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第900話 プロローグ

第900話 プロローグ



「日差しが強いわね」

「海の上は波の照り返しもありますから」


 北の海域、ネデルや連合王国の商船が幅を利かせる海においては珍しくもないホイス船。だが、神国やゼノビア、あるいは海都国の商船が海上輸送の主力を為す内海沿岸では珍しい。



 ホイス船は一本もしくは二本のマストを有し、60t程度の排水量の小型船であり、沿岸貨客船として使用されている。帆柱が多い。小さな船倉と簡易な船尾楼。


 船体長と比べ幅広であるものの、喫水が浅い事から水の抵抗が少ない分、動力性能を押さえても速度は十分維持できている。安定性と速度は確保できているものの、凌波性に難がある為、荒天時の使用は難しいと考えられる。が、内海での運用には適した船であると言える。


 甲板に白い天幕を張り、日よけとしている。その甲板から周囲を警戒しているリリアル一期生たち。帆を如何に張るかなどよくわからない故に、ニースの船乗りの中でも老練な者を数人臨時に雇い、その操作を委ねている。

 

 二期生、三期生はニースに魔導キャラベル船『聖ブレリア』号と共に赴き、今は船の操作について教育を受けている。体の小さな者の方が帆の上で作業するには向いているという事もあるが、船上での戦いは白兵戦。体も小さく、魔力量も未だ十分成長させられていない二期生、そもそも魔力の無い三期生の半数には船員としての能力を磨いてもらう方が良いと考え、別行動をしている。伯姪は今はそちらに同行している。


「あ!」

「……ありゃ海豚だな」

「紛らわしい!!」


 赤毛娘が『海賊船か!!』といきり立ったが、青目蒼髪が見間違いだと制した。照り返しで目が疲れること甚だしいが、マストの上から周囲を監視する方が、甲板上より多少紛れる。


「……来た」

「海豚じゃないの?」

「海豚はオールを漕がない」


 水平線に見えるのは、帆を張り、櫂を左右に伸ばし一直線にこちらに向かってくる六隻の海賊船。時折、鹵獲された大型ガレー船や輸送用の帆船が混ざることもあるが、今回の襲撃はいつもの『フスタ』と呼ばれる小型のガレー船だ。


 風に関係なく移動できるガレー船は戦闘用軍船であり、マレス騎士団や各地の軍船も大小さまざまな物を有している。御神子教国のそれは漕ぎ手も戦闘員に組み込まれるため大型の軍船であればあるほど戦闘力が高いと見なされる。また、野砲を軍船の船首・船尾の『楼』に乗せ、あるいは甲板上に小型の5㎝程の口径の野砲を据え付け遠距離攻撃に用いることも増えている。


 が、海賊船の場合、ガレー船に近付くことを避け、沿岸沿いの小さな街や村を襲い金品あるいは「人」を攫う、あるいは風任せの帆船=商用船を狙い襲撃する。それを知る海都国の船団は、護衛にガレー船を伴い安全に航行できるようするのだが、ガレー船は多数の人間が乗る為高コストなのだ。故に、運を天に任せ単独で航行する商船もいないではない。


 海賊は「サラセン教徒」であり、彼らの教義からすると同じ神を信仰しながら誤った教えを信じている御神子教徒は犬以下の存在であるのだという。。故に、改宗させるか、そうでない場合、家畜同様の扱いをしても構わないと。改宗するという発想を持たない敬虔な御神子教徒たちは、海賊に捕らえられ奴隷として家畜のように扱われている。


 その一部は、海賊ガレー船の漕ぎ手として労苦に喘いでいる。内海で活動する騎士団は海賊を討滅すると同時に、同胞を解放することも担っているのだ。


「近づいてきました」

「逃げるふりをして」

「承知!!」


 慌てて舵を切り、風に帆を膨らませ……とはいかず、海賊船との距離は徐々に近づいていく。二隻が大きくリリアル船の行く手を遮るように回り込み、並走するように左右二隻ずつ近寄ってくる。


「魔導隼砲、発射用意!!」

「発射用意」

「発射!!」


DONN!! 


DONN!! 


