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第909話 彼女は新『御老公』と対面する。

第909話 彼女は新『御老公』と対面する。


 王太子に遠征の支度金を貰い、食料や武器弾薬? などの用意を進めることになる。とはいえ、二隻に分乗するリリアル勢は三十人ほど。聖エゼル海軍やニースの騎士・兵士の分はニース辺境伯が用意するだろうからわざわざ用意するまでもない。


「時間の進み方が遅くなる小型魔法袋は、生鮮食品や水を入れておくように荷物を整えた方がいいわね」

「ええ。レーヌ行きの最大の成果かもしれないわね」


 ド・レミ村に住むハイエルフの錬金術師の作った小さめの魔法袋は、時間が止るまではいかないが、十分の一ほどに遅延させる効果がある。言い換えるなら、十倍長持ちするということだ。肉も野菜も果実も三日もつ程度が三十日もつようになる。この差は大きい。


 特に、帆船や魔導船のように、頻繁に寄港する必要のない船において、食料と水が確保できるのであれば、直接、目的地まで乗り付けることもできる。また、海の上で何日も、何十日も活動できることにもつながる。


「出発ぎりぎりまで程度の良い食品を確保しましょう」

「保存向きのチーズやパスタ類も多めに確保してほしいわね」

「水さえあれば、パスタを茹でる方がいいかもしれないわね。オリーブオイルと塩であじを整えるだけでも結構いけるもの」


 王国では小麦を使った食品は、粉を引いたパンやパイなどが食べられるが、粉を練って細長く切り整えたものを乾燥させ、茹でて食べるパスタがニースや法国では食べられることが多い。イワシの油漬けなどを茹でたパスタに絡ませ食べたり、野菜やハム、チーズを絡めることも少なくない。


 船の上で火を使い湯を沸かす事は普通困難だが、リリアル生なら魔水晶や自身の魔術で火を起し湯を沸かすことは難しくない。


 ニースを出発する際に、焼き立てのパイなどをカットして魔法袋で保管し、キャベツの酢漬けや水割りワインなどで腹を満たす事になるかも知れない。


「日よけの準備も間に合ったし。割と順調よ」

「そう思う事にするわ。最終確認は、ニースで行う事になるでしょうけれど」


 ニースには海の専門家、船の専門家、海賊討伐の専門家である聖エゼルとニースの騎士団がいる。


「あなたの姉も、そろそろお腹が目立っているんじゃない?」

「そうね。母が付いているから、心配はしていないのだけれど」

「顔出さないと、後が怖いでしょ?」


 ニース商会頭兼聖エゼル海軍提督である三男坊の嫁であるところの彼女の姉は、冬も暖かいニースで出産準備を行っている。父親である子爵は、王都の代官職の引継ぎと、新しく任ぜられる南都の王太子領総代官(総督ではなく、幾つかの代官職の兼任の為)の仕事を現地で確認するため、王都と南都を半月ごとに行き来しているので、王都の子爵邸は使用人ばかりとなっている。


 なので、南都を通過する際に父親がいれば顔を見せ、ニースに向かえば姉と母に顔を出し、世話になっている辺境伯家にお礼言上もしなければならないのだ。『海軍提督代理』兼『侯爵』としては、ニース辺境伯家と粗略になるわけにも義理を欠くわけにもいかない。


「お土産なにがいいかしらね」

「そりゃ、貴女の作ったポーションよ!! 海賊相手に怪我するんだから」

「なら、踊る草を使った特上ポーションにしようかしら」


 伯姪は「あー」と思案気である。


「何か問題でもあったのかしら」

「んー あれは魔力が多すぎて、ロートル兵士が元気になり過ぎるんだって。血が騒ぐ……魔力が騒いで仕方が無くなるみたい」


 海賊相手に討伐したとして、御神子教徒が奴隷にされるのと同様、マレス島騎士団やニースのガレー船の漕ぎ手はサラセン人海賊の奴隷が務めている。神国やその配下のゼノビヤ傭兵、あるいは海都国も漕ぎ手の主力は専業の同国人。接舷戦闘の場合、奴隷の漕ぎ手より兵士に成り代われる専業漕ぎ手の方が戦力になるので好まれるのだ。


 並の職人や小商人より給与が良く、寄港地で売り買いをする事で小遣いも稼げるガレー船の漕ぎ手は、職の無い下層民の若い男からすれば悪い職業ではないのだ。奴隷ではないので、港に寄れば下船も出来るし、普通に食事もとれるのだから。


 サラセン海賊=奴隷漕ぎ手であるから、殺しては不味いのだ。だが、血が滾ったジジマッチョたちは、ウッカリ殺してしまう事は増えてしまうとか。なので、伯姪曰く「普通のポーションの方がいい」というのである。残念。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 伯姪は学院に戻り、遠征の準備の指揮を執る。彼女の場合、王都内で片付けておく仕事もあるので、王都城塞に一泊し、祖母が来るのを待っていた。


