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第916話 彼女は教皇庁の海軍について知る

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第916話 彼女は教皇庁の海軍について知る


「このような旅装で失礼いたします」

「いえ、こちらこそ無理を言い、面会していただき感謝しております」


 アウニオの大司教は南都を始め、王太子領の幾つかの教区で大司教を務め、アウニオの総督を務める事になった王国人だという。


 アウニオは百年戦争の時代、教皇庁が分裂していた際に、王国出身の教皇が教皇座を百年ほど置いていた場所。その後も教皇庁領の飛び地として王国から独立している。


 何か問題を起した者が、王国から逃れる場所でもあり、総督である大司教は頭を抱えている面でもある。実務は教皇庁から派遣された特任枢機卿が代官として統治を行っているとは言うものの、領民や近隣からの不平不満は耳に入る。


 しかしながら、教皇庁の方に顔を向けて仕事をしている代官以下、教皇庁から派遣された役人は、事が大きくならない限り動かないのだともいう。


「川賊のことを含め、悩ましい限りです」


 襲撃される場所が王国ではなく教皇庁領にかかる境目辺りで行う事で、王太子領の王国騎士団の訴追を逃れ、教皇庁領は事なかれでスルーされてきた結果、大司教の甥である司祭迄が拉致される結果と成った。


 これが、サラセン人へ奴隷として引き渡されていたならば、相当ひどい目に合わされるか、多大な身代金が要求されたであろう。表立って教皇庁が司祭の身代金を用立てるとも思えない。異教徒に金を払って身内を助けるという事も考えにくい。武力で解放するにもそんな力は大司教も教皇庁も有していないのだから無理な話だ。


「侯爵閣下には感謝の念しかございません」

「いいえ。それこそ、神の御導きでしょう。私たちがこれから向かうキュプロスの民も、同じようになっていなければ良いのですが」

「……真にですな」


 キュプロス島はカナンの地に向かう為の拠点として、今は海都国が統治しているが、サラセンに征服されたり、あるいは聖征に時代においては連合王国の『英雄王』が征服し、聖征の拠点にされた過去がある。


 キュプロス島を失えば、海都国の大拠点が東内海から消え、サラセン海軍の影響力は法国東岸の海域にまで及ぶと考え、キュプロス島救援の艦隊と軍を編成しているのだが、海都国と内海の覇権を争うゼノビアと、スポンサーである神国は、できうるかぎり神国の利となる方法を選ぼうと救援に積極的になっていないとか。


 教皇庁は聖征の艦隊・軍を編成せよと唱えているが、今も昔も、誰が旗頭になるかでもめることになる。神国と海都国の海上戦力はほぼ同等。合わせることでサラセン海軍と同程度になるが、単独では太刀打ちできない。


「ここ数年ですが、教皇庁独自の海軍の再建と、華都大公国の騎士団にサラセン海賊討伐を目的とする海軍を建設させているようですが、規模はニース海軍ほどでしかありません」


 ニース海軍は一地方としては数隻の軍船を持つ有力な海軍であり、マルス島騎士団と同程度なのだが、神国・ゼノビアの海軍や海都国のそれは十倍の規模を持ち、その合計とサラセン海軍の規模は同程度である。


 サラセン海軍の船は海都国やゼノビアの船より小さく、平時は海賊業にいそしんでいるものが大半であることもあり、軍同士の海戦となればまた数だけでは左右されないと思われる。サラセンの船の漕ぎ手は奴隷であるのに対し、海都国の漕ぎ手は市民であり、いざとなれば武装した兵士も務める。船も大きく、兵士の数も多い。


 懸案なのは法国南部から西岸にやってくるサラセン海賊対策。その主役はマルス島騎士団だが、全ての海賊を捕捉できるわけではない。サラセン海賊は数隻から十数隻の『首領』が率いる幾つかの船団で内海南岸から北上し、有力な海軍の存在するゼノビア・ニースを避け、法国西岸にやってくる。


 ちなみに、無駄デカ王以前においては王国南岸も海賊の襲撃を受けていたのだが、先代神国国王が皇帝の時代に、内海南岸の海賊拠点を遠征で討伐し、統治の総督が地元出身からサラセン皇帝の派遣した者にかわったこと、帝国との戦争の過程でサラセン皇帝に親書を送り「友達料を払うので襲撃しないでね」と条約を結んだため海賊の襲撃の対象外と

一応なっている。


 キュプロス遠征にかこつけて、サラセン海軍が打撃を受け一層王国周辺の海賊行為が減少すれば、お友達料の支払いを王太子は止めるつもりなのだろう。それを含めての提督代理・侯爵なのだと彼女はなんとなく察している。


