第918話 彼女は水晶村へ向かう
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第918話 彼女は水晶村へ向かう
翌日、港の収容施設に向かい、辺境伯と姉と話し合ったことを川賊の生き残りたちに伝える。
「犯罪奴隷で……ガレー船の漕ぎ手……」
「あんま変わらんだろ? 俺達下っ端は川船でも漕ぎ手だったじゃねぇか」
「だな」
若者は呑気だ。いや、いろいろ見えて覚悟とあきらめがついたというところだ。どうやら、牢番に、ここに来る海賊たちの末路を聞き、自分たちは年季奉公と変わらないと教えられヤル気になったようだ。
衣食住(ガレー船内のみ)が保証されただけマシだとも言える。
「騎士だーん!!」
「かっけー!!」
子供は『騎士団』の名前に希望を膨らませる。いやいや、川賊にとって騎士団は大敵なんじゃないのだろうか。確かに、『騎士』は鎧を着こみ帯剣し馬に乗る姿はわかりやすいカッコよさではある。
「お城で働けるんですか?」
「でも、大丈夫かな。失敗したら手打ちにされたり」
「しないわよ。それに、あなたたちはノーブルの住民なんだから。ノーブル伯が身元引受人になるんですもの。ニースでは処分できないわよ」
「「「……」」」
下働きがんばれ女ども。
「ノーブルに帰れるんけぇ」
「あの麓の村ぁ、まだあるんだ」
失敬な。村長の孫娘『ジョヌ』もリリアルにはいるのだよ。どうやら、その昔、水晶の村近くの狼人と出会った廃修道院、コボルドの一部が棲み付いていた廃村が……元川賊たちの故郷なのだという。
年老いた女たちは、その話を聞き、昔を思い出し涙を浮かべる。朽ちた村を想い、失われた平穏な生活を思い出して。
「皆バラバラになるけれど大丈夫かしら」
彼女は心配になり、確認する。
「だいじょーぶー!!」
「ごはんおいしーし!!」
「あったけーし!!」
子供は元気だ。川賊村も生活を良くしようとは考えていたのだろうが、人造岩石の床に、簡単な壁と屋根を付けただけの掘っ立て小屋。煮炊きも限られているし、食べるものも単調になる。味付けも塩があればましな方。
実質牢獄である収容所とはいえ、ニースのそれは少なくとも塩味はするし、女子供には兵士と同様の食事を与えているので質素ではあるが味は悪くない。男と年嵩の女は奴隷と同じ食事だが、体が資本の存在なので量はある。川賊生活より少なくとも食と住はマシなのだ。
姉に謁見について説明したことを話すと「さっさとやっちゃおうか」と言い出し、義兄である騎士団長経由で、昼過ぎには天幕が設置され謁見の準備が
整う。
彼女と伯姪も姉の横に立ち、その場に立ち会う事にする。
やがて、兵士に引き連れられ元川賊の生き残りたちが騎士団の鍛錬場に入ってくる。男達は手かせを付けられた状態であるが、女子供はなにもされていない。どうやら、昨日の話が功を奏したようだ。先に希望があれば人はそこまで心が波立たない。
一団は、天幕の前で跪き、首を垂れる。
「顔を上げて。始めまして。私の名はアイネ・ド・ニアス。妹ちゃんのお姉ちゃんです。あ、妹ちゃんは君たちをとっつ構えたリリアル卿だよ」
姉の砕けた挨拶に、顔を上げた元川賊たちが大いに驚く。そして、彼女の顔を見て、横に座る姉の顔を見て「姉妹だ」と誰もが納得する。顔立ちは似ているのだ。
どこかは似ていないのだが。
「今は王太子領の一部だけれど、もう少し先に私がノーブルを拝領してノーブル伯になります。その時は、皆さんを領民として迎え入れられるようにしたいとは思う」
姉は自分の言葉に納得するようにうんうんと唸る。
「でもさ、理由はあったとしても、川賊であったことの罪は清算しないとね。特に、賊の下っ端とはいえ片棒担いていた男衆と、止なかった婆ちゃんたちは罪が重いと思うよ」
姉の言い分はもっともであり、言われた方も顔を下に向け何も言い返す
者はいない。
「ま、でも、どっかのデカブツが無駄に戦争なんてするからいけないんだよ。罪を憎んで人を憎まずだね。だから、働いて罪は清算しましょう。いいね?」
姉の言葉に大人たちが頷き、それを見て子供も頷く。人は生まれながらに罪深い存在であり、働いてその罪を清算するのだ。ただ働きさせる方便じゃないんだからね!!
