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第898話 彼女は城塞へと突入する

第898話 彼女は城塞へと突入する


 地下に降りると、そこには幾つかの狼の死体。火薬の爆発で死んだように見える。


「使い魔でしょうか」


 茶目栗毛が狼が死んでいるのを確認しつつ、呟く。鼠や蝙蝠、狼は吸血鬼の使役する使い魔・従魔として知られている。


 蓋のひっくり返った古びた棺桶が幾つも並べられており、台座のようなものの上からズレ落ちている。そのうち、階段近くのそれはひっくり返っている。爆発の影響に違いない。


『こんなんなら、驚いて飛び出してきたのもわかるな』


『魔剣』の言葉を聞き流しつつ、彼女は棺桶の中を確認していく。騎士の装備が副葬品代わりに納められていたのか、古風な剣やメイスの類が残されている。中にいた吸血鬼の忘れ物だろう。


「剣類は回収しておきましょうか」

「そうね。持ち主の名が記されているかもしれないでしょう。確保しておく方が良いわね」


 後から来るであろう、近衛連隊の連中が戦利品として持ち出す可能性を考えると、リリアルで確保できる物はこの機会に回収してしまう方が良い。調べるのは王太子宮に押し付けるが。


 ニ三百年前の流行故、今の物よりも鋼が厚い。古いものは良いから厚いというわけではないだろう。板金鎧であれば斬ることは難しい故に、刺突に適した剣で鎧の隙間を狙うあるいは、鈍器で叩くのが当然だが、鎖帷子と部分板鎧の組合せならまた話は違う。鎖の部分は強く剣で叩くと鎖が割れるからだ。剣身が分厚いのは鋼が今と比べ低い温度で精錬されていたため、脆く、厚くする必要があったからでもある。


 重く脆い鋼の剣は、骨董品としての価値はあるが、武器としては今の時代にあっていない。吸血鬼討伐の記念品にしかならないだろう。あと、重いのはリリアル受けしない。





 ひっくり返った棺桶の数は十二。飛び出してきた吸血鬼の数より多い。彼女は魔力走査を使ってこの地下階に降りた際に魔力を持つ存在の有無を探ったが、特には見られなかった。


「数が合わないのはたまたまでしょうか」


 茶目栗毛も飛び出してきた吸血鬼が十であるのに対し、棺桶が十二と数が合わないことに疑念を呈す。


「もう少しこの階を探ってみましょう」


 彼女と茶目栗毛は、なにかおかしなところがないかと探していると、壁が突き出しているところの陰に、下へと降りる階段があることに気が付く。上から降りてきた場合、丁度死角になる位置にわからないよう設けてあった。


「さらに地下があるのでしょうか」

「逃走路かもしれないわ」


 この南には川沿いの監視所を兼ねた『円塔』が存在する。この城塞が包囲された際、万が一の時の抜け道として用意されたのかも逸れない。


「この階段を調査します」


 彼女は再び小火球を伴い階段を進む。途中に仕掛けがあって、後続を拒むような罠があるかもしれないと、その手の事に詳しい茶目栗毛が先頭を代わると申し出た。大雑把な彼女には確かに荷が重い。


 幾つか、踏むとよろしくない階段があり、踏めば落とし穴に落ちるような仕掛けが施されていた。後続を拒むような通路を崩す仕掛けもある。


「脱出路兼、追撃の手を絶つための物でしょう」


 幅は人一人がようやく頭を下げて進める程度のもの。幸い、小柄な彼女はそのまま通ることができる。残念。


「探索用の装備に切り替えて正解だったわ」


 こんなこともあろうかと……は全く考えていなかったが、狭い屋内戦闘を想定していたこともあり、狭い通路で動きが取れないほどの重装備ではない事は幸いした。


『おい、この方角は』


 幾度かのクランクがあり、方向が分かりにくくされているが、最終的にはやはり南側の『円塔』に続いている。


 石の階段の上には残りにくかったようだが、『土』魔術で削りだされたとはいえ、その上に積もる埃の上に残された真新しい二人分の足跡は、棺桶の数と討伐された吸血鬼の数が合わなかったことの意味を示している。


 茶目栗毛は先を進む足を止め、彼女に向かい振り返る。


「このままいけば、次の討伐場所である古い円塔に続いているようです。どうされますか」


 逃げた吸血鬼二体に加え、『貴種』とその側近の吸血鬼が潜んでいる可能性は高い場所。彼女と茶目栗毛の二人で討伐できるかどうかはかなり怪しい。既に逃げおおせてしまっているのであれば、今から二人だけで後を追えばかえって危険となることは明白。


