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第926話 彼女は『吊るし海賊』を見送る

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第926話 彼女は『吊るし海賊』を見送る


――― 海賊のお宝はありました!!


 生き残りの海賊幹部の助命(という名の奴隷行)を認める代わりに、宝の在りかを自白させたという。ジジマッチョが。


「海賊を長くやっている者は、サラセンの同胞が自分たちが漕ぎ手奴隷をやっている船を襲撃してくれることを期待できるのでな。生き残ることが優先だと知っておるのだ」


 マルス島の騎士団を始め、御神子教国の海軍がサラセン海賊を襲撃するのは同胞を解放するという理由があるのと同様、サラセン海賊も同じ理由があるのだという。神国や教皇庁の大型ガレー船にはサラセン奴隷が沢山乗っており、制圧してサラセン奴隷を開放し、漕ぎ手に負けた側の御神子教徒を付けることで、故郷に戻れば英雄扱いになるという。


 神国船は漕ぎ手奴隷に『異端者』も充当されている為、そのまま据え置きにされ、更に奴隷市場に放り出されることもあるとか。棄教すれば助かることを良しとしない者も少なくない故にだ。勿論、冤罪の『異端者』の場合は、宗旨替えして商人や役人として現場復帰する者もいる。神国の『異端者』は知識のある者が少なくないので、そういう対応も普通になされている。


 中には、海賊の仲間になる者もいてサラセン人に混ざってサラセン海賊で元同胞を奴隷にしたり襲う者も少なくない。





 元々、内海西部のサラセン人の君主たちは王国や法国の商人と融和的な存在であり、神国南部のサラセン君主国と貿易でつながっていた。そこで力を持っていたのはゼノビアの商人たちであり、内海の東側で海都国との競合に敗れた後は、西側の貿易に注力して富を得ていた。


 しかしながら、神国の聖征が完了し神国全土からサラセンの国が消え去ると、状況は徐々に変わる。神国から逃れたサラセンの一派は、融和的な内海南岸のサラセン君主の庇護下に入り生き延びるが、やがてそれら君主たちに反旗を翻すようになる。

 

 元々の住民は王国や法国の御神子教徒商人と仲良くしており、領地内には司教や大聖堂まで存在する。自分たちを追い出した敵と仲良くしている時点で面白くない。そして、元々大した財産を持ち出せなかった元神国在のサラセン人は元手も少なく、自分たちの復讐に繋がるサラセン海賊に流れ込んだ。


 神国やゼノビアの商船やガレー船を襲い、船と財を奪い御神子教徒を奴隷にして奴隷市場で売り払う。船を手に入れ金も手に入る。復讐と実益を兼ねた良い商売を手に入れた。数を増やし、元々の住民を武力で押さえつけ君主や貴族を殺し支配者となる。


 その上で、サラセン皇帝に「総督にしてくれるなら帰順する」と使者を出しそれまでは別の国であったのだが、サラセン皇帝の臣下と領土に組み入れられた。彼女の祖母が若かりし頃の話である。本人の前では言えないのだが。


 



「へぇ、指示が出てたんだやっぱり」


 書箱の中身を確認している義兄ギャラン。どうやら、毛深いだけの男ではなかったようだ。サラセンの公文書のようなものも読み解けるようで彼女は正直感心する。


「どのような内容なのでしょう」

「ああ。キュプロス救援を途中で断念して本国に帰る神国の船を襲えってさ」


 確か、荒天に合い相当の害が出た後、サラセン海賊に襲撃されさらに損害を拡大させたとか。予定の数の半分しか出撃させなかったとはいえ、その戦力の多くを失ったと聞く。


「まあ、大半は首領たちへの褒賞の約束手形みたいな内容。実際はもらえそうもないけどね」


 とある町の領主に任ずると書いてあるようだが、その街には別の領主がいるので、「欲しければ自分で奪え」といった内容なのだ。それでも海賊首領として子分たちには「皇帝陛下から領主に任ぜられた」と主張することができるので権威付けにはなる。


「それと、今回討伐した首領がどんな奴だったのか聖母騎士団に報告しやすくなるね。彼らは神国国王が主な支援者になるから、その討伐の報告を行った根拠を提出することで覚えもめでたくなるわけさ」


 神国国王も今回の損害を軽視はできない。その仇を多少でも討ったとなれば、マレス島に対するニースの協調関係にもプラスとなるだろう。


「これは助かったよ。海賊の幹部は皆晒してしまったからね。相手するのも面倒だったから、この書箱を提出すればよい証拠になる。生かしておくのも可愛そうだしね」


 そう。サラセン海賊の首領になるほどの存在なら、マレス島での拷問と処刑は確定であり、長く苦しい負け戦が待っているはずだったのだから。死んでよかったね!! といったところである。