「妹ちゃん」
「なにかしら姉さん」
姉曰く、水晶の村の村長あてに手紙を書くので添状を書いてもらいたいという。
「昔の村の場所には誰も住んでいないんだよね」
「廃墟になっていたわ。コボルドが棲み付いていたので討伐したのよ」
「そうすると、暫くは仮住まいさせてもらって……うーん、ひとっ走り妹ちゃんが話をつけてくればいいんじゃないのかな」
姉は、水晶村に年嵩の女たちが仮住まいする建物を、彼女が土魔術で作り、正式に戻る村が立ち上がり引っ越した後は、その建物を村に寄贈すれば受け入れやすいのではないかと提案する。
「ま、ついでに、廃村にも」
「開拓村のように、街路と水路、建物の床と壁くらい作ればいいという事ね」
「そうそう。ま、サラセン遠征の帰りにでもささっとやってもらえればいいよね」
とはいえ、ニースからノーブルまでは300㎞以上離れている。南都からでも100㎞は離れている。ちょっと行ってくるというわけにもかない。片道三日、往復で一週間はみたいところだ。
「学院で預かっている村長の孫ちゃんも連れていけば、話しも通りやすくなるんじゃない?」
それはそうかもしれない。世の爺は、孫娘にはとても甘いというのが相場である。世の祖母は……中々に孫娘に厳しい。
「予定を調整してみるわ」
「そうだね。スケジュール確認は大事だもんね」
彼女は一先ず、年嵩の女が帰郷できるように最寄りの村に向かう事を伝え、元川賊たちはそれをとても喜んだ。
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「おお、久しぶりじゃな」
「そうでもないわよ」
「ご無沙汰しています」
彼女と伯姪は、サボア公に贈る魔導船の船渠へと足を運んでいた。日も傾き夜も近付いているのだが、老土夫率いる魔導外輪取付隊は仕事を終える気配がない。
「夜まで仕事してるわけじゃないのよね」
「今丁度佳境なのでな。キリの良いところまで今日は進めるつもりだから、少し食い込むやもしれぬ」
魔導外輪を据え付けただけで話は終わらない。実際、ニース海軍の船乗りに手伝ってもらい、公試を行わねばならないからだ。魔導外輪単体での動作には支障がなくとも、船との接合具合は組付けて見なければわからない。今回の船は、老土夫が最初から立ち会ったものではなく、ニースで建造したキャラベル船に魔導外輪を後付けすることになるからだ。
既に、一隻目はニース海軍の軍船に後付けされニースの魔導外輪船一番艦として就航し、聖エゼル海軍に貸与されている。海賊退治を主に行うのは聖エゼル海軍のガレー船であり、ニース海軍はニース商船の
護衛を主に担っているという役割分担があるからだ。
「でも、ちっさい船ね」
「商船としてはな」
聖ブレリアが30mにたいし、このサボア公御座船は20mほどしかない。とはいえ、トレノ近郊の川までさかのぼれる大きさというと、あまり大型の船では扱いにくい。
「貨物船ではなく、貴人の御用船だからな。魔法袋を使えるのだから、河川と内海で運用するなら、あまり大きくない方が良い」
「軍船としては物足りないわよね」
魔導船とはいえ、戦闘員の数の多さが戦闘力の多寡を左右するのは間違いない。30mの船と20mの船では乗せることのできる戦闘員の数は相当違う。
「聖エゼル騎士団の聖女騎士の数が少ないと聞いておるぞ」
「そうみたいね」
サボアの聖騎士団は元貴族の子女である魔力持ちの修道女を聖女騎士として編成したので、魔力量も戦力も少ないと聞いている。魔装銃の扱い含め、自領の兵士を加えて活動しているのだとか。
「哨戒や伝令船としてなら文句なしだろうが、戦闘力は期待していないのだろうさ」
彼女も大型の『聖ブレリア号』には、一期生二期生の魔装銃兵を乗せ、射撃戦を主に担ってもらうつもりなのだ。海上の防御陣地として活用し、『聖フローチェ号』に冒険者組を乗せて、『聖ブレリア』を攻撃する敵船を後方から襲撃することを考えている。
一隻の小型魔導船では、役割は限定されるだろうと思う。
「魔鉛鍍金の防御網は上手く作用しそうなの?」