「これはこれは『侯爵閣下』。ご機嫌麗しゅう」

「……御婆様、おふざけはおやめください」

「はは、悪い悪い。けど、アイネが伯爵になるより早くあんたが『侯爵』に叙せられるとはねぇ、長生きはするものだ」


 祖母の見た目は彼女の母よりやや若い程度。美魔女どころではないのだ。三十代後半から四十そこそこ。魔力量が多い人は年を取りにくいというが、彼女の父親と並ぶと母子ではなく、年の近い姉と弟にしかみえない。最近、頭頂部が寂しくなりつつある父は、そのうち兄と妹に見えるのではないかと気にしていると、彼女は姉から聞いている。


「マジョルドさんは領主代理の執事が務まりそうでしょか」


 今は『伯爵』の元でリッチからさらにエルダーリッチに形質変化中の『御老公』なのだが、その間、祖母にマジョルド氏の教育を行ってもらっている。とはいえ、住民もわずかばかりであり、領地運営のサポートを行う執事の仕事も王都の関係者への使いであるとか、関係する商会・ギルドへの顔つなぎを祖母に頼んでいる。


「使用人としてはきちっとしている人だから、応対に問題はないんだけどね」


 祖母の感じているのは、覚えたり新しいことを理解することが難しい年齢になっていることだという。『従者』としては十分だが、代理人の執事としては不安があるという。


「学院生は全員連れていくのかい?」

「そのつもりです」


 ヌーベ遠征も、出来る限り連れて行ったが、年少組や戦いに向いていない者は留守をさせていた。今回は、学院を閉鎖し、全員連れていこうと考えている。癖毛は学院も門前工房にいるので、学院を閉鎖しても工房の留守居は問題なく滞在できる。


 使用人組は王都城塞で仕事をして貰おうと考えている。『御老公』が滞在し、リリアル領に用事のある者も王都城塞の『領主代理』を訪問するように案内をする。応対するのに使用人は必要だろう。


「あの、赤毛の子を残しておけないかい」


 彼女は一瞬「赤毛娘」を頭に浮かべたが、それは違うなと「赤毛のルミリ」であることに思い至る。「赤毛娘」を留守番に指名したら、多分爆発するだろう。


 そういえば、金属鈍器であるメイスは海には向かないので、木製のクラブに変更した方が良いのではと思い至る。トゲトゲのついた棍棒なら、水に落ちても問題ないだろう。沈むか……


「二期生のルミリでしょうか。連合王国にも帯同しましたが」

「ああ、その子だ。それに、あの連合王国の孤児院の子たちもどこかで預からなくっちゃだろ? ここに住まわせて、中等孤児院の聴講生として手続しておいてやるから、話しを通しておくんだね」

「承知しました」


 加えて公女マリアと錬金術師の少女アンネ。二人も王都城塞、こちらは貴賓の一室を与え、アンネは王都の薬師ギルドに登録させ自活できるようにして貰おうと考えている。アンネの年齢は若くとも、既に腕前は一人前。騎士団や近衛連隊へのポーション・魔力ポーション供給も十分に可能なのだが、素材の採取場所を考えると、開拓村への移住も視野に入る。その場合、公女様は王都に滞在中の兄の家に預けられることになるだろう。


 祖母の元で公女殿下はリリアルの事務仕事をルミリと一緒に務めつつ王都で過ごすことも良いのだが、王妃殿下あるいは王太子妃殿下の侍女として王宮で過ごすことも良いかもしれない。アンネは、シルゲン夫妻の元、ワスティンの森で薬師をしつつ、定期的に王都城塞に納品してもらう方が良いだろうと彼女は考える。


 どちらにしても、二人の意思を確認してからのことになるかと判断する。


 ガルムとシャリブルに関しては帯同する予定なことも伝えておく。


 ノイン・テーター二人は魔導船の乗員の一人となる。夜目の効く存在であり、睡眠を必要としないことから、夜の見張を委ねる事を想定している。リリアルの魔導船二隻に一人? ずつのってもらおう。


「シャリブルは執事代わりにおいていってもらいたいんだがね」

「ガルムは」

「あ奴はいらん」


 祖母もガルムには厳しい。『御老公』の執事であるマジョルドは個人の執事であり、『御老公』が領主代理の仕事をする際には手伝うことになるだろうが、主はあくまでも『御老公』。それに、祖母やルミリの身を護るにも普通の老人であるマジョルド氏に頼むわけにもいかない。弓銃鍛冶師として、それなりの身分の者とも遣り取りしてきた関係から、貴族の使用人との応対なども問題なくできる。


 ガルム? 甘えんボーイに何を期待しているのか。問題を大きくこじらせる以上の能力はない。なので、彼女はシャリブルを王都城塞の抑えとして祖母の側に置くこととした。ガルムは見張り番専従です。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「では、私もアンネとともに、シルゲン夫妻の元に参りたいと思います」

「マリア……」

「今さら王宮で貴族の相手などしたくありません。公女と言っても、領地もない流浪の公爵の娘ですから」


 祖母の元から戻り、学院にいる公女マリアと錬金術師のアンネ=マリアにこの先の在り方を確認したところ、マリアからはアンネと共にワスティンに向かいたいと返事が返ってきた。


