第913話 彼女はマルセルを素通りする
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第913話 彼女はマルセルを素通りする
「川賊退治ですか」
「この辺りに潜んでいる川賊村ごと捕捉したいのよね」
『是非やろう、今すぐやろう』
「ガルム……煩い」
自分より格下だと確信した川賊に対し、強気になるガルム。赤目銀髪が汚物を見る視線で威圧すると静かになるガルム。当然勝てない相手には逆らわないのがガルムの処世術。姉上にそう教わった!!
川賊退治は海賊退治の前哨戦。水の上での戦いというものを体験しておきたいというところだ。
「まずは、川賊に襲撃してもらって捕縛。その上で、拠点に向かい制圧することになるわね」
「あ、あの」
恐る恐ると言った雰囲気で、黒目黒髪が話しに加わる。一期生の中で、前線に出ることの少ない黒目黒髪だが、今回は襲撃される囮を務める『聖フローチェ号』の操舵手を務めている。つまり、囮の中のオトリ。
「大丈夫!! あたしが護るから!!」
「そ、そうじゃなくって……全員掴まえるんですか?」
「ああ、そういう意味ね。いつもは討伐したら穴掘って埋めるとかだから」
生かして掴まえるか、生死は問わず討伐するか。これが街道沿いの野営宙に襲撃され、王国内であれば近隣の街の衛士にでも引き渡すのだが、川の上での襲撃の場合、どこが管理しているか一々確認するのも面倒だ。ニースに向かうついでの討伐、後始末に時間を掛けたくはない。
「若い者を何人か残しましょう」
「そうね。拠点への道案内と、後に犯罪奴隷にするなら若い方がいいものね」
伯姪の言う犯罪奴隷の使い道は、ニース海軍や聖エゼル海軍が使い潰すガレー船の漕ぎ手ということになる。神国あたりは、異端審問などで掴まえた処刑未満の犯罪扱いの者をガレー船の漕ぎ手にしているとも聞く。あからさまな冤罪・嵌められた者もいるだろうが、財産没収の上、労働刑という名のガレー船の漕ぎ手。平均余命は鉱山より短い一年程度と言われる過酷な場所である。実質、死刑宣告と変わらない。
「それと、拠点に捕らえられている者や、サラセン海賊との繋がりがあれば、その情報に繋がるものも欲しいわね」
海賊は毎年定期的に現れる。奴隷とする為に捕らえた人を引き渡す時期と場所が明確になっていれば、その場所で待ち伏せすることもできるだろう。サラセン海賊の取引場所で海賊を討伐できれば、有期刑に切り替えても良いと条件を出せば、川賊の者たちも協力するかもしれない。
「中州の近くに投錨して、周りから分かりやすいように野営しましょう」
『なら、リリが近づいてくる悪い奴を見つけるね!!』
ピクシーのリリもそうだが、水魔馬のマリーヌにも協力させたい。
「お任せください」
「よろしくお願いするわ」
襲撃に使われる船の大きさはせいぜい『リ・アトリエ号』と同程度の平船であろうと考えられる。一枚帆に数人で漕げるオール付きの輸送や漁師が使える船だ。
「何人ぐらいいるのかしらね」
「さあね。二十人くらいじゃない?」
「いやいや、五十人くらい来てほしいです!!」
「百人でも問題ないぞ。所詮、農民崩れの川賊だろ? 傭兵よりも弱いんじゃないか」
街道を行く隊商であれば、相応の数の護衛の冒険者なり傭兵を雇うが、川の上を移動するのは安全だと考え、噂を噂として判断した商人が襲われているのだと考えられる。船に乗っているのは船頭などが数人と、荷主の関係者が幾人か。安全を期するなら、川の途中にある『港』に夜間は停泊すればよい。食事や休息のためにもそうするのが主流だ。
反面、先を急ぐ船は、無理をしてでも移動を優先する。結果、中州などで停泊し、川賊の餌食になるのではないだろうか。川賊も船ごと接収し、荷物と人は売り払うなり自家消費することで足がつかなくなる。船が消えた、荷物が届かないとなれば、荷物に付けた使用人が船ごと盗んで逃げた可能性もないではない。捕まった人間が逃げ出し、川賊の被害を伝えればその存在も露見するのだろうが、そうなっていないことから「噂」止まりであるのだろう。
魔装銃手と操舵手の黒目黒髪は『聖フローチェ号』にとどまり、三期生と赤毛娘と伯姪と歩人は中州で囮となる野営を行う。
「ああ、やだやだ」
「一番年上の癖に情けない」
「ばっか!! 怖いのは年齢関係ねぇんだよぉ!!」
