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第915話 彼女は『聖職者』を回収する

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第915話 彼女は『聖職者』を回収する


 激昂した女は『土牢』の中に落ちた拍子に死んだようで話は聞けなかった。かわりに、降伏した老婆の話を聞くに、この川賊のうち女性の多くと一部の男は元々はノーブル領の農村から逃げてきた者たちだというのだ。


「三十年くらい前、法国に出兵する時に村の男衆が連れていかれて……」


 当時、王領であったノーブル伯領は、戦争に向かう際、人足として村人の男性を連れて行ったのだという。戦争が終われば、あるいは、目的地まで荷物を運べば村に返すという約束で、賦役を課されたのだという。


 その後、一部の男は帰ってきたが、大部分は負け戦の途中で帝国兵に皆殺しにされたという。


「それで村を捨てたと」

「……はい。村に残っても、税を納められませんから。それで大変なことになる前に逃げました」


 最初は周辺の街や村で働かせてもらおうと考えたが、逃げ出した農民がまとまって過ごせる場所などあるわけがない。たまたま知り合った川賊の家事を賄うという条件で、一味に加わり生活してきたのだという。


 川賊と再婚したり、あるいは、川賊との間に子が生まれ、更に孫も生まれ。ここで暮らす大半の女子供はノーブルの村人と川賊の間に生まれた者たちなのだという。


 彼女は考えてしまう。ノーブル領は近い将来姉の領地となる。賊となっていた過去はあれど、戻せる場所があるなら戻してやりたいとも思う。リリアル領?受け入れる筋合いがありません。


 一先ず、川賊に拉致された人がいるだろうかと尋ねる。問い質すのだが、誰もが中々口を開かない。言いにくい事なのだろう。


「奴隷商人が来るのでしょう?」

「「「……」」」

「黙っていると……『死んじゃうぞぉー』……ガルム、黙りなさい」


 抵抗する年寄りを討伐し、意気軒高なガルム。恥ずかしい。






 川賊村で捕らえた者たちは縄を打ち、残されていた川船へと乗せる。『聖フローチェ号』の船倉はさほど大きくない為、川賊若手で一杯である。老婆と中年女の生き残り、若い女、子供と分け、三艘に分乗する。親と離れ離れになった子供が泣き始めるが、今すぐ別れるか先で分かれるかの差でしかない。年嵩の子供が

宥めているが暫くは泣き続けるだろう。


 一人の童女が彼女と灰目藍髪を先導する。奴隷商人に受け渡す予定の人が監禁されている牢まで案内させているのだ。案内に選んだのは、食事を持っていく役目を与えられていたから。


 どうやら、剣闘士の控室代わりにあてがわれた半地下の個室が牢として使われていたようだ。歩けない可能性もあるので、水魔馬を連れてきている。


「こ、ここです」

「そこで待っていなさい。逃げないように」

『逃げないように!!』

「あ、妖精さん……」


 彼女の頭の上にはリリが乗り、周囲を少し明るくしている。そしてどや顔ピクシー。童女は目を見開き驚くと同時に、指先を向けてまるで蜻蛉を誘うように上下させている。羽は似ているが、蜻蛉ではない。


 幾つかの部屋はニ三人ずつ捕らえられており、手足は特に拘束されていない。鉄で補強された木製の扉、食事を渡す隙間が下に少しだけ開いている。半地下なので、天井に近い高さに格子の入っている開放部があり、空気穴を兼ねている為か、湿気は酷いが息苦しさは感じない。沼の中の陸地なので、湿気を避けるために掘っ立て小屋は観客席に建てられていたのだと今さら気が付く。


「助けに着ました。順番に扉を開けますので、扉から離れて待っていてください」


 扉の中から、泣き声や歓喜の声が聞こえてくる。どうやら、声が出ないほど衰弱してはいないようだ。


 最初の扉の中には若い女性が二人、二番目の扉からは少年と言っても良い年齢の男性が三人、三番目の扉からは中年の女性が二人、そして四番目の扉に入っていたのは司祭の服を着た若い男性と、従僕らしき二人の中年男性。


「あ、貴女は誰ですか」


 若い司祭が彼女に問う。


「司祭様、通りがかりの者です。私たちも川賊に襲撃されたのですが、幸い返り討ちにする事が出来ました。捕らえた川賊を尋問し、拠点となっているこの場所を制圧し、捕らえられた方達を救助しているというところです」

