第897話 彼女は昼間から吸血鬼討伐に向かう
第897話 彼女は昼間から吸血鬼討伐に向かう
襲撃時間を白昼堂々に変更。すでに昼夜を問わず鐘を鳴らし続けた結果、傭兵側は疲労困憊で、彼女達が忍び込んだ夜以上に、昼間にも関わらず監視の目が緩くなっているのを感じた。
王太子には「吸血鬼にとって日中に攻撃する方が有利」と判断したとして夜の襲撃を前倒しで日中行う事を伝えると、「それはそうだな」と全員が納得して許可が出る。なぜ、打ち合わせの段階で気付かなかったのだろうか。
「さて、今日は早く寝たいところなのだけれど」
と思いつつ、生活リズムを考えると、早く寝るわけにもいかない。包囲する側も、堡塁の内側で監視役の歩哨がいる以外、半休息状態が続いている。もう終わった気になっているといってもいいだろうか。
「こんな時に限って吸血鬼が夜に襲撃したりするのよね」
「満月ですもの。人狼の方が元気になるのではないかしら」
「生き残りがいればね」
人狼は吸血鬼に使役されていたのではないだろう。推測になるが、帝国の吸血鬼からの依頼で、支援のためにやってきたのだろうと思われる。『屍鬼兵』の戦列に潜み、王太子本営を襲撃するという手段が、彼ら単独で最も効果の望める戦い方であったのだろう。想定外であったのは、リリアルとデルタ兵の存在。無ければ、人狼たちの目論見はうまく行っていたと思われる。
「吸血鬼の襲撃はどうかしらね」
「今さらでしょ? 襲撃するなら、人狼の襲撃の直後くらいでもするべきだったわよ。それなりに近衛連隊も損害だしていたんだから」
恐らく、誰がどれだけ攻め込むのか決まらなかったのだろう。『貴種』とその側近が攻撃するわけもなく、その配下の従属種・隷属種は、仕事の押付け合いで結局誰もチャンスを生かせなかったという事だと思われる。
「王太子殿下は幸運だったわけね」
「そうね。吸血鬼が大きな勢力にならない理由も、その辺りかもしれないわね」
個々の力は優れていたとしても、大きな集団になりえない存在。その反対が兵士であろうか。個々は大したことが無くとも、集団で力を発揮する。そういう意味で、本来であれば、傭兵と吸血鬼の連携は補完関係だったきがするのだが。
「やる気ないわよね吸血鬼」
魔力持ちの魂の火事場泥棒ならぬ、戦場泥棒で味を占めた者たちであるから、明らかに魔力持ちが先頭に立たない集団戦では旨味が見えないのかもしれない。高名な君主や騎士が名乗りを上げ、自らの旗を掲げて戦う戦場であった時代であれば、魔力持ちを狩るという目的は容易に達せられたのだろうが、今は、名もなき兵士が列をなして戦う時代。剣ではなく槍と銃で押し合う世界だ。
「なら、私たちが潜入すれば」
「条件反射で飛び出してくるかもしれないわね」
「そこを刈り取るわけ。いいじゃない」
彼女と伯姪は話をまとめ、リリアル生の元へと戻る。これは、副元帥と王国騎士の任務ではなく、その昔から続く冒険者としての魔物狩り。王国からの直接依頼といったところだ。
四角い城塞。城門楼であったものを改修し、独立した城塞にした物。さらに、外部からは分かりにくいが、恐らくは吸血鬼が住みやすいように地下を含め石室あるいは地下墳墓のような構造に改修していると思われる。
「隅々まで効く?」
「その時は、風魔術で送り込むわ」
コックローチには〇ルサンではないが、燻り出すには自然に煙が出るだけではだめだと思われる。
その昔、ゴブリン洞窟の入口で硫黄を燃やして中に流し込み、追い出して討伐したこともあった。あの頃のリリアル一期生はずっと子供であったが、今は随分と……いや、いまでも十分子供っぽい。特に、最年少赤毛軍曹。
