第930話 彼女はキュプロスへと近づく
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第930話 彼女はキュプロスへと近づく
クロス島『イクラ』からキュプロス島東部の港湾都市『マグスタ』までの距離はおよそ500㎞。一昼夜の距離ほどだろうか。
「北回りがいいのぉ」
「北側はサラセン本国も近いので、サラセン海軍のガレー船が多いのではないでしょうか」
ジジマッチョはサラセン海軍を蹴散らしてからマグスタに近付こうと考えるが、灰目藍髪がこれに難色を示し、周囲の一期生達も同意する。三期生?ジジマッチョ団と共に好戦的になっております。
「なら南回りです!!」
「……内海南岸はサラセン海賊が多いんですよね……不安です」
「「「「……」」」」
赤毛娘の言葉を黒目黒髪が否定する。いや、不安を示す。北からでも南からでも敵に占領されつつあるキュプロス、その東部へ向かうのは発見と攻撃を受けるリスクが高まるのは当然。
「ならば、こうしましょう」
彼女は自説を示す。接近するのは南回り。春から夏に向け活動したサラセン海賊は、海が荒れ北から強い風の吹く秋から冬を避ける傾向にある。とはいえ、法国から神国にかけての西内海と比較すると東内海はそれ程荒れはしない。海賊の数は少ないだろうが、交戦する機会はある。
「まずは前菜に海賊船を撃破すると!!」
「……そうね……」
好戦的な赤毛娘の言葉を彼女は否定しない。めんどうなので。
そして南回りで『マグスタ』へ近づき、『聖ブレリア号』は港周辺を封鎖するサラセン海軍の軍船に襲撃を繰り返し、近海で暴れる。その間に、彼女達冒険者組一期生が『マグスタ』に強襲上陸。救援物資を総督に引き渡し、包囲するサラセン軍野営陣地に向け数度に別れて夜襲を行う。これは、掃討よりも集積された物資を回収あるいは焼却することでサラセン攻囲軍に動揺をもたらせ、攻城戦を遅滞させることに目的がある。
昼間は攻城戦、夜は夜襲の警戒。一週間ないし十日ほど継続することでサラセン軍の指揮は大いに低下するであろうし、ついでに、指揮官や司令官クラスを『狩る』ことができれば、さらに警戒も疲弊度も高めることができるだろう。
徴兵された農民兵に武器を持たせ、損耗度外視で繰り返し襲撃させる方法をとるサラセン攻囲軍は、マルス島侵攻時にも当初の勢いを継続できなくなると、長期帯陣からくる体力損耗と疫病流行で戦力を低下させ、神国軍の増援が迫るという情報を得て退却していった経緯がある。
既に、首都は陥落しているキュプロスだが、開城条件である住民保護を反故にし、数万人の虐殺と略奪を行った結果、首都機能は消失したと伝わっている。長期戦になれば、マルス島と同じ事が起こらないでもない。
「うーむ。儂も……」
「それはお断りします」
「うぅー儂もサラセン陣地に切り込みしたいんじゃぁ!!」
ジジマッチョ、サラセン陣地への夜襲参加に意欲を示すが、隠蔽や魔力壁できないでしょ、お爺ちゃん。目的は物資の接収・焼却だから。将軍や名のある戦士の討伐はおまけだから!!
「お爺様。サラセンの大型軍船なら、提督クラスが座乗しているのではありませんか。そちらも良い獲物でしょう」
「「「おおぉぉ!!」」」
喜色を浮かべるジジマッチョ団。反対に、涙目になる操舵手・黒目黒髪。
いじめ……だめ。絶対ダメ!!
