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第906話 彼女はガルギエ湖に訓練に向かう

第906話 彼女はガルギエ湖に訓練に向かう


 翌日、カトリナ主従は王都へと向かい、残されたのは聖エゼル騎士団初期からのメンバー四人。彼女は四人と共に操船訓練の為にリリアル領内のとある場所へと移動することにした。


 訪れるのはガルギエムのいる湖。彼女と薬師組の一人藍目水髪に三期生年長組をアシスタントに連れてきている。藍目水髪は薬師組の中で一番魔力量が多い。伯姪並みといって良いだろうか。魔力量の多い者が魔導船の操舵を担うという事を考えると、冒険者組以外で最も操舵するのは藍目水髪となる。


『良く来たな』

「今日は、聖エゼルの皆さんと魔導船の習熟訓練をしますので、少々お騒がせしますがご容赦を」

『なになに、賑やかでかえって楽しいくらいだ。気にするな』

「「「「……」」」」


 竜を討伐した経験はあっても、竜と会話した経験のない聖エゼルメンバーは巨大な水竜である『ガルギエム』と相対し、大いに驚いているように見える。


「随分と立派な竜なのだな」


 聖エゼルで主操舵手になると思われるアンドレイーナが、見上げつつ呟く。アンドレイーナは騎士団入団前は、帝国で冒険者をしていたということもあり、ぞんざいな言い回しが出てしまう事が少なくない。しかしながら、冒険者経験のお陰で魔力量が増えたという面もある。


「今日はこの魔導船で練習を始めます」

「随分とちいさいですぅ!!」


 最初という事もあり、今回は帝国遠征でも使った『10m級魔装クナール船『リ・アトリエ』(仮称)』を用いる。川船の船体中央に水車のような魔導外輪がついている最初の魔導船であり試作船でもある。


「このサイズなら、魔法袋に入りそうですわね」


 魔力量に応じで容量の変わる魔法袋であれば、彼女のように30m級の魔導船を二隻納めることができる者もいれば、並の魔力量のものであれば馬車三台分程度で限界となる者もいる。どうやら団長アレッサンドラの魔力量はかなり少なめなようだ。


「商会の取引で使うなら、こんなサイズがいいですね」

「なら魔装荷馬車で十分ではないか?」


 商会担当・金庫番のアンナリーザの心の声にアンドレイーナが身もふたもない返しをする。小型とはいえ、魔導船は魔装荷馬車の比ではない価格となる。魔力量とコスパを考えると複数の魔装荷馬車を所有する方が良いと思える。サボアは王国ほど河川を輸送に使えない。サボアとトレノの間は大山脈が隔てていること。王国に向かうにもニースに向かうにも水路はない。荷馬車の方が良いと考えるのは間違いではない。


「むぅ、船で沢山の商品を動かすのがロマンじゃないですかぁ」

「ロマンで魔力は増えん」


 まったくもって身も蓋もロマンもない。





 三期生が桟橋に魔導船を据え付け、乗船を促す。


「とぅ」

「……普通に乗船してくださいましイーナ」

「はは、心が騒いでな」


 飛び乗るアンドレイーナを窘めるアレッサンドラ。他の三人は踏み板をおそるおそる渡り船に乗る。彼女と藍目水髪も乗り込むと、三期生四人は桟橋へと戻る。

 

「最初に動かして湖の中ほどまで移動します」


 舵を握る藍目水髪がそう声を掛け、魔導船はゆっくりと外輪を回転させはじめる。


「こいつ、動くぞ」

「……それはそうですぅ」


 水車の如き転輪が水を掻き、桟橋を離れるとやがて湖の中央へと進み出る。


「停止します」

「うおぅ!!」


 外輪を逆転させると、急激に制動が掛かりイーナが前のめりとなる。


「きゅ、急に止まるのだな」


 普通の船であれば、惰性で暫く前進するのだが、外輪を逆転させることで急激に勢いが止まる。あるいは、このまま後退へと移行することもできるのだ。


「では、イーナ。代わりに操舵輪を握って前進させてみましょう」

「おお。それでは早速変わってもらおうか」


 魔導船の操舵輪を握るイーナ。


「その今握っている長い部分だけが左右の外輪に魔力を流します。なので、それ以外を握ると」

「外輪に魔力が流れず動かない」

「その通りです。まずは、身体強化のように、ゆっくりと魔力を操舵輪に流してみましょう」

「ゆっくり……だな」


 水の抵抗があるので、大量の魔力を流しても急に転輪が高速で回転するようなことはない。魔力が無駄に消耗するだけというわけだ。


 慣れてきたのか、湖の岸と平行にグルグルと湖面を周回し始める。左右に蛇行させたり、加速減速と様々な動きを試している。


「この船はどれほどの速さが出せるのでしょうか」


 アレッサンドラの質問に彼女は「時間当たり10㎞ほど」と答える。魔装荷馬車より若干遅い程度だが、馬車は馬の体力により移動に限界があることに加え、夜や雨天などで路面の状況が悪ければ速度は低下する。


