第929話 彼女は『マグスタ』救援策について説明する
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第929話 彼女は『マグスタ』救援策について説明する
晩餐を終え、食後の歓談を食堂から離れ少しこじんまりとした談話室へと移る。どうやらここは、公の場ではなく総督個人が寛ぐ場所であるようだ。私室と応接室の中間とでも言えばいいのだろうか。ボードゲームや的当てなどの遊具も診られ、酒を楽しみながら語らうような空間に見て取れる。
「お前にはこれをやろう」
ジジマッチョが自身の魔法袋(大体、武器と酒とつまみが入っている)から一本の蒸留酒を出す。
「グラスは……あ、これじゃな」
真鍮のゴブレット。海都国ならガラス製が名産なのだが、敢えてである。
「ほう、これは……」
「蒸留酒は、ワインを蒸留したものでな。ブランディとかいうものだ。ボルデュなどでは既に輸出品になっておるだろう」
「おお、確か……」
ワインは樽に入れておくと半年程度で饐えてしまう。秋から冬にかけては飲めるのだが、春先以降はワインなのかビネガーなのか分からなくなる。故に、ワインを大量に生産するボルデュでは、ワインを使い蒸留酒を作ることは百年戦争の終わりごろから研究されていた。ネデルや連合王国への輸出商材としてワインを加工しより高価なものを作り出そうとした。
総督もそれは知っており、飲んだこともあるのだが、ニースでも作っているとは知らなかったのだ。
「これはシャンパーワインから作ったものでな。アリーの姉で、儂の孫嫁のアイネがニース商会の商材として作り出したものだ。帝国に売り込んでおる」
ネデル経由で高いボルデュ・ブランデーを手に入れるより、化粧水とセットで手に入るニース商会の蒸留酒の方が帝国では人気になりつつある。シャンパーで余ったワインを安く買いたたき蒸留し、夫人の機嫌取りと自身の実益を兼ねた販売セットを行っているのだ。ぼろ儲けだとか。
「錫合金のゴブレットか。食器は増えているが、錫の仕入れはサラセンのお陰で難しくなっている」
東方の鉱山からの仕入れが滞り始めており、銀器にかわる食器素材として広まっていた錫は、このところ価格高騰しつつある。銀器より安価で手入れも用意であったのが、安価というメリットが失われつつある。
「ニースは連合王国の鉱山から錫を手に入れておる。まあ、おぬしらには売らんだろうがな」
「そうだな。吹っ掛けられそうだ」
連合王国は新たに商業で市場を開拓しようとしている。法国、なかでも東方との貿易で名の知れた、さらに様々な工芸品・織物で高級商材を作り出す海都国に女王陛下が良い顔をするとも思えない。父王時代ならともかく、周囲の商人上がりの貴族達は許さないだろう。
アルコールで舌が滑らかになる頃、総督は彼女に質問した。
「海には百を超えるサラセン軍船がひしめき、港は入口が鎖で封鎖されており船で侵入ができない。三方の陸は公称二十五万……実際はその半分ほどの大軍がひしめいている。船はともかく、取り囲む大軍の八割は農民の徴用兵であったとしても打ち破ることは難しかろう。実際、どのように包囲を破るのか……教えてもらえるか?」
ずっと疑念を感じていたが、午後、倉庫に合った山ほどの物資をただ一人が魔法袋に納めたのを見て、これは神国艦隊の援軍とは違うと理解した総督は、率直に彼女に問うことにしたのだ。
「魔導船で外周の敵船を攻撃してもらい陽動を行います。その間に、小型の魔導船に乗り、封鎖されている港の入口まで接近。その後は……」
言葉を区切り彼女は総督に告げる。
「空中を移動し、港へと侵入します」
「……は……空中……」
意味を理解できなかったのか、総督は信じがたいと顔に書いてある表情をする。
「あー こ奴らはな、魔力の塊を中空に固定し、それを足場に次々と進むことで、足場のない場所を移動できるのだ」
「魔力……固めて足場にする……」
「実際やって見せるわ。いいですよねお爺様」
伯姪がジジマッチョの顔を見つつ問うと、「頭の固い年寄りには説明するより見せた方が早いか」といい、大笑いする。
伯姪は席から立ち上がると、床から足を上げ何もない場所にしか見えない床から30㎝程の高さに登る。
「これが魔術……」
「あまり使う者はおりませんが、火や水を作り放つ、あるいは身体能力を一時的に高める以外にも、魔力を用いた工夫はあるのです」
彼女はそう総督に応える。
