第895話 彼女は吸血鬼対策をする
第895話 彼女は吸血鬼対策をする
『あら~無事に帰ってきたのねぇ~』
「お陰様で無事戻ることができたわ」
『ふふ~ また大物の魔物を倒したんですってぇ~』
コーヌで『毒蛇王』を倒したことを、どうやら三期生のだれかから聞いたようだ。踊る草、耳聡い。というよりも、年長組が遠征に参加し、そこで見たことを残っていた年少組に土産話として伝え聞いたものを、世話するついでに『踊る草』に話したのだろうと思われる。
「それで、回復効果の高いポーションを作りたいので、貴女の葉を少しもらえるかしら」
『いいわよぉ~ 毟って毟ってぇ~』
毟るというより千切るであろうか。不死の魔物である『ノイン・テーター』を生み出す程の能力を有する『踊る草』=アルラウネである。並の薬草から生成するポーションよりも、高い回復力を持つポーションを生み出す事ができる。それこそ、即死でなければ欠損も直せるほどの高性能のポーションをである。
『与え方間違えると……』
「ええ。心得ているわ」
間違えると、不完全な死=ノイン・テーターを生み出しかねない。与えても駄目な時は土葬ではなく、火葬にする事も必要だ。不完全な復活となるかもしれない。
言われたとおり、彼女は『踊る草』から葉を毟り取る。その際、何故かいつも以上に『草』が激しく踊っていたのは触れないでおこう。触れたら駄目な奴だ。
彼女は久しぶりに時間をかけてポーションを作る。今回の『貴種』吸血鬼討伐は、今までにない強力な魔物との戦いとなる。前座のニ十匹の吸血鬼をさっさと倒し、円塔に潜む吸血鬼を退治しなければならない。その際、必要になるのが『踊る草』謹製の高性能ポーションと考えている。
『回復薬は俺も専門外だけどよぉ。ノイン・テーターを作り出す能力で吸血鬼化する可能性を相殺するってのはアリだろうぜ』
不死者として『吸血鬼』と『ノイン・テーター』は似て非なる者。吸血鬼の場合、親に従属することが前提となる。ノイン・テーターの場合は不完全な死者であり、強い生への執着・復讐心が存在する。前者が受動的な存在であるのに対し、後者は能動的なのだ。死ぬに死ねない理由がある者がノイン・テーターとなる。
吸血鬼の『魅了』の効果も同様だろう。心に弱みが無ければ、生きる気力が満ちているものは魅了されない。今回の『貴種』は男であり、その周りの側近である『従属種』は女の吸血鬼。これが円塔に潜む者たちだと推測できる。
側近の女吸血鬼たちに従った『従属種』『隷属種』が多数の吸血鬼であり、下級貴族あるいは騎士クラスとして四角い城塞に潜んでいるものと思われる。
城塞の吸血鬼は能力も見るものはないだろうし、今までの討伐と同様、戦力を充実させることで対応できる。
が、貴種とその側近は考えねばならない。女吸血鬼も相応の能力であろうし、貴種は更にその上を行く。魔力量の少ない者は、抵抗が難しいかもしれない。
魔力量からすれば、彼女と赤毛娘、赤目銀髪、蒼髪ペアまでが問題ないと思われるが、伯姪や茶目栗毛、それよりさらに低い灰目藍髪達は厳しいと思われる。『貴種』に魅了され、同士討ちとなれば目も当てられないだろう。
「なるようになるでしょう」
『三四匹なら、お前と赤毛っ子だけでもいけるだろ』
彼女としては、自身と赤毛娘・赤目銀髪で討伐したいと考える。赤毛娘と赤目銀髪は……思春期以前であるから、魅了の影響を受けにくい。彼女自身……魔力量の大きさで受けにくいと信じたい。結婚や恋愛とは縁遠いのだが、その気が無いわけではない。が、吸血鬼はノーテンキュである。
「さて、他にもいろいろ用意しなければね」
『臭いのきついものも苦手らしいぞ』
「なら、ニンニク玉でも作りましょうか」
火をつけて燃やすとニンニク臭と煙がもうもうと出るような凶悪なものがあれば、窓も少なく回廊でつながっている円塔の中をいぶすことは難しくないかもしれない。
「火薬を使う事はあまり無いのよ」
『魔装銃は火薬つかわねぇからな』
彼女は吸血鬼をいぶす為の煙玉を作っている。備えあれば憂いなし。
革の手袋、目を保護するガラス製の眼鏡を掛け、準備万端である。
