第81話 彼女はゴブリンジェネラルの剣を見せる
第81話 彼女はゴブリンジェネラルの剣を見せる
「……随分と業物を持ってきたもんだな。これがゴブリンジェネラルの剣か」
「ゴブリンに関しては、一つ分かったことがあります」
「何よ、気になるじゃない!!」
彼女は学院に戻ると、伯姪、老土夫(以下ドワーフのこと)、祖母と、ゴブリンの件に関して報告をすることにした。そこに、『薄赤』の先乗りで女僧と薄赤戦士も加わっている。
「ゴブリンの上位種は、人間の戦士や魔術師の脳を喰う事で能力を身につけた結果のようです」
「……ギルドでもそんな話なかったと思うが」
「直接、高度に王国語を理解するジェネラルを挑発しつつ言葉を交わし確認しました。そのジェネラルは、最低でも魔剣士・魔術師・騎士を食べています」
そこに居合わせた全員が沈黙する。行方不明の冒険者や兵士・騎士のいくばくかはゴブリンに脳を喰われ能力を奪われたということなのだ。
「今回は、念のためゴブリンジェネラルの頭部を回収しました。ゴブリン同士で能力の伝播が可能かどうかが不明ですが、確認できない為です」
「冒険者ギルドと騎士団には連絡しなければなりませんね」
「騎士団は村の分隊長殿にお伝えしましたが、書面で騎士団長殿にも直接報告するつもりです。ギルドには明日にでも、首を持って訪問します」
ジェネラルの首は……門前に掲げてある。子供たちが怖いもの見たさで肝試しのように二人一組で見に行っている。止めておきなさい。
「それで、見ていただきたい剣があります」
彼女は魔法袋からゴブリンジェネラルの持っていた魔法剣を取り出す。とても大きな両手剣であり、ミスリルの合金製でもある。
「すっごく大きな剣ね」
「これほどの大剣を十全に取り廻せるのは、かなりの技術がいるだろう」
「私には無理ね。魔力で身体強化するなら腕力ではなく俊敏性の方がいいもの」
確かに伯姪の言う通り、騎士のように正面から打ち合うならこの大剣は使えるのだが、不意打ちや潜入には使い勝手が悪い。そもそも、彼女の魔力剣で同じ役割を果たすことができるのだから、取り回しの悪いこの両手剣を装備するのは意味がないのだ。
「帝国あたりの傭兵が使いそうなものだな」
「フム、儂の作った剣ではないので、恐らくは帝国のドワーフによる魔法剣であろうな。ほれ、この鍔元の部分に刃がなく持てるようになっとるな。これは、帝国流の仕上げじゃな」
「なんで刃がないんですか?」
薄赤戦士は老土夫に質問する。剣として振り回すだけでなく、短く持ったり、両手でハルバードのように振り回すことも考えての仕様だというのである。
「傭兵ゆえ、大きな剣を背負って目立ちたいというのもある」
「帝国人の傭兵……ふふ、もう誰の仕業か、半ば決まったようなものではないかしら」
「無暗に名前を出すものではないよ。まあ、そうだろうけどさ」
黙って聞いていた祖母がチクリとくぎを刺す。ヌーベの帝国人傭兵を倒したこのメンバーからすればその通りなのだろう。
「帝国人傭兵で戦場に立てなくなったものを勧誘して、そのノウハウをゴブリンに与える……ということは大いにありそうですね」
「ノウハウというか……『脳』『食む』ね……やっぱ考え方おかしいよねあいつら」
人攫いをして金に換える、他国の商人や旅人を襲って金に換える。そして、その金で集めた傭兵を使いゴブリンを強化して王国を荒らす。自分たちが直接手を汚さず、ゴブリンが王国を荒らすのだ。
「先ずは依頼を片付けることだが、急ぐか?」
「いえ、指揮官がいなくなり上位種の間で勢力争いがあるでしょう。少し時間を置いた方が都合がいいはずです」
「新たな群れのボスが決まるまで、殺し合いが多少はあるかもしれませんから、攻撃して結束を高めるより放置して味方同士で争わせる方が好ましいですね」
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翌日、冒険者ギルドへの報告を行い、依頼の途中経過について説明をすることにした。武具屋で、ジェネラルの剣も鑑定もしてもらいたいのだ。
冒険者ギルドに昼頃到着する。いつものポーションを卸し、顔なじみの受付嬢にギルマスへの面談を取り次いでもらう。
「アリーさんお待ちしておりました」
「既に報告が来ているのでしょうか?」
ニッコリ頷かれ、二階のギルマスルームへと案内される。ギルマスは書類仕事の手を休めると、応接セットに彼女を案内する。
「仕事にとりかかってもらえたようで何よりだ」
「こちらも、学院生の演習みたいなものにと考えていますので、ちょうど良かったと考えています」
