第921話 彼女はキュプロス救援の内情を知る
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第921話 彼女はキュプロス救援の内情を知る
会議室に入るとそこにはすでに、騎士団長である辺境伯次男、姉の夫である三男坊、ニース海軍と聖エゼル海軍の船長、そして……
「辺境伯閣下」
「ち、違うぞ。儂、執事じゃもん」
ジジマッチョを若返らせたような偉丈夫が騎士団長の座る席の背後にピッチピチの執事服を着て無理やり立っている。動くなよ!! 動いたらあちこち割けるぞ!! という感じで。
すると、背後から大きな男が入室してくる。
「おお、まだ間に合うか、儂も聴くぞ。黙って話を聞くだけだ……ん、なにしておるのだ、お前は」
「し、執事でございます、前辺境伯様」
父親にノータイムで指摘され、あくまで執事だと言い張る辺境伯。全員が遣れやれとばかりに見て見ぬふりをする事で話を進める。ジジマッチョ用に、一際大きな椅子が運び込まれ、会議が始まる。
「まずは、アリー殿に感謝を」
騎士団長が頭を下げると、ジジマッチョを除く参加者が全員頭を垂れる。
「姉の義実家の為ですので当然です」
「王宮からの内命でもあるしの」
部外者であるはずのジジマッチョが言葉を重ねる。黙って聞いている……あれは嘘だ。と言わんばかりに。
「それで、この会議は遠征艦隊に加わる打合せなのでしょうか」
「……その前に、この書簡に目を通してもらいたい」
彼女は宛名も封印も無い書簡を手に取り中身を改める。密書の類なのだろうか、誰が誰にとはわからないように書かれている。内容は、キュプロス島の港湾要塞への『補給』の依頼となっている。
中身を頭に入れ、防衛隊だけで五千、それ以外の市民を含めるとニ万を越える住民の食料、医療品類、なかでも回復ポーションの類をなんとかして用意してもらいたいと書かれている。勿論、相応の対価でだ。
「食料はともかく、ポーション類は即座に用意できる数ですね」
「「「……」」」
こんなこともあろうかと、ポーション類は大量に用意してある千本単位で小魔法袋(時間停止機能付)に小分けにして入れてあるのだ。
「しかし、これを使っては問題にならないのかな、マイ・スウィーティーシスター」
「……問題は無いようにできると思います」
義兄であるギャラン提督の質問に、彼女はそう答える。納めた分だけ再調達すれば良いだけの話だ。キュプロス島に向かう冒険者組と三期生船員団と一旦、学院の薬草畑に戻り再度採集して戻ってくる薬師組と二期生に別れ行動すればよい。
「戦力を二分するのか」
「はい。そもそも、二隻が一隻になっても大して変わりません。戦闘を回避し、潜入し物資を供給した後、帰りの駄賃にサラセンの野営地を焼き払い、船は出来る限り沈めてしまいましょう」
「ふむ。ネデルの司教領の都市でやったあれだな」
ジジマッチョは理解を示し、彼女は苦笑で返す。今はニース商会の支店が置かれているシャリブルの弓銃工房のある都市・リジェ。略奪目的で勝手に神国総督軍から離脱してリジェを包囲した傭兵軍相手に、リリアル勢が行った野営地への襲撃。潜入も離脱も帰還も組み立てを変えれば同じように行う事は可能だ。
サラセンの攻囲軍の間隙を縫って城塞都市へ潜入し、物資を渡し、返す剣で野営地を襲撃し、そのまま船団の破壊へと向かう。潜入組とは別に、魔導外輪船が船団外周部を襲撃。沈められるだけ沈めてしまう。
「で、では可能であれば……」
「食料の補給さえ住めば、数日中に出航できるでしょう」
その前に、彼女はキュプロス島がどうなっているのか、救援艦隊はどうなっているのか聞きたいことが沢山ある。これまでの経緯について、再度、この場で確認したいと考えていた。
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キュプロス島の主戦場であった首都ニコス。海都国の東内海最大の拠点として整備されてきた。サラセン軍進攻の数年前には、攻城砲に対抗するための近代的堡塁も設けられた。これは、ドロス島やマルス島、あるいは帝都ウィンに攻め寄せたサラセン軍の攻撃を参考に、有効な対処方法として建造されたものだ。
