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第896話 彼女は再度公都ヌーベに向かう

第896話 彼女は再度公都ヌーベに向かう


 老土夫に依頼したデルタの民向けの魔銀鍍金手斧と、吸血鬼退治用に急遽用立てた『戦槌』が仕上がった。


「そろそろいけそうね」

「ポーションも仕上がったわ。これで、多少の怪我でも問題なく対応できると思うわ」


『踊る草』謹製の高性能ポーション。実験できないのが残念。とはいえ、負傷の度合いが大きなデルタ兵で、前回のポーションで回復不十分であった者達に使用するつもりである。人体実験じゃないからね!! 優先的に使ってあげるんだから勘違いしないでよね!!


 十人での移動、二頭立て魔装荷羅馬車(いつもの荷馬車)に、水魔馬に灰目藍髪と碧目金髪が二人騎乗して移動を開始する。


「留守をお願いね」

「は、はい!!」

「「「いってらっしゃいませー!!」」」


 黒目黒髪と薬師組、二期生三期生達に見送られ、一頭と一台は移動を開始する。


「最初に、避難所によるのよね」

「ええ。通り道ですもの。怪我の様子も見ておきたいしね」


 街道を下りワスティンの森へと入る。そして、癖毛と歩人が整備した街道を進むと、あっという間に到着する。街道整備大事。


 



 馬車が避難所の広場に入ると、ワラワラとデルタの民が集まってくる。


『ヨウコソ我ラノ村へ』


 そう声を掛けてきたのは、出迎えの先頭に立ったデルタ兵の長である『アナム』。彼女は、公都ヌーベに戻る途中に立ち寄ったこと、怪我の回復が不十分な負傷兵に新しいポーションを持ってきたので、試しに使ってもらいたいことを説明する。


『オオ、コレガ』

「まだ、試したことがないの。心苦しいのだけれど」

『カマワナイ。悪クナルコトハナイダロウ』


 効かない事はあったとしても、悪くなることは恐らく、多分、きっとない。駄目ならペッしてもらうしかない。


 負傷して未だ臥せっているものの所へと彼女を案内するアナム。彼女は介助小屋へ入り、一人の負傷兵へと近寄る。


「包帯を外します。傷口を見せてちょうだい」


 うっと唸るような声を出し、寝かされていた背を起す。包帯を外し、まずは傷口に新しいポーションを外から掛ける。


『グゥゥゥゥ』


 痛みに歯を食いしばる負傷兵。しかし、その効果ははっきりと目で見てとれる。傷口が見る間に修復され、抉れた肉が繋がり盛上る。


「……問題なさそうね。けれど、回復した分、体の中の体力・魔力も失われているでしょう。食事と休養をとって安静にしておくことね」

『ワカッタ。感謝スル』


 彼女は成果を確認すると、アナムにポーションを一式渡す。


「これで足りなければ、帰りにまたよるのでその時にでも教えてちょうだい。遠慮をする必要はないわ。あなた方は、私が守るべき領民なのだから」

『感謝スル』


 アナムが頭を深々と下げると、それに倣うようにデルタの民が皆一斉に頭を下げた。どうやら、『踊る草ポーション』の生成の賭けに勝利したようだ。体に良いかどうかは疑問だが。踊りださなければ良いと彼女は思うのである。





 一通りの負傷者に『踊る草』ポーションを与え、怪我の回復を試みた。殆どの者が回復したが、一部欠損のある者は即座に回復とはいかなかった。食事と一緒にコップ一杯分を日に三度のみ、しばらく様子を見ようという事になる。


 彼女は、再び公都ヌーベに向かうと伝え、最後にアナムに魔銀鍍金手斧を渡すことにした。


『コレハ』

「今回従軍した者に与える褒賞です。王国で使われる手斧の刃に魔銀鍍金をほどこし、柄の部分に魔縄・魔糸を巻いて魔力纏いができるようにした斧」


 アナムは手渡された手斧の柄を握り、軽く魔力を通すと斧の刃の部分が薄っすらと輝くのが見て取れた。


『タシカニ。ダガ、良イノカ?』


 アナムの疑問に周りの何人かも同調するように頷く。反乱を恐れ、武器どころか鉄製の農具さえ与えられなかったデルタの民。彼らからすれば、鉄の斧でさえ得難いものである。それが、魔力を纏う斧ともなれば……


