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第927話 彼女はクロス島へ至る

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第927話 彼女はクロス島へ至る


 ニースから法国先端の『レギオ』までの距離と、『レギオ』からクロス島までの距離はほぼ同程度。恐らく、二日ないし三日で到着する。


 季節的に海は荒れ模様だが、帆走しない魔導船であれば風が強く波が高いという程度の問題。外輪が多少空転することもあるが、前へ前へと進んでいく。


「軽快な足運びじゃな」

『風を気にせずに済む分、帆操員は楽だ。いや、楽すぎるぞ」

「「「がははは!!」」」


 暑苦しい中さらに暑苦しいジジマッチョ団。季節は秋を過ぎ初冬に近いにも関わらず、暑苦しいのだ。季節が狂っているようにしか思えない。


「異常気象ね」

「寒冷よりはいいわ」


 寒冷出れば作物の出来も悪く、栄養状態の悪い中に病気が流行りやすくなる。『枯黒病』だけでなく、他の流行病も都市で発症しやすくなるのだ。農村はそうでもないが、都市の特に貧民街では人がたくさん死にやすくなる。王都の孤児院があるような教区教会はそういう場所が大半なのだ。


 つまり、未来のリリアル生に死んでほしくないという、実に雑な発想。人手が欲しい……魔力持ち(やや少なめ)の少年少女たちが希望だ。





 ニースを出て海上を進む事六日目。ようやく大きな島が視界に入ってくる。クロス島は今でこそ海都国の領土となっているが、その歴史は五百年ほど。聖征の時代に実効支配したことに端を発する。東内海の聖王国領と海都国の中間にある大きな島という事もあり、中継地点として大きな意味があった。


 因みに、海都国の総督は代々『クロス公爵』を称している。


「クロス島の総督にはニースから話を通してある。この船見たら目ん玉飛び出すだろう」


 ガレー船にしても帆船にしても巨大な船団を誇る海都国。とはいえ、魔導具の開発は不得手であり、要は市場を押さえるだけの生産力も技術力も無い商材は扱っていないのだ。ガラスや工芸品、絹織物や高級毛織物が主な扱い品であり、巨大な職人ギルドを有している。近年、船員よりも安定して稼げ、資産を残せる職人に人気が移り、船員不足が懸念されているらしい。


「どこに向かっているのでしょうか」

「総督府のある『イクラ』だな。古代の宮殿遺跡が近くにあるぞ」

「観光している暇はないんですよね!!」

「おお。帰りに総督への報告がてら寄り道してもいいだろう」


 古代の宮殿『クノソ』は有名であり、東内海で大きな力を持っていた王朝の跡であるとされる。神話の時代の話であるが。


「一度この目で見てみたいわね」

「救援に成功したら、数日休みましょう。船に乗り続けて体力も失っているでしょうから」

「平気だよ!!」

「平気です!!」


 三期生は元気だが、彼女は疲れ気味である。特に……操舵手黒目黒髪の疲労が著しい。交代交代ではあるが、一番操舵を握っている時間の長いということもあり、消耗も激しい。やはり、六連勤は宜しくないのだろう。


「くっ、殺せ!!」

「ははは、死なない死なない。まだまだこれからだよ!!」


 口調も変わり、目の下が黒ずんでいる黒目黒髪を、なんくるないさとばかりにあしらう赤毛娘。ほぼ同じ程度、操舵を握っているのに元気!!内臓の身体強化の精度の違いだろうか。





 クロスの統治は総督であるクロス公爵を頂くとはいえ、独立した国に似た体制を取っている。本国である海都国と似た評議会・元老院・十一人委員会といった期間を有している。


 とはいえ、海都国からの移住者にとってはなじみ深い体制であったとしても、クロス人にとってはそうではない。特に近年、サラセンの進攻が進むにつれ軍事費を増やすための増税が続き、島民による反乱が相次いでいるとか。海都国でもサラセン帝国でもどちらが支配者でも彼らにとっては税金の安い方が良い支配者であるということでしかない。


 負担を強いる今の総督以下海都国人は嫌われているといって良いだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 到着したことが夕方という事もあり、暗い中入港する危険性を考え、翌日の朝、明るくなってからの入港にする。今日の夜は港の外で停泊することになる。


「うう、もう死にたい……」

「あはは、船酔いぐらいで大げさ!!」


 さらに一層目の下が黒ずんでいる黒目黒髪を、はんかくさとばかりにあしらう赤毛娘。赤毛娘の体力は∞!! しかし、デスクワークは壊滅的!! 学院ではよく逆の状況に陥っている。書類の山を目の前に「くっころ!!」している赤毛娘を彼女は見たことがある。岸の仕事の中には書類仕事も含まれます。残念!!