「窓を土魔術で埋めてちょうだい」
「……はいよろこんで……でございますお嬢様」
嫌そうに歩人が城塞にある上階の窓を『土壁』で塞いでいく。戦闘では『賑やかし』に徹するであろう歩人の先を読んで、魔力を使わせる役割を振ったのだ。煙を流し込む場所と入口を除き、出入りができないように土魔術で閉じ固めてしまう。
「さて、いよいよね」
「これが煙幕ね」
彼女は魔法袋から火縄の付いた円筒をいくつか取り出す。
「火をつけて投げ入れる」
「でも、煙って上に向かうんじゃないんですか?」
煙だけなら空気より重いので下に向かうことになる。煙突の空気が上に向かうのは暖められた空気が軽くなって上に向かうからだとか。
「良く燃えると良いわね」
伯姪と赤毛娘、赤目銀髪がそれぞれ両手にもち、投入口となっている窓から小火球で導火線に火をつけ投げ落とす。カラカラと音を立てながら階段を落ちていく煙幕筒。
「あの窓も閉じてしまって」
「はいよろこんで……」
めんどくさそうに窓を塞ぐ歩人。しばらくすると、入口の扉の隙間から、煙が漏れだしてきた。
「反応が薄いですね」
「寝ている時に火事になって気が付かずに亡くなる人もいるくらいだから、煙程度では目が覚めないのかもしれないわね」
そもそも、半死人の吸血鬼は人間ほど呼吸を必要としない。なので、煙で部屋が充満していても、寝具である棺桶の中までは影響がないのかもしれない。
これはしまった!!
「計画倒れだろこれ……ではございませんかお嬢様」
「……」
彼女の失敗に喜びを隠せない歩人。やめておけ、あとで後悔することになるだぞ!!
「先生!!」
「なにかしら」
赤毛娘が元気よく声を出した。
「火薬樽って、ありませんか?」
「小さいものならあるわよ」
火薬樽はワイン樽よりずっと小さい。片手で持てるくらいの大きさのものもある。
「火薬って、あんまり使いませんよね?」
リリアルは「魔装銃」導入以前は弓銃とマスケット銃を導入することを検討しており、その時火薬も購入して死蔵していた。
「この火薬樽に導火線を付けて地下に放り投げたらいい感じで爆発すると思うんです!!」
赤毛娘も、十人からの人数で城塞に入るのが面倒な気持ちになっているようだ。他のメンバーも、燻しだすという前提に気持ちが固まっており、今さら中に入るのは嫌なようだ。
「これで出てこなければ、上下二手に分かれて入口から探索することに
するわ」
彼女は火薬樽に導火線を差し込み、火をつけると、城塞の入口ドアを開け、見えている下に降りる螺旋階段へとそっと投げ落とした。シューと火縄の燃える音が聞こえ……ドアを閉める。
しばらくしても、爆発しなかった。
「またもや失敗」
「恥の上塗り……でございますぅ」
DOONNN!!
地鳴りのような音がして、城塞の扉の隙間から白い煙が噴き出した。
「失敗かと思えば成功」
「まだわからないわ」
吸血鬼が飛び出してくるまでわからない。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
扉の向こうから何やら駆けてくる気配と、喚き声が近づいてくる。
「討伐用意」
それぞれが手に得物を構え、扉が開くのを半包囲して待ち構える。
『ウゴガァ!!』
黒い煤に塗れたマッチョな男が飛び出してくる。古い時代の騎士の装い。恐らくは、隷属種の吸血鬼であろう。
「いただきます!!」
赤毛娘が吶喊し、愛用鈍器でスマッシュを決める。
GOGANN !!