 砲口径5㎝ほどの『隼砲』から、『火』の魔石屑を混ぜた『魔鉛合金製』砲弾が発射される。『導線』の魔力に導かれ、300mほど先を走る一隻の海賊ガレー船に命中。着弾から数秒遅れて火柱が上がる。


「あ、船に穴が開いた」

「まずいですぅ。沈んじゃますぅ」


 漕ぎ手は開放するべき人達。先ずは、沈みかけの船から討伐し、残らず海賊を殲滅するとしよう。


「魔装銃兵、海賊を狙って」

「了解です!!」


 魔装銃が甲板で右往左往する海賊を撃ち竦め、冒険者組は魔力壁のあしばを蹴って沈み始めた海賊船へと突入した。その時、操舵長である黒目黒髪が魔導外輪を動かし始め、海賊船を遥かに上回る速度で船を疾走させはじめていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 なぜ、海賊狩りを始める事になったのか。それは、ヌーベ討伐終了の時に遡る。


「やっと帰れるわね」

「お腹すきました!!」


 吸血鬼退治を終え、円塔の外に出ると、既に月は上り山際に僅か茜色が残る時間帯であった。


「内部の探索は王太子殿下にお願いしましょう」

「騎士団も随行しておりますから、公都内部の調査は彼らに委ねられるのでしょうか」


 百人単位で騎士団が派遣されているのだから、公都内の住居から全て捜査することも用意だろう。帝国に潜む吸血鬼とのやり取りの記録も残っているかもしれないので、そういった仕事に巻き込まれる前に帰るべきだと彼女も判断する。


 



 速やかに撤収準備に入るリリアル生。彼女は伯姪と共に、『御老公』の元へと足を運ぶ。引き連れられる……引き摺られているのは吸血鬼化している最後の『ヌーベ公』。『御老公』は王女殿下を母に持つヌーベ公であったのだが、弟にあとを譲ったのち、その五代ほど後に公女が王弟の子を婿に迎え、再び王家と姻戚となった。その息子が吸血鬼化したこの男なのだ。


『わ、我は王家の血を引くぅ』

「吸血鬼でしょ。吸血鬼の血を引いているんじゃないの?」


 吸血鬼の配下となり吸血鬼化した時点で、血統はロンダリングされているのではないだろうかという伯姪の疑問。血統というか血脈といえばいいだろうか。


「子がいない時点で、ヌーベ公家はとうの昔に絶えているのよ。現実を認められないのは醜いわね」

『我は!!』

「醜いだけでなく、貴族としても領民を護らなかった時点で醜悪ですらあるわ」

『……』


 王に認めらえてこその貴族。その王は、教皇庁から王国を統治する正統性を担保されている。吸血鬼の統治者など、教皇庁が認めるわけがないのだから、吸血鬼であることを暴かれた時点で、目の前の自称『ヌーベ公』は、統治者ではなくなる。今までは明確でなかった故に、曖昧に否定されていなかっただけの話なのだ。





 城館に向かう二人。先日と同じように、老執事マジョルドに案内され『御老公』の元に向かう。


『終わったのかね』


 椅子に座ったまま窓の外に視線を向ける『御老公』。いつの間にか鐘の音がしなくなったのは、リリアル生が先触れを王太子本営に出した結果だろう。それを知って、全てを悟ったのか。


「先に、連れを紹介いたします」

『おお、またもお若い女性が訪れてくれたのか』

 

 彼女は伯姪を紹介し、伯姪は『連れ』を紹介する。連れというか引き摺られていた存在。


「この通り、貴方以外の吸血鬼は全て捕縛するか討伐しました」

『ふむ。で、私はどうすれば良い』

「先日のお約束の通り、立て籠もる傭兵達に降伏勧告を出します。その際、ご協力を」


『御老公』は頷き、傭兵隊長あてに自分の名で王太子軍に降伏する旨を伝えると彼女に伝えた。


「一先ず、私たちは失礼します。ヌーベ領の接収が終わり次第、貴方と執事殿を王都の然るべき場所で生活できるよう、王太子殿下に相談して参ります。公都の解放と傭兵隊の退去のための話し合いまでには、凡その内容をお伝えできるようしたいと思います」

『そうだね。こちらもその方が協力しやすい。傭兵隊長と共に、降伏の調印式を本営と公都の中間あたりに天幕を張ってもらい、そこで行うのはどうだろう』

「承知しました。ご要望に沿えるよう、王太子殿下を説得したいと思います」

「ねぇ、それまで私がここに留まるというのはどう?」


 突然、自分は城館に泊ると言い始める伯姪。『御老公』と執事は取り立てて問題はないと答える。人質ではないが、彼女が王太子と話をし、調印式を行う場所まで同行するという役割を担いたいのだということだ。


「貴女がそれでいいのなら、お願いするわ」

「せっかく、こんな素敵な城館に来ているのですもの。止まらなきゃ損ってなものよ」

『はははは。久しぶりに淑女を招いて晩餐としようかマジョルド』

「私の腕では、大したものはご用意できませんが。ご容赦を」

『代わりに、ヌーベ産の良いワインをお出ししなさい。勿論、赤だよ』


『血のように赤い』と『御老公』は付け加えた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王太子本営、彼女は『ヌーベ公』を王太子の前に突き出す。手足がないので、転がりだすという風情なのだが。


