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第894話 彼女はヴィルモアへ迎えに行く

第894話 彼女はヴィルモアへ迎えに行く


 彼女は馬車に揺られつつこの後のスケジュールを考える。


「デルタ兵と二期生三期生はここまでね」

『魔装銃兵もいいだろ』

「そうね。吸血鬼相手には少々荷が重いでしょうから」


 魔装銃兵は攻撃より防御において威力を発揮する。潜入しての討伐には向いていない。冒険者組だけで良いだろう。


「おいらも留守番でいいよな……でございますお嬢様」

「……参加に決まっているでしょう」

「いや、おいら……」


 何やら彼女にぶつぶつと反論する歩人。しかしながら、その決定は覆らない。


「今回の討伐に参加拒否ということが知られたら、今まで以上に弄られるのではないかしら」

「弄られるってより虐められるの間違えじゃねぇのかよ……でございます」


 そうとも言う。弄りか虐めかは受け手の心象によるのだが、上下のある社会では立場が上の人間がするのは「可愛がり」ということになる。虐めでも弄りでもない。


「虐められるのが嫌なら、虐められないようにするべきね。自己責任よ」

「……うう、虐めは犯罪行為なんだぞ!!」

「裁判権は領主である私にあるの。貴族以外は上訴する権利もないのだから、この案件は虐めではないと断言しておくわ」


 リリアル領の平民の裁判は彼女の決定が最上となる。領主裁判所で「これは**なので無罪」と判断すれば犯罪ではない。弄りは虐めではないので、犯罪ではありません。


 そんな身もふたもない話をしつつ、二頭の羅馬と一頭の水魔馬はヴィルモアに到着する。





 彼女は魔法袋から魔装荷馬車を取り出し、水魔馬に牽かせるように灰目藍髪に伝える。その準備の間に、留守を預けた碧目金髪に話を聞くことにした。


「お帰りなさい。もう遠征は終わりなんですかぁ」

「お帰りなさいですわぁ」

『お帰りなのだわぁ』


 ルミリと金蛙も一緒にやってきた。三期生もワラワラとやってきたので、彼女は一度学院へと帰還する為に立ち寄ったことを伝え、荷馬車に乗り込むようにと皆に即した。


「遠征は終わりではないのだけれど、公都はしばらく包囲して消耗を待つ事になったので、リリアル勢は一度戻る許可をいただいたわ」

「うへぇ……終わってないんですねぇ」


 とはいえ、二期生三期生はこのまま学院で待機と休息に当てることになると伝えると、ルミリは安堵を示し、碧目金髪は「わたし、二期生のー」と最年長の癖に何か言い始める。碧目金髪、潜入組に参加決定!!


「院長先生!! 全員乗車完了しました!! いつでも出発できます!!」


 この遠征で一回り成長したことを感じさせる三期生たち。そして……


「セバス、あなたここに残って仕事の続きをしても構わないのよ」

「嫌だぁ、もう、野営三昧の日々は嫌だぁ……おうちに帰りたいぃ、ベッドでぇ別途で寝てぇんだよぉ!!……でございますぅぅ!!」


 地面の上で寝るのは嫌だと、魂の叫びを感じた彼女は、歩人も同行させ、リリアルへと戻るのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 デルタ兵を避難所である旧盗賊村跡に送り届けた伯姪達一行は、彼女の戻る少し前に学院へと戻ってきていた。


 一期生冒険者組は、遠征用の金属鎧を外し、冒険者用の装備に変更している。魔装胴衣があれば、光を反射する金属鎧は必要はない。


 使い慣れた片手曲剣をメインに装備し、長柄の類は個々の魔法袋へと

収納しておく。城塞内の戦闘を前提にした装備変更が必要だからだ。


「メイスが鳴ります!!」


 赤毛娘はいつもの専用鈍器。フィンで断つことも、スピアヘッドで刺すことも出来る便利武器。因みに、護拳で殴りつけることも可能。メイスに護拳があるのは珍しいだろう。


「さて、今日は一晩ゆっくりして、明日、打合せしましょう」

「明日は学院で待機するのでしょうか」


 灰目藍髪が皆を代表するかのように質問する。


「今回の遠征で消耗した装備の補修。消費したポーション類も補充する必要があるでしょう。包囲はあと一週間は続ける予定なので、三日程度は学院で休養と潜入の準備をします」

