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第907話 彼女は老土夫から相談を受ける

第907話 彼女は老土夫から相談を受ける


「……というわけで難しいところだな」

「なるほど。理解できました」


 学院に戻ると老土夫から相談があると呼び出された。サボア公国に寄贈する魔導船の艤装に関してのこと。船体はニースの船大工らによって建造が進んでおり、既に船台上でできることはあらかた済んでいるという。


 大公家の御座船に相応しい内装や備品に関しては、習熟航海の後に再度点検を兼ねてドッグ入りし、それ以降に施すことになるというので、魔導外輪を取り付け、海上に浮かべた後にマストや帆の取り付けを行えば完成という段階に進んでいるのだと彼女は伝えられたのだが、問題は、防御の要である『魔装網』による船内の艤装であった。


 魔装馬車の幌にも使われる魔装網だが、魔装糸を撚り縄とし、それを編み上げて『魔装網』とする。魔装糸は魔力持ちが麻や綿の糸に魔力を流しながら魔銀や魔鉛を絡めさせて作っている。糸紡同様、手仕事なのだ。


 それを、魔導船の竣工時に次々消費した結果、在庫が枯渇しており簡単には装備できなくなってきている。魔銀も鍍金で相当しようしたこともあり、回しにくい状況という事もある。


「防御しないというわけにはいきません」

「それはそうだ。対案はあるが……重量増になる」


 老土夫が考えたのは、鋼線に『魔鉛鍍金』を施し、それを金網状に組み、船体側面に配置するという方法だ。量産の暁にはこれが主要な方法になると判断しているともいう。


「工期はとても短縮できそうですが、デメリットもあるのではありませんか」

「そうだな」


 老土夫曰く、魔銀を『魔鉛』に変えることでコストを下げ、更に魔力を溜める能力が高いことを考えると、魔力量の少ない操作員の運用による防御の低下に対して一定の底上げがなされるという。魔銀は流れやすいが消耗も激しい。魔鉛は魔銀に魔力の抵抗は及ばないものの、魔力を一部溜める能力を有していることもあり、魔力消費を少なくしつつ防御力が上がることになる。


 また、鍍金するのは糸から縄、縄から網を作るより比較にならないほど短時間で処理することができる。素材の価格もそうだが、加工賃も相当安く済む。


 反面、重量増は当然であり、加えて喫水上に出ている部分が重くなることで荒天時に船が傾いた時の復元性に問題が生じる。とはいえ、ホイス船は船型的に浅喫水・幅広であることから重量増による復元性悪化はよりましであると言える。


 重くなる分、積載量に問題が生じるが、物資は魔法袋を活用することもできるので、そう問題ではない。当初は魔鉛網による防御を施したとしても、後日改装し軽量の素材にする事も出来うる。あるいは、技術の進歩でより細く軽い鋼線が製造できるようになれば軽量化・重心の問題も改善するだろうという。


「遠征に間に合わせるには、この対応が必要だと判断している」

「それで問題ないと思います」

「うむ。では、すでに王宮とニース家に仕様変更を伝えて了承を得ている。魔鉛鍍金鋼線が完成し次第、儂等はニースに向かうので、暫く留守にするのでよろしく頼むぞ」


 どうやら、魔導外輪の組み付けの最終確認と、防御網の艤装は老土夫自らが指揮を執り現場も確認するようだ。なによりである。


「それと、三期生の希望者を何人か同行させるつもりだ。船大工や艤装に興味のあるものもいるでな」


 老土夫の言に彼女も納得する。『暗殺者』の適性があるとはいえ、年中暗殺の仕事をしているわけではないのが暗殺者だ。職人として腕に覚えがあれば、必要な時に必要な場所に忍び込める手段も増える。船大工やその他の職人としての腕があれば、表の仕事で生活できるというものだ。


 リリアル領で領主の仕事を手伝いつつ、職人という道も選べてよいかもしれない。子供の頃から工房で下積みをした職人と競争できるかどうかはわからないが、下働きでも経験になるだろう。