「硝酸塩と砂糖と重曹を入れてよく混ぜて……」
それをゆっくりと加熱する。白い粉が解け混ざり合い褐色になるまで混ぜ続ける。加熱し過ぎると燃え始めるので慎重にしなければならない。
厚紙で作った握り拳ほどの円筒に褐色の『ブツ』を流し込んでいく。
「これを……冷やさないといけないのよね」
しばらく放置して固まるのを待つ。
「先生!! 何やってるんですか!!」
三期生年少組が声を掛けてきた。
「煙幕作りよ」
ワラワラと集まってきた三期生達が、それぞれ思い出したかのように話し始める。
「煙幕」
「昔作らされたよね~」
「そうそう。変な色の煙が出るやつとかだよね!」
流石暗殺者養成所。目くらましの道具も手づくりさせていたらしい。
「火縄は、マスケット用よりも細いものがいいんですよ」
「そうなの。勉強になるわ」
「ぼ、僕たちもお手伝いしましょうか?」
彼女は三期生達に煙幕作りを手伝ってもらう事にする。乾燥にんにくの粉も入れるをの忘れてはなりません。燃やしても臭うのだろうか。焦がしニンニクというのは存在するが。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
煙幕筒作りを三期生に委ね、彼女は王都を訪れていた。中古の武器を久しぶりの武器屋で探したりすることもしたのだが、本命の訪問先は……
『王太子とヌーベに遠征に出たと聞いていたんだが』
「その件でご相談があるので、今日は伺いました」
王都在住の『伯爵』。亡国の元大公であり、いまはすっかりスローライフ中のエルダー・リッチである。
彼女は、ヌーベの『御老公』を吸血鬼ではなく、エルダー・リッチに変化させる方法はないかと相談しに来たのだ。吸血鬼には血が必要だが、リッチには人間の生命エネルギーであるところの魔力があれば良い。吸血鬼も人の魂や血液から魔力を得ているのであろうが、魔力だけで良いなら『伯爵』達同様、リリアル謹製のポーションで代替できる。彼女が供給することで、吸血衝動を抑えずとも心置きなくヌーベの末を見届けてもらえる。
そう考えていた。
『可能か否かと言えば恐らく可能だね』
「そうですか」
『生身の人間よりも工程が増える分、必要な資材も増えるんだよ』
資材が増える=金が掛かるということなのであろうが、その必要な資金は彼女が……ではなく、王太子殿下が負担するべき戦後処理費用の一部であろう。そうに違いない。
いくつかの素材を上げ、揃えるようにと『伯爵』は彼女に告げる。どれも王都で手に入るものであり、彼女と子爵家の立場を踏まえたものであれば、さほど問題なく適正価格で手に入るものばかりであった。
彼女がその内容を書き留め、それを見てとっていた『伯爵』が、一区切りついたことを確認し話をすすめた。
『最後に、これは、なかなか手に入らない素材なのだが、冒険者ギルドや大きな商会に声を掛けて探させれば、何とかなるかも知れない。が、鮮度や保存具合で使えない可能性もあるからね。手に取ってみなければ使えるか否かはわからない』
錬金術、あるいは魔術の触媒となる素材も、鮮度が要求されるものがある。そういうものなのだと彼女は理解する。
「金に糸目を付けなければ、手に入るものを片端からお持ちします」
どのみち金は王太子から出るので問題ない。持つべきものは大きな財布。戦後の論功行賞で請求するのもありだろう。
『マンドレイクあるいは、アルラウネの若葉だね』
「……」
『入手が難しいんだよぉ。デンヌの森で手に入るとも言われているけどねぇ』
『伯爵』は重々しく言う。帝国で経営する自らの商会経由で以前は取り寄せられたのだが、最近、入手できなくなっているのだという。
「……」
『ま、探せば……』
「大丈夫です。必ず手に入れます」
『そうだね。諦めたらそこで錬成終了だからね。探したまえ』
どうやら『踊る草』の植替えを勝手に行った結果、知らぬ間に『伯爵』に迷惑をかけていたようなのである。冒険者ギルド経由で「アルラウネの若葉」の買取依頼を出して、どのくらいが相場なのかを確認しようと彼女は思った。
