第928話 彼女はクロス総督と邂逅する
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第928話 彼女はクロス総督と邂逅する
驚くことに、総督邸の前には総督自らが待ち構えていた。
「久しいな」
「お前随分老けたな」
「ぬかせ、貴公こそ……いやその肉体は健在か……羨ましくもあるな」
総督は五十絡みの壮年の男であり、その雰囲気こそ文官のように感じるが魔力多目の細マッチョといった存在に彼女は思えた。
「そちらの淑女を紹介してくれぬか」
「おお、相変わらずお前は美女に目が無いな」
海の男は港々に……といったところか。女も強かで、重ならないように何人もの男を手玉に取っているのだろうが、そこは言わぬが花。
「うむ、この黒髪の美女が今回の遠征の総責任者。アリーよ、名乗ってもらえるか」
ジジマッチョに促され、彼女は恭しく総督に挨拶する。
「このような形でご挨拶することをお許しください。王国から密命を受けキュプロス支援の為に遣わされました王国海軍提督代理、アリックス・ド・リリアル侯爵です。どうぞ、アリーとお呼びください」
営業スマイルで締める。
「おお、貴女が王国の白百合の乙女と名高きリリアル卿ですか。噂にたがわぬ御美しさ。御目文字できたこと、大変光栄に思います。では、これからはアリー殿とお呼びいたしましょう」
親戚の爺なら呼び捨ても親密さの表れだろうが、他国の高位貴族を敬称もつけづに呼ぶのは憚られるのだろう。ジジマッチョより良識があるのはさすが共和国の総督と言ったところだろうか。
「こ奴、クロス住民に対しては『王』として扱われているからな。まあ、多少は大目に見てやってくれ」
「はぁ。いえ、クロス王陛下に……『揶揄うのは止めろギデオン!!貴公に王呼ばわりされると尻がむずがゆくなるわ!!』……」
どうやら随分と王・総督として猫をお被りのようである。本質はジジマッチョとあまり変わらないのだろうが、立場が人を作るというものである。ニース辺境伯?人を作らなかったのかもしれませんね。
「ギデオンって」
「もしかして、貴女、お爺様のお名前しらなかったのかしら」
伯姪の言葉に彼女は頷く。いや、爺の名前なんて知らんし!! とはいえ、聖典に出てくる使徒の名の一つであり、その意味は『破壊者』……なんてピッタリなのでしょう。先々代ニース辺境伯の失態ではないだろうか。
一先ず、昼食までは宛がわれた部屋で休息をとる事になる。昼食ののち情報交換を行い、その後、収容するべき物資を保管している倉庫まで移動。ポーション類は既に持っているので、食料・火薬・鉄などの継戦維持に必要な物資を預かる事になる。重量のある粗鋼や水気を避けたい火薬などは巨大な魔法袋を維持できる彼女に運んでもらいたい重要な物資となる。食料となる小麦などはキュプロスで収穫されたものもそれなりに貯蔵されているので、出来る限りというところだろうか。
「良い部屋ね」
「ええ。流石海都国の総督邸ね」
絹織物や工芸品で有名な海都国。東方趣味と御神子教の融合と言えばいいだろうか。王国やネデルの職人の作品とは異なる豪華絢爛さである。正直庶民派である彼女と伯姪には落ち着かない。
因みに、本来、別々の部屋にするべきなのだろうが、頼んで一部屋に纏めてもらった。その他のリリアル生は別棟の従者用の部屋が宛がわれている。昼食に招かれるのも、二人とジジマッチョだけなのは当然だろう。公爵ぞ、総督閣下ぞといったところだ。
海都国と神国の関係が宜しくない深刻さなのは理由がある。マレス島へのサラセンの遠征。神国は海都国に対し、救援艦隊の派遣を要請した。しかしながら、海都国はこれを拒否。
既に、サラセン帝国の海都国への冷遇は敵対直前であったが、自分たちで最後の一手を指すことを避けたかったという理由がある。先代美麗帝は領土を大いに広げ、帝都ウィン遠征を最後まで狙いつつ、内海東部沿岸を確実に自領として組み込み領土を拡大した英明な君主であった。
しかし、その後を継いだ現サラセン皇帝・泥酔帝などと呼ばれる男は、美麗帝の残した巨大な軍を動かし、更に領土を拡大するという自己顕示欲を満たす行為に取りつかれている。理屈や利益ではなく、私利私欲故の遠征であるから、やめるつもりも留まるつもりもないのだ。
故に、海都国としては中年を過ぎた酒浸りの皇帝のそう遠くない死後に起こるであろう後継者争いの内乱の際に、外交的に良い条件で和平を結びサラセンと協調路線を取りたい。完全に敵対することを避けるためにも専守防衛に専念しつつ時間を稼ぐ選択を良しとする。
