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第902話 彼女はワスティンの森で色々準備する

第902話 彼女はワスティンの森で色々準備する


 彼女はワスティンの森の中、旧盗賊村近くを羅馬に乗り移動している。シルゲン夫妻を案内し、『羅馬牧場』リリアル馬房(仮)の予定地を探している。


「起伏が多いようですな」

「問題があるのでしょうか」

「いや。平らな場所が多いのも良いのですが、名馬の産地は山がちなところも少なくありませんから、むしろ、良い場所でしょう」


 農耕地に恵まれない故に、馬産地として発展した場所もある。レーヌも山と川と森が多い。デンヌやロマンデ、姉の未来の所領である伯領も馬産地として有名であり、その昔遠征で向かった時に見た大山脈の西端にある山岳地帯が含まれる。


 帝国でも有名な「黒森」周辺は、古帝国時代から続く馬産地であり、ここも「森」といって丘陵地あるいは大山脈から南に下る場所にあり、地形も起伏が多い。


「畑になり難い場所の方がよろしいでしょう?」

「斜面には、果樹や家禽となる兎や鶏を飼う予定ですので、その辺りは牧場となるのに良い条件を優先していただいて問題ありません」

「ふむ、となると……」


 完全な平原より、大木を幾つか残す丘を含めた場所を囲う方が良いようだ。


 最近、ランドル地方ですすめられている『ランドル式農法』にも興味がある。今までの三圃式農業を更に進めた、四圃式農業とでも言えばいいのだろうか。小麦・大麦・休耕地兼牧草地に加え、地味を増すと言われる豆や蕪を植える。豆や蕪は家畜の餌にもなる為、無駄がない。大麦の代わりに馬の餌となる燕麦を植えることもあるのだが。


 とはいえ、牧場の家畜とは別に、あるいは、貸し出してもらい休耕地で育てることもあっても良いかもしれない。


 凡その建設予定地を確認し、彼女は建設を手伝う予定の者たちの住む場所にシルゲン夫妻を案内することにした。





「!!!」

「こ、これほどの人数の醜鬼がいるとは……」

「彼らはデルタの民です。その蔑称で呼ぶことは遠慮していただけますでしょうか」

「し、失礼。いや……お許しください」


 声も出ないアデラ、思わず今までの呼び名が口をついてしまったぺテル。悪意はないのだ。例えば、ある日突然、魔物だと思っていた者が実は

『異民族』であったと知らされたとしても、知識として理解できたとしても、即座に行動に移せるわけではない。


 旧盗賊村・避難所に二人を連れてきた彼女もそれは理解している。


 羅馬車を降り、彼女は二人を伴い出迎えたデルタ民の列へと足を向ける。デルタ民の列の先頭には幾人かの見知った顔。仮の村長となっている年老いた男と、その横には遠征に連れて行った戦士たち。


 そして、リリアルの旗を掲げる百人隊長の「アナム」。彼女たちの来訪を事前に知らされ、ヌーベ戦に参加した兵士たちが列をなして

背後の者たちの前に立つ。


『お久しぶりです、閣下』

「随分と言葉に慣れましたねアナム」

『はい。これから王国民として……つ、仕えなければ……ならないので』

「良い心掛けです」


 見た目は異相だが、着るものは以前よりずっと王国の農民の着ている質素ではあるが襤褸ではない服に変わっている。だが、盛り上がっている筋肉や太い首は隠す事は出来ず、威圧感のある集団に見える。とはいえ、彼女の口元は微笑んでおり、この場所を第二の故郷とする意欲が全員から溢れているように感じていた。


「今日は、先触れしていたように、この先、この森を開墾し、馬や羅馬を育て増やす為の牧場を作る下見に来たのです。ご紹介したいのは、牧場で支配人を務めてもらうシルゲン夫妻です」

「……は、始めまして。リリアル閣下の命で、この地に牧場を開くことになる

ぺテルと申します」

「つ、妻のアデルです。これから隣人として仲良くして下さると嬉しいです」


『『『WOW!! WOW!! WOW!!』』』


「「!!!」」

「皆、歓迎しているのです」


 戦場音楽の調べを聞き、固まる老夫婦。兜で顔を隠していない彼らが歯を剥き出して吠えるのは怖いことこの上ない。いや、見た目はこんなですけど、結構いい奴なんですよ。そのうち解ります。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今は避難所ではあるが、この場所は将来的にリリアル領第二の都市となるべく計画されている場所。既に切り開かれており防衛拠点となる場所も存在する。整備する必要はあるが。


 彼女がサラセン遠征から帰るまではこの場所で生活をしつつ、周辺の開拓村となる予定地の伐採・開墾を進めてもらいつつ、この場所周辺で可能な「兎の養殖」「養鶏」「薬草畑」など、リリアルで遠征中に停止する業務を移管しておきたい。


