第912話 彼女はブルグントと南都を素通りする
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第912話 彼女はブルグントと南都を素通りする
ヌーベ征伐の後始末もあり、ブルグント公は公都を離れているようで、これ幸いと、彼女はブルグント公爵邸に「先を急ぐので、行きは立ち寄りません。帰りはご挨拶いたします」とだけ手紙を残し、南都へと急いだ。
南都には南都総代官の引継ぎ中である彼女の父である子爵が滞在しているはすだったが、これもスルー。するはずだったのだが……
「素っ気ないことこの上ないな」
「親離れが出来ているというものです」
どうやら、南都周辺にリリアルの一団が近づいてきたら総代官に連絡するように指示が出ていたらしく、リリアルの馬車列に騎馬の一団が迫ってきたと思ったら、父子爵がその先頭を走っていたのである。
そのまま知らんふりをして過ごそうと思ったのだが、彼女と伯姪の乗る箱馬車は、正式なリリアルの紋章入りの馬車であったので、誤魔化しようがなかったのだ。失敗!!
彼女は馬車の馭者台に移動し、前に進みながら並走する父親と会話する。
「侯爵位を賜ったそうだな」
「押付けられた仕事に必要な権限の行使に必要な爵位です。戻れば、お返しするつもりです」
『侯爵』・海軍提督代理なんて肩書をいつまでも持っていると、ついでに、新大陸へ行ってどうこうなどと新しい面倒事を押付けられかねない。なので、彼女は早々に侯爵の爵位を返すつもりなのだ。地位にはそれに見合った責任が求められるのだが、伯爵・領地経営だけでも十分な重荷であり、問題は山積みなのだ。誰か代わって欲しい、切実に!!
父子爵は彼女の性格と、当たられた仕事の重さを理解しつつ、子爵の家から侯爵が出たことを素直に喜び、彼女の王国への後見を素直に賞賛する。誰に賞賛されるより一番に嬉しく感じる彼女がいた。
とはいえ、彼女のことを賞賛してくれる身内は、今も昔も父親だけなのだが。祖母や母は彼女を褒めないし、姉は褒めている態でいじっているだけなのだ。そういう意味で、彼女は父親のことが家族の中では最も居心地の良い存在であると感じていた。
暫くの会話の後、前を向き無言で歩みを進める。
「今回はどのくらいかかりそうなんだ」
「さあ。半年か、一年かわかりません」
「そうだろうな。始めるのは簡単だが、終わらせるのは大変だ。まして、異教徒との戦争。どちらかが大敗北する迄は止まらんな」
法国戦争において王国は四代に渡り戦争が続いた。先代、先々代の御世はほぼ戦争し続け、現在の国王の初めの十年は戦争の始末で終始していた。敵と味方は入れ替わりつつ、王国と帝国は終始敵対し続けていた。先王は帝国皇帝位が空位になった際は、皇帝選挙に参加しようと、選定候たち対し選挙活動で多額の資金を費やした。相手も同様であり、帝国最大の銀行家を財布にした神国国王の父親が皇帝位を手にした。
金貨袋での殴り合い、戦争に皇帝選挙だけでなく、城館づくりまで王家の資金を蕩尽し続けた結果、今の王国王家のお財布事情は厳しい。今の王太子が国王となり、その子が後を継ぐ頃までは借金返済がかかりそうなのだと聞いている。
金を借りるのは簡単だが、返すのは大変なのだ。踏み倒し、貸主を潰せばその悪名は長く続く事になる得策ではない。連合王国の父王相手に金を貸した法国の銀行家のいくつかは踏み倒されて潰れたとかで、女王陛下は法国からは金を借りられず、ネデルの銀行家に頼らざるを得ないことも、神国・教皇庁と対立する姿勢を見せざるを得ない理由でもある。
人を最も傷つけるのは空の財布というラビ人の格言があるが、まさにその通りだ。
「いざとなったら逃げかえると良い。なに、表向きは義勇軍のようなものなのだろう? 負け戦で最後まで踏ん張る必要なんてない」
『戦争なんて行くな』と言える身分でも立場でもない父親は、彼女に対していえるのは「いのちだいじに」ということ以外はない。
「人の命を預かる立場ですもの。死ぬつもりも、無駄死にさせるつもりもありません」
「その通りだ。教皇とその周囲が納得する程度に戦いなさい。主導権は神国の国王代理か海都国の海軍提督当たりの綱引きで決まる。あとは、どれだけ侮られようとも、こちらに瑕疵を押付けられぬよう立ち回るかだ」