とはいえ、古来から、救援のない籠城戦は結果の先延ばしでしかない。海都国単独では海軍は兎も角陸戦戦力を十分に用意することができない。故に、教皇庁経由で神国に打診をしたのだが、その実は言を左右にされ、条約を結び顎足は海都国持ちだとしたのにもかかわらず、神国はその重い腰を中々上げようとしなかった。
その結果―――
既に、キュプロス島の首都は陥落。守りについていた海都の軍人・貴族は斬首の上晒し首になっていると聞き、彼女は非情に腹立たしく思う。他国の貴族とはいえ、異教徒と戦い貴族の矜持を持って戦ったにもかかわらず、罪人同様の斬首晒し首とは。
「教皇庁と海都国は如何したのでしょう」
「そうだね。実際は、神国の遅滞行動で出兵が送らされ、間に合わなかったというところなんだよ」
ゼノビア人の海軍提督は神国国王の内命により、できるかぎり神国の国益にならぬことには協力しないように行動しているという。ギリギリまで合流を遅らせたり、当初の取り決めで海都国の艦隊と同数の船を送るとしていたにも関わらず、実際は半数しか用意しなかったりとか。
とはいえ、神国兵の乗船する神国艦隊の戦闘力は教皇庁艦隊に属するマレス島騎士団のガレー船を上回る火力を有し、船体も大きい事から兵士も多く乗せている。力はあるが、海都国の権益に利する好意はしたくない。
そもそも、神国とその配下に収まっているゼノビア海軍は海都国との内海貿易競争に敗れた存在。内海東部の交易で艦隊と航路・港湾都市を抑え、海の街道を専有した海都国に、ゼノビア船団は貿易で負けたのだ。内海東部に近いのは法国東部の海都国であり、ゼノビアは法国西部、ニースの東隣りであることから不利は免れない。
神国の庇護下に入り、内海西部、さらには神国が進める外海航路の開拓に協力するようになり、新大陸・暗黒大陸周りの東方との交易航路の発見と進めている。
同じ教皇庁を頂く国同士とはいえ、今も昔も競争相手であるゼノビアと海都国は、こうしたことからも積極的に協力し合う相手ではない。
「キュプロス島はサラセンに占領されたのでしょうか」
「いいや。東部の港湾都市は要塞化されているんだ。ここにキュプロスに派遣されている海都国艦隊と残存兵力が集結し防衛戦を継続している。補給も断続的にもたらされているので、冬は越せるだろうという判断をしているようだね」
東部の城塞港湾都市、恐らくはニースに似た都市なのであろう。その名は『マグスタ』。二千年もの歴史を誇る。ちなみに、海都国の前の支配者はゼノビア。因縁のある関係なわけだ。
内陸にある首都ニコスより、港を有し防御能力も高いマグスタの強化に現在の総督であるマルコ・ブラガは力を割いて強化を施した。ニコスは二か月ばかりの包囲で陥落したというが、マグスタは一年でも二年でも耐えられると考えたようだ。
「では、目的地はマグスタになるのですね」
「そうだよ。けど、時期が悪いよね。これから冬だし、海が荒れる」
内海では冬は強風が吹き、海が荒れるので海での軍事行動は避ける傾向がある。とはいえ、補給が出来なければ陥落する時間も短くなる。
「はは、魔導船なら問題ないのではないか、アリーよ」
「……」
荒れた海を航海した経験など彼女には無い。帆をたたんでも航行に影響は無いので、風の強さがどの程度かに寄るが帆船やガレー船よりは航行するのは問題が無い。ガレー船とて、巡航は帆で行う。風が強ければ、帆がもたないということなのだろう。
彼女に視線が集まる。聖ブレリア号であれば、速度も出せるし比較的大きな船であるので波のうねりにも対応できるだろう。
「ベテランの船乗りが乗船していただけるのでしたら」
「任せておけ!! 儂と儂のとっておきのベテラン船員を乗船させよう!!」
「「「……」」」
ジジマッチョの言葉に誰も反論しない。口煩い年寄りが出かけてくれるならこれに越したことはないとでも言いたげである。ちらちらと義実家連中が彼女に視線を向けてくるのが鬱陶しい。
「では、それで」
「頼んだよリリアル侯爵」
「それでこそ、王国の聖女だね。アイネも喜ぶと思うよ」
彼女の承諾に次兄と三男坊が安堵した表情で答える。姉が喜ぶとか全く持ってどうでもいいのだが。
「それとアリーちゃん。この救援艦隊? に関しては王国もニース辺境伯も一切関知しない。何があっても……ね」
義兄の言葉を確認する迄も無い。王国とサラセン帝国は友好関係であり、おなじ御神子教徒とはいえ、その敵に対して手を貸すというのは許されない。だから、知ってても知らんぷりをするということなだけだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