今後は、その金額に手数料を乗せた金額で『伯爵』に踊る草の葉っぱを卸そうと思っていたのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
いつもの冒険者ギルド御用達の武器屋で、矛槍あるいは戦槌の中古品を購入。出物があれば、リリアルで使うので確保することをお願いしておく。
「内金は必要ですか」
「いえ。閣下からそのようなものを頂くことは出来ません」
内金が必要=信用が今一ということ。全額前金は更に信用がない。彼女の立場からして、踏み倒したり無視される事もないと踏んでのこと。今までの付き合いの長さもある。そこは、信用されていると思いたい。身分を嵩に着ているわけではないと。
学院に戻り、吸血鬼退治に参加する予定の冒険者組を集合させる。装備に関して改めて確認したかったからだ。
彼女と伯姪、蒼髪ペア、茶目栗毛、赤毛娘、赤目銀髪、歩人、碧目金髪、灰目藍髪の十人を選ぶ。
「えぇぇぇなんでですかぁ、なんで私ぃ」
「黙りなさい」
「……わ、私、魔装銃兵ですよ!!」
真っ先に抗弁する碧目金髪。
「こんなこともあろうかと、魔装騎銃を槍銃化したのよ。これなら、手槍ほどの長さだから、問題ないでしょう」
「問題ですぅ、私の心が問題ですぅ」
最年長者、未練がましい。人はあきらめが肝心なんだよ。魔装槍騎銃は長さが1mほどで、中央と後部を持つと片手剣ほどのリーチとなる。
「両手持ちになるから、魔銀鍍金仕上げのバンブレースで手首を護るほうがいいわね」
「はいこれ」
「……かしこまりぃ!!」
諦めて手首から上腕を護る部分甲冑を受け取る。
「二人はこれね」
「……戦槌か」
「ベク・ド・コルヴァンよね。屋内用に柄の短いものにしたんですか」
歩兵用ではなく、騎兵用の戦槌を用意した。今だ魔銀鍍金仕上げになっていない中古品だが、出発までには老土夫に改修してもらうことになる。馬上で片手あるいは、力を込める為に両手で触れる長さの『馬上戦槌』になる。柄の持ち方を変えることで、間合いも変えられる。
「二人はガントレット。指までしっかり守れるようにね」
銃の引き金を引くため、指を出す必要のある碧目金髪に対して、前衛二人はしっかり指まで守れた方が良い。脛当ても魔銀鍍金仕上げの装備にするのは、前衛で罠にかかる可能性を考えてだ。飛び出す鉄杭くらいはあってもおかしくない。
ガントレットかバンブレース、前衛を務める赤毛娘には蒼髪ペア同様の装備が手渡される。
「む、長い」
「成長すれば丁度良くなる」
「……明日までは無理だよね」
「確かに」
赤毛娘は残念ながら金属製の腕甲・脛当が合わなかったので、肩からかけられる『小楯』を装備させた。左腕に通して両手を開けることもできる仕上げの魔銀鍍金仕上。
それぞれが、屋内用の装備を確認し、伯姪は久しぶりに魔銀鍍金仕上げの盾用ハンドルボスを握る。
「最近、騎士の装いがおおかったから、久しぶりね」
「これで王国にいる吸血鬼の巣が駆除し終わればいいのだけれど」
「大きな巣はこれで終わりだと思うわ」
ヌーベ領が王領となれば、王国内にある吸血鬼の安全地帯が大きく削られることになるだろう。隣接するワスティンの森も開拓されリリアル領になればなおさらである。大山脈の西端にはノーブル伯領があり、ここは姉が陞爵後領主となる土地である。その西には南都がさらに控えている。帝国に潜む吸血鬼が今まで利用してきた移動ルートのうち、大山脈とレーヌのルートは抑えられる。王国北東部は……王弟殿下とその配下の騎士団に期待したい気持ちはないではない。努力しろ。
「こんなもんかしらね」
「ノルドの時よりはずっとましよ」
連合王国の吸血鬼は数こそ多かったものの、それほどの脅威ではなかった。休眠期明けということと、こちらの奇襲に対応できなかったという事もある。反面、ヌーベの吸血鬼はそれがない。準備万端、待ち構えていると思ってもおかしくないだろう。
「吸血鬼退治、最後にしたいわね」
「そういうのは言わない方が良いみたいですよ!!」
彼女の呟きに赤毛娘が真っ向否定。ダメ、縁起でもない、絶対ダメらしい。