「水の上、あるいは高い城壁も越えることは難しくありません」
「こ、こんなことをされては、濠も意味がないではないか」
「その通りです。魔力量とその操作精度の鍛錬を子供の頃から続けなければここまでのことは出来ません。ですので」
彼女は「女子供とはいえ、成人した魔騎士や魔術師にできないことも為せる理由なのです」と言葉をつづけた。
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小型魔導船に乗り封鎖された港まで密かに近づき、そこからは空中を進んで侵入するという説明は、伯姪の『魔力壁』を実際目にして、総督は理解し、その成功に得心がいったようであった。
翌朝、昨日見た顔よりも幾分スッキリした顔を見せた総督は、朝食の席で「昨夜は久しぶりにぐっすり眠ることができた。感謝する」と彼女たちに伝えてきた。
「はは、なにもまだ終わっておらんではないか。気が早いぞ」
「いや、それはそうだが。ギデオン、貴公も最前線を護る貴族の当主の気持ちは理解できるであろう」
前ニース辺境伯として、サラセンとの前線を維持してきたジジマッチョも、敵中に孤立した同胞と、それを何とかしなければと考え重圧に押しつぶされそうになる友の気持ちは理解できないわけではない。
「案外、気が小さいのだが」
「そうだ。気が小さいのだ。だから、外交官として細心の注意を払って交渉することができる。貴公のような何でも自身の力で解決できると自負している剛の者には分からぬかもしれぬことよ」
大雑把な交渉者の姉を良く知る彼女からすると、経験と能力を兼ね備えたベテラン交渉者であろうマリオ・ティラトレの在り方の方が、普通の優秀な外交官・交渉人であると感じる。姉が可笑しいのだ。
「良く眠れたのなら良かったではないか」
「いや、サラセンの皇帝が変わり、今の進攻が一段落するまでは……そうそう安眠するわけにもいかんよ」
巨大な領土を手に入れた皇帝は、無理を押し通すだけの武力と財力を有している。一度や二度跳ね返したとしても、幾度も攻め寄せてきておかしくはない。後継者争いによる内乱、その結果、暫く外向きのことができなくなる。その間に、失った領土を回復し戦力と交易網を再編し国力を回復する。小さな本土だけでは海都国の海軍力・経済力は維持できないのだ。
先王の時代、海都国の経済力は王国に匹敵するほどあったのだから。人口はわずか十分の一であるにもかかわらずだ。
その最前線を維持する重責を担うクロス総督に安眠できるわけがない。小心であるからこそ国を護れるだろうが、次から次へと湧き上がる不安とその対策で常に頭がいっぱいなのだから。
彼女は「そういう大人になりたくない」と心から願うのである。
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前日訪れた倉庫へと足を運ぶ。そこには、追加の補給物資が改めて納められていた。
「ほぉ、随分と頑張って集めたのだな」
「クロスにある動かせるだけの資材を集めさせた。アリー殿、貴公の魔法袋に全て収まるだろうか?」
前日と同程度の量、可能であれば隣接する倉庫にも同じくらい集めてあるのだとか。
「おそらく問題ないでしょう。では、始めさせていただきます」
船二隻丸々追い出した、彼女の魔法袋の容量は小麦粉であれば万の単位にまで届くほどの量を運べる事だろう。
『お前の魔法袋の中にある分は良いけどよ、向こうに提供したら湿気るんじゃねぇか』
キュプロスは秋から冬にかけて降水量が多いとは言うが、乾燥した土地だと言われる。王都周辺よりもずっと保管しやすいだろう。今ある小麦を粉にせず、粉になっている小麦の補給分から消費すればいい。次の救援物資が届けられるかどうかわからないのだ。
倉庫の中にいる者たちの驚く顔を見ないようにしつつ、彼女はどんどん魔法袋に納めていく。
「次の倉庫へ向かいましょう総督閣下」
「あ、ああ……そうだね。こっちだ」
彼女の先に立ち外へと向かい、先導するように次の倉庫へと向かう。
「実は、貴公らが来ていなかったなら、決死隊を率いて私がクロスに向かうつもりであったのだよ」
わずか数隻の帆船でも、海都国の船乗りが操るのであれば、サラセンの船団を擦り抜け、港に入ることもできるのではないか。一か八かの突入をするつもりであったのだと彼女に語る。
「勝算はあるのでしょうが……」
「無謀だな。総督が行うべきでもない」
「ではなぜ……」
