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第922話 彼女はリリアル生を二手に分ける

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第922話 彼女はリリアル生を二手に分ける


「ふむ、もっとこう、体を使うのだ!!」

「こ、こうですかぁ!!」

「そうだ!! いいぞエリコ!!」


 暑苦しい。秋も深まり、常春のニースとはいえ、暑苦しい男が一人増えた。その名はエリコ・ダンドール。元キュプロス島総督の息子であり、救援の密使となった青年である。


 昨日までの半病人の姿はすっかり癒え、むしろ、体力も気力も充実。肌もツルッツルのスベッスベである。どうやら、彼女が思うほどの都市ではなく、二十そこそこといったところのようだ。王太子殿下と同世代、あるいは姉と同年齢かもしれない。


 ダンドール家は海都国では力のある家であり、元首にも選ばれたものが何人もいるとのことである。とはいえ、元首は相応の政治力が求められるが『上がり』の名誉職でもあり、実際は、その下にある元老院やその上層部である十一人委員会という幹部会が実権を握っている。


 ポストの任期は半年や一年と言った短い期間で交代する。共和制次第の古帝国の執政官に似ているが、同じ人物が幾つかのポストをローテで回し、何年も国の中枢で完力を握る事で実際は人気があってないようなものになっているのだとか。


「それでも、若い頃は船に乗って商人や漕ぎ手、軍人を経験して資金を溜め、長じてその資金を元に家を立ち上げ、何代も掛けて言えの規模を大きくして元老院に加わり、やがて委員会に名を連ねるのが名誉とされるらしいね」


 そんな騎士団演習場の片隅からエリコを見る義兄ギャランと彼女がいる。回復具合が尋常ではないと聞き、確認に来たのだが。


「貴族制ではないけれども、実際は貴族のように扱われると」

「そんな感じ。家柄や爵位以外の実力でのし上がれるのが小さな国が巨大な経済力をもたらした原動力かもね。ニースじゃ無理だよ」


 王国でもそれは難しい。法国戦争の頃、まだサラセンと協調路線であった時代において、海都国の国力は帝国・王国に匹敵したという。海軍は自前であったが、陸軍はもっぱら傭兵が担っていたにもかかわらずだ。人口は王国の十分の一帝国や神国の五分の一程度だった時代においてだ。


 すさまじい経済力を有していたことが理解できる。


 すさまじい経済力とエリコの体力回復に関係性は多分ない。


『あいつ、魔術師並に魔力があるんだろうぜ』

「なるほどね」


 魔力のある騎士・貴族が戦士として優れている資質として、体内に魔力が相応に多いという面がある。身体強化に用いることもできるが、傷や病気の回復に用いることもできるのが魔力だ。気力・体力が失われ、総じて魔力も低下したことで半病人と化していたエリコだが、外部から魔力が供給され活性化した結果、すさまじい回復につながったという事なのだろう。


 加えて、キュプロス支援に一定の成果(わずか一隻の艦隊と知ったらどうなるかしらんけど)を得たことで、気力も回復した結果だと思われる。


 元々は体力も魔力も充実している若者であったのだろう。悪化する要因が取り除かれれば回復も捗るというものだ。


「まあほら、彼は無駄に苦労したからね」


 どうやら、救援艦隊は秋口にはキュプロス島の西にあるクルス島に集結していたのだという。その数二百隻ほど。ようやく神国艦隊が予定の半数だけ到着したものの、数は揃った。


 法衣艦隊百五十程に対し二百隻なら十分戦える。しかしながら、遅参したにもかかわらず、神国艦隊を率いるゼノビア人提督は「もうすぐ冬だから海が在れる前に帰還しよう」といい、西へと向かい始めたらしい。


「教皇庁の手前、約束の半分だけでも送ったってことだろうね。けどさ……」


 その帰りの途中で神国艦隊は季節外れの暴風雨にさらされ、多くの艦船が沈没あるいは大破して使いものにならなくなったとのこと。神罰はやはりあるのだと彼女は思う。


「ではまた来年になるのでしょうか」

「春先に召集掛けて夏前に集合するんだろうね。けど」

「救援が一切ない状態では、気力がもたないのでしょう」

「その通り。神罰だけでなく、奇蹟も必要なんだよ。人間、気持ちが大事だからね。だからよろしく頼む、マイ・スウィーティーシスター殿」


海を知る義兄ギャランであるからこそ、冬に向かう時期に経験のない彼女達リリアル勢が東に向かう危険性を十分理解している。が、だからといって、キュプロスで救援を待つマグスタを見捨てるには忍びない。


「すまんね」

「構いませんよ」


 二人は言葉を交わすと、黙って青年エリコの鍛錬を見守るのであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「随分と急なのね。驚いたわ」