 これは、村に残る年寄り女子供の仕事。


 男衆は、十人前後で分隊を組み、周辺の森を開墾、畑を作るとともに自給自足できる環境を作ってもらう。また、リリアル領からの委託事情として、牧場の開拓・育馬に興味のあるものはシルゲン夫妻の元で馬の世話を学んでもらう。


『ウマ』

『アレはウマイ』

「……た、食べては駄目ですよ」

『ああ、戦場では、死に掛けの馬を捌いて口にする事もある。そういう意味だ。戦馬は喰いではあるが、筋張っていて旨くない』

「「……」」


 それはそうだろう。筋肉モリモリの馬の肉を捌いて直ぐ食べたならば当然だ。


「食用ではなく、輓馬や戦馬としてそだてます。当面は『羅馬』が主体となるでしょう。農耕馬としても活用するつもりです」


 開墾事業、特に、大木の根を掘り起こす場合など、馬に牽かせることもすくなくないが、魔力で身体強化のできるデルタ民の戦士であれば、馬より魔力を纏った斧を与える方が効果がある。伐採時にそれをやると、一瞬で木が倒れて折れたりするのであまり宜しくないのだが。ゆっくり、木の自重を利用して倒す方が良い。


『兎の養殖』は、肉はデルタ民が食べて問題なく、毛皮も自分たちの衣類や寝具に当てて良いと伝えると大いに喜んだ。これまで冬でも身に纏うものは布一枚の襤褸でしかなく、病気になれば体力のない老人や子供はコロコロ死んでいったのだという。肉を食べ、毛皮を身に纏えばそれも加減されることだろう。


『ニワトリ』

『タマゴ……タベル……』

「いえ、鶏の卵はニース商会が買上げてくれるの。お金になるわ。それを使って、塩や小麦を買うのよ」

『商人がくるのですか』


 彼女は、この場所まで王都から街道を整備しているので問題ないと伝える。ニース商会の買取相手は、ジジマッチョ軍団の王都在住の者を当ててもらうように姉経由で伝えておくことにする。彼らであれば、デルタ民とも筋肉で語り合うことができるだろう。たぶん。


「開墾したところをまず、小麦畑にしましょうか。それと、そのあと、蕪と豆を育ててもらう事になります。これは、家畜の餌にもなりますし、自分たちで冬に食べる食料にもなると思うわ」


 家畜も人も、冬は栄養不足になり寒さとうえで病気になりやすい。冬でも手に入る生鮮食料としてとくに蕪は必要なのだ。


 女子供の頭の中はすでに、兎肉祭りになっているようだが。


「兎を飼う場所なのだけれども」


 彼女は、以前、盗賊団幹部が立てこもっていた見張塔とその周辺を囲う土塁を兎の飼育場所にしてはどうかと提案する。比較的手を掛けずに兎を囲う事が出来そうだと考えられるからだ。最終的に街の建設が始まれば、あの見張塔は解体し、石材として活用する事になるだろう。人造岩石の領主館が改めて建設されることになるだろうからだ。


『よろしいのか』

「ええ。開拓村ができれば、その村ごとに『兎舎』『鶏舎』を建ててもらう事になるでしょうけれど。それは、少し先の事になるでしょうから」


 百人隊長アナムは防御施設として残すのではないかと思い質問したようだが、彼女の腹案を知り納得する。なにより、この場所をわざわざ攻撃するような存在はいない。リリアル副伯領……やべぇ女が領主を務める場所なのだと、盗賊村討伐以降、近隣に知れ渡っているのだ。まして、デルタ兵百人に対抗するには三倍の盗賊でもどうかというところだ。


 デルタ兵は遠征時の装備をそのまま確保しており、『領兵』あるいは『衛兵』として活動できるよう、鍛錬を続けている。ヌーベ領内から合流した残っていたデルタの民が徐々に合流しつつあり、どこぞの公都から密かに確保した備蓄食料も余裕がなくなりつつある。今まで領民=リリアル生であったことからも、もうすぐ移住してくる王都近郊の農村からの開拓民の生活保障を含め、支出がウナギの滝登り状態なのだ。


『侯爵になれば、年金でウハウハだろうが』

「……そうね。いつもらえるのかしら」


『魔剣』に言われ、彼女も納得する。


 リリアル副伯としての所領の他、『侯爵』としての年金ももらえることを思い出す。伯姪は『子爵』年金がもらえる。その金で、本来王都に邸を構え使用人を雇い、身支度をしなければならないのだが、彼女の場合、それは特段必要ないので、そのままリリアル領の運営資金に充当されることになるだろう。


 とはいえ、『侯爵』の身づくろいには副伯より格段に金が掛かる。従者の数も増やす必要があるし、それが身につける衣装代だって馬鹿にならない。平民上がりの騎士と『侯爵の従者』では、格が違うというわけだ。