サラセン海軍の軍船は海都国を始めとする西の帆船のように沖を航行することをせず、陸地が見える範囲を移動する傾向がある。これは、小さな船には羅針盤をもつ航海士がいないからという面もあるが、本質的に陸の民であるサラセン人は海しか見えない場所を苦手としているのかもしれない。
また、サラセンの軍船には多くの兵士が乗っており、船上生活に不慣れ・不安を抱えているということもあるだろう。
サラセン海賊はそうではないかもしれないとおもうだろうが、比較的単純な定まった航路で移動している。キュプロス島周辺ならキュプロスの真南の位置まで沿岸沿いを移動し、然るべき場所で北に向かう。キュプロスが見えたならそのまま沿岸を東西に移動するといった単純な行動になる。
「なので、あまりキュプロスから離れると、サラセンの船と会わなくなる」
岸から離れすぎてもいけないが、寄り過ぎてもいけない。陸が近ければ暗礁も増えるからだ。
キュプロスが見え、南回りの航路を進むと、思っていた以上にサラセン海賊
のガレー船と会わない。海賊行為のオフシーズンなのだから当然か。
「見えました!! 一本マストのガレー船団!! 」
帆船に比べ、ガレー船は櫂を掻く必要から喫水が低い。また、サラセン海賊の好むフスタ船は小型で一本マストが多い。
「ど、どうしましょう!!」
黒目黒髪は、このままの進路で良いかどうかを問ういてる。進行方向に四隻のガレー船。帆船なら逃げるのに風下を選んで加速するのだろうが、あいにく進行方向が風下に当たる。このまま突っ切るように振舞う方が帆船として自然だろう。
「航路そのまま、直進で」
「はい!!」
「魔導外輪は停止。帆走だけにしておこうか」
「はい……」
敵を引き付けるために、速度を落とし刺そうというジジマッチョの暗に、一戦あると想定した黒目黒髪は意気消沈。
「敵中突破の訓練だ。皆、ぬかるなよ」
「「「おう!!」」」
気勢を上げるジジマッチョ団&三期生の留守居組。なぜかそこに声を合わせる赤毛娘。君は上陸組なんだよ。
「弓銃や魔装銃は使いますか?」
「いいえ。接舷される迄は待機で良いでしょう」
あくまでも包囲を突破する為の練習。射撃戦も白兵戦も行わない。
「相手の船長だけ狩る?」
「判断する者は残す方がいいわ。そうでないと、しつこく追いかけられるかもしれないじゃない」
「わかった」
赤目銀髪の問いに、伯姪が答える。
指揮官・司令官の首を狙うのは戦の常道だが、遭遇戦で逃げを打つ場合、敵が引き際を弁えてくれないと只管追いかけられる可能性もある。とはいえ、魔導外輪と人力の櫂では持久力が全く違う。指揮官の生死はあまり関係ないかもしれないが、一応念のためだ。
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四隻のサラセン海賊と思わしき小型ガレー船は二隻ずつに別れた。櫂走で左右に別れ、前を塞ぐように斜め右から進んでくる二隻と、大きく背後に回り、帆と櫂の併用で追いすがり接舷する二隻と役割を分けていると思われる。
帆走だけの船と併用の船なら、併用する船に速度の利があると思われる。加えて、浅喫水の船は水の抵抗が少なく船足が早い。帆船は多くの荷物を乗せ安定させる為に喫水が深い分、船足が鈍い。運動性も櫂よりも劣る。海賊船がガレー船を好む理由の一つと言える。
DOONN!!
後方の海賊船から大砲が放たれたのか、轟音と黒い煙が見て取れる。数秒後、魔導船の後方に水柱が立つ。
「アンネちゃん!! 後ろ!! 守ってぇぇ!!」
「任せて!!」
黒目黒髪が必死に振り返らないように前を向き、航路を維持している横で後ろを振り向いた赤毛娘が魔力壁を展開する。
「音がしてからで十分間に合うわ」
「それもそうですね!!」
「ずっとでいいよぉ!!」
魔力大事にとばかりに彼女が赤毛娘に諭すが、黒目黒髪は不安で仕方がないのか、ずっと展開していてもらいたいらしい。いや、それ意味がないでしょ!!
魔導外輪を停止したまま、帆走で移動する『聖ブレリア号』。背後から迫るサラセン海賊の船の大きさが徐々に大きくなってくる。
「あ」
「あっちも撃ってきた!!」
右斜め後方から前を抑えるように迫ってくるもう二隻の海賊船から黒い煙が立ち上る。
「任せとけ!!」
「任せて!!」
蒼髪ペアが船体の側面に魔力壁を展開。手前に落ち水柱が一つ上がり
GONN!!