 義兄と伯姪、彼女が書箱の内容について話をしていると、そこにジジマッチョ団が一人の男を連れてやってきた。


「アリーよ。この男は、元御神子教徒から宗旨替えした海賊で、元王国人だそうだ」

「あ、ああ。そうだ。同郷のよしみで助けてくれよ騎士様」


 商会の使用人として船に乗っていたところを海賊に襲われ、男は奴隷になる前に宗旨替えすることを主張しその境遇を逃れたのだという。御神子教もそうだが、同胞を奴隷にすることは認められていない。してよいのは、異教徒だけであり、同じ神を信ずると宣言すれば自由民にしなければならない。


「それで、また宗旨替えするというのでしょうか」

「そうだ!」


 ジジマッチョ曰く、ジジマッチョ団の一人が司祭の資格を有する元聖騎士団員だそうで、出来ないことはないという。


「今回の遠征の指揮官はアリーだからな。お前が判断するべきだと思い、連れてきたわけだ」


 彼女はしばらく思案し結論を出した。


「その方を連れてついてきてください」

「わかった」


 不安そうな男、その男の肩をガシリと掴んで前を行く彼女に続くジジマッチョ。そのまま、海賊の拠点である小屋を出て、先ほど曝した海賊を吊るした岩の側まで歩いていく。


 海の際まで進み、彼女は振り返り吊るされた上半身だけになった海賊達を男に指し示す。


「見知った者たちなのでしょう」

「あ、あ、そうだ。そうだよ」


 何やら小声でぶつぶつ言い始めた男を無視し、ジジマッチョ団の司祭だというジジに彼女は頼みをする。


「彼らと共に神の御許にいくこの男性に終油の秘蹟を与えてはいただけないでしょうか」

「……はい?」

「御神子教徒として育ち、サラセン教徒となり海賊に落ちたこの罪深き男を、地上では裁く事は出来ないと思うのです。サラセンの神と我が神は同じ神であると聞いています。なので、このまま神の御前でこの男の罪を裁いてもらおうと。その為には……」

「然様ですな。承知しました」


 どうやら不穏な空気となったことを感じ、男は暴れ始めるが、ジジマッチョ団に動きを止められ、頭を固定され司祭から「聖なる油」を手足と目鼻耳口に次々と塗られていく。


 人の多く死ぬ戦場に向かうにあたり、従軍司祭の存在はとても重要。こんなこともあろうかと、秘蹟用の油もきちんと用意されている。


「順番が前後しましたが、告解をしても良いのですよ」

「おい……おい!! まさか俺を!!」

「神の御許に贈って差し上げます」

「なんでだよ!!」


 告解しないと判断した彼女は、その首をスパッと斬り落とし、そのまま死体を海へと蹴り飛ばした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「サラセン人として死ねばいいのにね」

「命惜しさに宗旨替えするのだもの、故あれば寝返るような男を助ける意味なんてないわ。忙しいのだから」


 伯姪の言葉に思わず本音が漏れる彼女。


 忙しいから殺しておこう。随分と心が殺伐としてしまっているようだ。とはいえ、彼女の中にも物差しがある。身を護る為に宗旨替えしたのは赦せる範囲だ。しかしながら、その後海賊となり、元同胞を襲い、奪い、殺し、奴隷に落としたであろう男の所業は許す事は出来ない。


 故に、神の御許で捌いてもらう事にした。いや、裁いてもらうのだ。どうでもいいサラセン海賊のことに煩わされている時間はない。


「海賊の集めた宝は……」

 

 義兄の問いに、彼女は即答する。


「そちらで管理してください。マレス島に寄進していただいても構いません」

「それは喜ぶと思うよ。あいつら少数精鋭にしかなれないからね。いつも新しい戦力を確保する資金に窮しているんだよ」


 戦場で轡ならぬ舳先を並べるであろう彼の聖騎士団にせめてもの心づけ。神国の手前、マレス島に大きな支援をするわけにはいかない。しかしながら、聖母騎士団の騎士達の多くは王太子領になっている王国内海沿岸の出身者であり、王国が護れなかったサラセン海賊から故郷を護る為に聖騎士団に入った貴族・騎士の子弟たちなのだ。テーブルの下で手を握るくらいのことは赦されるだろう。





 翌日、吊るし海賊の臭いが気になりだす前に、早々に島を後にする一行。


「ではここで失礼するよ」

「はい」


 ニース海軍は帆船を伴っているということもあり、ここから先を急ぐリリアルとは別行動をすることになる。魔導外輪全開!!