「おお、神よ。私たちをお救い下さいありがとうございます!!」


 彼女は内心「神ではなく、目の前の救助者にまず礼を言うべきでしょう」

と思ったが、面倒なので聞き流すことにする。


『助けたのはアリーなのに、この人頭おかしいのかなー』


 ある意味、ピクシーの言う事は正しい。何でもかんでも神様のお陰だと考えるのはどうなのだろうか。少なくとも、良き隣人である彼女にも感謝を伝えるべきだとおもう。大体、神様だって目の届かないことが沢山あるんじゃないのだろうか。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 救助した十人は、『聖フローチェ号』に乗せ、簡単な治療をしたのち先に最寄りの河川港でいくばくかの路銀を与え下ろそうと考えている。川賊の生き残りはそのままニースに連れて行き、ノーブル領で受け入れるかどうかは姉次第。姉が拒否するならば、ニース辺境伯に委ねようかと考えている。漕ぎ手奴隷と交換条件なら受け入れてくれるに違いない。


「お願いがあるのです」

「……どのような内容でしょうか」


 嫌な予感がしつつも、彼女は若い司祭の話を聞くことにした。


「私は、教皇庁領アウニオの総督の甥なのです。アウニオに向かう途中で川賊に捕らえられここに暫くおりました。あなた方がアウニオに立ち寄り、総督府まで私を送り届けていただけるなら、相応の礼をさせていただきます。如何でしょうか?」


 礼はするからアウニオ迄送り届けろ……とそう言っているのだ。彼女達の身なりは軽装の軍装であることから、傭兵かなにかと勘違いしているのだろう。実際、王宮からは傭兵(海軍)として便利に扱われている途上なので否定はしない。


「さて」

『ま、アウニオは通り道だからいいんじゃねぇの』


 アウニオは南都から川を下って200㎞ほどの距離であり、ここから半日も下れば通る川沿いの街である。川賊を連れた船は先行させ、アウニオには少数で送り届け後を追えば良い。断る方が面倒だろう。


 彼女は司祭に了承の旨を伝える。司祭は当然だとばかりに笑顔で頷く。これは、周りから拒否されたり否定されたことのないボンボンの笑顔だと彼女は感じる。つまり……ガルムと同じ系統だ!!





 彼女と伯姪は打合せをする。『聖フローチェ号』では川賊一党を載せきれないからである。この沼から流れる支流には『聖ブレリア号』を出す程の幅も深さもないため、暫く下り、どこかの中州で一度川船を止め、『聖ブレリア号』を出して乗り換えさせることにする。


「本当に送り届ける気なの?」

「本来の身分を名乗っても、教皇庁と王国で諍いになりかねないもの。通り道で送り届けるくらい問題ないわ」


 彼女と灰目藍髪と茶目栗毛の三人を別行動とする。水魔馬に魔装箱馬車を引かせ、馭者台に二人、従者は後ろの架台に乗せ、彼女と司祭で向かうのが最も良いだろう。『聖フローチェ号』と『リ・アトリエ号』は彼女の魔法袋で収納しておく。


「送り届けたら、三人で二輪馬車に乗り換えて追いかけるわ」

「それなら、途中で追いつくかもしれないわね」


 真南に川を下り海に出てから東に進むのと、アウニオから内陸の街道を南東に進むのでは距離が短くなる。魔導船より魔装馬車それも二輪で水魔馬が疲れ知らずで追いかけるなら、ニースに先につくのは彼女たちのほうかもしれない。


「川賊たちには水だけでもいいと思うわ」

「そうね。食べれば出さないとだもの。二日くらい水だけでも、死にはしないわね」


 空腹ならば、反抗する気力も失せるだろう。最初は色々喚き散らすかもしれないが、船倉の天井を閉めてしまえば煩いのは自分たちの方だ。


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 一旦、ローニャ川の本流に戻り暫く下った中州に船を止め、『聖フローチェ号』と『リ・アトリエ号』が牽引する川船から、『聖ブレリア号』へと一行が乗り換える。『聖フローチェ号』を収納し、『リ・アトリエ号』に途中で虜囚となっていた十人と彼女達三人が乗り込む。ちょっと狭いが、我慢してもらいたい。


「すごい魔法袋だな」

「……魔力量には恵まれているので」


 若い司祭はすっかり地金がでてきており、使用人に接するように彼女に話しかけてくる。相手をするのも面倒なので、はいはいですねと聞き流し、先を急ぐ。


「しかし、あの大きな船は素晴らしいな」

「王国でも数えるほどしかない魔導船です」

「そうか。教皇庁に寄進する気はないか」


 何言ってんだてめぇ!! という視線が灰目藍髪と茶目栗毛から若い司祭に突き刺さるが、ガルム同様気が付く様子はない。ガルム本人がいなくて本当に良かったと彼女は思う。


「残念ながら私の一存ではお答えしかねます」

「そうだろうな。叔父上にお話して教皇猊下から王国に命じさせよう」


 王国は教皇庁に対して融和的だが、指示命令は一切聞かないし、王国内の大司教を始め高位聖職者は国王が推薦し、教皇庁が承認することになっている。魔導船を強請りたかりしようとしても無視するだけなので言えば良い。どうせ金の無心くらいで、大したことは言っていないのだ。





