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第910話 彼女は新『御老公』と対面する。

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第910話 彼女は新『御老公』と対面する。


 彼女は再び王都へと向かう。彼女たちリリアル勢の遠征中、リリアル領と公女マリアのことを頼む為にである。


「王宮で保護することも可能だろう」

「ご本人がそれを望まれておりません」

「神国の間者に拉致され、オラン公に対する牽制に使われても困るという事もあるのは確かだが。母上かルネの側仕えであれば目も届くと思うぞ」


 公女マリアは神国兵やその手先である刺客たちに狙われることが嫌なのだろうと彼女は推測する。人質あるいは駒としての価値を失わせれば安全になると考えていると。王妃や王太子妃の側仕えとしてコネが出来れば、王国に対する良いパイプとなると見られ、価値が高まってしまう。それは、本人が危惧するところにしかならない。


「幸い、優秀な薬師・錬金術師である同世代の少女と仲良くしております。二人を離すのは忍びないのです」

「ふむ。なるほど。リリアル学院内ほどではないが、ワスティンの森の中に見知らぬものが入り込めば、それはそれで目立つか」


 昼間はデルタの民が開拓作業を行っており、不審な足跡など生じていれば誰かが気が付く。また、戦士として優秀なデルタの民であれば、『羅馬牧場』襲撃を企てる存在を看過するとは思えない。彼女とはそれなりに強い絆を形成しつつある彼らが、庇護下にある老夫婦と少女二人の身の安全を配慮しないことはない。


 森とデルタの民の二重の防御。加えて、癖毛の舎弟である『魔猪』の一団もそこに加えることで、ワスティンの避難村周辺の安全度は学院ほどではないが、王都城塞より格段に良くなると彼女は判断する。


 それに、デルタ民や開拓村近くに、優秀な薬師がいるという事は不意の病気や怪我の際、有効に働いてくれることにもつながる。アンネ=マリアは働きものであり、老若男女分け隔てなく人見知りもせず愛想よく接することができる。また、シルゲン夫妻にとっても二人の存在は癒しになるだろう。


「二人のマリアと保護者のシルゲン夫妻、避難村のデルタの民、開拓村の村民に関しては、何かあれば私が助力することを約束する」

「では、その覚書を頂きたく」

「……用意させよう」


 リリアル生が訪問するのならともかく、シルゲン夫妻や開拓村の住民が王太子宮を訪問しても面会は叶わないだろう。庇護下に入れた証明の証書は必要となる。





 王都城塞に彼女の祖母と一部のリリアル生の留守居、それと……


「吸血鬼の領主代理か」

「元の身分は王族に等しい方ですし、領主の経験も戦闘の経験も十分ありますから」

「まあ、齢五百余年であろうからな」


『御老公』が吸血鬼からエルダー・リッチに形質変化し、吸血を必要としない体となったうえで、彼女の領地運営に助力するという話は内々に王太子に伝えていたのだが、この機会に領主代理を委ねるとは思っていなかったようだ。


「祖母が主に担いつつ、彼の方に引き継ぎを行い実務を理解していただくことになります」

「ならば、『王都城塞』に滞在するのか」

「既に、『伯爵』の元で、形質変化に取り組んでいただいております」


 既に『御老公』は吸血鬼からリッチに変わりつつあることを知り、王太子は「早いな」と驚いたようだ。いや、じゃないと遠征に間に合わないから。誰のせいだと思っているのだと言いたい彼女である。


「一度、リッチ……エルダー・リッチとやらになった彼の方にお会いしておきたい」

「では、私たちが出発する前に、一度、訪問させていただきます」

「頼む」


 彼女は『御老公』を連れて王太子宮を訪れることを約束する。ついでに、祖母も連れていこうと彼女は考える。王太子は祖母が苦手なので丁度良い意趣返しになるだろう。彼女が忙しいのは、何もかもが王太子のせいなのだから。ルネ妃とも顔を合わせておくのは悪い事ではない。祖母は王都において、商人・ギルド・貴族に顔が広いし影響力もある。王妃殿下の力を借りずらい場合、祖母に話を持っていくのも良いだろう。姉が産休? で王都に長く不在の間、その代わりを務めてもらえると良いと思われる。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王太子宮を出た彼女は、そのまま『伯爵』邸へと足を向ける。既に王都城塞に『伯爵』から「無事完了」の報告が届いていたからだ。遠征準備で右往左往している間に、どうやら『御老公』はエルダー・リッチへの形質変化を完了できたようだ。


 既にお礼分の彼女謹製踊る草ポーションを二樽完成させてある。形質変化に用いて残ったポーション類もそのままご笑納してもらうので、『伯爵』にとっても悪い事ではない。エルダー・リッチ仲間の元王族が身近に生まれたのだから悪い事ではないのだから。