それが神国が協力したくない理由であり、また、自身の内海を自認するマルス島以西の内海に出没する『バルバロ』サラセン海賊を討伐することに注力したい。教皇庁に頼まれれば顔を立てる程度に派兵するが、あとあとサラセンと協調する気満々の海都国に対し真面目に援助する理由を見いだせない理由も理解できる。
王国の立場もそれと似ている。内海を自らの海と考えるような誇大妄想をもってはいないが、神国が我が物顔で支配する姿も、海都国の利益の為にサラセンとの関係を悪化させる理由もない。教皇庁の顔を立て精鋭であるリリアル魔導船を用いて神国・海都国連合艦隊でも不可能であったキュプロス支援を成立させ、サラセンには「同じ宗派同士の助け合いであり、王国は関知していない」と言い逃れる方便なのだ。
「王太子殿下げの結婚祝いとでも思うしかないわね」
「少し出し過ぎではないかしら」
「まあね」
ヌーベ征伐にも貢献し、デルタの民を自領に収容している。戦後処理も故に容易であった事は理解に難くない。
「ニースの立場を考えれば、やはりこの程度のことは協力するわ」
「それは感謝すべきかしら?」
ニアス卿と呼ばれる伯姪としては、リリアルがニースの為に協力することに感謝すべきなのかと問うが。
「ニースも王国の一員。それに……」
「それに?」
「義兄と姉の子の出産祝いにさせてもらうわ」
「それはいいかもしれないわね。あとはキュプロスの土でも持って帰れば良い土産になるわね」
土が土産では踊る草ならともかく、姉は納得しないだろうが。
「ワインも有名でしょう? 泥酔帝はそれが狙いだと言われているわね」
「なら、それもお土産にさせてもらいましょう」
彼女の姉ならば、自身で飲むよりもこの先失われるかもしれない『幻のキュプロスワイン』としてプレミア付けてニース商会で販売するなり、王太子夫妻や王妃様に献上するかもしれない。その方が利がある。
国王陛下? 酔えれば何でもいいみたいなので勿体ないですね。
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暫くして用意が整ったとのことで二人は食堂へと案内される。正餐用の豪華な場所であった。食事をしながらの会話も商談の機会として生かす気満々なのが見て取れる。総督とはいえ二年任期の交代制。あくまでも海都国の『商談室』のうち、最上の一つでしかないのだろう。
「少しは休めたかな」
「お陰様で気分が良くなりました」
「ふむ。しかし、魔導船というのは凄いものです」
ジジマッチョから風向きに関わらず移動でき、魔力が維持できればガレー船よりも自由に動けると聞き、クロス総督『マリオ・・ティラトレ』は大いに興味をもったようだ。筆まめな海都国の官僚であるから、今回の救援行の報告とともに、王国の有する『魔導船』についても報告をすることだろう。
クロス島は決して食に恵まれた場所とは言い難いが、内海各地に散る海都国の海外領土の『ハブ』に当たる。その各地から取り寄せたであろう食材を持ちた料理は、彼女の師る王国の料理、旅をした連合王国の料理、あるいはニースの料理とも異なる。強いて言えばサラセン風とでも言えば良いだろうか。
「口に合いましたでしょうか」
総督の問いに彼女は「はい」と答える。その昔、香辛料が希少であった時代、沢山使う=贅沢=資産の誇示という面もあり、料理の味が濃いほど高級であると勘違いされていたこともある。
しかしながら、海都国がサラセン諸国と協調路線を進め、東の大海から砂漠を数万人に及ぶラクダの隊商で通過し内海東部の諸都市へと続く通商路を確立させてからは、香辛料の価格は目が飛び出るほど高いということもなくなった。また、砂糖の栽培も内海の海外領地で行わせ、安価に流通させた功績も忘れてはならない。
「キュプロスでも似たような料理がなされるのでしょうか」
「然様ですな。食材で手に入るものが若干異なりますし、気候も少し異なります。ですが、共通する部分が多いでしょう」
救援に向かって、会食をする機会は恐らくないだろうが、少しは期待しても良いのだろうか。地ワインくらいはお願いしたいところだ。
「あの素晴らしい魔導船は、王国にはどの程度あるのでしょう?」
聞きたい本命はこれだろうか。彼女は逡巡することもなく答える。
「王家に二隻、リリアルに二隻、ニースに一隻が現在の稼働できる魔導船です。加えて、サボア公へは王国から結婚祝いとして小型の御座船になる魔導船を贈る事になります」
「既に、ニースで進水しておるからな。公試を行って艤装を完了させれば早々に引き渡せる」
「……それで六隻になるわけですか」