「良いのよ。それに、あなた達が私たちの統治に不満があるのであれば、先ずは言葉で伝えてほしいの。それでも変わらなければ」

『武器ヲ取レト』

「ええ。そうしないだけの良い領主であろうと考えているの。だから、武器になる道具を与えたとしても問題ないわ。これで開拓も進むでしょう」

『ソノ通リダ』


 全員分の斧は少々時間がかかると伝え、開墾の道具になりそうな中古のそれを魔法袋から取り出し地面に置く。


「少しずつ、持ってくることになるわ」

『気ニスルナ。貰エルダケデモアリガタイ』


 手を前で組み、祈るような姿で感謝するデルタの民。また立ち寄ることを約束し、彼女達は魔装羅馬車で避難所を後にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「やっぱり、兎牧場がいいですよ!!」

「毛皮と肉で二倍美味しい」

「そうね。兎を育ててもらいましょうか」


 赤毛娘と赤目銀髪が彼女に『兎牧場』を作ることについて提案し、それを彼女も了承する。正直、リリアルの『塔』にある兎の飼育場の個体数が増え過ぎて、持て余し気味なのである。そんなに毎日兎ばっかり食べていられないということだ。贅沢ではない。


「新しいポーション、効果があって良かったわね」

「ええ。本当に。安心したわ」


 誰も踊り出さなかったので一安心。


 食料や衣料品、毛布やその他生活用品も用意し渡さなければならない。手配は既に済んでいるので、後は数がまとまり次第、学院から運べば良い。子爵家とニース商会の力を借りて、準備は進んでいる。


「遠征が終わったら、ワスティンの森の東側で、デルタ民の開拓村の

場所を選定する必要があるわ」


 領都に近い西側は王都周辺からの移民に開拓を勧めさせる予定であるから、それと重ならないようにする必要がある。また、デルタの民を知らない者が大半であり、『醜鬼』であると認識されれば、後年問題となる。ここは、開拓民同士、ある程度交流する必要がある。


「デルタ兵が街道を巡回するようにすれば、交流も進むと思うわ」

「それに先立って、デルタ兵を連れてリリアルの騎士が巡回する必要もになるでしょう」

「それはそうね」


 いきなり現れれば知らない者が多数であれば誤解を生みかねない。巡回する兵士は武装をしているのだから当然だろう。


「そこで、今回の褒賞の斧が役に立つんですね!!」


 打撃武器好きの赤毛娘が声を張る。自分の分も欲しいとか言わないように。キミは一応、国王陛下に直接叙任された王国騎士様だから。





 デルタの民のことは頭の片隅に置きつつ、先ず片付けるべきは吸血鬼。ブリノン(BRINON)を通り過ぎ、公都ヌーベへと到着したのは、一度学院へ戻ると王太子に伝えてからちょうど一週間であった。


 彼女は伯姪と共に包囲している王太子本営へと早々に足を向ける。リリアル生は荷馬車とともに歩人が土魔術で作った簡易野営地で待機中である。


「リリアル副元帥が戻られました」

「入れ」


 幕舎へと彼女が入ると、王太子とその側近たちはやや疲れた顔をしている。


「やあ、ゆっくり休めたかい」

「お陰様で。といいたいところですが、私は吸血鬼退治の準備で奔走しておりました」


 言わされた態の王太子だが、多分のっかったのだろうと思われる。側近達に後ろの伯姪が鋭い視線を送ったのか、彼女の背後をちらと見た後、側近たちの眼が泳いでいる。


「御不満であれば、吸血鬼退治、殿下の近侍の方にお譲りいたしますわ」


 伯姪の圧に乗る彼女。側近たちは急に「殿下の御指示が!!」などといいつつ、幕舎を出ていく。残されたのは王太子と護衛の近衛騎士のみ。


「大変そうですね」

「大変だよ。生まれが良く、頭もそこそこよく、社交も出来る。平時ならあれで貴族としても宮廷人としても合格点なのだ。宮廷人に戦争は出来ぬ」


 有力者の間の利害調整が彼らの仕事。そういった掛け引きを行う事が王太子の近侍に求められる能力であり、この場にいる理由はあくまでも王太子の出征に同行しているに過ぎない。


「あまり虐めてやるな」


 伯姪をたしなめるようにモラン公が話しかける。弱い者いじめは良くないということか。もしかすると、某近衛連隊軽騎兵の教練に思うところがあったのかもしれない。とはいえ、今回の遠征でかの中隊は、各連隊の連携を繋ぎ止める重要な役割を担っているとか。攻囲戦で軽騎兵の活躍する場面は哨戒と補給線の破壊あたりだが、今回は増援も無く補給もないので何もなければ遊兵になるところを、『屍鬼兵』の襲撃で崩れそうな戦列を助ける襲撃を繰り返したとか。赤毛軍曹も文句のない活躍であろう!!


