第847話 彼女は臨時組を多少鍛える
閑話……投稿漏れておりました!!
よんでちょ。
第847話 彼女は臨時組を多少鍛える
「食事の量を半分にします」
「「「「BUUUUU!!!!」」」」
予想通り、満腹で眠たくなり問題の発生した夜間警邏組(二班)の様子を確認し、彼女は想定通りの提案をした。
「飯半分じゃ無理」
「契約違反とか言うんじゃねぇの?」
文句を言いだす臨時組。だが、いろいろ初日からやらかしたこともあり、班長のドロワが皆を窘める。
「報告されてるんだよ」
「「「……」」」
同時間帯もリリアル生は個別に監視監督を行っている。それは、外敵に対してだけではなく、同僚である臨時組のことも。
「立ちながら寝たり」
「ぐっ」
「そのまま階段から転げ落ちたり」
「はっ」
「自分が寝ぼけて取り落とした短槍の音に驚いて、大騒ぎしたり」
「ぐはっ」
そう。夜間の警邏は臨時組メンバーが思っていた以上に大変だったということだ。
「このままでは、騎士団の遠征に同行など願い出られません」
「そうね」
「「「ひぃぃぃぃ」」」
来るヌーベ征伐に、中等孤児院の男子生徒も動員される予定だと聞く。輸送部隊や兵站基地の警邏などに付かせることで、前線に騎士団や近衛連隊の兵士を集中させる為の提案だとか。当然、給金も出る。
「王太子殿下は厳しい方です」
「「「……」」」
孤児の首を刎ねるほどのことはしないだろうが、中等孤児院に対する助成を減らしたり、将来の進路において近衛連隊や騎士団への採用を見送るといった判断をする可能性もある。
そうなると、リリアル領で屯田兵になる未来しかない。あるいはノーブルで蕎麦農家兼業領兵。
初日に関してはリリアル生も臨時組も慣れなかったので、小さなトラブルがあったものの、リリアル生は交代で王都城塞に詰めている経験もあり、臨時組との関係も騎士と兵士という役割だと認識されれば、さほど問題もなく素直に指示を受けるようになっていった。
一度の食事量を減らし、休憩時に軽食を分けて取るようになって、むしろ長い休憩をとる必要もなく、交代で休憩を取ることで眠気や意識の弛緩も多少改善されたようだ。
「では、一度、迎賓館に向かいます」
彼女は赤毛娘とルミリを連れて迎賓館の衛士棟に足を運ぶことになる。婚約披露の行われる前日から、騎士団経由で臨時衛士を務める従騎士・小姓らが増員され、警備の配置など彼女は確認しておきたかったのだ。
二期生サボア組や一期生の薬師組はメイド役として裏方を務めてもらい、使用人側で監視業務をして貰う事になる。その際、『怪しい使用人』として捕らえられないように、リリアルの身分証に相当する、紋章入のロザリオを持たせておくことを事前に伝える必要がある。
会場に入るのは、彼女と王国騎士に叙されている冒険者組のリリアル生となる。侍女か執事姿でこれも会場で監視及び警備に就く。彼女と伯姪は公女ルネに付き従い護衛兼侍女を務めることになるだろう。
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「これは副元帥閣下。リリアルの皆さんは既に城塞に入られているのですか」
先日の内見会で挨拶をした衛士長と挨拶をかわす。
「はい。城塞の監視体制を強化する為に、中等孤児院から臨時の監視兵を募って、昨日から警備に付けさせている所です。私たちも主力は王都城塞に滞在しています」
「なるほど。これは安心できますな」
衛士長は世辞ではなく、本心からそう言っているようである。迎賓館は『離宮』扱いであり、その警備は『近衛騎士団』の管轄。衛士長も近衛騎士団に籍を置き、衛士も貴族の身分こそ失っているものの、騎士や貴族の係累に属す者たち。素性は明らかであり、衛士長は元近衛騎士である。
危惧するところとしては、近衛騎士団と騎士団の隔意。近衛騎士団上層部は近年の近衛の規模縮小と騎士団の拡充が面白くないようで、騎士団幹部になにかにつけケチをつける様なのだ。
衛士たちにはその辺りの考えはなく、血筋に対する無用な誇りもない。騎士団から派遣される臨時衛士たちとは上手くやりたいのだというが、相手がどう考えているか心配なのだそうだ。
「騎士学校でも、入校当初は騎士団と近衛出身者の間には派閥や対抗意識が存在しましたが、遠征や訓練を重ねることで、同じ王国の騎士という意識が最後には芽生えていました。お互いに良く知ることで、信頼は築けると思います」
遠征は別行動もあったが、半年も生活を供にすれば相応に理解できる。戦場では所属は違えども『友』であり味方同士なのだ。