次兄騎士団長に退出前に声を掛けられ、別室へとともに移動する。
「何があるのでしょうか」
「会わせたい人がいる」
一瞬、何の事だろうと彼女は考える。
『書簡を預かってきた使者じゃねぇか?』
『魔剣』の言葉に納得する。重要な書類を人伝に渡すはずもない。
会議室から離れた騎士団の客室。どうやらここにいるようだ。扉の前で警備している従騎士に軽く挨拶し、扉をノックする騎士団長。
「どうぞ」
「失礼。お加減は如何だろうか」
中に入ると、そこにはやつれきった青年であろう男がベッドから体を起すところであった。従者らしきものはおらず、密使として単独でニースを訪れたのかもしれない。
男は『エリコ・ダンドール』と名乗る。
「エリコ卿は、先日陥落したニコスでキュプロス総督を務めていたニコル・ダンドール閣下の御子息です」
先の総督は処刑され斬首された頸をサラセン軍が晒し、なおかつ、次に包囲したマグスタに送り付けたと先ほどの会議で説明されたことを思い出す。
「それで、救援艦隊はどうなりましたでしょうか」
やつれた顔にある目の奥は、無理は承知だとばかりに言葉の先を即している。
「その前にご挨拶を。ご紹介しましょう、今回の救援艦隊を指揮するアリックス・ド・リリアル侯爵閣下です」
「こ、侯爵閣下……ですか……」
未だ十代半ばほどにしか見えない少女に向かい、その言葉は真であるかと視線で問いかけるやつれた男。
「はい。難しい作戦ではありますが、謹んでお受けすることにしました」
「……かの街を攻囲するのはサラセン軍十万、港を塞ぐ軍船は百を超えるのですが」
どうやら、エリコは全く持って理解できないと言わんばかりに言葉を返した。
「私の受けた依頼は、食料と医療品の補給です」
「……いや、それに火薬類も加えてほしいのですが」
「構いません。代金さえご用意できるなら、相場でご用意できましょう。リリアル閣下。それもお願いできますでしょうか」
「問題ありません。船一隻分程度であれば、余裕がありますので」
船一隻分と彼女が言うのは、船丸々の大きさであるのだが、男達は船に乗る数百トン程度と判断したようだ。それでも十分多いのだが。因みに黒目黒髪も実は同じくらい収納できるので、丸々二隻分以上となる。
「それと、私も同行させてもらいたいのです」
エリコから彼女に視線を向ける騎士団長。どう見ても半病人以下の体力しかないと思えるエリコを船に乗せて敵の大軍が包囲するキュプロスに向かうのは無謀ではないかと目で伝えてくる。
「構いません。それに……」
「はい。父の従者としてブラガ閣下とは面識があります。私の顔を知る者も彼の城塞には少なくないでしょうから」
つまり、通行手形代わりに連れていけという事なのだ。彼女もそれには納得できるし、騎士団長も諾とばかりに頷く。
「それでは、二三日での出航は難しいでしょうな」
半病人であるエリコが半死人に進化しかねないと騎士団長は理解している。しかしながら、回復を待っていては救援物資が間に合わないかもしれない。体力の回復を待つ余裕はないと思われる。
「このポーションを朝昼晩と三回に分けて毎日一本飲んでください」
「……ポーションは既に飲んでいますが……」
エリコは怪しい光を纏うポーションに怪訝な目を向けている。
「これは、特殊な薬草(踊る草)から作成したもので、私の魔力を込めています。体内の魔力を活性化させ、体力回復が促進される効果が見込めます」
『まあほら、強制的に身体強化させられて体力が回復するみたいなもんだな』
遠回しに「ヤバい薬」であると彼女に告げられ、エリコは疲労の濃い顔に更に濃い影を落とす。
「飲まないと、連れていきません」
「……ですが……」
「問答は無用です。連れていってほしいなら飲む、飲まないなら連れていかない。それだけのことです」
彼女は食後三十分以内に服用するようにと告げ振り返らずに部屋を出る。騎士団長はそのまま少し残って話をするようであった。
翌日、朝早くから騎士団の鍛錬場で騎士に混ざって体を動かすエリコの姿が見られた。
ヤベェ薬であった。
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