「ああ。今のところは問題ない。魔力の消費量もトントンか魔装網よりも少ないくらいだが、重くはなっているな」
重くなる分、喫水が下がり水の抵抗が増えるので速度に影響が出る。とはいえ、ホイス船よりも細長い船体を持つキャラック船は多少喫水が下がっても問題は小さそうだ。
「完成までどのくらいかかりそうでしょうか」
「一週間……くらいかの。その後、ニースの港内で何日かゆっくり運航して稼働試験をする。その上で帆を立てて沖合で公試。もう一週間ほどは掛かりそうだな」
彼女は、三期生の子たちに試験の際の乗船して、実地に帆の操作の練習をさせたいと老土夫に伝える。既に、ニース海軍のガレー船で練習はしているものの、魔導船とは勝手が異なる。
リリアルの二隻の魔導船も、帆走は今まで十分に行っておらず、お飾りとなっている。
「なくても問題ないだろう」
「……海賊から見て、帆船に見えないようでは囮になりませんから」
「はは、それはそうか。儂からもニースの連中には頼んでおく。子供が習いたいというのだ。鶏よりは喜んで協力するだろう」
老土夫は優しい笑みを浮かべる。恐らくは、喧嘩しながらも育ててきた癖毛のことを思い出しているのだろう。最初の頃は、本当にどうなることかと思っていたものだ。爺馬鹿全開である。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
伯姪にニースでの仕事を委ねると、彼女は水魔馬二輪馬車に村長の孫娘と……
「なんでオイラが……」
「土魔術が必要なのよ」
「自分でできんだろ!!……でございますよお嬢様」
不満げな顔の歩人を、『ジョヌ』が唆す。
「セバスさんの、ちょっといいとこ見たみたい!!」
「そ、そうか。そうなよな。よし!! オイラの領都区画整理で磨き上げた土魔術、見せてやるぜ!!」
ジョヌ、爺だけではなくおじさんを転がすのもお手の物である。
座席には彼女と灰目藍髪、後ろの御立ち台には歩人とジョヌ。四人で水魔馬の引く魔装二輪馬車で来た道を戻っていく。
ノーブルは大山脈の西の端。周囲を山に囲まれている地にある。徒歩で峠を越えていくのならともかく、街道を利用するなら、一度南都まで戻り、ノーブルに向かう街道を進まねばならない。行き止まりにある場所なのだ。
「足が……」
「え、もう疲れたんですか?セバスさん」
「腰が……」
「風が気持ちいいですね!!」
若いジョヌと見かけだけ若い歩人。足腰に来る負担も違うようだ。水魔馬の馬車は速歩ほどの速さでずっと走り続けているのだが、魔装馬車故に、さほど路面からの衝撃も振動もないので、完全に運動不足がたたっているだけなのだ。
「セバス、煩いわよ」
「……すんません……」
「馬車と並走して走ればいいのではないでしょうか」
「やめて、いじめないで……」
彼女は鬱陶しいとばかりに手を振り、灰目藍髪はふふふと不敵に笑みをもらす。世間はオジサンに厳しいのである。
三日目の昼過ぎ。予定よりやや早く水晶の村に到着する。
「突然の訪問、ご容赦ください」
「い、いえ。こちらこそ、孫が大変お世話になっておりますので」
いきなり現れた水魔馬の引く馬車から降りてきた彼女と。
「おじいちゃん、ご無沙汰しております」
「おお、ジョヌ。元気にしてたか」
孫娘を見て顔がほころぶ村長。
「おお、大変失礼しました。こんなところではなんですので、どうぞわが家へお越しください。閣下」
村長は彼女が今だ男爵であった時代の知り合いであり、いつの間にか『侯爵』になっていることを知らないのだが、爵位持ちには『閣下』と呼べば失礼ではないという程度のことは知っているので、閣下呼びをする。
ジョヌは祖父の後に続き徒歩で、その背後を魔装二輪馬車に乗った彼女たちが続く。
「あー 足吊りそうなんだけどー」
「これ、飲んで黙ってください」
後ろ手に渡されたのはちょっと古めのポーション。そんなささやかな優しさでもオジサンの心には優しさがしみいるのである。
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