第920話 彼女は『衝角』を確認する
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第920話 彼女は『衝角』を確認する
「おお、これは素晴らしい」
「まさに、リリアルの精神が形となったようだぁぁ!!」
「……」
赤目銀髪と赤毛娘が何か言っているが、彼女は沈黙で答える。リリアルの精神の具現化ってなんだよ。
『まあほら、吶喊精神だよな』
「失礼な。王都と王家、王国のために働くのが私たちの精神ではないかしら」
『それは大前提だろ』
『魔剣』も生前は宮廷魔術師の端くれ。王家に忠節を尽くすのは当然ではあると認識している。元平民の魔術狂いにも多少の分別はある。
『衝角』は一番艦『聖ブレリア号』だけに装着し、『聖フローチェ』には用意していない。また、サボアの魔導船にも装備する予定はない。
「武具なら何百人分にもなる魔鉛を使っている。そうそう用意できる物ではないからな」
どうやら、老土夫の老後資金を全力でブッ込んだようだ。長生きの土夫の老後資金だから、恐らくは巨額なのだろう。
「とはいえ、全魔鉛では強度が出ないからな。銅と真鍮を加えてある」
「鉄は錆びるので使わないと」
「それと、鉄でも鋼でもそうだが、魔鉛とは相性が良くない。魔力の流を阻害するのでな。鍍金ならそれでよいが、削れたら困るからな」
どうやら、鋼の剣に鍍金する分には、魔力が鋼に流れ込まず魔鉛の鍍金部分にだけ集まるので、鍍金の効果がより良くなるのだという。彼女達の場合、恵まれた魔力量を生かすのに鍍金では効果が不十分になる。が、一般の魔力持ちの騎士・兵士であれば、魔銀なら満たしきれない魔力量を魔鉛鍍金なら表層部分に集め、効果的に魔力を運用することができる。
赤毛娘が『衝角』を指で弾くと、良い音がしている。
「これは、良いものです!!」
魔鉛合金製の『衝角』がこれ以外に存在するとも思えず、唯一のものが良いも悪いも無い気がするのだが。
「それにな。魔鉛の『衝角』があることで、船首に当たる波が船体にぶつかる勢いがそがれるから、速度を上げると推進力に良い効果がある。魔導外輪に船首がかき分けた波が当たると抵抗になって失速する分が無くなる。
速度が増すんだ」
「つまり!! より一層、リリアルの精神が発露するという事ですね!!」
「突進力が上がると衝突力も増す。良い」
「……」
もう何も言うまいと彼女は思うのである。
『衝角』を据え付けるのに二日、再進水させ試験運行するのに数日。それで不具合が無ければ、そのまま実戦テストを兼ねての海賊狩りに同行させてもらうことになる予定だ。
「副院長は二期生三期生の監督を兼ねて聖フローチェに乗っているんですよ」
「海好きだもんね」
「そうそう」
もっぱら、一番艦『聖ブレリア号』に乗船し、射撃戦を担う魔装銃兵の薬師組とサボア二期生。船が船渠で改修中の為に、いまは暇をつぶしている。
「先生」
「なのかしら」
「『魔装笛』って何ですか?」
その昔、ラ・マンの悪竜討伐で使用したハンドカノン。短砲身の大型銃・あるいは小型の砲で握り拳ほどの砲弾を発射する。魔物相手であれば魔鉛弾を使うことで大型攻城砲に匹敵する効果を与えるのだが、構造物相手ではそれ程の効果は期待でできない。
「魔装銃の小型大砲ね。でも、射程は魔装銃と変わらないか短い程度、砲身が短いので命中率もよくないから、やはり近づかなければ当たりにくいと思うわ」
「接近戦用の大砲なのです!!」
「ロマンなのだ!!」
サボア組で盛上る。遠征に帯同される事も少なかった彼女達からすれば大いに気分が盛り上がっている事だろう。とはいえ、サボア組の三人は遠征から帰る頃には姉が陞爵し『ノーブル伯』となる際に、ノーブルに設立される『聖エゼル王国騎士団』の基幹要員として姉に引き抜かれる予定
となっている。
聖ブレリア騎士団は、元々王国と法国に跨る存在であったのだが、教皇庁から各聖騎士団の管理をそれぞれの地域の王や侯爵に委ねた結果、法国内の騎士団はサボア大公に、王国内の騎士団は王国管理とされた。その後、王国内の聖騎士団は解散となり所領は王家がポッケナイナイ