外交交渉など経験もするつもりも無かった彼女であるから、ここは姉の夫である海軍提督に丸投げし、自分たちのいいように振舞うに限る。そこは、在りし日の姉の姿を真似するとしよう。
南都の市街を通り抜け、やがて川の流れの緩やかな場所へと至る。この辺りに魔導船を出せそうだと考え、馬車の列を止める。
「どうした」
父子爵が彼女に問う。
「この辺りに魔導船を出します」
「ほう。では、見ていても良いかな」
「構いません」
ワラワラと馬車から降りてくる少年少女に、父親はにこやかに挨拶をし、彼女のことをよろしく、皆無事でかえって来るようにと声を掛けている。一瞬ぽかんとする子もいたが、元気よく「必ず帰ってきます」と異口同音に答えている。
魔装馬車を仕舞い、一先ず試作船 10m級魔装クナール船『リ・アトリエ』を浮かべる。どうやら問題ないようだ。
「これにこの人数は乗るまい」
代わりに魔装馬車を魔法袋に入れる彼女。その父親の問いにこたえるかのように、二番艦 18m級魔導ホイス船『聖フローチェ』号を浮かべる。
「ひとまず、この二隻で川を下りましょう。一番艦はもう少し水深のある場所の方がいいのよ」
二期生三期生達はわらわらと『聖フローチェ号』へと乗り込んでいき、早速、日除けの布を甲板に張り始めた。一期生は冒険者組が試作船に懐かしいものを見るように乗り込んでいく。
「あたしは」
「大きい船がいいよ。揺れないし」
赤毛娘は黒目黒髪に引きずられるように『聖フローチェ』に乗り込んでいく。操舵手は黒目黒髪の仕事なので当然と言えば当然。
何故か、灰目藍髪は嫌がる碧目金髪をタンデムの鞍の後ろに乗せ、水魔馬で水上を暫く走ってみると言い出した。
「川なら問題ありませんし、水上を行くのも慣れたいのです」
「慣れたくないのですぅ」
海賊相手に水魔馬で強襲を仕掛けたいようだ。
『リリも海豚なら操れるよ!!』
対抗するように、彼女の頭の上に現れたピクシー。ピクシーは動物を操ることができるようで、海なら海豚を操って敵を襲わせると自己申告してきた模様。決して、海豚の背に乗せるわけではない……はず。
父親は最初驚き、やがて嬉しそうに笑い始めた。
「これほど頼りになる仲間がいるのだ。何も心配するまい」
彼女はその通りとばかりに頷き、父は彼女の肩を強く抱き、「元気に帰っておいで」と声を掛けた。
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先に行く『聖フローチェ』に続き、彼女を乗せた『リ・アトリエ』が川を下っていく。岸には、既に小さくなった彼女の父親が馬上からいつまでも手を振っている。
「優しそうなお父さん」
「そうね。とても優しいわね」
赤目銀髪の言葉に、彼女も同意する。試作船と並走するのは水魔馬。馬上の二人が話しに加わる。
「でもお仕事大変そうでした」
「王太子領の総代官になられるんだから、楽じゃないのは仕方ないですぅ」
姉に爵位を譲って、自分は法衣子爵となる予定の父。南都ならば姉の領地のなるノーブルは目と鼻の先。単身赴任継続とはいえ、会おうと思えばいつでも会える距離となる。父はともかく、母はその事が嬉しいだろう。無事に姉の子が生まれてくれればよいのだが。
南都から海までは約300㎞ほど。川の流れのままであれば数日かかるのだが、流れが緩やかになる下流・河口付近になれば魔導外輪を使い、馬ほどの速さで進むことになる。
凡そ二日もあれば海に出られるだろう。
川の中央を流れに任せて降る。水魔馬の馬上で並走するのに疲れた碧目金髪が泣き言を言うので『リ・アトリエ』へと引き上げる。水魔馬自身は自分の力で泳いでついてくる様子だ。
「後ろから見ていると、あまり大きくは見えないな」
「比べるのが聖ブレリア号だからでしょ? 川船としては凄く大きいじゃない」
藍髪ペアは船首に立ち、先行する『聖フローチェ号』を見つつ話をしている。赤目銀髪は魔装荷馬車を出してもらい、既に荷台のハンモックで休息中。
そして。
『ショボい船だな』
ガルムが煩い。
「黙らないと、船の縁に立たせていつまでも周回させますよ」
『……』