「キュプロスまでのエスコートは儂が責任をもってするのでな。お前の妻には

安心するように伝えておいてくれ」

「お爺様、皆をよろしくお願いします」

「任せておけ!!」


 ジジマッチョの後ろで並んで頷くジジマッチョ団員たち。久しぶりに向かうキュプロスまでの船路が楽しみで仕方がないと言った表情である。


 魔導外輪船試作船『リ・アトリエ号』で沖に停泊している『聖ブレリア号』へと向かう。小さな港に二隻の魔導外輪船を入れることは難しかったので、聖エゼルの魔導船に譲り、リリアルは小型の交通船として運用できる『リ・アトリエ』で島へと渡っていた。


「吊るし海賊、粋ですね!!」

「しばらく臭いわよ。乾いて干物みたいになるとそれほど臭わなくなるけどね」


 赤毛娘と伯姪のこじゃれた会話。吸血鬼を的にしているのと大して変わらない気もするが、リリアル領では吊るし盗賊を禁止しようかと思う。自分の領地でそういう文化が根付くのは宜しくない。王都も近いし、治安が悪いと主張しているようなものではないか。


 馬泥棒、いや羅馬泥棒? 吊るし馬泥棒は『是』である。魔物が死体に集まって来そうで危険な気もするが。いや、危険に違いない。やはり禁止で!!




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 



 法国を左に見つつ南下。南端にある『メッサーラ』海峡を通過する。法国と対岸の島『シケリア』にある港『メッサーラ』の間にあるこの海峡は、わずか数キロしかはなれていない。


 そして『難所』でもある。


 狭い海峡を潮の満ち引きで海流が変わること、生じた波が海中でも大きく動いている為、荒天であれる海面だけの波よりも強く大きくうねっている。


 この海峡を避けマルス島方面からシケリア南岸を通れば海面は安全だが、サラセン海賊の拠点となっている島がある内海南岸の近くを航行することになる。故に、難所でも安全を考えればこの難所を選ぶのだ。


「うねりがすごいわね」

「……いや、これは大したことはない」

「楽しんでるかーい!!」

「「「「おー!!」」」」


 赤毛娘の掛け声に、三期生達が大きな声で答える。この程度の揺れは楽しめるレベルで船員として動けているらしい。魔導馬車に乗ると揺れないということもあり、この大きな揺れは最近感じていないものなので、彼女は少し気持ち悪い。


『あー 身体強化すると内臓も強化されるだろ? 気持ち悪くなくなるぞ。胃なんかが揺さぶられるからそうなるからな』

「なるほど。助かったわ」


 涙目の黒目黒髪と情報共有。早々に身体強化を行う操舵手。水魔馬に乗り慣れている灰目藍髪は内臓の揺れには問題無く対応できているようだ。騎乗する技術は魔力と関係なく鍛えられる。真面目な女騎士であるから、相当に努力してきた結果だろう。つまり、黒目黒髪や彼女はその反対であるという事になる。残念。


「右手に見える港町が『レギオ』だな」


 腕を組み前を見ているジジマッチョが、観光案内よろしく説明してくれる。最南端の港街。古帝国時代以前から続く歴史ある港街であり、メッサーラとの間に航路があることで、シケリア島の玄関口とされている。


 南保留国とシケリア島が帝国領であった頃は相当に反映していたようだが、サラセンの襲撃が増え、いまでは相当さびれているという。


「ロマンデ人が一時支配者だったこともあるのよ」

「こんなところまで船出来たというのかしら」

「そうそう。ロマンデの東にいた古株が北の島を占領して、新参は領地が得られなかったから、騎馬傭兵になって内海迄船で遠征してこの地まで到達したのよ」


 入江の民の子孫たちは、あちらこちらに交易と襲撃を行い、傭兵兼商人として各地に根付いたのだ。


 その後、王国から王族が入り、シケリア王としてこの地を暫く統治していたが、住民が反乱を起こし神国系の王族の領地となり現在に至る。これが法国戦争で南保留国を王国と神国が取り合った遠因である。


「ここも王国領だったら大変でした!!」

「熱いものね」


 日が真上から差し込んでくるなか、『聖ブレリア号』の甲板には、舷側に柱が建てられ、日除けの天幕が広げられている。見張り役としてマストの上で周囲を監視している子たちも、柱の周りに傘のような布を展開し、日除けにしている。


「海賊でませんね」

「で、出なくていいよ!!」


 赤毛娘が期待外れとでも言いたそうにつぶやくと、黒目黒髪が全否定。おそらく、吊るし海賊を思い出しているのだろう。




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ギャランドゥなギャランか まあコウモリは信用ならんしね 生死を騙すならリリアルで飼って貰えたのに
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