してしまう。
とは言え、聖エゼル王国騎士団の総長を任ずる権限は王家が保持し続けており、姉がノーブル伯を拝命することを機に聖エゼル王国騎士団再設立の任を与えられる手はずになっている。
ニースと隣するノーブル領に所縁のある聖エゼル王国騎士団を配置するのは、王国とニースその周辺の地域にとっても意義があるだろうという判断であり、南都の後背に独自の力を有するノーブル伯領を置いて抑えとする意味もあるようだ。つまり、南都にある王太子領総代官職につく先代当主となる父親を支える仕事というわけだ。
姉の管理する騎士団なら、魔装ハンドカノンを並べてドカドカ放つくらいのことは考えそうでもある。いや、絶対そうする。
「『魔装笛』は一門しかないのよ」
「そんなことないのです」
「おじいちゃんが沢山持ってきたと言っていたのだ!!」
「……」
『魔鉛衝角』の製造で余った魔鉛を使い、どうやら『量産型魔装笛』を製造したようなのだ。確かに、魔導船とは言え軍船であれば数門の大砲を備えるのはおかしな話ではない。船首楼あるいは船尾楼から砲撃するのは戦法の一つとなるのだから。
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マスケット銃が発達史普及する以前、百年戦争の時期においても多少の『銃』めいたものは用いられた。とはいえ、重い鉄の塊を常に携行し戦場で使う事は難しい。故に、初期の『ハンドカノン』と呼ばれた短砲身・短銃身で火縄を直接火薬を詰めた部分に差し込んで発砲するタイプの旧式銃は、主に城塞の防御用、あるいは攻城兵器として使用された。
翻って、ガレー船、更に巨大なガレオンと呼ばれる軍船は海に浮かぶ城とも呼べる存在。攻撃するにふさわし兵器は『大砲』となるのも当然だ。しかしながら、移動しながら移動する相手を狙う船同士の大砲の打ち合いは、動かない城塞を遠間から狙う攻城砲と似て非なる戦闘となるのは当然。
近づいてから一斉にぶっ放すというのことも十分ある。むしろ、装填が簡単ではない大砲なのだから、当たるかどうかわからない距離で威嚇めいた発砲をするのは無駄な行為となる。
「ハンドカノンはありなのです」
「それはそうかもしれないわね」
軍船の甲板に据え付けられる大砲は重く移動は難しい。砲身内の清掃をし、新しく火薬を詰め、砲弾を入れて発射準備が整うまで、三十分もかかるという話も聞く。砲身の先端は水上に出ている為、人がその先まで吊り上げられ空中で作業するようになる。一発目は即発射できたとしても、二発目を放つのは陸の上とは比較にならないほど手間がかかる。
ハンドカノンは、銃より大きな威力を持ち、大砲よりもずっと装弾しやすい。船上の射撃戦では大いに期待できるというわけだ。発射の反動は魔装ゆえに火薬ほどは大きくない。とはいえ、手で支えるよりも、船縁に砲身を乗せて発射できるので楽だ。
「左舷でも右舷でも持ち運べるので、両方に並べておく必要もないのだ」
「なるほど」
大砲を左右で片側だけに並べるのはバランス的によろしくない。重たいものが片方によると転覆しやすくなる。船荷も左右前後で均等に重さが釣り合うように配置するものだ。ハンドカノンなら重さは勿論、左右均等である必要もない。これもメリットであると言えるだろう。
「必要だとよく理解できたわ」
「よかったです(のだ)(なのです)」
しかしながら、射撃訓練は許可しなかった。魔装銃での訓練成果に期待する他はない。砲弾が勿体ない事と、適切な射撃訓練場がニースにはないからだ。
「先生!! これって鈍器ですよね!!」
『新型魔装笛』=余った魔鉛製を手にはしゃぐのは赤毛娘。確かに、短い砲身部分は鈍器と言えなくもない。少なくとも刃物ではない。
「魔装銃も近接戦なら鈍器として柄で殴ることもある」
赤毛娘の質問に勝手に答える赤目銀髪。背後で頷く蒼髪ペア。
「あ、魔装槍の部分を使う槍銃は刃物に入りますか!!」
そのバナナはおやつに入りますかみたいな質問したのは誰だ!!