剣の腕ですでに敵わない灰目藍髪の冷たい一言に押し黙るガルム。二期生三期生のいる前なら、色々言えるのだが、討伐された相手である一期生冒険者組の前においては色々言い張れるほどではない。ガルムは弱い、不死者であることを除けば非常に弱い。首を斬り落とされても死なないという点がなければ、一期生冒険者組には全く敵わない。
ガルムは最弱……とまではいわないが、冒険者組の敵ではない。ノイン・テーターの出力は魔力持ちとしては中程度であり、魔術も使えず加護も持たないのだから、いろいろ備わっている者からすれば不意打以外特に気にする相手ではない。
とはいえ、不死者は不死者。海賊相手には弱者を蹂躙する姿を発揮してくれると期待している。弱い者には強く出る。それがガルム。甘えんボーイガルムなのだ。
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流石に大きな船であることもあり、夜間に浅瀬に乗り上げるような事故を避けたいと考えた一行は、川の中ほどで錨を降ろして暗くなっては進まないようにしている。
中州でキャンプは危険であるし、船上で寝る訓練にもなると考えた結果ではある。
「お邪魔するわよ」
『聖フローチェ号』から魔装壁の足場を蹴って伯姪がやってきた。
「提督代理副官殿がお越しだ」
「……代理の副官ってなんだか微妙よね」
副元帥に提督代理の彼女に対する攻撃だろうか。いや、悪意のない言葉ほど、人を傷つける。
狭い船の上での話し合い。何人か冒険者組を『聖フローチェ』に回して欲しいということなのだ。
「それはそうかもしれないわね」
『迂闊だな』
『魔剣』に指摘されるまでもなく気付くべきであった。今のリリアルは一期生冒険者組が班長となり活動している。二期生三期生はその指示で仕事をすることが前提となっており、班長層が急にいなくなって指示命令系統に問題が生じているらしい。
「わ・た・し移動しまーす!!」
「じゃあ俺達も、ニース辺りまで移動するか」
「班長だしね。いいわ」
碧目金髪、蒼髪ペアが名乗りを上げる。班長でないのも若干含まれているのですが何か?
「それと、マリーヌに『聖フローチェ』の停泊時の周辺警戒をお願いしたいと思っているわ」
街には盗賊、山には山賊、海には海賊……そして川には川賊がでる。海賊の河川版で、小舟や筏で夜間に乗り込んできて水辺や川岸で休息している隊商や旅人を襲い、商品を奪い、人を攫うとか。
「この辺には流石にいないでしょうけれど、河口が近づくと湿地帯の中には隠れ里のような場所もあってね。真夜中は微妙だけれど、払暁なんかの時間帯を選んで襲ってくるみたいね」
ニース海軍やその関係者を襲う事はないが、今回、リリアルの船は遠目には大きな商船にしか見えない。襲ってくる可能性は十分にあるというのが伯姪の判断だ。
「冒険者組を乗せたいのもそれが一つの理由なのね」
「ええ。暗い時間に攻め寄せられて、船に乗り込まれたら魔装銃兵だけだと抵抗できそうにもないから」
距離を取ってこそ意味がある魔装銃手たちだ。待伏せや遠距離からの射撃ならともかく、乗り込んできた賊に対抗するには経験も装備も不足している。
「ガルムも連れて行っても良いわよ」
「驚くかもしれないけれど、正直足手まといになるわ」
『……そんなことないもん!!』
幼児退行するのガルム。良い年したノイン・テーターが『もん』ではない。
三人が先に移動し、伯姪は彼女と少し話を続けている。
「そういえば、川賊なんだけど、気になる噂があるのよ」
伯姪曰く、川賊の盗んだ商品や攫った人間がどこに売り出されているのかがさっぱり不明なのだとか。盗品市や盗品買取専門の商人に売り渡しているのではないかという話なのだが、その実……
「サラセン海賊の下請けをしているという噂があるわ」
「……許せないわね。生かして捕らえて……吐かせましょう」
王太子領となった範囲は内海沿岸に広く存在し、王国の統治下にはいって日は浅い。領主も領民も潜む賊も王家の威光に従っているとは言い難い。総代官を務める父子爵の助けになるかも知れないと、彼女は一段とヤル気を出すことにした。
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