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第908話 彼女は『侯爵』に叙任される

第908話 彼女は『侯爵』に叙任される


「……大きいのか」


 ガル湖……の湖面に浮かぶ魔導船は『聖ブレリア号』。魔力量の多いカトリナに合わせ正規の高速魔導船を用意した。


「ボルドゥに立ち寄る商船と比較するとやや小型になると思います」

「ふむ。軍船としては中々の大きさだが、神国の国王御座船と比べれば……」


 神国国王の御座船は、三段櫂船であり国王を護るための兵士もわんさと乗り込んでいる巨大船だ。1000tを大きく超えるだろうと言われる。比較対象にならない。


 ガレー船は漕ぎ手が多く乗る分、積載量も減り、食料や水も大量に積みこまねばならない。結果、頻繁に寄港して補給を行う必要がある。この頻繁に寄港する為に海都国のようにガレー船を商船に利用する国は、内海各地に自国が管理する港湾都市を有していた。あるいは、異教徒であるサラセンとも協調せざるを得なかった。


 また、帆船なら目的地まで荷物と船員だけ乗せて直行することが可能であり、結果、帆船=貨物船あるいは貧乏人の乗る船、ガレー船=軍船あるいは武装兵を乗せた豪華客船という住み分けがなされることになる。聖征の成功で聖王国への巡礼が多い時代は、大船団を帆船で組んで移動するという方法もとれ、また、サラセンの勢力も後退していた故に比較的安全であったが、現在は当然、帆船はサラセン海賊に狙われ、船は拿捕され乗員は奴隷にされることが頻繁に起こっている。奴隷=海賊の所有する帆船の乗員ということなのだが。


「この大きさでも大きいの。川では使えないわよ」


 伯姪はサボア公家に譲る魔導船が20m級キャラベル船であると伝える。新大陸や暗黒大陸沿岸の探検でも使われるサイズの軽快な船。


「川で舟遊びか。あるいは、内水交通で輸送もできるな」


 川は季節により水量が変化することもあり、常に使えるとは限らないが、輸送船として馬車の何十倍もの荷物を速やかに運べる。特に街道整備が不十分な地域や、遠隔地への輸送は馬車は船に全く敵わない。


「ボルドゥワインも速やかに運べるという事だな」

「自分の飲む分くらい、魔法袋で運べるでしょ?」

「いや、ギュイエとサボアの商業的交流をだな……」

「嘘ね。ボルドゥの赤ワインとトレノの白ワインを並べようとか考えているんでしょ?」

「……何故……わかった……」


 カトリナが難しいことを考えているはずもなく、「赤のボルドゥをサボア領内で広めて、買いやすくしよう」などと、考えているに違いないと伯姪は看破する。


「トレノでは川は西から東に流れているけれど、サボアならば南都まで船で十分遡れるでしょう」

「そうだな。ボルデュから神国を回って川を遡れば……良いかもしれない」


 南都とサボアはさほど離れていないのだが、川は大山脈西端が迫っており流れも急で川幅も狭くなる。幸い、サボアと南都の間の街道の整備は十分為されているので問題はない。これは、サボアと交流が深まる以前、数度の先王時代の法国戦争の過程で補給路として整備されたことによる。無駄にデカいだけのおっさんではなかった。





 操舵輪を握るカトリナが、魔力を流し始める。ゆっくりと魔導外輪が回転し始め、徐々に船体が前に進み始める。


「おお、前に進み始めたぞ」


 水の抵抗もあり、加速はゆっくりとしているが、その勢いが徐々に増していく。やがて、馬の『常歩』ほどから『速歩』ほどに加速する。前者が時速6㎞ほど、後者はその倍ほどとなる。


「もっと加速させても良いだろうか」

「……この大きさの湖でですか」

「むぅ」


 背後に控えるカミラから「馬鹿言ってんじゃねぇ」とばかりに否定の言葉が浴びせられる。『聖ブレリア号』は公称15ノット時速で言えば24㎞/hほど。馬なら『駆歩』=20㎞/hを上回る速度となる。


「馬の全力疾走には負けるが、中々の速度だ」

「馬の全速力がどれほどの時間続くのかしら。この船は、帆も併用すれば、もっと早く、何日も続けて進めるのよ」


 風を捕らえた帆船なら、似たような速度で移動することができるが、風がない場合は移動することができず、『風待ち』という問題がある。風が強すぎても問題がある。


 風の影響を受けにくいガレー船においても、漕ぎ手の疲労を考えると、全速力では精々三十分程度が限界であり、巡航するのも難しい。


「それ、旋回!!」

「「「あぁぁ!!」」」


 不意を突かれた聖女騎士達から悲鳴が漏れる。勢いの付いたまま、舵を切り、外輪の片側を止め停止した外輪を支点に急速に向きを変えたのだ。船は傾き、大きく水しぶきが上がり……


