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第917話 彼女は辺境伯と姉に相談する

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誤字報告、ありがとうございました。

第917話 彼女は辺境伯と姉に相談する


 聖征の時代、海都国は多くの巡礼者を自国の船に乗せ聖王国へと向かわ

せて富を得た。沿岸に港を得て、船には巡礼者だけではなく港々にある

珍しい品を乗せて聖王国に向かい、また、聖王国で珍しい品を買い入れ

母国へともたらした。


 その中でも、香辛料は大きな商材であり、サラセン商人とも上手くやり

つつ利益を稼いでいた。百年ほど前までは、香辛料の市場は海都国が

支配していたといっても良かった。


「相手がサラセン人の総督だったんだが、欲をかいてね。値を吊り上げ始めた

んだ。結果、海都国は他の商材を探す事になった」


 海都国が手を出したのは織物・ガラス細工・金属食器などの工芸品。

帝国や神国から素材を仕入れ、加工して商品として売り出す。その為、

それまで魅力的であった船乗りの職業より、自分の腕で稼げる職人を目指す

平民が多くを占めるようになった。


「漕ぎ手が集まらないと」

「無理やり徴用するにしても限度がある。生産者を削って軍船に乗せてもね」


 職人の技術と漕ぎ手の腕力は両立しない。また、技術を持つ人間を

肉体労働に従事させることも勿体なくもある。


「素人同然の漕ぎ手じゃ、戦力にもならないという事もある」


 一人一人がしっかり漕げなければ速力にならない。櫂を掻く技術も、

長く櫂を掻く体力も簡単には身につかない。


「単独ではサラセン海軍に勝てないから、教皇庁に助力を頼んだんだが、

一度、海都国は神国の同盟軍にひどい目にあわされているからね」


 五十年ほど前にあった、サラセン海軍との戦い。神国海軍は散々戦闘を

回避し、最終的には海都国海軍が戦闘を開始しようとした際に、自軍だけ

後退させ一方的な敗北をもたらせたことがある。


「先代の神国国王の示唆もあるのだろうけどね。自国の得にならない事には

手を抜けと言ったのだろうね」


 神国・帝国の軍を率い、海賊の根拠地を攻撃する遠征を行うなど、自身の

功績になる遠征には積極的であり、海賊を牽制する要塞を作ったりしたこと

もある。長続きはしなかったのだが。


「それに、海都国はいまでこそサラセンと対峙しているが、それ以前は

商売相手として仲良く付き合ってきた。神国はそれ自体が許せないのだと

思うよ」


 今回のキュプロス島に対するサラセンの攻撃も、「もとは我らの島なのだ

から、いい加減返せ」と通告を受けたことに端を発する。キュプロス島の

港を自国領として確保したい海都国からすれば許容できない内容なの

だろうが、サラセンの言い分も判らないではない。


「王国は、自国の中で食料も商品も調達でき、消費を賄えるだろ? 海都

国はそうではない。食糧の自給も出来ないから、素材を買ってきて加工し、

商品を売り稼いだ金で食料を買うしかない。そうやって王国の十分の一の

人口で、王国に匹敵する規模の経済と軍事力を維持してきた。それが回らなく

なりそうになっているのだから必死にもなるし、敵に塩を送る真似を神国が

したくないという理由もわからないではないんだよ」


 神国の下につくつもりのない海都国とすれば、自力で何とかできるもの

なんとかしたい。海都国のライバルであったゼノビアは神国の下について

国を維持するしかなくなっているのも事実。


「教皇庁も困り果てている事だろう。海都国単独ではキュプロスの御神子

教徒を助けられない。かといって、自力で派遣できる軍船はせいぜい数隻。

本来は、教皇庁領の沿岸に近づくサラセン海賊を追い払う程度の力しか

ないんだから」

「それで、我々やニースが呼ばれると」

「はは、サボアもマルス島も呼ばれているよ。神国の影響下にない小さな

海軍は教皇庁の元集まれって感じだね」


 辺境伯の言いたいことは、『マルカ・クルン』と個人的面識を得れば、なにかと

便利使いされかねないので、避ける方が賢明であるという事だ。


 法国人は、法国の中が四分五裂となっていることもあり、周囲の大国や

勢力を利用する術に長けているのだという。


『君公論にも、そんな話が書いてあったな』


『魔剣』に言われる迄も無く、彼女も思い出していた。あの著者は華都国の

外交官出身で、政変で身分を無くした男であったか。


「では、この紹介状は無かったことにします」

「何か使い道はあるだろうけどね。リリアルはサボアと同様、ニース海軍と

歩調を合わせた方がいいだろうね。海での経験も無いのだから」

「ああ、そうそう。その件でも相談があったのよ伯父様」


 伯姪曰く、二隻の魔導船の帆の操作の指導を引退した船乗りの何人かに

帯同してもらって教わりたいという依頼である。


「その……」

「海軍のOBなら特に注文は無いわ。あ、騎士団は駄目よ。漕ぎ手だけの

経験者も不要ね。船長か航海長、それと帆の操作のベテランね」


 隙あれば同乗しかねないジジマッチョ団を避けるため、最初に釘を刺す

伯姪。いくら自分の父親が鬱陶しいからといって、押付けてはいけません。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 教皇庁に直接接触せず、ニースの寄子扱いとしての『リリアル副伯』が