「随分と大きな街に見えますねお爺様」

「いや、随分と拡張したんだろう。あんな堡塁は昔は無かったからな」


 サラセンの攻城砲対策の一環として、旧市街の外側に新市街を建設し、更にその外側に星形堡塁と濠を巡らせているようだ。


「港周辺を護る二重の外郭と言った感じかのぅ」


 ジジマッチョ団司祭曰く、百年近くかけて完成させたそうで、都市から独立した三つの要塞が外側に付随しているのだという。市街の範囲は凡そ4㎢ほど。王都には及ばないが、南都と同程度の規模を誇る。ニース? 半分くらいです。


「港の入口を護る要塞も相当のものですな」


 二層の要塞であり、一層には十八門の大型砲、二層には二十五門の軽量速射砲が並んでいるという。前装式故に、動かしやすい軽量砲でどんどん弾込めして放つ方が効果があるという事だろうか。


 目的地手前までようやく到着したと安心できるわけではない。ここからキュプロスまでの距離は凡そ一日ほどだが、目的地は島の東岸。カナンに最も近い場所にある港湾都市。サラセンの軍船が包囲しているとも聞く。どうやって運び込むか。彼女は今一度作戦を確認したいと考えていた。


「潜入する港湾要塞もこのような都市なのでしょうか」

「さあ。でも、首都が僅か二か月で陥落したあと、続いて包囲されて未だに陥落していないのであれば、似たような防衛施設が整えられているのかもしれないわね」


 灰目藍髪と伯姪の間で交わされる会話。救援物資を運びこむキュプロスの東部都市『マグスタ』は、サラセンとの戦いの最前線であり、海都国の内海東部における最重要港湾ということで、この十年ほどの間に鋳造所・火薬工場などを建設し、持久戦に対応できるよう再設計されているとジジマッチョの解説が加わる。


「目の前のイクラにいるクロス総督も、マグスタで指揮を執るキュプロス総督代理も儂等にとっては古い友人になる。力になりたいものよ」


 海都国の統治階級は『貴族』と称される資産家階級が占めているが、若い頃は船に乗り、海の男としての経験を積むのが当然とされる。やがて、官僚になり政治の道に進むか、商人として貿易に加わるか、あるいはその家庭で多くの海外領土(その多くは内海東部に散在する港湾都市とその周辺になるが)の統治あるいは防衛の責任者として経験を積んでいく。


  その過程で、ジジマッチョ団と総督たちは若かりし頃、互いに知己を得たという事なのだろう。


「物資の搬入は当然成功させますが、その上でサラセン軍を退却させるのは……」

「この戦力では難しい。忌々しくもあるが、神国を引っ張り出さねばならないだろう。その為にも」


 瞑目しジジマッチョは顔を遥か東へと向ける。


「思いきり鼻を明かしてやろうじゃありませんかお爺様」

「やったるぜ!!」

「「「「おー!!」」」」


 何かわからないが、とりあえず拳を振り上げる三期生だんすぃ……。ヤル気があるようで大変結構。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌朝、ニースと王国の旗を掲げ魔導船が湾の入口へと近づくと、小型のガレー船が港の中から二隻、魔導船を挟むように接近してきた。


「止まられたし!! 何用で入港されるおつもりか!!」


 彼女はジジマッチョに視線を向けると、「おかしいのぉ」と頬を掻いている。


「我らは先のニース辺境伯閣下、並びにリリアル侯爵閣下の御座船である。キュプロスへの救援物資搬入の為、立ち寄った次第!! 早々に、クロス総督閣下へ連絡し、その旨伝えられよ!!」


 クロス島のガレー船に向け、灰目藍髪が魔力で強化した声に乗せ来訪の目的を伝えると、一隻は船首を返して港の奥へと消えていく。


「水先案内人を乗せたいので、接舷の許可をお願いする」

「承知!!」


 寄せてきたガレー船に向け縄梯子を降ろすと、二人の水先案内人が魔導船へと乗り込んできた。


「救援感謝いたします」

「まだなにもしておりません。感謝は成功の後に」

「いいえ。秋口に救援艦隊が集まったものの、神国艦隊がさっさと帰国してしまい……我が国の艦隊も……不甲斐ないばかりです」


 東のキュプロスがサラセンに占領されれば、時を置かずしてこのクロス島にも遠征軍が押し寄せかねない。この水先案内人は現地採用の役人なのであろう。自分たちの故郷がどうなるのか……キュプロスの首都である『ニコス』は助命を条件に降伏したにもかかわらず住民は虐殺され、街は大いに破壊されたと聞いて幸福は出来ないと考えているのだろう。


 水先案内人が船首と操舵手の横へと別れている間に、ガレー船は『聖ブレリア号』と並走するように向きを変え、水路を導くように先へと進んでいく。


「あの船の後に続いてくれ」

「は、はい!!」


 ゆっくりと回転し始める魔導外輪に驚く水先案内人。


「魔導具の水車で前に進むのか」

「は、はい。結構魔力が必要なので……た、たいへんなんです……」

「……そうか。変わってやるわけにはいかないが頑張れよ」


 目の下に真っ黒な隈を作っている黒目黒髪の顔を見て同情を浮かべる水先案内人。しかし、黒目黒髪の戦いはまだ始まったばかりだ!!