「濡れた」

「魔力壁が必要なほど、水しぶきを上げるとは思わなかったのかしら」

「……」


 カトリナ以外は、彼女が魔力壁を展開し、降りそそぐ水を避けていた。カトリナが恨めしそうに髪から水を滴らせながら彼女を睨んでいるが、彼女が守るべき存在の中にギュイエ公女は含まれていない。カトリナは下々の者を守るべき立場であって、彼女に守られる対象ではない。


 ちなみに、カミラはしれっと自分には魔力壁を展開していた。教育の一環なのだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ふぅ。今すぐほしいものだ」

「船体はニースの造船所で作っていて、今は魔導外輪を据付にリリアルから技術者が向かっているところよ」

「では、直ぐだな!!」


 直ぐではありません。大公家の御座船なのだから、、浮かべばいい、進めばいいというわけにはいかない。簡易ではあるが客室や従者用の控室に食堂。船の上で数日過ごせる程度の施設は必要となる。


 食料品や水は魔法袋で保管することも可能だが、並の魔法袋では納めたものも相応に劣化する。時間の経過が緩やかになる魔法袋は希少であり、尚且つ多くの魔力を消費する事から容量の小さな物が主流となっている。長時間置けば水も腐る。腐りにくいワインや、水に添加する蒸留酒は保存料・消毒用でもあるようだ。海賊がいつもワインを飲んだり、酒を飲んでいるというイメージは誤りではないが呑兵衛だからという理由だけではない。多分。


 カトリナの暴走に付き合わされた聖女騎士達はげんなりしていたが、船員役を担った三期生たちは「良い鍛錬になった」とばかりに喜んでいた。純粋に貴族の令嬢として育てられた女騎士と、暗殺者養成所で物心つく頃から鍛えられていた三期生では感じ方が大いに異なるのだ。


「先が楽しみだ」

「サボアに海はないのですけどね」

「川と湖はある」

「湖のある山国の旧領はサボアからずっと前に独立していますから。面倒ですよ」

「確かに。奴らはカルビ信徒も多いしな。面倒だ」


 その昔、皇帝家が小さな伯爵家に毛が生えた程度であった時代、サボア伯領の一部は隣接する山国のいくつかの郡を領地としていた。山国は山村と小都市と司教領が組み合わさった小邦の寄り合い所帯であり、互助の盟約が積み重なって周囲から独立した地域となった歴史がある。


 今さら、サボア公領に既に山国の一部となった地域を取り込む必要はない。山国は帝国との対抗上、王国と軍事的・経済的つながりを深めている。その関係もあり、王国内の商工業者の中には、山国で主流となっている原神子信徒の中でも『カルビ派』の影響を受けつつある。


 帝国・教皇庁でも許容されている『ルテル派』は、教会の在り方に一石を投じ、教皇庁を始め教会の在り方を見直すきっかけとなった活動だが、『カルビ派』は教皇庁とその影響下にある教会との分離を目指しており、過激な存在とみなされている。ネデルや王国内において修道院や教会を破壊し、聖典以外を認めない行動をとるのは『カルビ派』なのだ。


 因みに、ネデルや連合王国との取引の多いボルドゥやルーンのような都市においても目立って『カルビ派』の信徒となる商工業者が増えている。教会や修道院に対して王国内で破壊行為を行えば、犯罪者として処罰されるので、過激な行動は王国内に置いて控えられているが、王家の統制が緩めば、勢いづく可能性がある。


 カトリナがサボア公妃となる理由も、ギュイエ公領の中に増えつつある『カルビ派』信徒に対する配慮もあるだろうか。神国・帝国は教皇庁側であるのに対し、それに対抗する位置にあるギュイエ・サボアは原神子信徒の居心地が良いということもある。とはいえ、大公に教皇庁を否定する考えはないだろう。聖王国の王位継承権を持ち、一族から教皇を出したこともあるサボア公家に、自らの出自を否定する原神子派の君主になるとも思えない。


「水も滴るなんとやらになっているのだから、早々に着替えて引き上げたほうが良いわね」

「そうだな。風邪を引きかねない。まずは着替えようか」


 客室に入り、カミラの魔法袋に納めていた乾いた服に着替えるカトリナ。


「院長先生!! 魔導外輪壊れていませんか?」


 三期生が彼女に不穏なことを伝える。自身で操舵輪を取り、魔力を流し、ゆっくりと外輪を回転させてみる。


「……大丈夫そうよ」


 全力運転まではしていないので、そこまで損耗が進んでいるわけではない。しかしながら、キュプロス遠征の前に整備をする必要があるだろう。


「ニースで一度、船渠入りさせた方がいいかもしれないわね」


 老土夫がニースに滞在しているのであれば、その際に、一度魔導外輪船を水から引き上げて整備してもらうのが良いだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 彼女が『侯爵』、伯姪が『子爵』へ叙爵されることになる当日。二人は王宮へ参内していた。領地を賜るわけでもなく、法衣貴族としての叙爵であることから、国王陛下から直接任ぜられるとは言うものの、大々的な式は行われることはなかった。