 魔導船は浅瀬や岩礁など影響を受けないのであれば、ニ十四時間同じ速度で移動し続けることができないではない。操舵を交代で握り続ければ、外輪自体は動き続けるからだ。白亜島の往復も風や天候の影響を受けることがなく、予定通りに移動することができた。一隻鹵獲することもできたし。


「この船で、夜間、敵船に移乗襲撃するというのもいいな」

「戦力が足りませんわ」

「どこの誰に襲撃するのですか」

「やめてくださいぃ!!」


 アンドレイーナ以外は争いごとは苦手なのは相変わらずなのだろう。そもそも、貴族の子女として育てられ修道女となるつもりが、いつのまにか姉に騙され聖女騎士団にされてしまったのだから無理もない。聖女・騎士団ではなく、聖・女騎士団である。


「では、急速反転も試してみましょう」

「いいな。急・即・反転か!!」


 何やら意味が違うようだが、脳筋の発言を気にしてはならない。気にしたら負け。


「旋回したいのと同じ側の手を操舵輪から……放すだけです」

「……こうか?」


 右手を放した途端、右側の外輪が停止し左側だけが回転した結果右外輪を支点に左の外輪がぐるりと回っていき180度回転した時点で操舵輪から左手を放す。


「「「わあぁぁ」」」

「おおっ、すっごいな!! 」


 魔導船は前後左右に揺れながら小さく展開し向きを変えた。


「では、そのまま後ろ向きに進んでみましょう」

「……は?」

「外輪を先ほどと逆に回転させると、後ろに進みます。変わってください」


 藍目水髪言われ、場所を代わるアンドレイーナ。何事でもないように操舵輪を握ると、船はゆっくりと後退し始める。


「これは、凄いですわ」

「船着き場に着けるのが楽になりそうですね」

「大型船でもおなじようにできるのでしょうかぁ」


 問題は、アンドレイーナに出来るかどうか。藍目水髪が操舵輪から手を放し、アンドレイーナが再び操舵する。のだが。


「前に進んでいますぅ」

「む、わ、わかっているのだが、うまくいかんのだ!!」

「不器用すぎですよイーナ」


 小声で『自分不器用ですから』と宣っているが、そんな事はどうでもよいとばかりに三人は責め立てる。しかし、責められても出来ないものは出来ない。


 見ていた彼女はある提案をする。


「イーナ、左右の手を組み替えてみてはどうかしら」

「はあっ、どう……腕を前で交差させて……右の操舵輪を左手で……」


 本来は魔力の流れを逆にすればよいのだが、不器用であればその流れを腕を入替えて逆にしてしまえば良いと考えたのだ。


「うっ、厳しいが……できなくはない」

「腕が長くてよかったですぅ」

「誰が手長猿だ!!」


 被害妄想も甚だしい。嫌なら魔力の流れをコントロールするが良い。


 残念ながら後退しつつ左右に舵を切るのは……物理的に無理であった。そんなに腕は長くない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 アレッサンドラ、アンナリーザ、ベネデッタの三人も魔導船の操船の訓練をし、単純に動かすだけであれば問題ないとなった。


「馬車よりも簡単かもしれないですわ」

「馬の機嫌をとらないでいいのが楽ですぅ」

「ベネは馬に舐められるものね」

「う、それは言わない約束ですぅ!!」


 三人は普通に後退が出来たのだが、魔力尽きるまで頑張ったにもかかわらずアンドレイーナは最後まで……できなかった。自分、不器用ですからではない。輪に入れずに悔しそうにしている。最初のハイテンションどこ行った!!