『ノアァ』
「さようなら」
倒れた吸血鬼の首を、赤目銀髪がスパっと切り落とし一体目の討伐終了。
「首を刎ねるまでが討伐」
「連携プレー!!」
「ん」
赤毛娘と赤目銀髪はハイタッチ。
二匹、三匹と吸血鬼が飛び出してくるのを、蒼髪ペアが戦槌で叩きのめし、茶目栗毛と伯姪が片刃曲剣で首を刎ねる。
「まだまだ来ます」
前衛を抜けてくる吸血鬼の前に灰目藍髪が立ちふさがる。吸血鬼は若い魔力持ちの女を目の前に、乱れていた視線をカッと見開き目を向ける。
『おお、若い女ではないかぁ!!』
POW !!
『ぐぎゃあぁぁ!!』
灰目藍髪の肩越し、吸血鬼の右目を碧目金髪の放った弾丸が貫く。
「もう一度死になさい!!」
両手で持った魔銀鍍金バスタードソードを旋回させて一閃、勢いに任せ首を横薙ぎにする。
「良い感じで首とんだな」
「……いいから、彼方も戦いなさい」
「ちょ、今日は風邪気味なんで見学させてもらうわけに……行くわけないですよねお嬢様!!」
何とかは風邪をひかない。気のせいだ、ビト・セバス。
彼女も後方から足止めの為に魔装拳銃で魔鉛弾を次々と放つ、あるいは、剣に纏わせた『雷燕』を放ち、飛び出してくる吸血鬼の脚を止める。
『雷炎球使えればいいんだがな』
「数が多いし、混戦だから無理よ」
『雷炎球』は、彼女の持つ『雷』の精霊の加護によるもの。 小火球+雷の精霊魔術。彼女の場合、『聖性を帯びた炎』となり、不死者、悪霊の影響を受けた魔物に対して「浄化」の効果をもたらす。
が、リリアル生と吸血鬼が立ち会ってる状態では、詠唱を唱えている間も惜しい。
十体ほど飛び出してきた吸血鬼を討伐すると、一旦、吸血鬼の流れが止まった。
「あと半分以上いるのよね」
「もう一本いっとく?」
「地下に潜んでいる分が終わったのではないかしら」
ニ十体すべてが地下に潜んでいたわけではないのだろう。上階にも吸血鬼が潜んでいる可能性がある。出てきた吸血鬼が『騎士風』であったことから、従属種の吸血鬼が上階に残っていると思われる。
「どうする?」
「入口を固める者と内部を掃討する者に別れましょう」
「俺、入口監視係に立候補……でございますお嬢様」
彼女はジト目で歩人を見るが、許可を出す。
「……いいわ。他に」
「あのぉ、銃兵は、屋内戦闘厳しいと思うんですぅ」
「そうね。なら」
碧目金髪と灰目藍髪も残すことにする。魔力壁や身体強化、魔力走査の同時展開は魔力量の乏しいものに厳しい。
「周囲の警戒に残る」
「そうね。弓の使えるあなたが残ってくれるのは心強いわ」
「……俺の時とえらい違い」
「あんた、弓使えないじゃない!!」
歩人の言い草に、伯姪が怒り口調で窘める。成長しないこと著しいおじさん、ビト・セバス。世の中おじさんには厳しいのだよ。
伯姪と赤毛娘のペアが入口から中へと入る。ついで、蒼髪ペア。最後に、彼女と茶目栗毛。魔力量のバランス的な組み合わせだ。魔力量の多い者が前衛を務める。
「円塔からの応援にも注意して」
「もちろん」
「お気をつけて」
「おみやげ期待してますぅ」
碧目金髪よ、おそらくそれは吸血鬼の首だぞ。
城塞に入ると、二つの階段が隅に配されている。
上へと向かい階段にはすでに伯姪たちが向かっており、蒼髪ペアは下に向かうか伯姪たちに同行するか迷っているようだった。
「上をお願い」
「わかりました」
伯姪に赤毛娘の面倒を見させる全振りするのはどうかと彼女は危惧し、二人についてもらう。地下は火薬の爆発である程度破壊されている故、危険度は低い。二人で十分だと判断した。
「行きましょうか」
下へと降りる階段。灯り替わりの小火球を目の高さに浮かべ、彼女は進むことにした。