 世の職人の過半数は自分で工房を持ったり、親方になれず部屋住みの職人のままであったりするのだから。腕が良くてもカネとコネがなければギルドから親方に補される事も難しい。


 兼業暗殺者も割とありなのだ。リリアル領で暗殺業をさせるつもりはないが、猟師兼職人はありだろう。王都の職人街区の自衛は、それぞれの工房・職人ギルドが編成した自警団によりなされている。都市のギルドというのは自治と防衛の業務も担っている。リリアル領でも先々はそうした仕組みも必要となるだろう。いまは土台しかない領都だが。





 数日掛けて鋼線を魔鉛鍍金仕上で加工した老土夫と工房の徒弟たちは忙しげに荷造りを終えると、数人で魔装荷馬車に乗りニースへと旅立って行った。


「あんたは同行しないのね」

「俺は留守番だ。魔導外輪は爺ぃと魔導士仲間の専門で、俺は鍛冶屋だからな」


 補修整備ならある程度手伝えるが、新造や据付作業であれば大して役に立てないのだという。


「全員が同行すると、ここに誰もいなくなっちまうしな。それも問題だろ?」

「それはその通りね。あんたの作る道具も、結構役に立ってるじゃない」

「まぁな。一人前には程遠いけどよ」


 半土夫の癖毛は彼女同様……成長が……緩やかである。言葉を選ばざるをえない。一期生の各員が年齢相応に大人の外見になっているのに対し、癖毛は最年少赤毛娘と同程度にしか見えない。体は大きくならない血筋だと思われるが、見た目の成長が遅いのは気にしているのだ。腕と外見は一致しないとはいえ、子供の手と大人の手ではできることが違う。


 とはいえ、手が小さいことで細かい部品の扱いや、狭い所に手が入る分、大人には出来ない作業を得意としている。痛し痒しという奴だ。


「海賊討伐なんだろ?」

「多分ね。サラセンの海軍は、大体海賊が兼業だから」


 伯姪は内海沿岸で生まれ育ったこともあり、それなりにサラセン海賊に関しては知識がある。


 内海の南側、暗黒大陸の北岸には、荒涼とした砂漠の中、海に面した場所に港湾都市や漁村が散在しているが、その多くがサラセン海賊の根拠地となっている。


 波の穏やかな春から夏にかけ、数隻から十数隻の小型ガレー船で船団を編成し、『頭目』と呼ばれる海賊の首領に率いられ法国沿岸の街や村を襲撃する。


 法国南部あるいは、神国国王が王を兼ねる『南保留(ナポル)王国』沿岸の小領はその被害を頻繁に受けている。


『フスタ』と呼ばれる小型ガレー船は片舷8から12櫂を有し、一つの櫂を二人の漕ぎ手で動かす。漕ぎ手と同数の戦闘員=海賊が乗っており、

『聖フローチェ号』と同じ程度に排水量が多い。沖合から櫂走で素早く岸に接近し、襲撃を行い金品や奴隷となる若い男女を連れ去る。


 内海の無人島のいくつかはサラセン海賊の秘密基地となっており、そこで襲撃の成果物を配分したり、休息や補給を行い何度も襲撃を繰り返す。


 秋から冬にかけては風が強く海面も荒れる為に根拠地である港湾都市や漁村に帰り過ごす事になる。


 奴隷となった男はガレー船の漕ぎ手や農奴とされ、女は家事労働の他、海賊共の『世話』をさせられる。また、奴隷市場が幾つかの都市に存在し、サラセンの太守の下、運営されているという。


 先代神国国王の時代、幾度か根拠地を大船団と数万の軍で攻略したこともあったが、そのまま占領することも出来ず、一部の海賊は討伐し奴隷とされた御神子教徒たちを解放しているが、僅かな成果に留まっている。