「私の友人も、華都国の海軍に聖騎士として海賊討伐に力を入れております。私が紹介することで、侯爵閣下の力添えになれるかもしれません」


 実権は特務枢機卿にある中、名誉職である総督を務める大司教にあるのは金と力ではなく『顔』……すなわち人的なコネクションということなのだろう。


『お前にも、友人の聖騎士にも恩が売れて金もかからねぇ。まあ、悪い事じゃねぇな』


『魔剣』の言う通り、大司教の立場で僅かな謝礼を払うよりも、友人を紹介し彼女のこの先の手助けをする方が良いと考えたのであるから、吝嗇からくることではなく、最大の好意であると思われる。


「ありがたいことです。ご紹介のほど、よろしくお願いします」

「侯爵閣下とリリアルの皆さまがこの先、幸大きことを願っております」


 彼女と大司教はそう言って別れた。


 聖騎士を紹介してもらったお礼ではないが、彼女は王太子に向け、南都からアウニオにかけてのローニャ川流域に潜む川賊について討伐を進言することにする。ニースで会うだろう老土夫には川船用の魔導外輪を今の物より小型簡易で省魔力のものを付けて南都の王国騎士団に提供できないか相談しようと思う。


――― 勿論、適切な価格で。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 魔装二輪馬車は進む、ニースに向けて。疲れ知らずの水魔馬が引く馬車故に、休みなく進んだ結果……


「メイちゃん? まだ来てないよ」


 お腹が目立つようになった姉にそう教えられる。


「船より魔装馬車の方が早かったようね」

「そりゃそうだよ。船は南にまっすぐ下って、海に出て東に進む。馬車は、街道を使って斜めに横切ったわけじゃない? 船の倍くらいの速度だしてたでしょあの二輪馬車なら?」

「……否定できないわね」


 彼女と伯姪が分かれて、アウニオの大司教に面談したのは半日ほど。そのまま魔装馬車を走らせ、法国街道を南東に進んだ。結果、ちょっとだけ、ほんの少しだけ魔導船より早く到着したのだ。


「アイネ様、いま港から遣いがあり、リリアルの軍船が到着したとのことです」

「ありがとう。ね、丁度良かったじゃない」


 姉は口ではそう言いながら、『やれやれだぜ』とばかりに手を上に向ける。母親になるとはいえ、姉の揶揄い癖は相変わらずのようだ。姉に似た性格の子供にならないと良いなと、彼女は真摯に願うのである。





 姉の部屋から退出し、一旦港へと向かう。魔装二輪馬車で。何故なら、彼女達がそれに乗っていることは既に到着した時点で知られていたからだ。魔物の馬・正確には水の精霊である水魔馬が引く魔装二輪馬車にはリリアル副伯が乗っていると、ニースの人々の口の端に登っていたからだ。一々誰何されずに済むなら、その方が幾らか目立つことになってもマシ

なのだ。


 港には二隻の魔導船が到着していた。女子供の一団と、若い男の一団。年寄も一部いるが女の集団に加わっている老婆だけで、年嵩の男はいない。


「あ、来たきた」

「先についてたって本当だったんだ」


 リリアル生が彼女の乗る二輪馬車を見つけて声を上げる。


 ニースの港を管理する役人と、伯姪が何やら話をしているようだ。そこに彼女も加わることにする。


「早かったわね」

「そうでもないわ。ほんの何時間かの差よ」


 彼女は役人に自己紹介をすると、役人たちの姿勢が良くなる。


「それで、どうなりそうなのかしら」

「サラセン海賊が一時拘留される港の施設に処分が決まるまで入って

もらうことになるわ」


 既に、長らく川賊を行っていた本職たちは処しているものの、ここで即解放ということにはならない。そもそも、若い男は奴隷漕ぎ手を何年か務める犯罪奴隷扱いになるであろうし、女子供もここで放逐されれば同じような奴隷同然の生活をするか、身を売るしかない。


 辺境伯家に相談するにも、一時身を寄せる施設は必要となる。行き先が決まるまでは、海賊収容用の仮監獄とでも言えばいいのか、そこに仮住まいして貰うほかはないのだと役人は言う。


「軍船の漕ぎ手はいつも不足しているから、そっちは問題なさそうなんだけどね」

「女性と子供をどうするか……なのね」

「はい。正直、これだけの人数の女性や子供を海軍の施設で保護することはできません」


 一時預かるのはともかく、そう長くいても困ることになる。子供や女性が長くいれば、心身ともに衰弱する事になるだろう。仮初とはいえ、村を築き物心ついてから生活していた場所から連れ出されれば、心も体も弱くなる。特に、生活の場があのコロッセオ村とでも言えばいいのか、囲まれた環境の中に限られていただろう女子供の影響は特に大きい。


「かといって、一人二人ならともかく、全員纏めてなんて、ねぇ」

「何組かに別れたとしても、出来る限り纏めて働けるように配慮してもらうようお願いする他なさそうね」


 港故に、働く場所はそれなりにある。荷揚げは難しいだろうが、その人足相手の食事処や宿での仕事、騎士団・領兵の世話、領主の城の下働きにも人手は必要となる。


 サラセン海軍との戦いに向け、ニースも出兵準備に人手が必要だ。出兵期間中の人手不足もあるのだから、それなりに仕事は与えられるだろう。





 彼女と一期生冒険者組はニース辺境伯家にご挨拶に向かう事になる。薬師組、二期生、三期生は魔導船に残り、川賊の収容された施設の手伝いや、ニースで得られる食材を市で購入し、試食するなど手分けして行うことになる。