「疲れているなら代わろうか!!」

「だ、大丈夫。危ないから。かえって疲れるから」


 赤毛娘の申し出をスッパリ断わり、主に心がと心の中でつぶやく黒目黒髪。


 魔導船が珍しいのか、朝から港で働く者たちは『聖ブレリア号』の入港に仕事を止めて見入っている。帆も張らず、櫂も動かさず、舷側についた水車らしきものを回転させ前に進むキャラベルらしき船。その船尾にはニースと王国、それとよく似たリリアルの紋章が描かれた旗が掲げられてた。





 桟橋へと着岸すると、その桟橋の先には既に幾人かの兵士を率いた騎士と二台の馬車が待機していた。


「儂等が子供たちの面倒を見ていよう」

「わ、わたしも操舵手なので!! 船に残ります!!」

「操舵手の護衛であたしも待機組です!!」


 ジジマッチョを除く団員と三期生、黒目黒髪と赤毛娘は『聖ブレリア号』で待機をすることになる。


 下船するのは、彼女と伯姪、茶目栗毛、赤目銀髪、蒼髪ペア、灰目藍髪。ジジマッチョは当然同行するが、『猫』と『水魔馬』はお留守番。ピクシーは彼女の頭の上に潜んで寝ている。


 桟橋へ降りると、侍従と思われる男性と騎士隊の指揮官らしき中年の

男性が並んで一向に礼をする。


「ようこそイクラへ。クロス公閣下の命により皆様をお迎えに参りました」


 彼女とジジマッチョはそれぞれ名を名乗り、迎えに感謝の言葉を告げ二人に先導されて馬車へと向かう。二台に分乗した一行は、港から離れ街の中心部にあるであろう総督邸へと進んでいく。


 因みに、彼女とジジマッチョ&伯姪は別の馬車である。


「港の周りは旧市街なのかしらね」


 ニースもそうだが、人口増加の結果、古い城塞とその周辺の街の外側に新たに壁を築いて新市街を拡張するようになる。旧市街と新市街の間には古い街壁の名残が散見され、その先は比較的広々としスッキリした街並みに変貌する。街並みの向こうには総督府らしき宮殿が見えており、その背後には新外壁であろうか、低い堤のような壁が外周を取り巻いているのがみてとれる。


 ジジマッチョの話によれば、あの壁の向こうに独立した堡塁型の要塞が三つ外壁への接近を拒むように配置され濠で護られているのだという。


 東部都市『マグスタ』が似た規模と防衛能力であれば、物資が補給され士気が維持できるのであれば年単位で持ちこたえられるかもしれない。サラセンの兵の数が多くとも、歩兵や騎兵では攻城戦の決め手にはならない。大砲で崩すにも、垂直に作られた古い城塞の壁ならともかく、土を盛り水堀で囲まれた堡塁を崩す事などできはしない。


 砲撃で出入り口に当たる城門楼を破壊し、そこに歩兵を突撃させることで内部に侵入し防衛する戦力と白兵戦をし削るしかないのだが、門から突入できる狭い正面で戦う分には戦力差が生かせない。


 マレス島も本城塞には砲撃と封鎖以上のことは出来ず、長い野営により疫病の流行と補給不足、神国軍の増援の報を聞きサラセン遠征軍の司令官は撤退を決断した経緯がある。


 とはいえ、サラセン本国から遠く離れたマレス島に対し、キュプロスは目と鼻の先。ドロス島を制した後は、東内海の港湾都市を海と陸から次々制圧し、海都国を筆頭に内海貿易の拠点を数多く失っている。


 東内海に浮かぶ巨大な島であるキュプロス・クロスの二島はサラセンが自身の海とするために征服するべき拠点であり、海都国単独では長く維持できそうにもないのは明白。サラセンの力が増すのは避けたいが、かといって、自分たちが血を流して迄、海都国の権益を守ってやる必要を感じていないのは神国を始め王国や教皇庁も同じなのだが……


「生かさず殺さずね」


 サラセンへの抑えとして海都国は重要。しかしながら、ほんの50年ほど前までは、御神子教国のなかではサラセンと手を結び朝貢し自国の権益優先であったのだ。海都国を助け過ぎず、サラセンの勢力を削ぐ。そんな高度な判断が彼女に出来るかと言えば甚だ疑問なのである。



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