「それで殴ると、柄が折れると思うわ」
「なら、柄も金属で作れば問題ないですよね!!」
いや、銃身で殴ると歪むんじゃないだろうか。そもそも、遠距離武器を鈍器扱いするんじゃありません。
「船縁に砲身を乗せて発射すると反動で後ろに弾かれませんか」
まともな意見。火薬の爆発ほどではないが、魔装銃でも反動がある。大きなハンドキャノンとなればそれはさらに大きい。
「先生は今まで気になりませんでしたか」
「……ならないわね」
身体強化全開の時にしか『魔装笛』を扱っていないことに彼女は思い至る。竜討伐以降、ほぼ死蔵しているのだし、早々使う機会はない。大砲を打ち込む機会などそうそうない。
「身体強化で抑え込むか」
「無理だって。その魔力の無駄遣いなんてさ」
「……」
無駄魔力……言葉の刃が彼女を傷つける。
「船縁に引っ掛ける鈎をつければいいんじゃねぇの」
青目蒼髪の提言。
「あ、ハルバードとかベク・ド・フォコンみたいな引っ掛けるやつだ!!これは複合長柄鈍器に進化の予感!!」
胡乱な言葉をつぶやきながら不穏な意見を示す赤毛娘。ハンドカノンは鈍器には入りません。いいね。
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老土夫に『新型魔装笛』に魔鉛鍍金仕上げの『爪』を付ける改修を依頼し、軍港での仕事に一間づ区切りをつけていると、そこに現れたのは伯姪の父親であるニース男爵が現れた。
伯姪の父親は現ニース伯の従弟に当たり、ジジマッチョ妻の妹の息子に相当する。先代当主はジジマッチョの弟であり、兄姉・弟妹で夫婦になった二重の意味での従弟に当たる。血が濃い。
「リリアル閣下」
「叔父様、どうぞアリーとお呼びください」
「では、アリー様。騎士団長閣下がお呼びです。遠征準備の打ち合わせのお時間を頂きたいとのことですが」
「直ちに参りましょう」
帰還の連絡をした際に、遠征準備の打ち合わせの打診を受けていた。留守の間の状況確認と、魔導船の仕上がり具合の確認にまず軍港に足を運んでいたのだが、取り立てて急ぐ用事はない。いつでも構わないのだ。
ちなみに、伯姪の父男爵は、ニース辺境伯領における『家宰』の立場に相当する。従兄である辺境伯を支え、世が世であれば宰相閣下であったわけだ。なので、脳筋臭薄目の御仁。いわゆる、ロマンスグレーのナイスなミドル男爵だと言える。
今回の遠征は聖エゼル海軍とリリアル騎士団主導であり、ニース辺境伯は表向き主要な構成員ではない。故に、辺境伯次男の騎士団長、現在不在の三男・聖エゼル海軍提督の彼女の義兄が中心となり、男爵が事務方を務めることになっている。王宮同様辺境伯家は直接関係ないというスタンスを示している。
ニースの商人はサラセン人相手に商売をしている。その代表とも言える辺境伯がサラセンの海軍と戦うことに表立って参加することは宜しくない。サラセン人が海賊行為を行い御神子教徒から収奪し教徒を奴隷として拉致し得た資金でニースを始め法国や王国の商人から様々な商品を買う。武具に絹織物、高級な馬具や宝飾品。どれも、サラセンの都市では手に入らない物を得るために海賊行為を繰り返す。
金が無ければ奪えば良い。とはいえ、欲しいものを必ずしも奪えるわけではないから、得た資金でまともに客として金を払う。渋々だが。
辺境伯はキュプロス島救援なんて関係ないですよーという態をとる必要がある。自領の商人の為にだ。
東内海の貿易を一手に引き受けるのは海都国。海岸沿いの港湾都市の多くを自領とし、サラセン海軍相手に単独で一歩も引かない戦力を有し力で跳ね返してきた。
サラセンも海都国とは「戦略的友好関係」、すなわち、本質的には敵だが、今はお互い利があるので表向き友好関係を維持しますよと振舞ってきた。
ところが、この数十年、壮麗帝ソロモンの治政になると力関係が徐々にサラセンに傾いてくる。ドロス島から聖母騎士団を武力を持って排除する事に成功し、帝国領土を西へと広げ、今は大沼国の大半に至るまで御神子教国を蹂躙し、ついに帝国においてウィンに直接攻め寄せるまでに至った。
それと並行し、海都国との友好関係は解消となる。
そもそも、キュプロスもクルスもサラセンの領土であると。ドロス島同様、元の持ち主である我らに返却せよ……と言い出したのである。
その言葉遣いこそ丁寧であったが、言っていることは海賊そのもの。百年以上の時間をかけ整備してきた海上の通商網を返納せよというのだから話にならないと海都国が考えるのはなにもおかしくはない。
内海から法国の勢力を追い出し、自分たちの海にしようと考えているのだろう。海都国はサラセンの各地の総督とはそれなりに商売相手として仲良くしてきたのだが、力関係が逆転し、不当な要求を押付けられることも増えているとも。とはいえ、それなら買わなくてもいいよと突っぱね数年放置すると、相手も足元を見られたと思い態度が軟化するので、また相応の商売が成り立つらしい。
「それと、救援は……もう手遅れかもしれません」
騎士団の会議室の扉の前に到着する直前。男爵は彼女に振り返ると、いまのキュプロスが置かれている状況を端的に告げるのであった。
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