 アウニオに到着し、虜囚となっていた七人はここで別れることになった。アウニオ迄の船に乗り、ここから徒歩で近隣の街や村に向かう途中で捕らえられた者たちで、捕らえられて一月ほどなので帰れる場所はしっかりあるとのこと。路銀を貰ったことに恐縮していたが、その原資は川賊の拠点で接収した財貨から支払われている。


「総督府へ向かいを寄こさせよう」

「馬車の用意は出来ますので、それで向かいましょう」

「……用意がいいな」


 若い司祭は魔法袋から取り出された箱馬車に乗り込み、灰目藍髪と茶目栗毛は水魔馬を馬車へと繋ぐ。従者が後ろの架台に立ち、彼女も乗り込むと馬車はゆっくりと進み始める。


 余り荷馬車が揺れないので、若い司祭は彼女に質問する。


「この馬車は特別なのか素晴らしいな」

「王国でも数えるほどしかない魔装馬車です」

「そうか。教皇庁に寄進する気はないか」


 同じことの繰り返しである。教皇庁に寄進するのは、何らかの見返りを望むからであり、彼女自身はなにも望むことはない。いい加減にして貰いたいと内心思う。


「揺れずに走ることができるのは魔力を通して車体を安定させているからです。相応の魔力操作ができないと、このように滑らかには走らせられません」

「……魔力か。それは難しいな」


 魔装馬車を長時間状態保持できるほどの魔力持ちなら、聖職者にならず魔術で身を立てている。聖職者に魔力持ちは少なくないが、司祭や司教が自ら馬車の操作をするわけでもない。なので、宝の持ち腐れにしかならない。王妃殿下は自ら操る魔装二輪馬車で遠駆けする事を好むが、自身の持つ潤沢な魔力あってこそなのだ。


 因みにこの若い司祭の魔力量では、リリアルに入ることができない程度でしかない。





 総督府に馬車が到着する。停止した馬車に、門衛が誰何する。


「ここはアウニオ総督府である。如何なる用事か」


 馭者台から灰目藍髪が答える。


「この馬車は、王国海軍提督代理、アリックス・ド・リリアル侯爵閣下の御乗り物である。恐れ多い事に、総督殿の甥御を川賊から救出し、ご本人経っての願いで送り届けたものである。我ら先を急ぐ!! 速やかに開門し、甥御殿を送り届けさせよ!! でなければ、この場に放り出す!!」


 架台から飛び降りた従者が馬車の扉を開け、若い司祭を引き摺りだすように降ろす。


「こ、こ、こ、これはよ、ようこそ、侯爵閣下……」


 先ほどまでの尊大な振舞はどこ吹く風、地面に膝をつくように頭を下げ、彼女に声を掛ける若い司祭。


「お見送りはここまででよろしいでしょうか司教殿」

「ももも、勿論でございます。わざわざお送りいただきありがとうございました」


 馬車をよく見れば、王家の紋章と色違いのリリアルの紋章。王家が濃い青地に濃い黄色の百合の花を模した紋章であるのに対し、空色に白の紋章がリリアルのそれ。視野が狭いのか、どうやら馬車に乗る際には気にならなかったようである。


 すると、総督府の建物から、一団の衛士と聖騎士が現れる。どうやら、

このまま返しては貰えないようである。


「先生、教皇庁に伝手ができるかもしれません」


 茶目栗毛が馬車の中に向かって声を掛けた。今回の遠征は、海都国と神国が中心であるが、教皇庁も深くかかわっている。王国も教皇庁に対しなにか窓口となる存在を彼女には示さなかった。ニースとその伝手でマルス島騎士団の後ろについていけばよいと考えているのだろうが、直接、内情を探れる教皇庁側の窓口が得られればより良くなるだろう。


 馬車の前で一礼をする聖騎士から声が掛かる。


「失礼いたします。リリアル侯爵閣下でございましょうか」

「如何にも。アリックス・ド・リリアルです。恐れ多くも、このたび海軍提督代理の任を賜り、キュプロス島救援の助力の為、ニースに向かうところです」

「!!」


 若い司祭の顔色が一段と白さを増す。既に驚きの白さである。


「お、お急ぎの所大変恐縮でございますが、総督である大司教猊下がご挨拶させていただきたいとの申し出でございます。お時間いただけますでしょうか」


 一段と恐縮した聖騎士に「短い時間なら」と許しを与え、彼女を乗せた馬車はそのまま総督府の奥へと向かうのであった。司祭を残したまま。




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