「なるほど。では、互いに理解し合うのには……」
「手合わせが良いでしょう」
「……なるほど。模擬戦あるいは、立ち合い稽古ですか。それなら、短い時間でも可能でしょう。鍛錬は欠かせませんから、警護の合間に交代で行うようにしようかと思います」
百聞は一見に如かず、あるいは、論より証拠。手合わせをする事で、相手の実力を計り、いざと言いう時に躊躇なく行動することができる。中には無用な摩擦を起こしかねない隔意ある者もいるだろうが、最初の立ち合い稽古で見当がつけば窘めることもできる。
脳筋天に通ずる。
衛士棟を出て、内見で確認した堀の逆茂木設置の状況など確認する。水路の取水口に金属柵を設置するなど、侵入対策も施しているはずだが、周辺からの侵入にはこの堀が利用される可能性も検討しなければならない。
「この中から現れるのが、水精霊でなければいいのですけれど」
『ここの水は淀んでいるから、あんまり好ましくないのだわぁ』
ルミリを連れてきた理由は『フローチェ』の蛙の眼でみてもらいたかったからということもある。とはいえ、リンデを流れるあの汚れた川で『マリーヌ』と出会ったのであるから、水の清濁はあまり関係ないのではないだろうか。泉の女神的精霊は現れないだろうが、妖魔に近いもの、沼や湿地に現れる魔物ならば十分侵入できる。
「先生!! 魔鰐君は来ませんか!!」
「……縁起でもないわね」
魔鰐はかなり大きい。とはいえ、大型の川船に潜ませ、あるいは船の下に隠していどうしてくることができるかもしれない。とはいえ、魔鰐は目立つ。王都郊外の川沿いに潜ませておいて、夜陰に乗じて襲撃させるということは十分可能だろう。
「魔鰐には『退魔の鐘』は効果ありませんの?」
「不死者には効果があるでしょうけれど、虫よけのようなものに過ぎないのだから、使役されている魔物には効果が無いでしょうね」
「ま、あたしのメイスで真っ二つにしてやります!!」
メイスは叩き潰す武器であって、叩き斬ることは……どうなんだろうか。どうやら、ネデル遠征での魔鰐討伐の話を聞き、赤毛娘は「あたしも」と討伐したいと願っているようなのだ。迎賓館に現れ、それが式最中であったとすれば、危険なことこの上ない。
同時に、他の襲撃者が王太子夫妻や国王夫妻を狙えば、分散した護衛の影響で危険度は格段に上がるだろう。
「新式の魔装銃は持ち込みましょう」
「魔装銃兵のお披露目になるかもですね! とどめはあたしが決めますけど」
至近距離から脳か心臓を破壊する必要があるだろう。その場合、魔装銃では狙って心臓を撃ち抜くことは銃兵には難しいかもしれない。また、鰐の頭蓋骨は銃弾を弾くほど堅いとも言われる。やはりメイスで叩き割る方がよいのだろうか。
「この迎賓館は、元は古い王都の城塞を元に本館を作っているのだから、外部からの襲撃にはある程度対応できると思うの」
「来賓やその供連れが暗殺者になるかもしれないのですわぁ」
王妃殿下と公女殿下の装具には魔装のものを既に渡している。恐らく当日は魔装のビスチェなど装備し、万全の態勢で参列するのだろうと思われる。
「その為に院長先生たちが公女様に付き従うんでしょ? 大丈夫大丈夫。あたしも頑張るし、ルミリも頑張るんだよ!!」
「……無理ですわぁ」
『死んじゃうのだわぁ』
魔装の手袋に魔装扇、魔装布を使ったエリ飾りなども身につけるだろう。盾にも籠手にもなる装具だ。
彼女は敷地内の衛士の巡回路や歩哨に立つ位地、あるいは、そこから見える視界等を確認し、館内へと足を踏み入れる。現状、上階に至る客室などは封鎖されており、一階の騎士詰所に警備の騎士が滞在するのみの状態だ。
既に、晩餐用の食事の準備など始まっており、下階の使用人用の回廊には相応の人が入っているが、それはあくまでも使用人のスペースの話。人気のない館内を三人は歩いているのだが、空気はしんと静まり返っている。
「広い」
「ですわぁ。リンデの新王宮に似ていますわぁ」
「そうね。あの王宮は、沢山の来客を宿泊させる施設があったので、ここよりずっと規模が大きかったわね」
女王陛下の王宮は、父王が晩年建てた王宮であり、広大な敷地の中に数多くの小規模な「離宮」が存在していた。大半は廃されるか使用されずに空き室となっていたが、往時は王が見初めた美女がそれぞれの小離宮に住まわされていたという。うん、だから金が無くなるのだ。
「国王夫妻も王太子殿下も無駄を嫌う方だから、先王陛下の建てられた離宮を改装して『迎賓館』として再利用しようという事なのよね」
「そういえば、リリアルも王様の元別荘ですよね」