おじさんは情けない。彼女と他の冒険者組は『リ・アトリエ号』で中洲の見える位置の川岸に仮停泊し、襲撃が発生次第、相手の船を抑えることになっている。灰目藍髪&マリーヌは逃走する川賊船を足止めする役割りで待機。水魔馬は水を操り行動を阻害する能力が高い。人を水に引き摺り込んだり、あるいは水草などを絡みつかせ船の行動を阻害することもできるのだ。
海でなら、海藻が操れるかどうかも確認しておきたいところだ。
「皆、怪我のないように心がけましょう」
「「「「おう!!」」」」
意気の上がる一期生に対し、ビビる二期生、ワクワクが抑えられない三期生という対照的な反応。海賊討伐に向け、良い実践訓練になれば良いなと彼女は考えていた。
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彼女は『リ・アトリエ号』の甲板に出された魔装荷馬車の中のハンモックの一つに乗り仮眠を取っていた。野営の際なら、真夜中近くの襲撃が想定されたが、川の中での襲撃を夜中に行うには明るさが足りない。見張は川沿いに潜んでいるだろうが、何十人かで襲撃してくることを考えると、ある程度の明るさは欲しいところだ。船倉を漁るにしてもくらい中では難儀でもある。
『海賊の前に川賊とはな』
「ふふ、経験不足の子たちもいるから、丁度いいでしょう」
『お前の考えくらいわってるぞ』
父子爵が統治することになる南都周辺の王太子領。陸路の安全は騎士団の警邏で改善しているものの、潜んでいる『川賊』の被害は噂こそあれ把握されていない。ついでに討伐しておけば、父親の負担も軽くなる。一石二鳥であると彼女は判断しているのだ。
『あいつは、母親に似ず優しくいい奴だからな』
「父のことはどのくらい知っているのよ」
『当主交代までだ。婆さんは俺の加護を与えていたし、それまではある程度身近にいたからな』
『魔剣』が人であった頃は、『御老公』の世より二百年は遡る。過去のことをあまり話さない『魔剣』だが、彼女以前に『加護』? 育てた家人のことはそれ程話を聞いていない。祖母は『魔剣』と行動を共にしていた時期があるが、父はないということは理解できた。
『親孝行したいときに親は無しというからな。今のうちだ』
彼女はリリアル領、姉はノーブル領、父は南都と別れてしまうと中々会う機会もこの先無いかもしれない。お互い忙しい身でもある。最近はめっきり王都の子爵邸に顔を見せる機会も無くなっていた。
「この遠征から帰ったら、ゆっくり顔を見せに行くわ」
『リリアル領のための伝手やコネも今のうちに紹介しておいてもらうんだな。王都から離れれば、影響力も無くなるだろ?』
王都の代官は別の家に引き継がれることになる。彼女の家の役割りであったそれは、王都を離れることでなくなるのだ。まあ、祖母が存命中であれば、父が王都を離れても問題ない気もするが。男親は娘に甘いというし、リリアル領の為になるのであれば、精々、顔つなぎをしてもらうのも親孝行だ。
『アリー、集まってきたよー』
空の端が明るい群青に変わる時間帯、『リリ』は彼女の耳元で川賊襲来の報告をしてくれた。『リ・アトリエ』に乗る冒険者組に声を掛け、軽く水を飲んで頭をスッキリさせる。
「リリ、何人くらい来ているのかしら」
『五隻の川船で、人数は三十人……より少し多いくらい』
「魔力持ちはいるかわかるかしら」
『船ごとに一人かな。偉そうにしているよ!!』
魔装荷馬車を魔法袋に仕舞う。
「全力前進?」
「いえ。近くまで川の流れに乗って近づくわ。川賊の船が中州に乗り上げるタイミングで自身で魔力壁を作って走ってちょうだい。船は仕舞うわ」
「そりゃいい。あいつらの船は全部、ぶっ壊しちまっていいですよね!!」
青目蒼髪、暴れたいらしい。
川賊の川船が再利用できるとは思えないので、破壊は承知しておく。足を奪い、慌てさせるのも敵を揺さぶる良い手段だろう。
中州では焚火が焚かれていたのだが、それを目印にしていたところ川賊の上陸が遠目に見えた瞬間、あっという間に見えなくなる。
『土壁で覆ったな』
「セバスも随分と手慣れたものね」
『あれだけやらされりゃ、誰だって上達するだろうな』
泣き言を言いながら、『土壁』『土牢』をリリアル領内で続けてきた歩人。常ならば、彼女が仮の防御拠点を土魔術で促成するのだが、今回は奴に任せたのはその辺りにある。