「リリアルがいなければ、結構パニックだな今回の事件」
「代官の村で討ち漏らしたゴブリン・キングの群れの下位組織のようです」
そこでギルマスは、「詳しく頼む」と話を促す。一通り昨日経験したことと、これまでの経緯を組み合わせ仮説を説明する。
「なるほど。因みに、その剣は今見せてもらえるか?」
彼女は頷き、魔法袋からその剣をマスターに渡す。広い部屋が狭く感じるほど大きな剣である。重さは数㎏はある。
「これを振り回すゴブリンか……」
「人間の言語も習得、魔力が少ないので魔術の発動こそできませんでしたが、身体強化と魔力付与まではできていました」
「……冒険者なら上位の位階だろうな」
「少なくとも濃赤。薄青並かもしれません」
「……なんてこった。ゴブリンが騎士団の隊長クラスか。それが複数」
「今回の討伐の対象の村塞にいる者だけで二個分隊規模です」
「王国内に、どれだけ潜んでいるのか考えたくねぇな」
お互い口には出さないが、あの行方不明の騎士団の先遣隊である二十名前後は魔術師も含まれており、恐らくはキングの群れに『喰われ』ているだろう。騎士団を投入する、冒険者を投入し失敗するたび敵の戦力が強化される。そう考えると、話半分でも恐ろしい結果となる。
「幸い、王都近郊で冒険者が依頼失敗で全滅という事例はここ数か月は発生していない」
「とはいえ、少数の冒険者での討伐は……」
「注意喚起する。命あっての物種ということぐらい、中堅以上の冒険者に取っては当たり前だからな」
そうでなければ中堅まで生き残れない―――と、ギルマスは付け加えた。
「装備、整いましたか?」
「以前、購入し損ねたミスリル合金のバックラーが欲しいのですが」
いつもの武具屋の店員に、以前が伯姪が購入しなかった魔力を通せるバックラーが購入できるかどうか再度確認することにしたのだ。幸い、店に在庫として残っているそうで、三個購入できるというのである。
「リリアル生に装備させたいと」
「ええ。結界だけでは心許ありませんし、それに、剣も使うのが難しいので、出来れば最終的に鉄棍のようなものを装備させたいです」
いわゆる、モーンニングスターと呼ばれる杖の先に金属の打撃部分がついたもので、片手で使用できるものが良いと彼女は考えている。
「なるほど。刃を立てるのも技術が要りますし、魔術師の方ならその方がいいでしょうね」
女性は血が出るのも怖いでしょうからと店員が付け加える。
「まずはこちらを」
「これもミスリル製ですか」
「東方からの伝来で、コレクションを手放された方のものなのですが、王国では騎士がこの手のものを扱うことがなく、冒険者の方も……なので死蔵しておりました」
「……どの程度の値が付くのでしょうか」
「金貨一枚で結構です」
「……正直その十倍はすると思っておりました」
「ですね。でも、それで結構です。王都を護るためにお使いいただくのであれば、本来は無料でもいいくらいですから」
金貨一枚で百万円。武器として安くはない。だがしかし、ミスリル製であれば十枚でも百枚でも値が付けられるのだ。
そのメイスはフィンを重ねたようなものではなく、棒の先端に球根が円形に塊ったような不思議なデザインをしている。
「これは、アンゴルモアと戦った原国の騎士の遺品だそうです」
「それでは、三百年は前のものでしょうか」
「ええ。それでも、コンディションは最良です。ミスリルは含まれていますので当然なのでしょうが」
ミスリルを含む場合、錆びないことは当然だが、ある程度の傷などは自動的に補修されてしまう。魔力を通した場合だけなのだが。
「それに、このミスリルの戦鎚には魔力を貯める機能が付いておりますので、使用者が使うたびに、自動的に装備した者の魔力を吸収していきます」
「つまり、一定の魔力を常に自動的に蓄えると」
「ええ、なので魔力の調整が不要です。咄嗟に打ち合うことを考えて細かな制御を武器に委ねる工夫でしょう。騎士に魔力持ちが少なく、制御の訓練もそれほど時間を取らないという事からの作り手側の配慮でしょうか」
学院生ならそれは逃げられない習得事項なのだが、魔法騎士は騎士が優先であり、魔力は補助機能なのであるから仕方ないのだろう。
ミスリルを用いた戦鎚には、いくつか在庫があるというので、さらに見せてもらう。
「それと、こちらになります」
「随分と、ウォーピックにしては刃先が太いですね。まるでダガーのようです」
「ええ、帝国の『ベグ・ド・コルバン』に似てますが、ティムルの装備です」
ティムルとは、カナンの更に東にある帝国であり、香辛料はそこからもたらされるのだという。その皇族はアンゴルモアの系譜であるが、土着し現地の住民と混ざり合ったものであるという。