彼女の問いに総督は少し考えてから、言葉を選ぶように語りだす。
「我々は同胞を見捨てない。クロスまで来た本国艦隊が神国艦隊の撤退とともにこの海域を去ったことで、『マグスタ』の同胞の指揮は大いに低下していると考えられる」
攻城戦で防御側が敗れるのは、なにも城門が破壊されたり城壁が破壊されるからだけではない。士気が低下し、内部に離反者が出たり内通者がでれば、それだけ防衛は困難を極める。聖母騎士団がサラセンの攻囲に対し長きにわたり対抗できたのは、降伏するという選択肢を最初から考えないからである。
それでも、ドロス島は幾度目かの降伏勧告を受け入れ、皇帝の派遣する艦船で島外に無事退去させることを保証し、尚且つ、武装解除せずとも良いと条件を加え降伏させた。
『マグスタ』の住民の何割かは現地の者たちであり、海都国人の統治に心服しているとは言いにくい。
本国の救援が望めないとなれば現地住民はサラセンに通じる者も増えるだろう。
「見捨てられていないと示したかったのですね」
「そうだ。サラセンの大軍による包囲も示威行動の意味がある。助からない、逃げられないと思えば、心の折れる者も増えてくる。いつまで抵抗できるかわからない。希望が必要なのだよ……まだ何とかなると思える希望がね」
とはいえ、救援物資を積んだ艦隊が目の前でサラセン海軍に次々と沈められていくとするなら、それは逆効果にもなりかねない。
「貴公はどうするのだ、ギデオン」
「はは、儂等は船に残って陽動作戦よ」
「陽動……とは……」
ジジマッチョ団と三期生、操舵手の黒目黒髪は『聖ブレリア号』を操り、包囲するサラセン海軍を方位の外周から攻撃し、注意をひくつもりなのだと語る。
「たった一隻でか」
「おう、一隻でだ」
大きな声で笑いつつ、ジジマッチョは説明する。サラセン艦隊が百隻以上で包囲したと伝え聞いているが、あくまで港湾を封鎖させるための見せる戦力であり、封鎖後は交代でサラセンの支配する港に戻り補給と休息をしている可能性が高い。それ故、実際の包囲戦力はニ三十隻だろうと。
「海もあれる季節であるし、何日も船の上で生活できるわけでもない」
「その減った包囲艦隊の外側に位置する艦船を一隻ずつ攻撃していくというわけだ」
「ガレー船の全速力が出せるのは精々三十分。最高速は魔導外輪船の方が早い。追い風で出せる全速力ほどもあの船は帆無しで出せる」
「……」
たった一隻でも、一対一ならどうとでもなると。
「数隻で包囲されるかもしれぬ」
「あれの船首には『衝角』が装備されているわい。魔鉛製のじゃぞ?」
サラセン艦隊の旗艦クラスの巨大ガレー船ならともかく、包囲をおこなう船の大半は小型の『フスタ』であり、魔鉛製の衝角に魔力を纏わせて突進させることで、容易に大破・浸水・行動不能にできるとジジマッチョは語る。なにしろ、先日のサラセン海賊との海戦で実証済みであるのだから今回の行動にも自信がある。
「陽動が上手くいくのなら、補給物資の搬入も容易な事でしょう」
ジジマッチョが魔導外輪船で無双し、包囲するサラセン艦隊がそちらに注意を寄せるなら、小さな魔導船で彼女と一期生が封鎖された港湾の入口に近づくのは容易となる。
「港を塞ぐ鎖の手前まで小型魔導船で近寄って、そこから魔力壁を踏んで港に入り込めばいいんだから。問題ないわね!!」
問題あるのは、サラセン海軍に追いかけ回される『聖ブレリア号』の操船を一人で担う事になる、黒目黒髪の心だけだろう。赤毛娘は『マグスタ』潜入に同行する気満々なので、ジジマッチョ団と三期生が残るのみ。心細さ全開である。
倉庫から回収した救援物資を納めた彼女とリリアル一行は、魔導船の停泊する桟橋へと到着した。
「貴公らが無事、戻られることを神に祈っております」
「お任せください。必ず成功させます」
不安を押し殺す為にか、互いに表情はないが固い握手を交わす。
「がはは!! アリーは竜殺しの名手であるあからな。サラセン殺しの名手にも十分なれるであろう」
「……」
竜と異教徒は全然違うと彼女は内心反論するが、この場で言葉にすることはない。結果としてそうなるだろうが、公称二十五万のサラセン軍を殺し尽くせるとは誰も思っていない。できないわけではないだろうがしない。
「では、一月以内にはご報告できるかと思います」
彼女はそういうと、『聖ブレリア号』へと魔力壁を足場に乗り込んでいった。
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