 三期生の魔力無組には、料理人を目指す者もおり、領都ブレリアの宿屋領主の城で料理人を務めることで、リリアルに貢献したいのだとか。勿論、刃物捌きを磨く腕に余年はない。肉を切るのは、家畜でも人でも似たところはあるのだから。


「ハンモック暮らしもなれれば楽しいな」

「なに言ってんの? 波も穏やかだからそんなこと言えんのよ!! 大波で揺られる感じが何日も続いたら嫌になるに決まってるでしょ」


 お気楽な青目蒼髪に激しく反論する赤目蒼髪。どうやら、船酔いが酷かったらしい。そんなに揺れていないのだが、体質なのか船の揺れには弱いのだとか。


「あー 気持ち悪くなるのは胃とか揺さぶられるからなんだってさ!!」

「お腹の周りだけ身体強化を軽くしておけば問題無い」

「……知ってたら、早く教えて。今度からそうするわ」

「あれ? あれ基本じゃねぇのかよ」

「煩い!! なんで自分は知ってて私には教えないの!! 相方としてどうかと思うんだけど!!」


 そう、怒っている女性に余計なことを話しかけてはいけません。理不尽しか帰ってこないのだからね。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 辺境伯閣下に到着のご挨拶を行い、彼女と伯姪以外は与えられた客室へと引き上げる。客室とはいえ、従者・騎士用のそれなのだが、その後は食堂で食事が饗されるらしい。風呂にも入れて羨ましい限りだ。


「川賊退治をしてきたんだそうだね」

「はい。その際、アウニオ大司教猊下の甥である司祭を救出したので、アウニオに向かい送り届けてまいりました」

「あの司祭、貴女が誰なのか理解してなかったみたいよね。随分最後の方は偉そうになっていたし」


 世間知らずのおぼっちゃま司祭であった故に川賊に捕まり、彼女にも年相応の……冒険者の女団長のように扱ったのだ。一部は正しいし、本質は間違っていないのだが、王家から『侯爵』を賜り、サラセンとの戦いに向かう存在なのだから、教会の司祭如きが侮って良い相手ではない。


「それでも、教皇庁の聖騎士の方を紹介していただけそうなので、悪い出会いではなかったわ」

「教皇庁海軍に属する聖騎士……ということかな」


 辺境伯の問いに彼女は頷き、一先ず、紹介状を見せることにする。


「ふむ」

「面識のある方でしょうか」

「いや面識はないが、マルカ・クルン閣下は、教皇庁艦隊の司令官で、救援艦隊総司令官候補のお一人だ」


『マルカ・クルン』は法国で長く続く貴族の家系であり、傍系とはいえ母親は南保留王国の王女殿下であるという名門の御曹司。とはいえ、父親のやらかしで領地の多数を失った結果、法国の没落貴族としてはありがちな騎兵指揮官として武名を高め、教皇庁の覚え目出度く聖騎士と成る。


 教皇庁に艦隊司令官を務められるほどの海戦経験のある高位者がいないことから、陸戦とはいえ武名の知られているクルン卿が指名されたとのことだ。


「では」

「いや、あまり親しくならぬ方が良いだろう」

「そうなのですか伯父様」

「久しぶりに呼んでくれたねメイ。いや、そうじゃないか」


 聖王同盟(御神子教連合国)艦隊……サラセン軍からキュプロス島を護る為に海都国が教皇庁に要請し立ち上げられた艦隊構想なのだが、神国は協力的ではなく、言を左右にして教皇庁の要請には従わないのだという。


 海都国単独で救援艦隊を派遣したものの、季節柄か疫病が漕ぎ手の間に流行ってしまったため、途中の拠点で立ち往生し、結果として救援は極少数が増援と物資を送り込んだに過ぎなかったのだという。


「では、既に手遅れなのでしょうか」

「そこは何とも言えないよ。サラセンの艦隊は軍船だけで二百隻以上。海都国も船を毎日のように完成させているから、半年そこいらで数だけは揃えられるんだが……」


 辺境伯曰く、これまで海都国の漕ぎ手の多くは海都国の民ではなく今はサラセンの西進で削られている大沼国沿岸部の住民であったのだという。


「船乗りの多くは、ガレ国や大沼国の漁民たちだったんだ」

「住んでいた町や村がサラセン軍に占領されてしまい、募集もおぼつかないということでしょうか」

「なに根性ないこと言ってるのよ!!」

「いや、海都国も昔はそうではなかったようなんだが……」


 辺境伯はそういって、時代が悪いとばかりに話を続けた。





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