「納得できる背景がありますね」
「ええ。魔力を用いて斬ってよし、殴ってよし、貫いてよしですから。魔力が大きければなんとでもなるという騎士道とは相いれない存在でしょうか」
『ザグナル』と呼ばれるその武器は、現地の言葉でカラスの嘴というそのままの意味である。騎乗する者同士の接近戦に使われるというのは、こちらのウォーピックと同様だが、斬撃を期待するのは装備の違い故にであろう。
とはいえ、全金属のプレートを攻撃することはまずないので、魔物相手であれば刃がついているのは悪くない。振り回す方が刺突より隙ができにくいということもある。
「こちらも金貨一枚でお譲りします」
「……ありがとうございます……」
最後に今一つ、エレファント・ナイフと呼ばれるものである。
「『ブージ』と現地では呼ばれるもののようです」
その刃は角度のついたグレイブのようであり、片手斧とグレイブを足したのものように見える。
「先ほどのウォーピックをさらに刃物寄りにしたものでしょうか。振り回してすれ違いざまに斬りつけるのに向いています。象兵の騎手が装備する護身用のものと言われています。そして……ここの部分に一工夫……」
柄の部分を引き抜くと、そこにダガーが仕込まれている。刃はなく、刺突用のブレードで長さは30㎝ほどであろうか。
「なかなか面白いものです。これもミスリル製でしょうか」
「ええ。本体も、仕込みの短刀もミスリルの刃です。これも……」
ということで、金貨一枚で購入した。
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王都からの帰りしな、武具店の店員から聞いた奇妙な噂。引退した傭兵に声を掛けて回っているものの存在があるというのだ。それも、王国だけでなく、法国や山国、帝国の国境付近に広くである。
「ゴブリンどもに喰わせるための……傭兵?」
『たぶんそういう事だろうさ』
脳を喰えば経験が手に入る。もし、戦場で体の一部を失った戦力にならない傭兵たちがいれば……良い手段となる。話としては「手足がなくとも経験が活かせる簡単な仕事がある」などと言い、死にかけもしくは兵士としては活動出来ない傭兵、もしくは年老いて戦場に立てない傭兵を集める。
彼らを施設に集め、「簡単な試験をする」といい、一人ずつ木剣でも与えて試験会場に呼び出す。相手は……金属の剣を身に着けたゴブリン。そして、殺され喰われると……立派なゴブリンの上位種の誕生となる。
その対象は捕虜であったり、旅の騎士であったり、村の鍛冶屋や大工である可能性もある。あるいは、工兵あたりも必要だろうか。
「やっていることはともかく、必要なのは『軍団』を編成するのと変わらないわね」
『人知れず、ゴブリンの軍団が育成されている。キングの仕業か、それとも……』
『王国の中もしくは王国の敵に協力者がいるのではございませんでしょうか主』
神国・法国はゴブリンのような邪悪な小鬼を戦力化することに抵抗があるだろう。連合王国かその系列のロマン人の残党勢力、そして帝国の場合、連合王国側につく原神子派の存在。それは、王国内にもシンパが存在する。
「考えると、人攫い同様の存在が王国内で協力している可能性もあるわね」
『怪しいのはやはりヌーベ。それと、ロマンデは王国に帰属してから日が浅く、王国の目が届かぬ地方もある』
『レンヌの西側も同様でございますな。ソレハ伯辺り……怪しいでしょうか』
王国が力をつける事を快く思わない周辺国は多い。豊かな平野を抱える王国は食糧生産も多く、また、川を利用した水運も充実している。黙っていれば、大国となり周辺を脅かす……と思われているのだろう。
『あれだ、自分が考えていることを相手も考えていると思っているからだな』
王国が魔導騎士を配備しているのは主に防衛戦力としての国境固めの為だが、侵略に使われたらと思うと、何もせずにはいられない。国内の治安を乱すには既に、貴族の協力者もかなり少なくなっている。だから、ゴブリンや……怪しげな魔法生物などを王国内に解き放つことを繰り返しているのだろう。
『食べて応援!! じゃねえよな』
『魔剣』 のボヤキに彼女も頷く。
ゴブリンを手段として王国国内をかく乱する方策は、連合王国に原神子派の帝国貴族、王国内の原神子教とにロマン人の残党などがすべてかかわったネットワーク、シンジケートとでも言えばいいのだろうか。一連の騒動がすべて裏でつながっているなど……
「考えすぎではないかしら」
きっと、疲れているからなのよと彼女は自分自身を説得するのである。