参戦するという形にするのが良いだろうという辺境伯の判断。教皇庁に

近しい王国南部の騎士達は、直接教皇庁海軍や海都国海軍の軍船に

乗り込み、戦闘員として参加するのだという。いわゆる義勇兵ということ

になるようだ。


「リリアル卿も対外的には義勇兵枠になるだろう」


 表立って王国軍がサラセン軍と対戦するのは、外交上よろしくない。

今も、サラセン皇都に在住する王国大使館から海都国や教皇庁にサラセン

からの書簡が届いているのだから。王国はサラセン皇帝と同盟関係にあり、

外交窓口として残しておく必要がある。


 海都国も過去においてはそうであったのだが、サラセン先代の美麗帝の

政策が協調より対決に変わった頃から、海都国の外交官や商人も皇都から

追い出されている。それと入れ替わりに王国が取り入ったといっても良い。


 あくまでも表向き、彼女が親戚であるニース辺境伯を助けるために参加

した。ニースは、表向き預かっている聖エゼル海軍が教皇庁に協力する

事に対し助力する……ということになる。


 ひとまず、教皇庁から艦隊編成の時期が確定するまではニース近郊で待機

ということになるようだ。既に、キュプロス救援の時期を失しつつあり、むしろ、

サラセン艦隊との決戦に重点が移りつつあると辺境伯の言。


「我々もその他大勢の一部に過ぎない。この先、教皇庁と神国、海都国の

話し合いがどうなるか。ただ、何もしないわけにはいかない」


 キュプロス島を始め、教皇庁と神国も御神子教徒を見殺しにしたという

事実が残ることは避けたい。海都国は、自国民・国益を護るためにぜひとも

一戦しサラセン艦隊を退け、あるいは壊滅させたい。


 形だけで良い前者と、実際に壊滅させたい後者では腰の座り方が違う。

その駆け引きがどうなるかということだろう。





 一先ずはニース近海で、習熟訓練、主に帆走の鍛錬と羅針盤を用いた

航行の練習を行うと同時に、海賊討伐・海戦の実践を行いたいところだ。


「それと、川賊だったか。男どもは犯罪奴隷としてガレー船の漕ぎ手に

徴用して良いのだね」

「それなのですが」


 彼女は、川賊から聞き出した『元はノーブルの農民』であること、法国戦争

の際に王国軍に村の男が徴用され立ち行かなくなり、逃げ戻った男たちと

共に村を捨て、川賊に合流した末であることを説明する。


「若い者たちは親がそうであったので知らずに従っていたという事か」

「……悪いことをしていた自覚はあると思います。実際、年配の川賊は

処しておりますし、若者は実際に人を殺したりしていないようです。なので、

有期の犯罪奴隷として扱ってもらい、その上でノーブル領に戻せれば

一番良いかなと考えております」


 先王のやらかしの結果とはいえ、本来は姉の新領地の住民であったはず

のものたちである。姉に確認しなければならないのだが、新領主に従うの

であれば、その方向で考えても良いだろう。


「川賊の女では、ニース商会で引き取るのもどうかと思うよ」

「……確かに」


 一般の農民は読み書き計算ができないのが当然。一部の聖職者が、

教区教会の日曜学校などで簡単なことを教えることはあるが、川賊の

女子供に出来るかどうかはわからない。


「子供には教育を施すのはいい。騎士団の下働きの手は欲しいし、そこで

仕事の後、簡単な読み書き計算は教えさせよう」

「ありがとうございます」


 すでに成人しており、子供の世話をする年齢ではない女たちにはどの

ような仕事があるだろうか。


「遠征に向かう為に、人手は必要なんだ。今城にいる使用人を下働きから

外して上の仕事をさせ、川賊の女衆には下働きの仕事をさせることに

すればいい」

「よろしいのですか」

「勿論だ。漕ぎ手の男共も、身内が城で働いていると知れば安心もするし、

抵抗することも躊躇する。人質兼動機付けということだよ」


 寄子である騎士の子を見習・従卒として寄親貴族が取り立てることが

少なくないが、次代の人間関係育成と同時に人質としての意味も当然ある。

上位の領主の家で行儀見習いをし、世間を学ぶという意味もあるだろうが、

現実としては人質の方に意味がある。


「どちらにしても、アイネの意思次第だね」

「先ずは確認します」


 少なくとも、キュプロス救援艦隊に参加している間は、漕ぎ手として犯罪奴隷

を務めることは確定的だ。その後、半年ないし一年後、戻ってきたときにどう

するのか。道筋を姉に着けて貰わねばならない。


 彼女は仕方がないと姉に相談することに決める。


「サボア公の御座船も拝見したいのですが」

「ああ、船渠で船体は完成して、今は土夫たちが外輪の取り付けを行って

いる所だと聞いている。後で、案内させよう」

「ありがとうございます」