『聖フローチェ号』を降りた伯姪が、キュプロス救援艦隊(一隻)の出航の話を聞いた第一声である。


「やってやりますよぉ!!」

「「「「おおぉぉ!!」」」」


 戻ってきた中には薬師組がいるのだが……今回はお留守番。


「残念なのだー」

「残念ななのです」


 二期生と薬師組はリリアル学院にいったん戻り、薬草採取とポーションの追加製造の任につく。


「いやぁー行きたかったんですけどぉ」

「今から志願しますか」

「いえ、後輩たちの引率役も必要ですぅ!!」


 碧目金髪は今回遠征ではなく、学院帰参組へ参加する。


「ニースに戻る前には一度」

「開拓村とぉ、避難村に顔を出せばいいんですよね」

「ええ。不足している物があれば、出来る限り渡してあげてちょうだい」

「りょーかいですぅ」


 仰々しいまでの騎士礼を返す。実際に、碧目金髪の役割りは魔装銃兵の指揮。今回、薬師組・二期生が参加しないので仕事はないと言えばない。


「ま、今回も面倒見てやりますか皆さん」

「そうだね。私たちがしっかりしないとね!!」

「「「「おおぉぉ!!」」」」


 薬師組からは今一信用されていない碧目金髪。確かに頼りなくはある。経験も実績もそれなりにあるんですが何か?


 



 学院帰還組と遠征参加組に別れ早々に準備を始める。


「獣脂の類は臭くないものをたくさん用意した方がいいわ」


 潮風に当たり続けると焼ける。「そんなもん、ポーション塗ッときゃ治る」と言いたいところだが、一本でも余計に補給物資に回したいことを考えるなら、獣脂を皮膚に塗るくらいのことは我慢しなければならない。


「獣脂も補給物資なんじゃないですか!!」

「自分で持ち込む分には含まれないんじゃないかな?」


 『リリアルの精神が形となった』と勝手に主張している『衝角』を備えた『聖ブレリア号』で救援艦隊(ただし一隻のみ)として出撃することに待ちきれないとばかりに張り切る赤毛娘と、絶対に操舵を握らなければならないので渋々遠征に加わらざるを得ない黒目黒髪が話をしている。


 彼女も最近使わなくなった、駈出し冒険者時代に保湿と皮膚の保護のために塗っていた獣脂を取り出していたが、すっかり酸化してすえた臭いがしていたので小火球で燃やして処分。魔法袋の整理もこの機会にしておこうかと思わないではない。


「新型魔装笛は鈍器に含まれますか!!」

「うーん、大砲なんじゃないかな。絶対」


 今回の遠征では敵船攻撃のための主力となるだろう『魔装笛』を冒険者組に渡していく。三期生達も魔力持ちは臨時魔装銃兵として船を護る戦いに参加する事になる。魔力無の子は……白兵要員。小斧とダガーで戦うぞ!!


 今回の遠征に参加するのは彼女と伯姪・歩人を始め一期生冒険者組の十四名に加え、三期生十六名。更に、ジジマッチョとニースの老船員が数人、そして、エリコ・ダンドールが加わる。


 黒目黒髪とジジマッチョ団に三期生がいれば、船を動かし自衛する程度の戦闘は問題なくできるだろう。上陸するのは冒険者組とエリコ。


「サラセン陣地へ夜襲かよ」

「楽しみで仕方がないね」

「ぶちのめしてやります!! かっならずぅ!!」

「汚い花火上げる」


 今回の救援艦隊の主目的は、物資の搬入であってサラセン軍に対する攻撃ではありません。


「任せておけ。サラセンの艦隊など、片っ端から沈めてくれるわ!!」

「『衝角』の一突きで撃沈するんだよな……でございますよねぇ」

「わっはっは!! 久々に血が滾るわい」

「……おいら、上陸するから関係ないもんね……」


 ジジマッチョに絡まれる歩人。どうやら冒険者組に入りたそうにしている。

しかし……


「セバスおじさんは私たちと一緒にお留守番だよね~」

「セバオジ留守番得意じゃーん」

「セバオジじゃねぇセバお兄さんだろ!! おいら、まだ三十なんだぞ!!」


 歩人の魂の叫びに赤目銀髪が振り向き、その肩を叩きつつ冷静に伝える。


「セバス」

「なんだよ……」

「世間では三十はオジサン。見た目では誤魔化せない」

「……最近、夜になるとすっごく眠ぃんだよ。疲れもぬけねぇしよぉ」

「オジサン」

「間違いないわい。セバスよ、爺の世界へようこそだな」


 赤目銀髪と反対側の方をジジマッチョに叩かれ、がっくりと項垂れる歩人。進入は夜中になるだろうから、『マグスタ』への潜入には参加しないでお留守番が本人にとっても良い事だろう。