 今の神国国王は、神国の利になる行動以外を自国海軍・雇われ傭兵であるゼノビア海軍に認めておらず、海賊討伐はもっぱら教皇庁隷下の騎士団海軍、その中でも特にマルス島騎士団の十余隻の艦隊に委ねられている。


 聖エゼル海軍・ニースの艦隊も自国船団と母港周辺での海賊討伐が主であり、遠征を独自に行えるほどの戦力はない。サラセン海賊は、運を天に任せ単独で行動する輸送船=帆船を狙い襲撃を行うこともある。


 御神子教徒側の戦力の大半は神国とその与党が有しており、総数ではサラセンの半分程度、直接参加する戦力は数分の一でしかない。サラセンの海賊船団一つをマルス騎士団艦隊が迎撃している間に、数個の海賊船団が内海北岸を襲撃し、人と物を奪い去っていく。


 先王時代、王国は内海に真面な海軍戦力を持てず、傭兵も雇えなかったこともあり、海賊対策は「サラセン皇帝と仲良くして、襲撃を受けないようにしよう」であった。当時のサラセン海軍の提督=海賊の大頭目に爵位を与え国賓として接待し、莫大な恩賞と皇帝への貢物を送り、海賊の攻撃を避けていた。


 奪われるか、自らの意思で支払うかの違いでしかない。


 それでも、神国国王と教皇庁合同の海賊根拠地遠征が成功した十年ほどはサラセン海賊の被害が収まっており、海賊の根拠地を攻撃するということは内海沿岸への襲撃を減らす効果はあったと言える。


 王国は神国と内海で海軍での競争をするつもりがないこともあり、海賊対策に良い手がないかと考えていた。そこに、リリアルとニース海軍の魔導船が加わると、マルス島騎士団艦隊を上回る……同程度の戦力が確保できると踏んでいた。海賊シーズンの数カ月だけでも内海で活動してくれるのであれば、王国としては面子も立ち実利も得えられる。


 サラセンへの貢物の分、海賊頭目への接待費より、リリアルやニース、あるいは『王太子親衛艦隊(仮)』の創設に費用を回した方が良いと考えるのは当然と言える。


 そのような環境の中で、老土夫はニースに向かい、彼女たちリリアル学院のメンバーも内海へと向かわなければならなくなるのであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「魔導船、私も乗りたい」

「……もう少し、遠慮していただけるかしら」

「それは……無理だ!! 乗りたい、乗りたい、乗りたーい!!」


 どうやら、聖女騎士達が魔導船の習熟訓練を行ったという報告を耳にし、「面白そうではないか」とばかりに、リリアルに押し掛けてきたカトリナ主従。カミラが申し訳なさそうに目で謝罪しているのだが、カトリナには一切関係ないとばかりに見ぬふりをされる。


 その背後では、四人の女騎士が全力で謝っている様子が見て取れる。悪いのはカトリナであり、四人はちっとも悪くない。なので彼女は一案を考えた。


「用意があるの。日を改めてもらえるかしら」

「うむ、では明日」

「……ねぇ、馬鹿なの? これから半日で準備しろというの? できるわけないじゃない!!」

「殿下、あまりにも我儘が過ぎます。このままでは……」

「うっ、言うなよ!! 父上と兄上には絶対内緒だ!! これ以上、社交の予定を入れられるのは勘弁してもらいたいのだ!!」


 どうやら、未来のサボア大公妃として、王都の社交界・王宮に顔つなぎをするためにわざわざ滞在しているのが今回王都に滞在している目的なのだと透けて見える。武官としての社交ならともかく、公女・大公妃としての社交はカトリナの得意とするところではない。褒めたり褒められたりしつつ、さりげなく自分の主張を相手に飲ませる、嗅がせるといった搦手は不得手であり罰ゲームと感じる性格なのだ。