 学院から王宮よりは、今の生活の延長であるワスティンの森でアンネと薬師の真似事を続けたいといったところだろうか。


「マリア殿下」

「侯爵閣下、この先、公女としての役割を求められるよりは、アンネに薬師の技を習い、リリアル領で薬師を務めるようになりたいのです」


 マリアの母は既に亡くなっており、兄公子は戦乱のどさくさでどうやら神国軍に捕らえられ、神都・神国国王の宮廷で養育されているという話を彼女も知っている。マリアは政略の道具として、帝国内の原神子シンパの大貴族か連合王国の有力貴族の元へ嫁がされる可能性も少なくない。


 大貴族の娘が嫁ぐ際は、子供の頃から世話をしている侍女たちも連れて行くのが当然であり、言葉も通じない異国の貴族の屋敷に一人向かう事になるマリアの将来は暗い。敵中に孤立するのも同然だからだ。


 盟約関係が失われれば、嫁ぎ先も公女マリアを大切にするとも思えない。邪魔になれば、毒を盛られ病気の末に亡くなったと公表されることも容易に想像できる。故に、貴族社会から距離を置き、庇護してくれる彼女の領地で役に立つ存在になりたいと考えているのだろう。


「ならば、只のマリアとして赴きますか」

「はい。お願いします」

「承知しました。アンネ、これからマリアは只のマリアです。貴女の妹弟子として、薬師の手伝いをさせ、簡単な薬から作らせてください」


 アンネは「え」と口にするも、マリアの意志が固くその意思を彼女が尊重すると見てとり、深く頷く。


「お任せくださいませ」


 彼女は身支度を済ませるように伝える。翌日、学院から去る用意をさせ、兎馬車に二人のマリアの身の回りの荷物を積ませると、彼女は羅馬に乗りワスティンの『羅馬牧場』へと向かう。





 シルゲン夫妻は彼女が牧場にやってきたことを歓迎してくれた。今だ開墾途中の場所であり、牧場予定地の片隅に、彼女が土魔術で床と壁を作り、デルタ民が屋根を葺いた簡素な家が建っている。


「牧場作りは順調そうですね」

「はい。今は、牡馬と兎馬を伝手を使って集めてもらっています。良い子が揃うと良いのですが」


 日々の開拓作業で体を鍛えさせつつ、時期になれば交配を行い羅馬を育てる予定なのだという。起伏の大きな場所で足腰を鍛え、重いものを運んでも疲れない体をはぐくむレーヌ馬の育成をワスティンの羅馬育成にも生かす予定であり、牧場の中にも丘を含め起伏のある地形を取り込む予定であるとか。


「それで、後ろの御二人はお供の方ではなさそうですが」

「今日は、お願いがありまして」

「まあまあ、可愛らしいお嬢さん方だこと。どうぞ、お入りになって下さい。お茶でも飲みながら、お話を伺います」


 立ち話もなんですからと、夫妻は彼女達を家の中へと案内する。





 彼女は二人のが学院で預かっている者であり、これからしばらく学院を閉鎖し全員で遠征に向かう為、学院生以外を各所に預けている最中であると伝える。


「アンネ=マリアは既に一人前の薬師としての腕を持っています。それで、ワスティンの森で採取した薬草で、薬を作ってもらおうかと考えています。マリア……はその助手兼見習です」


 未だ幼い少女に見えるアンネ=マリアが一人前の薬師であると伝えられ夫妻は大いに驚く。


「アンネ嬢、貴女は人間だけでなく、動物向けの薬も作れるのでしょうか」

「できます!! 馬・牛・豚・鶏・山羊に羊、羅馬専用は作った事ないですけど、兎馬は見たことがありますし、大体馬です!!」


 羅馬はだいたい馬だ。間違いない。


「それに、祖母と長らく二人暮らしをしてきたので、家事全般仕込まれています!!お年寄り特有の病気・怪我も診るのは得意です」

「まあまあ、それは安心ね」


 夫妻に歓迎されるアンネ=マリアを見て、もうひとりのマリアである公女は自信なさげに下を向く。


「……わ、私は……」

「ええ、ええ。最初から何でもできる人はいませんよ」


 とはいえ、貴族の子女として教育を受けた身。薬師で野良育ちのアンネとは異なる力がある。それを察した白髪交じりの夫人が、何も心配ないとマリアの手を優しく包むように握る。


 彼女はマリアがオラン公の娘であることを二人には知らせずにおくことにした。マリアの希望が、貴族の娘ではなく薬師見習として扱われることであったからだ。


 簡素な家は四人ほどであれば問題なく生活できる程度には広い。荷物を運び込み、彼女は預けるに足りる食料と金銭、それと何かあった際には王都城塞の彼女の祖母を訊ねるように四人に伝え、一筆したためた書類を渡す。


 そして最後に、王妃殿下と王太子に公女マリアの保護を頼むことにした。


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