「休みだ!!」

「「「おう!!」」」


 私たちは完全オフだよ!とばかりに弛緩する魔装銃兵薬師組。二期生、三期生はそれぞれ同期で集まり、この後の過ごし方や、遠征中の出来事を三々五々話しているようだ。





 彼女は老土夫の工房に癖毛を伴い向かう。帰着の挨拶と、今回の装備の補修についての相談なのだが、『土槍』を投げたり、多少魔鉛弾を消耗したことが気になるくらいで、武器の損耗はさほどではない。


「帰ったよ」

「おう、怪我はないか」

「リリアル生はみんな無事だ。俺を含めてな」

「そうか」


 老土夫と癖毛の挨拶は、祖父と孫のようでもある。実際、互いにそのような心持なのだろう。


「ご相談があります」

「うむ。聞こう」


 ヌーベ遠征の進捗概要、公都ヌーベを包囲している最中であり、リリアルが内部に残る吸血鬼を討伐した後、開城交渉を生傭兵側と行う段取りである事を説明する。


「明日から一両日、装備の損耗状態を確認し、整備をお願いします」

「わかった。さほど時間はかからぬであろう」


 戦いはしたが正面を受け持ったのはデルタ兵であり、リリアル勢の武具の損耗はさほどではない。騎士風にするために身に纏った金属鎧は多少傷んでいるが、今回の潜入では使用しないので後回しでも良い。


「それと、魔銀鍍金仕上げの手斧を用意していただきたいのです」

「……どのようなものか、見本でもあるなら見せて見ろ」


 彼女は自分の魔法袋にしまい込んでいた片手で持てる手斧を取り出す。さほど大きなものではない。王国で昔から使用されている斧で、最近は、新大陸の先住民と毛皮取引の為に輸出されているという。貨幣を用いる習慣の無い新大陸の住民とは基本物々交換であり、野牛や鹿などの毛皮と交換に渡すのに、手斧が喜ばれているのだという。彼らの言葉で、『斬る道具』を意味する『トモハーケ』と呼ばれているようだ。


「手斧を魔銀鍍金で仕上げるのか」

「はい。デルタの民が開拓するのに、魔力を纏える斧は彼らの力を存分に活用するのに良いと思うのです。それと、今回の遠征に協力し血を流して王太子殿下の本営を守り通した彼らの勇気を賞する意味もあります」


 彼女は、従軍した百名に、この魔銀鍍金仕上げの手斧を下賜することで、ヌーベの支配を自らの力で脱し、新たに自分たちの棲家を自分たちの手で切り開くことを決意した心を後世まで語り継いでもらいたいと考えていた。


「この、柄を刺す部分に、リリアルの紋章を刻みたいのです」

「なるほどな。鋳造であれば、鋳型に紋章を入れておけば……さほど手間もかかるまい」

 

 百の手斧を鋳造で作る。鍛造よりはましだが、リリアルの工房では作りきれない。老土夫の友人の工房に依頼し、魔銀鍍金仕上げだけをリリアルで行う事にする。


 彼女は手持ちの斧を渡し、老土夫は鋳型の元になる斧に仕上げ明日にでも彼女に確認すると答えた。遠征が終わり、暫くして落ち着くころには用意できるだろうと老土夫は彼女に伝えた。


「デルタの人にはちょっと小さいんじゃないか?」


 癖毛の言う事ももっともなのだが、斧は各家庭で使われ続けてほしいと彼女は考えていた。刃渡りは10㎝ほど、柄の長さは50㎝、重さは1㎏に満たないものであり、武器ではなく日常で使える道具として十分な物であった。


「昔の王国に住んでいたアルマン部族の一派は、成人の印として手斧を持たせたというしな」


 その手斧で野獣と戦い勝利することで、一人前と見做すという儀礼もあったとか。『王』となる証は、森の王である『熊』に戦いを挑み勝利する事であったと伝わる。聖征の時代の少し前までは、熊に勝ち王座に就くことができたという。


「こちらで、使いでの良いものに仕上げよう」

「お願いします」


 そういうと、老土夫と癖毛は彼女の存在を忘れたかのように、ああでもないこうでもないと斧について話をし始める。魔銀鍍金でしあげるとして、柄の部分は魔装縄や魔装糸で仕上げる必要もある。魔装糸の在庫を確認しなければと彼女は学院の執務室に戻りつつ、更に考えを深めた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日は一日完全休養……の一期生を横目に、彼女はしばらく任せていた学院の業務を留守居役であった黒目黒髪から引き継いでいた。