 支配人夫妻とデルタ民の顔合わせが終わり、彼女は百人隊の何人かをつれ、牧場の予定地に決めた場所まで夫妻と共に足を運ぶことにする。彼女が遠征中の間も、牧場事業は進めてもらいたいことであり、最初の開墾はデルタの民の仕事にしたいと考えていたからだ。


 旧盗賊村から北に2㎞ほどであろうか。林間を進み、小高い丘を有する予定地へと至る。近くには小さな泉を水源とする小川が流れており、水場にも困ることはない。


「この周辺になるわね」

『そうか。では、あの場所からここまで、最初に道を通してしまおう』


 アナムの提案に彼女も同意する。道を通す場所の伐採さえ終えてしまえば、この程度の距離ならリリアル建築の道路担当『ビト=セバス』なら、数日で完成する事だろう。その間、野宿生活だが、文句は言わせない。


 彼女はその提案に同意し、伐採した木材は避難所で使用する小屋の建材として使用することを許可する。土壁だけの住居なので、床を張ったりするのに木材は必要だ。煮炊きするにも枝葉が活用できる。避難所周辺を勝手に伐採されるより余程良い。


『荷車があれば、搬出も楽になるのだが』

「……そうね……これではどうかしら」


 彼女は魔法袋から『魔装兎馬車』を取り出す。二輪馬車であり、兎馬を繋ぐ代わりに、柄を大柄なデルタ民が握り魔力を通せば、『魔装荷車』に早変わりすると考えたのだ。


『コレハヨイモノダ!!』

『二輪ナラ、トリマワシモイイ』


 デルタの戦士たちもニッコリ。しばらく使う予定もないので、彼女は、魔装兎馬車の手持ち四台をデルタの民に下賜することにした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 歓迎の宴を催したいと提案するデルタの民に「また後日」とつたえ、彼女は避難所を後にする。宴を催すなら、その食材や酒など彼女が用意して提供するのが筋だからだ。


 それに、本来の「開拓村」の住民とも顔合わせをし、リリアル生・シルゲン夫妻・デルタ民・開拓民と宴を催すのが良いとも考えた。まだ戦が終わって間もない。疲れや傷も癒えているとはいいがたい。内海遠征の直前の壮行会を兼ね、その時期に行う方が良いだろうとも考える。


 因みに、デルタの民は水上戦は苦手なので、連れていくつもりは……あまりない。何人かは護衛兵として船上の白兵戦要員として連れていこうかと思うのだが。





 日を改め、翌日、彼女が足を向けたのは王都。城塞に顔を出し、馬車を止めると歩いて下町へと向かう。供は連れていない。『伯爵』に会う時は、昔から一人で足を運ぶのだ。




 

 一段と腐朽が進み始めた古い騎士館の前に立つ。外観こそ周囲の建物と変わり映えの無い半ば朽ちたそれだが、中身は別。扉の前に立つと音もなくそれは開かれ、中には肌の青白いメイドが立っている。


『お待ちしておりましたアリー様』

「伯爵様はいつものお部屋でしょうか」

『はい。ご案内いたします』


 通い慣れた階段をのぼり、やがて伯爵の居室へと至る。


『伯爵様。アリー様がお見えです』

『どうぞ』


 メイドが扉を開け、彼女は中へと進むと、『伯爵』は今日も気だるげに体を伸ばして斜めにソファに腰かけている。うん、だらしがない。


「御機嫌よう伯爵」

『ああ、アリー。ヌーベ遠征も無事終わり、吸血鬼も排除できたようだね。喜ばしい限りだ』


 某サラセン皇帝に復讐する為、不死の体を手に入れた『伯爵』なのだが、吸血鬼と『リッチ』を天秤にかけ、吸血しなければならない吸血鬼ではなく、魔力を吸収(ドレイン)すればよい『リッチ』を選んだこともあり、吸血鬼にはあまり良い感情を持っていない。


 そもそも、王都に住んでいる理由も『帝国は吸血鬼が多いから』といった理由であったりする。夜の社交界には、その手の者が多く出入りしており、魔力持ち=貴族をたぶらかそうと暗躍しているのだとか。帝国の社交界は吸血鬼の『餌場』という面もあるようだ。


 王国にも『吸血鬼』はいるのだが、それは表立って活動できていない。彼女が『狩る』以前から、王国には吸血鬼があまりいない。『修道騎士団』を排除した影響なのではないかというのが『伯爵』の所見であり、彼女もそれには同意する。


 修道騎士団の残党は、「帝国」「神国」「連合王国」へ移動し、その中で別の騎士団に入り込んだり、あるいは『自由石工組合』のような別組織に影響力を持ち、潜入したりしている。


 彼女は、『伯爵』にいつもの手土産ポーションを渡すと、前置きもほどほどに本題へと入るのであった。





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