 そのまま突入したい気持ちも無いではないが、一先ず、『土壁』で通路を途中で塞ぎ、城塞へと戻ることを選択する。


「一旦引き返しましょう。戻るついでに、罠も破壊しておくわ」


 抜ける床かは固定し、あるいは刃物や杭が出る場所も『土』魔術で埋め動かなくしてしまう。次に通る際は、安全安心迅速に移動できる。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 来た道を戻り、一度地下階へと戻り、更に階段を上がり入口広間へと向かう。扉の外に出て、待機する四人へと声を掛ける。


「地下に隠し通路があるわ。おそらく、あの塔へと繋がっているようなの」


 南に見える古臭い石積みの円塔を彼女は指さす。


「げぇ」

「ノー心配ない」


 嫌そうな顔の歩人と、まだ楽しみが残っているとばかりに顔に力を込める赤目銀髪。だが無表情。


「外に変化は特にありません。中では戦闘があったようですが、今は平穏に戻っています」

「そう、ありがとう」


 灰目藍髪の報告に、既に上階に残っていた吸血鬼は討伐済みであると彼女は確信する。


「あの古い塔には、五六体の吸血鬼が残っているとおもうのだけれど、恐らくは統率個体が主ね。なので、ここに向かってきた場合、一旦中に入って防御に徹してもらえるかしら」

「わかりました」

「狙えれば、撃ちますぅ」


 魔装槍騎銃を片手で持ち上げ、アピールする碧目金髪。視線を高くし周囲を警戒しやすくするため『水魔馬』を呼び寄せ騎乗する灰目藍髪。


 彼女は茶目栗毛を外の監視に加わるように指示し、中へ入り上階への階段を上る。最初の階には四体の手足を刎ねられた吸血鬼が転がされている。他には首なしが二体。


「先生、地下はどうでした?」


 青目蒼髪が周囲に目を配りつつ、彼女に質問する。


「地下通路があったわ。一度塞いできたのだけれど」

「マジですか! 行ってみてぇー!!」

「あんたみたいなゴツイ男が入ると、それだけでさらに狭苦しくなるじゃない? 周りに迷惑だからやめてよね」

「うへぇ、死んだ母ちゃんより口うるせぇな」


 相変わらずの蒼髪ペア。甘い雰囲気など微塵もない。


「これは回収で良いのよね」

「はい。下っ端みたいですし」

『だ、誰が下っ端だ!! 貴様ら、公爵様にかかれば!!』

「あーそういうのいいから。結果出てるし」

『ぐはっ!!』


 比較的身なりの良い吸血鬼の一体が、青目蒼髪にトゥキックされ、壁へ吹っ飛んでぶつかり止る。


「一度、吸血鬼は収納してしまうわ。それと、副葬品類は回収してしまってもらえるかしら」


 赤目蒼髪に副葬品回収を依頼し、彼女は吸血鬼の死体と達磨吸血鬼を魔法袋に回収する。これは、時間停止機能のないどうでもいい魔法袋に纏めて入れておく。死体同然のアンデッドは、魔法袋に収納できて便利だ。


「この階には使い魔の類はいなかったのね」

「いえ、蝙蝠が飛び掛かって来ました。ほら、あの辺に死んでますよ」


 どうやら、早期警戒装置扱いで、吸血鬼は蝙蝠を配置していたようなのだが、火薬の爆発の衝撃で気絶するかショック死してしまい、床に落ちてしまったようで、そのまま踏み潰したり、戦槌にあるピアスヘッドで突き殺したのだという。


「使い魔便利だよなぁ」

「魔力走査で十分よ。頭の上から蝙蝠の糞が落ちてきたら嫌でしょ」

「確かに」


 爆風の影響のなかった上階の棺桶はそのまま綺麗に並んでいるが、外された棺の蓋には蝙蝠の糞が……糞害対策待ったなし。


 隠し部屋などもあるはずもなく、仕掛けもないことを確認させ、彼女は蒼髪ペアに外で待機するように伝え、更に上階へと向かう。





「地下の探索は終わったのね」

「ええ。それでこちらはどうかしら」


 四体の達磨を確認しつつ、彼女は伯姪に報告を促す。


「ヌーベ公とその側近というか愛妾の従属種が三体。四体の吸血鬼が円塔にいるみたい。能力的には……御察しね」


 手足を細切れにされ、痛めつけられた吸血鬼たちから聞き出したのか、伯姪は既に、『貴種』とその側近の吸血鬼の能力を確認しているようだ。


 彼女は地下から隠し通路が繋がっており、二体の吸血鬼がそこから逃げ出し、恐らく、円塔へ向かっただろうと推測されることを伝える。


「じゃ、六体ね」

「ええ。逃げた二体の能力は未知数なのだけれど」

「ま、大したことはないでしょ。心配する必要無いわ」


 吸血鬼は『魅了』や『変化』あるいは『使役』といった環境を利用する戦い方が得意だが、個々の戦力は再生力の高い『喰人鬼』程度の能力に過ぎない。時に、魔術師や高名な騎士・魔法剣士が吸血鬼化していることがあるというが、今回の公爵崩れ程度であれば問題ないだろうと彼女も認識している。