「これが……賢明王の王弟の血を引くヌーベ公か。王家の血筋から吸血鬼が出るとはな」


 ゲシッとばかりに腹をける王太子。この後、様々な尋問がなされることだろう。豚の血でも鶏の血でも与えて、何でも聞き出すと良い。


 公都の中を改めて捜索するにしても、城壁を護る帝国傭兵を退去させる必要がある。王太子に彼女は『御老公』とのやり取りを説明し、公式に『御老公』と傭兵隊長との間に「降伏文書」の調印式を行う事を提案した。


「ヌーベ公領を正式な手続きに基づいて接収できるのであればそれにこしたことはいないな。加えて、コーヌから川船でくだり、レンヌから船でネデルの都市にでも送りつければ、王国内で傭兵達も悪さできまい」


 傭兵達がヌーベで現地解散し、野盗や山賊として第二の人生をエンジョイされても困ることは、百年戦争の時期に嫌というほど経験しているのだ。船であれば、半ば収監しているようなものであり、下船を断り船の上での生活のまま国外退去できれば、そういった心配もせずに済む。船賃程度王国が負担しても却って安く済むだろう。


 でないと、傭兵達も調印に賛同せず、勝手に戦い続ける可能性がある。その場合、包囲を継続し飢え死にさせるまでなのだが。


 本営内は「これで遠征も終わりになりそうだ」という空気になりつつある。既に「ヌーベ公」は捕らえられており、降伏勧告と降伏の手続きを進めるだけだとばかりに。


「副元帥。この男、腕がないのだが、口に筆でも咥えさせ署名させるのか?」


 手足の無い「ヌーベ公」に署名させるにはどうするのだと王太子。彼女は『御老公』をヌーベの代表者とし、署名をしてもらうこと。調印後は王都に招いてもらいたいことを伝える。


「ふむ、吸血鬼を王都に招くか」

「王太子宮の大塔に沢山潜んでいたのですから、今さら一体加わっても気にするほどではないと思うのですが」

「……であるな」


 彼女は、王都のリリアル城塞の貴賓室を『御老公』に宛がおうと考えている旨、王太子に説明する。王都のど真ん中であり、王太子宮・王宮にちかく、会談するならば『迎賓館』を使用するのも良いだろう。降伏し、王国の一部となるのだ。生身の人間であれば、王都に招いて賓客として遇する事だろう。王家の血を引く者でもある。吸血鬼ロンダリングされる前の話なのだが。


「どのような人物なのだ。なぜ、吸血鬼となっている」


『御老公』は聖征の時代の君主であり、聖王国に向かい、その地で異教徒と戦い瀕死の状態から吸血鬼になり生き延びることを選択したと説明する。また、自分が弟に委ねたブルグント・ヌーベの地を見守る為聖王国陥落後王国に戻り、当代のヌーベ公の後見として従ったのだと付け加える。


「この男は、御老公から吸血鬼にされたわけではないのか」

「帝国の女吸血鬼にそそのかされたと考えるのが妥当だと思われます。男の吸血鬼は男性を吸血鬼化することはできませんし、『御老公』は私利私欲のために吸血鬼化するようなことに協力するとも思えませんから」


 その辺り、誰からいつどのように吸血鬼になるよう唆され、そうなるに至ったのかを公自身から聞き出す事になるだろう。よきよき。


 王太子は側近たちに、降伏勧告の使者を出す準備を整えさせ、また、しかるべき降伏条件について素案から具体的なものに仕上げることを命じた。


「ところで、ニアス卿は一緒ではないのか」

「御老公の城館に調印式迄滞在するそうです。人質ではありませんが、話を進める確約のようなものでしょうか」

「そうか。それほど時間はかからないだろう。それと……」


 王太子は傭兵の退去に関してどうするか彼女に相談する。元々、船を使いコーヌからレンヌ、レンヌからネデルへ送ることを条件にする提案をするつもり出会った彼女は、そのように伝える。


「武装はどうする」

「解除させましょう。防具はともかく、最低限の自衛装備のみ持っていく事を許し、長柄や銃は接収し、代わりに船賃を王国で負担するという形で盛り込んではどうでしょうか」

「そうだな。船を乗っ取られるのも困る。ネデルの船を用意させ、送り出すこととしよう」


 船は金で雇うことになる。ネデル船籍の船が数も多く、支払いさえ問題なければ傭兵を運ぶことも慣れたものだ。


 そんな形で、二日ほど準備期間を置いて、王太子は降伏勧告と降伏文書の調印式を執り行う事にしたのである。







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― 新着の感想 ―
大量の不死者の在庫抱えてるリリアルが王都に巣食ってるでねぇ と言うかすでに王都近辺は人外魔境だし
王都に吸血鬼を連れて帰るともれなく鐘の音でくるしむのでは?
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