 二手に別れ三々五々に準備へと向かうのだが。


「ねぇ、救援艦隊が一隻なのは良いけど」


 いいのかよ一隻でと思わないでもないが、伯姪が問いたいのはそうではないようだ。


「心配無用だ、我が義妹・再従弟殿」


 聖エゼル海軍提督ギャランが話に加わる。


「メイが戻ってから話をしようと思っていたんだけど丁度いい。聖エゼルの魔導船と帆船と一緒にマルス島の近くまで同行するよ。途中でいい海賊ポイントがあるんだよぉ」


 釣りの穴場的な表現は止めてもらいたい。


 提督曰く、聖ブレリア号に先行してもらい海賊の襲撃を受けつつ、魔導船の実線テストをしたのち海賊を討伐。海賊船と海賊はそのまま貰い受けマルス島騎士団の補給物資に加える。マルス島騎士団のガレー船はサラセン同様異教徒を充当しており、サラセン海賊は当然漕ぎ手奴隷にされる。鉱山同様、余命半年といった実質処刑なのだが。


「海賊フィッシング日和なんだよね」

「オフシーズンでしょ?」

「そうでもないんだよ奴ら」


 どうやら、神国艦隊が難破・遭難を大量に出しているので、その手の船を狙った海賊がこの時期でも活動しているのだとか。主力はキュプロス島に集結しているので、稼ぎ所だと小物海賊共が活発に活動しているのだという。


「海賊界の小物狙いというわけね」

「腕試しにはちょうどいいかもしれないわね」

「わかってもらえてうれしいよ。救援が上手く行ったなら帰りにはマルス島に寄ってもらおうかな。騎士団員たちと顔合わせしておく方がいいだろうしね」


 次の艦隊編成の際、教皇庁艦隊の一部としてマルス島騎士団やニースの艦隊と纏められる可能性が高いという。海都国・神国は百隻単位で運用できるのだが、騎士団艦隊レベルだと数隻がせいぜい。まとめられて使われるか、警戒艦隊として前方に配置されるかのどちらからしい。


「できれば後備艦隊で、戦闘があらかた様子が分かってからの参戦がいいんだよね」

「殴りつかれたところを横からぶん殴る戦法ね」

「そうそう。まあ、我々が活躍するのは大国も教皇庁も喜ばないからね。でも、戦果は欲しいじゃない? 前衛や中央は海都国や神国の派遣するゼノビア艦隊が務めるから、そんな感じだよ多分」


 ギャランの言葉になるほどと納得する二人だが、次の遠征艦隊編成よりも、目先の救援艦隊出航の方が優先事項なのだ。話は理解したが、先にやるべきことはある。


「それと救援物資なのですが」

「それはね、海都国の港湾都市に途中で寄ってもらって搬入する感じかな。うちでも用意するけれど、それほど備蓄もないしね」


 どうやら、直行するというわけにはいかなさそうだ。


「どこに立ち寄るのでしょう」

「クルス島の港湾都市だね。元々、救援艦隊を派遣する為の輸送船もそこに集結していたし、そのまま物資も残っているからみたいだね。魔法袋に収納するなら乗せ換える手間も最低限でしょ? こっちから買い集めていたら時間も資金も余計にかかるから、そうした方がいいだろうって判断だね」


 クルス島の港湾都市『スーダラ』に救援艦隊が集結した際に、物資も集積されていた分がそのまま残されいており、それを搬入する事になる。


「マグスタを包囲している賊の軍船はどこくらいなんじゃろな」


 ジジマッチョの感心は当然、サラセン海軍の戦力。


「さて。二百近くはいたようですが、冬を前にしていますからどれだけ残っているのでしょうね」

「多ければ多いほど楽しみだというのに、残念なことだな」


 魔導船一隻でどれだけの敵船を引き受けられると考えているのか。確かに、魔力壁を張れば、弓や魔術、大砲の砲撃も気にせず済むし、漕ぎ手の疲労限界である時間も魔導外輪には存在しない。風向きも気にせずとも良い。襲撃と逃走を繰り返す事で、何度でも包囲艦隊に攻撃できるだろう。


――― 黒目黒髪の心が健在である限り。


「儂の旧友たちもそろそろこちらに到着するころだな」


 どうやら、市内に住んでいるご隠居達にはすでに伝令を送っており、ジジマッチョ船員団が速やかに招集されているようだ。正直、ベテラン船員がいてくれて彼女も安心を感じる。


 対岸に向かうだけの連合王国行きとは大いに異なる。そして何より、異教と海賊が跋扈する海域を進むことになるのだから。不安要素は一つでも減らしておきたい。


 とはいえ、今の気持ちは初めて冒険者の依頼を受けた時に似た高揚感を感じている彼女であった。






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エリコ·ダンピールにクラスチェンジしたわけじゃないのか スーダラを治めてるのは植木等とクレイジーキャッツだな
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