「そうなのですわぁ」
先王は父王と同世代であり、ライバル関係であったとか。法国から競って建築家を招いて豪奢な王宮や離宮を立てさせた。建築費用は勿論、建てた後の維持費も馬鹿にならない。
女王陛下も良い物件は払い下げたりしているが、それでもかなりの数の宮殿が残っている。これは王国も同様なのだが、機会があるごとに処分をしている。迎賓館もリリアルもその流れなのだ。
「領地を戴いているのだから、あの離宮は返還しなければならないのかしら」
「「ええっ!!」」
ふと思うのだが、それはないだろう。そもそも、副伯となった場合、王都内に居館を持つことになりそうなのだが、その代わりに学院の敷地を提供されていると考えられているのかもしれない。魔装馬車で三十分の距離であるから、そう遠いわけではない。もう王都でないと言っても過言ではないだろう……否、過言である。
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二日、三日と過ごし、臨時組も王都城塞暮らしに慣れてきた。一日五食の生活、そして代わり映えしない監視の日々。とはいえ、将来に繋がる経験と考え、「まだ」弛緩するほどにはなっていない。
「先生、衛士の人達が何か騒ぎを起こしています!!」
学院での仕事を一部持ち込み、また、この際に中等孤児院とリリアル領の関係をどう構築しようかと考えていた彼女。孤児を受け入れることには
吝かではないのだが、経験もない未熟な者を最初に受け入れてしまうと、「法治」という意味ではあまり宜しくない。同じ村出身の開拓民を纏めるのは、その集団では出身村の慣習が通用するからだ。
これが異なる村の開拓民を最初から混ぜてしまえば、慣習の違いから諍いが生じ、開拓以前に頓挫するかもしれない。各村出身者同士で『班』なり『集落』を作り、その代表を集め『村議会』なり『村集会』を開いて共通のルールを作らせるつもりなのだ。
彼女にもリリアル生にも、農村に必要な慣習・ルールについての知識はない。自治を認めるとして、その細部は話し合いで煮詰めて行ってもらいたい。それが、孤児の集団には求めることができない。
職人・商人のギルドには古の帝国時代の法律や商習慣に基づく取り決めが存在する。長い時間かけて慣習化したものには一定の合理的理由がある。それを、一から作り出すことは難しいし、そうしたものに触れた経験のない孤児たちに求めることはできない。
王都の各ギルドに希望者を募り、工房やあってしかるべき商会などは支店なり職人なりをそのまま受け入れる必要がある。その下には中等孤児院出身者を受け入れるという条件を付けても良いだろう。
兵士や針子のように数が必要で、賃金もさほど高くない仕事ならば孤児もつくことができる。冒険者もそうなのだが、冒険者は兵士と異なり装備は自前で用意しなければならない。孤児が簡単に武器や防具を手に入れられるはずもなく、簡単な依頼を受ける雑用で終わることになることも少なくない。
「経験者を最初は優遇するしかないわね」
「先生、それより、騒ぎの内容を確認してください!!」
「ごめんなさいね」
彼女は連れられ、城塞の迎賓館側の監視塔へと足を運ぶ。すると、衛士棟の前あたりで人が輪を作り、真ん中で二人が模擬戦のような事をしている。
「あれ、決闘ですかね?」
「立会人もいないし、事前に決闘内容についての告知もなされてないでしょう。ただの模擬戦ではないかしら」
決闘は『裁判』の一種であり、勝利した側の主張が正しいと認められるものなのだが、その手続きは裁判のそれに近い。むしろ、裁判の判決部分を『決闘』という手段に委ねるのであるから、突然このような場所で始まるのはどうなのだろう。
「リリ、少しあなたの目と耳を借りられるかしら」
『うん、あの場所に行ってみるね~』
彼女その場にいたピクシーの『リリ』にちょっとしたお遣いを頼む。リリの視覚聴覚を彼女は同調させ、遠くからそれを確認することができるのだ。
覗き見し放題!!
しばらくして『リリ』がその場に到着すると、先日衛士長と話したときに話題となった『臨時衛士』と『衛士』の交流試合が行われているのがわかる。
「……差し入れをしましょうか」
「フィナンシェは駄目だ!!」
監視塔にいた臨時組の誰かが思わず声を上げる。そう、孤児にとって甘味は希少価値。とはいえ、フィナンシェはニース商会からの差し入れであって、彼には何の主張もする権利はないのであるが。
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