 魔導外輪船は聖エゼル海軍に一隻導入されている。海賊狩りがはかどって

いるという事で何よりでである。櫂走と違い、魔力が続く限り高速で移動でき、

左右の外輪を止めることで旋回も用意。海賊に包囲されず、こちらから接舷、

一隻ずつ殲滅し、その上で逃走する海賊船も容易に追撃拿捕できる

ということで、既にマルス島騎士団から「どうにか融通してもらえないか」と

打診が来ている。


 マルス島騎士団は今も昔も王国南部出身の、旧家の子弟が参加している

事が多く、王太子領にも影響を有している。内海沿岸を荒すサラセン海賊に

反撃する手段として、騎士団入りするのがその多くの理由だ。


 故に、サラセン海賊に対しては聖征の時代同様、厳しく、また、サラセン海賊も

マルス島騎士団の騎士に対しては非常に厳しく当たる。


 先年のマルス島に美麗帝の派遣した攻略軍が攻め寄せた際も、生皮を

剥がれ、拷問の末殺され、落とされた頸は投石機でマルス島騎士団の要塞に

投げ込まれたり、見える場所に首を並べて威嚇する為に用いられたりした

と伝わっている。未だに、聖征時代の感覚がそのまま残っている存在なのだ。


「勿論、王国の秘中の秘であるからと断っているよ」

「供与したとすれば、次は教皇庁や神国が寄こせと言ってくるのは目に見えて

いるでしょう」


 そもそも、そんなに作れないのだから言われても断らざるを得ない。船は

兎も角、魔導外輪はワンオフで老土夫たちが手づくりしているのだ。流れ

作業・分業で作られる船とは訳が違う。


「そもそも、魔力持ちの船員がそんなにたくさんいないからね。ガレー船の

漕ぎ手のようには集められないのだよ」


 優秀な魔力持ちは宮廷魔術師や騎士団の魔術師になる。貴族の子弟が

その多くを占め、そもそも平民の魔力持ちは数も少なく鍛錬もされていない

ので、魔力操作ができないことから魔導船の操舵手を務められない。


 十代前半で魔力操作を身に着けなければ、その後は習得が難しくなる。

読み書きの練習同様、子供の頃に身に着けておかないと成人してからは

中々身につかない。 


 彼女と伯姪は辺境伯の前を辞して、姉の部屋へと向かう事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「へぇ、ノーブルの住民だったんだ」

「そうみたいね。もっとも、いま生きている人たちは、その子孫にあたる

のだけれど」

「あー まあそうだね。盗賊長年やってきた元農民を受け入れるほどお姉ちゃん

も寛容じゃないからね。若い男と、女子供だけなら……受け入れてもいいよ」

「そう。それなら嬉しいわ」


 姉は彼女の付けた道筋を承認してくれた。加えて……


「水晶拾い、頼めばいいんじゃない?」

「水晶の村に預けるということかしら」

「そうそう。子供のいない中年とか婆ちゃんたちはさ、ノーブルに先に戻して

村で仕事をさせ乍ら一足先に戻せばいいんじゃないかって」


 ニースに人手が不足するとはいえ、体の動かない老婆は使いにくいだろう。


「ノーブル伯爵様になれば、城の下働きも増やすだろうし、全員が村の住人

になる必要もないじゃない? 鍛えられた若い男共は雇われの領兵や衛士

になればいいしさ。荒事が嫌いなら、商会の従業員でもいいよね」


 姉が領主となるならば、代官が納めている時よりも城の使用人は増える。

下働きなどは、川賊女たちがいても良い。兵士も同様だ。


「子供たちは、騎士団で下働きさせて読み書きを学ばせてくれるそうよ」

「読み書き計算は大事だね。一度、領主様として顔合わせしておこうかな」

「そうして貰えると、あの人たちも安心だと思うわ」


 姉妹が話をしていると、伯姪が「なら、騎士団の鍛錬場でも使って、

謁見すればいいんじゃない」と提案する。


「天幕張って、椅子に座って、杖でも掲げればいいかな?」

「まるで女皇陛下ね。権威を示すという意味では、舞台装置は大事かも

しれないわね」


 姉もノリノリで、領主を演じるつもりで何よりだ。


「それじゃ、よろしくたのむよ妹ちゃん」


 未来の領主と未来の領民の顔合わせ。川賊生活を強制終了させられ、

不安一杯で港の収容施設に入れられている者たちに、少しでも安心させ

られれば良いかと思う。


 とはいえ、あの姉が領主であると知れば、逆に不安に思うかもしれないが。


「少しバラバラになるけど、仕方が無いわよね」


 伯姪の言う通り、子供は騎士団、若い女は城の下働き、年配の女は

水晶村で水晶の採取、男達は海軍の有期犯罪奴隷で遠征に同行……

とはいえ、全員処刑されるよりはずっとましなのである。






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