「イーナは広いところでまっすぐ進めてくれればいいのです」

「魔力量が一番多いんだから。頼りにしてますわ」

「魔力量が多いだけが取り柄なんだよ私は」

「取り柄が一つでもあって良かったですぅー」


 ベネデッタの背中をバシバシと叩くアンドレイーナ。とても痛そうだ。


「おほん。では、皆さんが動かすのに近い大きさの船を出しますので、それも、試してみましょう」


 聖エゼル騎士団・サボア公家専用魔導船は20m級魔導キャラベル船とされている。リリアルや王家の御座船が30m級キャラベルなのに比べ排水量で半分程度となる。が、あまり大きいと河川での運用に向かなくなる。巨大ガレー船を運用する神国や海都国の場合、巨大船=漕ぎ手を含めて白兵戦力が強大という評価の為、1000tもの巨大船を建造しているが、サボアには必要がない。


 漕ぎ手を乗せない分、積載量が増え、乗員が少ない分消費する食料・水も少なくて済む。魔法袋の運用を加えれば、白兵戦力以外では巨大ガレー船に負ける所がない。


 20mキャラベルの代わりに出したのは、18m級魔導ホイス船『聖フローチェ』号。


「この大きさになるのですね」

「少し幅が狭く長さは2m程長くなると思います。喫水も少し深いですね。これは商船向きですが、キャラベル船は軍船と商船の中間の船型になると思います」


 長さは二倍弱だが、排水量は数倍となっており小城の如き外観を見て聖エゼルの四人は大いに驚いていた。


「これは、魔導外輪の消費魔力も大きそうだな」

「「「頼りにしてますイーナ」」」

「くうぅ!! 任せておけぇ!!」


 嬉しさ半分、恐ろしさ半分のアンドレイーナを三人が囃し立て弄り倒す。騎士団では皆の前に立ち盾となる人材であり、背を押されれば否とは言えない性質なのだろう。お互い弁えている関係なのだ。





 『聖フローチェ号』の魔導外輪は、聖ブレリア号や聖エゼル海軍あるいは王家に献上した魔導船に装備されているものよりも小さい。速力は低下するが、その分魔力の消費が小さいので、純粋な戦闘艦あるいは高速御座船のような魔力をふんだんに用いることのできる騎士・魔術師を多数用意できない環境に適した魔力に優しい仕様となっている。


「結構早いですぅ!!」


 とはいえ、練習船として最初に乗った『リ・アトリエ』が川の流れに逆らえる程度の速度であるのに対し、魔導ホイス船は10ノットを魔導外輪だけで発揮する。追い風であれば15ノットは出せるだろう。


 高速仕様の魔導外輪は練習船のそれの二倍の魔力消費量となるのに対し、この外輪は練習船の精々三割増しといったところでしかない。魔力量の少ない者の多い、聖女騎士団メンバーにとっては適していると言える。


「まあまあ、魔力の消費量が多いがな」


 アンドレイーナは魔力消費の多さを体感しているようで、現実的に何日も操舵手として魔力を供給することは難しいと考えているようだ。


「交代で動かしてみてはどうかしら」

「そうですわね。イーナだけが操船できてもしかたありませんもの」


 練習船の操作は四人とも経験し問題なかったのだが、実用の魔導外輪を動かすのは少々不安かもしれない。まずは、商会運営を担うアンナリーザが操船を試みる。アンドレイーナの次に船を使う事になるだろうから、妥当と言えるかもしれない。


 いったん停船させたのち、操舵手が変わりアンナリーザが外輪を回転させ始める。


「うっ……やはり、走り始めは相当魔力を消耗するみたい」


 魔力の有り余っている者の多いリリアル冒険者組からすると、「なにこれ軽い」といった印象を持つ経済型の『聖フローチェ』に搭載された魔導外輪だが、練習船と比べれば三割マシで魔力を消費するのであるから、魔力量の少ないアンナリーザからすれば「それなりに重い」と感じるのだ。


 とはいえ、勢いがついてくればさほどの負担を感じなくなる。三十分ほど動かしたところ、体感で魔力の二割ほど消費したよう感じているという。


 アレッサンドラ、ベネデッタも経済型魔導外輪船の操船の訓練をし確認したところ同程度の消費を感じたという。


「一人三時間操船、九時間休憩の一日二度の操船か、一人六時間の一日一度の操船かどちらかですわね」


 団長のアレッサンドラの言に他三人が頷く。リリアルの魔力小組で交代制で操船する際の参考になりそうだと彼女は考える。


「カトリナがいれば、飽きるまで操舵手すると思うのだけれど。どうかしら」


 彼女がそう付け加えると、聖エゼルの聖女騎士四人は深く頷いた。






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当面は超信地旋回目標だな
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