どうやら、海都国にも一隻譲ってもらえないだろうかと、察してチャンよろしく、ちらっちらっとマルコ総督閣下は視線を投げかけてくるが、彼女は全力で無視をする。ジジイのチラッチラに需要があるわけもない。
しびれを切らしたのか、外交官らしくない率直な言い回しで、総督は彼女に問いかける。
「王国以外への販売は……」
「今のところ考えられておりません。販売先は王家が管理しておりますし、魔導外輪の製作には土夫の職人の技術が必要となります」
「土夫の『魔導師』……」
土夫の魔導師という時点で、強請ればどうにかなるという問題でないと総督は気が付く。超職人気質の土夫の中でも、特殊な技術を納めている魔導師は更に難関。リリアルがそういう臍曲がり土夫に気に入られているという事を理解するとともに、商人然としている海都国とは反りが合わない存在であることも知っている。
利があれば立場を容易に変える商人気質の海都人と、筋を曲げず利を損なっても立場を容易に変えない偏屈な土夫が合うわけがないのだ。
「それは難しい」
「はい」
彼女はそう簡単に答え、これ以上の話はありませんとばかりに無言となった。
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食休みの後、彼女達は総督とその護衛を伴い、港にほど近い救援物資を貯蔵してある倉庫へと移動する。ジジマッチョとリリアル一期生達もともに行動している。
「ここにあるものなのだが」
そこに積み上げられているのは、樽に入っている小麦、鉄鉱石、火薬の原料になる硝石や硫黄。乾燥肉やチーズのような乳製品などもある。
「加工品でも問題ありません。小麦そのものよりも製粉した物の方が体積が減ってより多くの物資が搬入できますから」
「……なるほど」
時間停止機能はないとはいえ、湿気や水濡れの心配のない巨大収納。樽ではなく、製粉した小麦粉のまま麻袋にでも入れて積んでもらえるならそのまま輸送できる。船倉に納めるわけではないので、その辺りを気にする必要はない。製粉すれば2/3ほどに減り、本来の1.5倍の小麦を届けることができる。
「パスタのようなものでも構いませんよ」
「そうですな……」
総督は彼女の言を聞くと、周囲の官吏たちに次々に命令を出し手配を進めていく。できる限りの製粉された小麦粉、パスタの類を集めこの倉庫に明日の朝までに集めるようにと。
「その分、多くの輸送ができます」
「なら、鉄や銅のインゴットや火薬の素材も増やせるか」
大型帆船二隻分の積載量を目安に資材を集積しているという。彼女の魔法袋には30m級の帆船二隻「まるごと」収納できるほどの容量がある。同程度の帆船であれば、一隻当たり100tほどの積載量が見込める。
では、なぜそのような事海都国が考えなかったかと言えば……それほど強大な収納を行えるほどの魔術師がいると考えていなかったからだ。王国基準で考えても馬車一台分も衆のできるのは魔力量に優れた魔術師クラスあり、そのような存在は希少。輸送業務などに当たることはない。
法国の貴族は『貴族』とはいえ、それは王国の基準を当てはめれば『法衣』のそれであり、魔力量に優れた戦士・魔術師の子孫ではない。騎士を雇えるだけの税を負担できる者を『貴族』と認める物差しなのだ。
目の前にいるクロス総督も、また護衛と思わしき傭兵騎士もさほどの魔力量はない。精々、王都の下級騎士クラス。つまり、身体強化の時間制限五分十分クラスでしかない。巨大な収納を維持する魔力を何日も維持できる「馬鹿魔力」を有しているものなどいないのだ。馬鹿魔力ぇ……
本日納められる素材や資材、あるいは保存食料などを次々に自身の魔法袋へと収め、見る間に倉庫の半分が空となる。
「これなら、新しく搬入することも用意でしょうか」
「あ、ああ。本当に納められるのですな」
「……まだまだ余裕です」
「余裕……ですか」
暫くすると、命ぜられたであろう業者が小麦の樽を荷馬車に乗せ倉庫から出ていく。この後夜を徹して製粉していくのだろう。空いたスペースに再び集められるであろう資材をどう配するか、倉庫管理者であろう何人かの役人らしき男たちが彼女達から少し離れた場所で打合せしている。
「そろそろ帰るかの。儂等が個々にいても仕事の邪魔になるだろう」
「そうだな。だが……アリー殿」
総督は未だにどのようにしてサラセンの大艦隊・大軍に包囲された『マグスタ』に物資を搬入するのか見当もつかない。いや、薄々は感じているのだが、言葉にして貰いたいと考えていた。
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