 彼女はいつもの部屋に通されると、『伯爵』はその部屋におらず、『御老公』も当然いない。お茶が出され、しばらく待たされていると扉が叩かれる。


『待たせたね』


 これは、わざわざ勿体つけるために待たされたのだと彼女は理解する。


「いいえ。それで……」


 言葉を被せるように、『伯爵』が話し始める。


『もっちろんだよ!! ああ、南都素晴らしい友人を得た事であろうかぁ!!わったしは!! 転生してからこれほどの喜びを感じたことはぁ!! たまにしかない!!』


 どうやら、偶にはあるようだが、新たな友人を得てとても嬉しい気持ちになっているのだ。とはいえ、定命の友人とは比較にならない時間を共に過ごせる『友人』を得た喜びは一入なのだろうと察せられる。


『入り賜え、わが友よ!!』


 芝居がかった仕草で『伯爵』が扉の外から招き入れたのは、『御老公』の若かりし頃を想起させる姿の青年。青年というにはやや年を重ねた印象だが、三十代半ばほどに見て取れる。


『アリックス卿、お陰で吸血鬼ではなくなることができた』

『友よ!! だいたい、私のお陰ではないのか?』


『伯爵』がいつも以上にうざい。マスター・オブ・ウザイ。


『君には感謝している。しかし、アリックス卿のポーションあってこその二度の形質変化の成功なのだろう』


 どうやら、人間からエルダー・リッチへ形質変化させるのは、当時、伯爵が用意した並のハイポーションで事足りたようだが、吸血鬼からの二度の形質変化をもたらすには、魔力量の高いハイパー・ポーション? とでも呼んだ方が良い高品質高濃度の魔力が含まれたポーションでなければならなかったのだという。


 死者である吸血鬼の体を『蘇生』させるに近い効果をもたらすほどの性能のポーションである必要があった故だとか。


『まあ、いうなれば、君と私の初めての共同作業であったということだね』

『……最初で最後であることを強く願う次第です伯爵』

『はっはっ、面白い冗談だね!!』


 冗談ではない。『伯爵』もついでに祖母に合わせようかと画策する彼女なのであった。彼女の遠征中に、『御老公』のエルダー・リッチに不具合が生じた場合、製造責任者である『伯爵』に連絡させねばならない。『御老公』本人が人事不詳の際には、祖母が連絡する事になるだろうから、これは意趣返しではなく必然である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 赤ワインのポーション割りを飲みつつ、『御老公』は美味しそうに喉を潤していた。


『何もかもが、吸血鬼の頃とは違うんだ』

『それはそうさ我が友よ。舌だって生身の人間と変わらないのだから』


 吸血鬼は食事をとることはできるが、感覚は鈍化しており、味覚も当然劣化している。嗅覚(主に血の臭い)や聴覚(主に自分の噂に関して)は高まるようだが、視覚や触覚と味覚は低下するようだ。なので、食事は美味しく感じることがないのだと『御老公』は言葉にする。


『吸血鬼になって後悔したことは多かったが、食事の味気無さはその一つだね』


 戦場で魔力持ち漁りをするのであれば、食事の内容に期待は出来ないので気にならなかったようだが、見た目の良い料理を前にしても、乾いた味のないパンと変わらない味覚に辟易したとか。


『嬉しい次第だ』

『友に感謝を』


『伯爵』、感謝の押し売りは宜しくない。感謝とは自然に染み出るものなのだから。


 彼女は成功報酬を『伯爵』に渡し、契約完了であると告げる。


『もう、御老公とはお呼びするわけにはまいりませんね』


 三十半ばの精悍な騎士を『御老公』とは呼び難い。細身ながら、戦闘で鍛えられたであろう肉体を有している。見せる筋肉ではなく、使える筋肉を纏っているのだろう。


『では……ルネと呼んでもらえるだろうか』


 王太子妃殿下と同じ名前だが、男女ともに使われる『月』に因んだ名前である。


「では、ルネ卿とお呼びします。現在の王太子殿下の妃のお名前もルネ様ですので、卿を付けさせてもらいます」

『はは、そうか。ならば仕方あるまい。王太子妃の名前を呼び捨てにするわけにもいかないからね』

『家名では呼べぬしな。そもそも、貴族の名前は被りまくりだから、今も昔も、役職名や家名や綽名で呼ぶのが普通だよ。私などは『小竜』なんて呼ばれていた。父の綽名が『竜』だったからね』


 はっはっはと耳障りな笑い声の『伯爵』を無視し、彼女はルネ卿を連れ、王都城塞へと帰還するのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『はじめまして。ルネと申します』