『屍鬼兵』の戦力はいつものリリアル単独の討伐なら非常に危険であったが、近衛連隊とデルタ兵のお陰で討伐自体は十分できた。ヌーベ公の切り札を潰した時点で、吸血鬼たちの思惑は外れているのだろう。


 これが公都の城塞などなく、万に近い兵士に包囲されていなければ、逃げおおせたかもしれない。しかしながら、『ヌーベ公』がヌーベを失えばそれは存在理由を失ってしまう。野良吸血鬼に吸血鬼の界隈も優しくはないだろう。プライドも名声も失ってしまう。吸血鬼がそうなって、存在し続ける理由はないだろう。


「どこぞの『伯爵』は生き延びているじゃない」

「あれは吸血鬼ではないもの。存在し続けることに全振りしてるからかしらね」


 サラセンの大軍と死闘を繰り返し、やがて領地を失った元東方の大公国の君主が生前の『伯爵』。吸血鬼になって領地を取り返そうと画策するが、どうやら無理そうなので、長生きして第二の人生? を楽しむ事にしたので、吸血鬼ではなく、エルダー・リッチとなることを選択した魔術師である。


 吸血鬼は、吸血鬼の『親』がいれば誰でもなれるのだが、リッチは自身で研鑽し不死者に至らねばならない。つまり、吸血鬼になるのは易く、リッチになるのは難しである。


「さっさと討伐して終わりにしましょう」

「そうね。ここも回収して、一旦外に出ましょう」


 伯姪と赤毛娘を連れ、彼女は最上階を後にする。吸血鬼となったヌーベ公の討伐が残る課題となった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「はいはいはーい!! あたしと、院長先生が、スモールビューティペアとして!! 地下道から突入するのがいいと思いまーす!!」

「異議あり。地下道の途中からの罠解除も必要。ここは、スマイルビューティペアの私と院長が適任」


 無表情に赤毛娘に反論する赤目銀髪。スマイルどこ行った。


「では、地下道からの侵入は私を含めて三名。地上からは」

「私が指揮するわ」


 伯姪が円塔の包囲と突入を指揮することになる。


「俺はこの城塞の留守を守るぜ……でございますお嬢様」

「いらないわ。入口は土魔術で私が入ってから中から封鎖するもの」

「ぐえぇ。もう、討伐はいやだぁ」


 騒ぐ歩人に「戦闘に参加してないじゃん」「ほんとですぅ」と罵られる。これだから怠慢おじさんって奴は……





 日が傾くまでにはいましばらく時間がある。彼女は円塔攻略に向かうにあたり、自分自身と赤毛娘、赤目銀髪を地下通路班、伯姪を指揮官に、茶目栗毛、蒼髪ペア、灰目藍髪、碧目金髪、セバスおじさんを円塔包囲班へと割り振る。


 彼女達が地下通路を上がるタイミング、包囲後三十分をめどに正面扉を攻撃し陽動を行う。六体の吸血鬼を地下道と正面扉の防衛に分断し、攻略しやすくすることに目的がある。


「あんまりゆっくりしていると、全部仕留めちゃうわよ」

「ふふ、予定外に前倒しに討伐が進んで、残りがいなくなっていても後からクレームは受け付けないわ」

「どっちでもいいから、早く終わらせようぜ……でございますお嬢様」


 伯姪と彼女が別の隊を率いて競うような事は久しぶりかもしれない。ヌーベ攻略の最後の最後で、ちょっとそういう状況になるのは楽しみかもしれない。


「功を争って怪我をするようなことのないようにしましょう」


 とはいうものの、彼女も少しだけ欲を出してもいいかなと思うのである。






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― 新着の感想 ―
セバス専用にニンニクパヒュームやニンニクコロンにニンニクアククセサリー開発してアクセサリーゴロゴロさせて香水やコロンの臭いさせて吸血鬼の群れの中疾走させるしか チャラいニンニクオジを極めるんだ
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