魔力壁に弾かれ、左舷の水上に水柱が上がる。
「今のはヤバかったな」
「何もしなければあたっておったぞ!!」
興奮するジジマッチョ団。その中で、ジジマッチョは後方の黒目黒髪を見据え、号令する。
「右舷に回頭!!魔導外輪始動!!右から来る海賊船のどてっ腹にブチ当てぃ!!」
「うわあぁぁぁ!!!!」
「右だよ!! 右!!」
恐怖で絶叫する黒目黒髪。恐らく、「モモクリ島」の海賊討伐の時も同じように絶叫しつつ海賊船に吶喊したのだろう。可哀そうに。
叫ぶ黒目黒髪の後ろから、赤毛娘が操舵輪をガシッとホールド。「魔力マシマシ!!」等と叫びつつ、黒目黒髪の手の上から自分の手を重ね魔力を押し流す。
船体中央からやや後方にある魔導外輪が回転し始め、船首が上がる。右方向に転進、逃げきれないと思った帆船が自分たちに突撃してきたように見えるだろう。ガレー船二隻は距離を開け、左右に位置取りできるように離れて並走するように移動しようと進路を変える。
「左の船を狙え!!」
「ひ、ひだりぃ!!」
「そっちは右だよ! ひ・だ・り!!」
重ねた腕で強引に左に回す赤毛娘。これ、前回逆に行っちゃったからその反省を踏まえてサポートに入っているのかもしれない。
櫂を必死に動かしている海賊船に向かい、『聖ブレリア号』は急速に接近、斜め後方から右舷中央あたりに船首をブチ当てる。
GOGOGOGIGIGI……
船体を砕き、そのまま押し乗るように海賊船を乗り越え、勢いのまま通過。
「危ないわね」
帆柱を彼女が作ったV字型の魔力壁で弾き飛ばすと、付け根から折れ、水面へと落ちていき水柱が立つ。
「沈んでないわ!!」
「うむ、中破いや大破だな。竜骨が圧し折れておるようだ」
船の背骨に当たる竜骨が折れてしまえば、修理のしようがない。直ぐには沈まないが、もう船として機能することはないだろう。
「あと三隻!!」
「も、もういいよ!! それに、救援物資運ぶのが任務でしょ!!」
「「「そうだった!!」」」
海賊討伐はもののついでであり、本命は預かった物資の輸送搬入任務。つい、海賊船を見ると優先順位を忘れてしまう。
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「初冬とは思えない暖かさね」
「冬でもこの辺りは王都の春秋のような陽気だからな。雨はちと多いが夏よりは過ごしやすい」
キュプロス周辺は五月から十月ごろまでほぼ雨が降らないらしい。毎日が晴天でそこそこ暑くなる。反対に、冬は晴れが少なく曇りか雨の日が多い。確かに薄暗いそれが続いている。
「サラセン陣地の火攻めは難しい」
「麦は乾燥させておかないと、カビが生えるから、燃やす分には大丈夫じゃないかな」
既に、頭の中はサラセン陣地の焼き討ちで頭が一杯な一期生。気が早いな。
「もう少し!! 海賊の頭をカッ飛ばしたいです!! 『聖棘棒』がもっと海賊を叩きのめさせろと魂に語り掛けてくるんです!!」
「……気のせいよ」
いつものメイスではなく、海の上なので木製武器にしようと棘付棍棒に装備を変えた赤毛娘が、海賊をもっと殴らせろと駄々をこねる。いや、だから救援物資搬入が優先なんだってば。
「また夜討ちするのかよ……でございますお嬢様」
「セバスは得意」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!!歩人は早寝早起きなんだよ。暗いとこ好きなのは土夫だろ!!」
その昔のネデル遠征で、司教領都リジェを包囲した神国に雇われた公称三万、実数は一万強ほどの傭兵軍に夜討ちを行い撤退させた戦闘に参加したメンバーのうち、彼女の他は灰目藍髪、赤目銀髪と歩人の三人がここにいる。
傭兵の包囲軍に姉の魔術支援があったとはいえ、僅か六人で何度も斬り込んだ話を聞き、その後合流した赤毛娘や蒼髪ペアのように血の気の多い冒険者組は羨ましがっていた。
あの時は、盗賊……傭兵軍の物資を魔法袋で散々回収してリリアルの資産に加えたのだが、今回は燃やす前に、食料や火薬の類は回収しても良いかもしれない。敵の物資を奪い味方の補給に当てるのは良い案だと彼女は考える。
『火事場泥棒の前に、しっかり下見をしておかねぇといけねぇよな』
『魔剣』から、盗みに入る前にしっかり下見をしろと言われたような気がする。物資の集積所が離れた位置にあるならば、そこも襲撃しておきたいものだ。
『主、私が捜索しましょう。お任せください』
『リリもーさがすー』
『猫』の集積所捜索は大いに当てにしたいが、リリの場合は集積所よりもお花畑や精霊のいそうな森を見つけに行ってしまうのではないかと思うのだが。
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