手が出せない。射程ギリギリで魔術を放ちつつサラセン軍船の周囲を掠めるように進むのが良いだろう。
何なら、魔力壁で単独で接近して放ってもいいのだ。やらんけど。
やがて小型ガレー『フスタ船』が二隻並んで航行しているのがはっきり見えてくる。こちらを視認したのか、急ぎ櫂走が始まったようだ。
「遅い!!」
「……」
「何をしておる!! アリー焼き払え!!」
「「「薙ぎ払え!!」」」
周囲の掛け声に一層無言になる彼女。
――― 『火驟雨』
――― 『火驟雨』
並走する二隻のフスタ船は、瞬く間に海上に生じた二つの灯火に転じたのである。
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