「いつ、討ち入るのか決めているのかね」

「そうですね。もうすぐ満月ですので、そこで」

「む、どうなのだ」


 人狼の能力が最大になるのは満月と言われる。吸血鬼は関係ないだろうというのが彼女の見解である。真夜中、煌々と輝く月を背に、視界を確保した上で攻略しようというものだ。


「月が出ている方が良いのか?」

「何も、馬鹿正直に要塞の中に入る必要もありません」


 攻囲が始まってからずっと、昼夜を問わず一定間隔で退魔の鐘が鳴らされてる。身体能力、知覚も人間を上回っているであろう吸血鬼にとって、鐘の音が鳴りやまない事で、神経を逆なでられ続けていると考えて良いだろう。


「巣穴に籠った害獣は、燻して追い出せば宜しと思います」

「なるほど。その為の準備期間であったか」


 それだけではないが、発煙筒の作成も行っている。


「『御老公』に帰順していただく手立てを整えることも必要でした」

「なるほど。どうにかなりそうなのだな」

「素材さえそろえば問題ないとのことです」


『伯爵』におまかせなのだが、キーアイテムである『踊る草』はリリアルに生えている。


 面倒事は『御老公』に押し付ける気満々である。ヌーベ絡みの戦後処理は責任をもって王太子と担ってもらう所存。彼女はデルタ民と新規開拓民の受け入れだけでも忙しいのだ。街道整備もある。主に歩人が。





 王太子に伝えた通り「満月を期して」ということで、明日の夜決行となった。今日は移動で疲れたので仕方がない。体調を整えてから万事、取り組んだ方が良い。


「ねぇ、もしかして、城塞の中に入らないつもりなの?」

「そうよ。十人で入るのは、戦力過剰でしょうし、狭い通路で身動きが取れなくなりかねないと思うの」


 屋内戦闘用に間合いの近い武器で整えた理由はどういうことなのかと伯姪は思う。


「吸血鬼相手に、魔銀の武器であればむしろ間合いが近い方が仕掛けやすいとおもうのよ」


 吸血鬼は血を吸う『人喰鬼(オーガ)』であると考えればよいだろう。身体強化と魔力纏い、魔力走査の組合せで不意打も強撃も対応できる。霧に姿を変える? 狼や蝙蝠を使役する? ゴブリンキングの率いる百の群れの方が余程強力だろう。


「吸血鬼を穴から引きずり出して殲滅する。その後、巣穴の破壊も当然するわ」

「なるほどね。最初はあの城塞から引き摺りだすわけね」

「ええ。隷属種や従属種の無駄にプライドの高い吸血鬼なら、簡単にお挽き出せると思うの」

「それはそうね。人間やめただけで、万能感に酔っているでしょうからね」


 加えて、リリアル勢十人のうち、八人は魔力持ちの若い女性である。駈出し吸血鬼がハッスルしないわけがない。むしろ、誰が襲い掛かるかの争いが生じるまで予想できる。吸血鬼は縦社会だが、横の繋がりは無いに等しい。自分と主人以外はどうでもよいのだ。だから、連携してとか協力して同行とは考えない。


――― 各個撃破しやすい存在だと言える。


「知能はオーガ並みなのね」

「それも、自分は高貴で優れた容姿と頭脳を持っていると勘違いしている血を吸うオーガよ」

「煽りやすいわね」


 煽るは赤毛娘と赤目銀髪。事実ほど人を傷つけることを良く知る二人。


 野営地に戻り、明日の夜決行という話になったのだが。


「むしろ白昼堂々駆除する」


赤目銀髪の提言、それに乗っかる赤毛娘と碧目金髪。


「そうですよ!! 相手の都合に合わせるのは宜しくありません!!」

「夜更かしは美容の敵だしぃ」


 吸血鬼に有利な夜の時間帯に巣に向かうのは下策という意見が多数でる。過去の討伐は、吸血鬼の居場所を探る為に活動している時間に仕掛けたという経緯があったが、今回は『巣』が特定できているのだから、昼間に行う優位性だけを生かせるという判断ができる。


『相手の力を引き出さず封じておくのも戦いで大切だろうな』


『魔剣』に迄言われ、彼女は自身が脳筋ではないかと心配になった。多分、伯姪もその場合は脳筋確定となる。




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― 新着の感想 ―
>お挽き出せると 誤字報告したけれども吸血鬼は挽肉決定っぽい字に笑った この世界はいずれ衛星軌道上にミラー浮かべて太陽光を好きな時に好きな場所に照射するようになるな 吸血鬼は住みにくい世の中に 太陽光…
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