「そういえば、ガルムはどうするのかしらね」
『あ、魔力壁……』
「背負ってやろうか?」
『男の施しは受けぬ!!』
『リ・アトリエ号』は、収納する予定。冒険者組は全員、魔力壁で足場を作って水上を駆け抜け、川賊を背後から討伐する予定なのだ。ノイン・テーターのガルムはそれができない。そもそも、生身の頃からできない。
「リリ、申し訳ないのだけれど、マリーヌを呼んでもらえる。ガルムを乗せて欲しいのよ」
『わかった!! よんでくるね!!』
この場合、灰目藍髪の後ろにタンデムで乗る形になるのだが、灰目藍髪が嫌がった場合、泳いでもらおうかと思う。なーに、溺れたって死にはしないんだからかえって免疫がつく。
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マリーヌの合流が間に合い、ガルムは「裾が濡れる」と文句を言っていたが、全身ずぶ濡れとどっちがいいか選ばせた結果、渋々、灰目藍髪の後ろに乗る。
「体に障らず、後ろの鞍の握りを掴んでください」
『わ、わかっている。女性に無暗に触れることはしない』
常に紳士たれ、ガルムはそう姉に教わっているので素直に答えた。
既に、彼女以外の冒険者組は中州に突入しており、鈍い打撃音や悲鳴、燃え上がる川船が遠目に見て取れる。何体かの川賊の死体であろうか水柱を上げて川に投げ飛ばされている。
『始まってんな』
「ガルムのせいね」
いや、連れてきた判断が悪かったのではないだろうか。とはいえ、盾替わりに使うつもりなので、今回は出番が無かったというわけだ。
川賊側から、小火球が土壁に向け放たれ、パンパンと炎がはじけ飛んでいる。木材ならともかく、土の壁それもおそらく中洲の土なので湿り気の多いものなのだろう、小火球など何の効果も無いのだが、何かの一つ覚えのように小火球が交互に放たれている。
「昔の騎士団みたいね」
『魔術は使い所があるからな。魔力無の奴らからすればビビるだろうけどよ』
多少魔術の心得のある者からすれば、「まるでなっていない」というところ。
威嚇にすらならない。
「おい」
「川の水汲んで消せ!!」
「そんな事は後でいい。あのデカい船を奪って帰ればいいんだ!!」
燃え上がる川船の火を消そうと川の水を手で汲んで掛ける者、土壁に向かい突進し、駆け上がったところを羊飼いの斧や短槍で突かれ転げ落ち動かなくなる者。
「うぉりゃあぁぁ!!」
「グギャ」
DOBONN!!
棘付木製鈍器のフルスイングで川の中に弾き飛ばされるもの。中州は祭りの賑わいである。
襲撃者の半数は打倒されるか魔装銃に狙撃され転げ回っている。焚火の火と川賊の燃え上がる川船の炎に照らし出され、敵味方が薄明りの中、わかりやすくなっている。
「動いていない賊からよく狙って撃ってよぉ!!」
碧目金髪……今回は指揮に徹するようだ。面倒だからじゃないよね。
POW!!
POW!!
「があぁ!!」
「ふ、伏せろ!! マスケットに狙われているぞ!!」
「ば、ばっか、伏せたって、あの船の甲板から狙い撃たれて……うぎゃ!!」
土壁を越えられず、中州に取り残された川賊の生き残りは、徐々に明るくなる中、断っている者から優先的に魔装銃の狙撃で打ち倒されていく。リリアル冒険者組は、後方に控える、あるいは魔術を放つ川賊を打倒し、無力化していく。
「こ、降伏する!!」
「賊に降伏は認められていない」
赤目銀髪が無情に首の後ろに刃を突き立てる。三十半ばの川賊が倒れ伏す。世間では三十半ばは若者ではないのだ。
次々と川賊が倒れ伏す中、徐々に空は明るくなる。中州に呼び寄せられた川賊たちは、こうして一網打尽にされたのであった。
『うう、足元が濡れて気持ち悪い』
マリーヌから中州に降ろされたガルムが鬱陶しい。
三期生は、二人一組になる倒れている川賊の脚に短槍を突き刺したり、羊飼いの斧を叩きつけたりして死んでいるかどうかの確認を始める。死んだふり、あるいは気絶していた川賊たちが飛びあがるように起きると、顔を見て止めを刺したり、無力化したりする。若者は生かし、そうでなければ排除する。その辺り、訓練を受けた三期生達は淡々とこなすことに躊躇がみられなかった。
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