 王都城塞の執務室。彼女は祖母にルネ卿を合わせている。その背後には、驚きを隠せない老執事が立っている。マジョルドが若かりし頃、既に吸血鬼として存在していた『御老公』は初老の男性であり、聖征の過程で深く皺の刻まれた見てくれであった。


 今はそれよりも二十歳も若返った外見をし、吸血鬼の頃の血色の悪い肌は姿を消し、若々しく健康な青年となっている。恐らくは、領主の座を弟に譲り、聖征に向かう直前頃の容姿に戻っているのだろう。


「領主代理の仕事、大変だろうが、覚えてもらうよ。それが侯爵閣下からのご命令だからね」

『おお、陞爵されたのですかアリックス卿』

「いいえルネ卿。海軍提督代理を拝命した関係で、外交上の儀礼のため侯爵位をお預かりしたまでです」


 キュプロス島救援遠征からの帰国まで、彼女は王国の遠征に関する外構的決定権を王家から委ねられているということになる。帰って上のものと相談しますとできない距離と時間の制約が存在することから、遠隔地での代理権限を国王から委ねられるには、侯爵以上の身分を仮に与えているということになる。でなければ、神国や法国・教皇庁に海都国の代理人たちに対し、意見する権限を持たないまま遠征に加わる事になり、いいように

使い潰される可能性もある。


 ニースが辺境伯を名乗る理由も、侯爵相当であることから、ニース領独自の判断で行動する権利を王国から認められているということでもある。


「それで、ここからどうすればいいんだい」


 祖母からの問いに、彼女は「できる仕事から手伝わせ、リリアル領に関する王都で生じる事務処理や権利関係の調整を経験させてほしい」と伝える。


「マジョルドさんもここ数日、領主代理の使用人として王都の商会やギルドの関係者と顔合わせをしています。ルネ卿の場合、王宮への呼び出しや社交関係への出席もお願いするかもしれません」


 半年、一年は王都どころか王国を離れることになる可能性のある彼女の代わりに、領民がわずかとはいえ領内の統治や領外・主には王都の商人との交易関係の仕事、あるいはヌーベ領復興に関わるリリアル領内の通行の許可や必要な資材の調達依頼など、王太子領関係者からの接触があるかもしれない。


「一先ず、騎士に任じておきな。ルネ卿は、以前に騎士の叙任は受けているんだろう? 時と場所が変わっても、騎士や貴族の在り方はそう変わらないよ。後は、必要な権限とそれに相応しい身分という側を整えないとね。それと……」


 領主代理に相応しい衣装を整え、従者であるマジョルド氏もそれに合わせ整えなければと続ける。祖母曰く、見た目で舐められないことも大切であり、祖母がお気に入りの仕立屋を使う事で、誰が後ろ盾なのかわかりやすくなるとルネに伝える。


「新興貴族だとリリアルを舐める輩もいるのさ。だから、王太子殿下や王宮には顔を出して、それなりに知名度を上げておいた方がいい。それに先立って必要なのは……」

「領主代理の身分に相応しい衣装であるというわけですね」

「そうさ。人は見た目が九割だからね。あんたがどこの誰かは、身につけたもので判断される。足元を見るってのは文字通りなのさ」

「……なるほど」


 ルネは大貴族の嫡子として生まれ、領主となり、やがて第二次聖征に加わり勇名をはせた騎士でもあった。誰もが彼を知り、名乗る必要がないほど知られていたといって良い。それは、領地に戻り『御老公』となった後も、続いていた。


 翻って、エルダー・リッチに形質変化し、王都では『伯爵』とリリアル関係者しか知らない『ルネ卿』となったのである。自分を他者に売り込む、知らしめるという過去の経験にない行為を始めなければならないのだ。


「新しい居場所を自分で作るのはそれなりに苦労するものさ」


 祖母の言葉に新米領主代理とその従者は深く頷く。とはいえ、彼女も彼女の祖母も幼い頃から周囲に知られた存在であり、口にするほど苦労した経験は王都ではない。


 とはいえ、彼女は帝国遠征を始め、各地に足を運んだ際は「腕試し」などを行い、自らの存在を知らしめる必要があった経験を思い出していた。冒険者であれば、難しい依頼や数の多い盗賊の類を討伐するなどで自分を売り出すことは当たり前であるし、『決闘』『御前試合』の類も貴族・領主に名を売り込む際には使ったことがある。


 ルネ卿のこれからは、そうやって「領主代理」としての知名度を上げることからはじまるのである。


「まずは、王太子宮に挨拶に行こうじゃないか」


 そういうと、祖母は先触れを出すように控えていた使用人にさっさと書いた手紙を渡した。






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わかってたけど父親やら当人のあだ名やらでドラキュラ成分が補強された 御老公がハッスルしてダイ・アモン化しなくてよかった
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