 ヌーベ公征伐の始末も未だ途中であり、今回の叙任はどちらかというと王国海軍提督代理とその副官として任ずるためであるからだ。王太子の箔付けの為に、近衛連隊と騎士団戦闘部隊、有力な公爵家の元帥に介添をさせ獅子身中の虫であったヌーベ公を討ち、王国内の異分子を排除したという次第。王太子の成婚前に、凱旋式を行い内外にその威を示すとともに参加した貴族・騎士・兵士たちに褒賞を与え、人気取りを行う算段なのだ。


 貴族はともかく、騎士や兵士にとっては臨時収入が手に入り、その金を王都周辺で使う事で、王都周辺の商人・職人も潤う。周り回って王都の民にも恩恵が与えられることになるだろう。


 そんな、戦勝式・凱旋式が行われるのは当分先のこと。彼女を始めリリアル勢にも恩賞はあるだろうが、それは参加賞的なものであり、急いでもらわなければならない褒賞でもない。


 翻って、キュプロス島救援のための戦力は海都国・教皇庁・神国の間で話し合いが既に始まっており、サラセン艦隊に対抗できる戦力を集結させつつあるとも伝わっている。王国としてはニースにリリアルの魔導船を送り、リリアル&聖エゼル海軍をマルス島騎士団の艦隊に合流させ、海賊討伐を行いつつ、三者の連合艦隊が編成される迄、実績を積もうという腹積もりなのである。


 法衣貴族の爵位を貰っても、腹は膨れない。『侯爵』の爵位を彼女が賜る理由は、王国海軍提督相当の爵位を与えておかないと、他国との代理交渉ができないからだ。海外領地において、王宮にいちいちお伺いを立てていては現地での問題を速やかに解決することができない。故に、独自の判断が許される高位貴族が『全権大使』と同格の任につくことになる。


 国王・王宮の判断を待たず、王の代理人として振舞う権利を与えられる故に、提督・侯爵の権利を与えられた。つまりは、サラセン海賊対応は、彼女の判断に丸投げ……委ねられるということになる。聖エゼル海軍に関しても、彼女の指揮下に入ることになる。実際は、義兄に良い感じに手綱を握られるものと思われる。


「アリックス・ド・リリアル副伯。汝を法衣侯爵に叙爵するとともに、海軍提督代理に任ずるものとする。励め」

「謹んでお受けいたします」


 真面目な顔の国王だが、目元がニヤついている。副伯からヌーベ征伐の軍功に加え、再度の竜討伐(王国内で三体目、通算四体目)の功績により伯爵位を賜る……と思われていたのが、海軍提督代理と法衣とはいえ『侯爵』に叙せられたのだ。目で『サプラーイズ!!』と言わんばかり。ガッペむかつく。


「マリーア・ド・ニアス卿。汝を法衣子爵に叙するとともに、海軍提督代理リリアル侯爵の副官に任ずる。励めよ」

「畏まりましてございます陛下」

「うむ頼んだぞ」


 因みに、伯姪の実家の爵位は男爵であり、法衣とはいえ、実家の父親の爵位を上回っているのは秘密だ!!





 謁見の間から下がり、そのまま学院に戻り、遠征の準備をすすめようと考えていたのだが、王太子殿下の侍従に二人は呼び止められた。実際、王国の統治を差配しているのは王太子と宮中伯アルマンの二人。外交面では王太子が主導権を握っているとされる。


「ご案内します」


 王宮の中でも王太子に与えられた一画へと進んでいく。面会用の部屋の一つへ案内されるようだ。


 部屋に入り席に着くと、すかさず飲み物が提供される。謁見の間で多少の緊張を感じていた二人は、喉も乾いていたので大変ありがたい。喉を潤し舌を湿らせていると勢いよく王太子が入室してきた。


「忙しいところすまないね」

「いいえ。殿下こそご多忙でしょう」

「ははは……はぁ」


 珍しく疲労の色が隠せない様子。戦争は始めるより終わらせる方が大変であり、戦後の後始末はもっと大変なのだ。現在の国王は、先王のやらかした皇帝相手の戦争の決着をつけるのに十年近く苦労している。得たものはレーヌ周辺の幾つかの都市であり、払った戦費の額は国家予算十年分にも相当した借金である。割に合わない。


 王国が戦争を好まない最大の理由は、借金の返済で首が回らないから。ヌーベは王国内に残る王国に敵対する勢力であり、王国の中央にあってはよろしくない地域であった故に、征伐した。あくまでも内政の範囲。これ以上の積極的な戦争は起こすつもりがない。海軍は金が掛かり、大陸国である王国に積極的に船を整備し、神国や海都国、連合王国やネデルと競争する利がない。むしろ、港の利用料で儲け、補給や農産物の輸出で儲ける方が良い。


「聖母騎士団と聖エゼル海軍は交流が深い。そこに、王国の名代として君たちが加わる程度で面目は立つ。怪我したり死んだり、船を沈められないように注意してもらいたい。いいね」


 怪我無く元気に!! みたいな訓示をしつつ、王太子は今回の遠征の為の支度金を彼女に提示するのであった。


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