「このような面倒な事なら、近衛騎士を続ければよかった」

「独身で公女殿下がいつまでも続けられるわけないでしょ」


 何言ってんだこいつ、とばかりに伯姪が窘めるが、カトリナは良い事思いついたとばかりに話を続ける。ピコン!! といった顔をしている。


「それはそうだが、いや、子供が生まれたらだな、修道院に入るのだ」

「それって……聖エゼル女子修道騎士団じゃないわよね」

「当然だ。団長はいるのでな、初代『総長』になろうではないか。まだ空席であるし、丁度良い」


 大公妃の仕事はなにも子供を産むだけではない。大公の代理として政務に関わることもあれば、子供が若くして大公位を継いだ場合、摂政として代理を務めることにもなる。とはいえ……


「なに、どれも身内の聖職者が務めた歴史がある。母であり聖騎士団総長の私が摂政なり大公代理を務めることは……」

「そもそも大公妃の身分で行うべきことを、周りに迷惑かけてまでするようなことではないわ」

「「「!!」」」


 矛先が向いていた聖エゼルの聖女騎士達からは無言の賞賛が彼女へと向けられる。


「そんなに大公妃が嫌なら、やめればいいじゃない」

「……いや、夫となる人に不満はないのだ。ただな……毎日ドレスを着て、お淑やかに笑顔で臣下の話に耳を傾ける苦行が……」

「鍛錬が足りないわね。私の祖母を家庭教師に呼びましょうか?」


 姉が三日で逃亡するほどの強火教育に定評のある先代女子爵である彼女の祖母。その話を伝え聞いているカトリナは全力で拒否をする。


「な、中々厳しい方だと……アイネ殿から私も聞いている。だが、カヴァネスを付けてもらう年でもない。あの方にとって私の家庭教師など、役不足も甚だしい。失礼に当たるだろう」


 役不足、相手にとっては不十分な役職だと言っているのでそれはそれで正しい。長寿が確定している彼女の祖母であれば、王太子の子女の教師役でも十分務められそうだ。なにより、国王陛下が喜ぶだろう。


「で、では、一週間後でどうだろう」


 カトリナの提案に、彼女はカミラに視線を送ると、問題ないとの承諾の頷きを得る。あと一週間あれば、社交も一段落するという事であろうか。


「なら、一週間後、ここに来てちょうだい」

「ああ、楽しみにしている。ではな!!」


 自分の望みがかない、先に楽しみにできたこともあり、さほどごねずにカトリナは学院を足早に立ち去っていった。ドレスの裾を颯爽と捌きながら。ドレスを着ているのに、歩き方は軍人なのがおかしい。


「聖エゼル騎士団総長兼大公妃とか考えていることがおかしいわね」

「公女殿下が近衛騎士というのも、相当おかしいわよ。騎士学校で男性騎士相手に長柄武器で無双していたじゃない」


 ベク・ド・コルバン。いわゆる戦鎚の類であり、王国では騎士同士の戦いでも使われた由緒正しい武具でもある。長柄での戦闘では、槍よりも歩兵用の戦槌を用いた模擬戦が主であった。魔力量が多く、正統な騎士の剣術に熟達しているカトリナは、同格相手ならまず負けることはなかった。


「なつかしいわね」

「嫁に行ってしまうなんて冗談みたいだけどね」


 冗談を言っている時間ではないのだが……縁はまだないわけではない。とはいえ、全てはキュプロス島救援のための遠征が終わってからの話。


『カトリナ総長爆誕』の危険を感じた、聖女騎士四人は悲痛な顔をしているが、そんなことはお付きのカミラをはじめ、王家もギュイス公家もサボア公家も赦すわけがない。


「サボア公の次代が成人して、サボア公が亡くなったなら修道院に入ることはあるでしょうけれど、考えなくても良いのではないかしら」

「まあほら、社交で鬱憤が溜まって弾けただけよ。多分」


 魔導船を乗り回してスッキリしてくれればよいのだが。既に式の日取りも決まっているのだから、スケジュール通りに活動してもらいたい。王太子殿下の成婚に先んじてサボア公の成婚が行われるように調整が為されている。婚姻の贈り物を得て、キュプロス島遠征に参加させる為だとか。世知辛いことこの上ないのである。





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