「特に問題はなさそうね」

「は、はい! 皆さん遠征中なので、日常業務の大半は休止中でしたし、王宮からの連絡も特にありませんでした」


 黒目黒髪と三期生年少組で、学院の管理維持は出来ていたようだ。薬草畑の管理は毎日行わねばならないし、養殖池も放置はできない。薬草採取から簡単な薬作りを年少組に教えたり、侍女仕事のさわりを女子たちに教えお茶をしたりと唯一の年長者として、それなりに三期生の面倒を見てくれていたようだ。


「それと、幾つかお手紙が来ています」


 急ぎの無いようではないが、王都の取引のある商会や騎士団の担当部署等からの定期連絡。


「……姉さんからね」


 最近顔を合わせていない彼女の姉。また、どこかで行商紛いの飛び込み営業でもしているのだろうと思っている。連合王国やレーヌにやってきて支店を開設していたこともある。


「相変わらず……そう。おめでたいわね」

「どうされたのですか?」


 彼女の独り言に黒目黒髪が反応するが、彼女はしばらく手紙を読み続け、読み間違いはないかと、二度目を通した。


「どうやら間違いではないようね」

「……」

「大したことではないわ。姉さんに子供ができたみたいなの」

「!! おめでとうございます?」

「ええ。めでたいわ。子爵家に跡取りができるのですもの」


 どうやら、姉に子が出来たようだ。結婚してしばらくたつので、三年子ができないと何やら外野が煩く騒ぎ出したりするのだが、姉は見計らったかのように妊娠したのだ。


「男の子ですか? 女の子ですか?」

「気が早いわよ。半年くらい先でないと分からないわ」


 彼女は内心、「半年は静かだわ」と思うのだが、未婚で妊婦も身近にいたlことがないのでしらないのだが、世の妊婦には「安定期」というものがある。

出産までじっとしているとは限らないのだ。


「ニースで出産するまで腰を落ち着けるみたいね」

「では、お爺様方も、お戻りになるかも知れませんね」


 外曽孫になる姉の子だが、赤ん坊は可愛い。そして可愛い時期は短い。故に、姉の出産を機に、ジジマッチョ夫妻は王都滞在を切り上げ、ニースに戻るかも知れない。魔装馬車なら一週間もかからないのだから。


「学院が静かになりそうね」

「そうですね」


 黒目黒髪は彼女の姉と接点はあまりない。赤毛娘は懐いているが、どちらかというと苦手。女子言葉ではない。本気で苦手。偶に、彼女と間違われウザ絡みされる事も過去にはあった。最近は……成長しているので、本気で間違われることはない。外見上、年下の黒目黒髪の方が……色々大きくなってしまっているのだ。どこがどうとは言わないが。まだまだ十七歳、成長の余地はある!!あるったらある!!


 冬は寒い王都より、気候も良く医術も発展している法国が近いニースの方が出産には安心だと言えるかもしれない。子爵家の父母は寂しいだろうが、母親は面倒見の良いタイプでもないので、親族の多いニース家の方が心やすいと言えるだろう。親子でも合う合わないがある。


「先生」


 黒目黒髪が何か思いついたかのように話しかけてきた。


「何かしら」

「先生は叔母様になられるんですね」

「……おばさま……」


 甥なり姪からすれば、彼女は紛れもなく「叔母」に当たる。世の中、母親が若くして亡くなり、継母がいるような家であれば、若い継母が生んだ子供より年上の孫がいたりすることもある。


 孫と同世代の息子のいる者も少なくない。年齢なんて飾りに過ぎないんですよ。若い人にはそれが分からんのですよ。


「この話、しばらく皆には言わないでちょうだい」

「……はい。わかりました」

「無事に生まれるまでは、ね」

「そうですね」


 幼くして亡くなる子供は貴賤の別なく多い。ある程度の年齢になるまで子供の誕生を知らしめないこともある。あの姉に限っては、出産の後は、あちらこちらで見せて回る事だろうが。


 彼女の姉も母になり、落ち着いてくれると良いと思わないではない。あまり、行く先々で姉に出会うのも心が落ち着かないということもある。


 とはいえ、姉は母となり、彼女は領主となり、それぞれが自身の領地で主に活動するようになれば、顔を合わせる機会も大いに減るだろう。とはいえ、ブルグントなりシャンパーから王都に向かう際、ワスティンの森に通す街道を通るか、あるいは、ヌーベ経由で移動すればブレリアを通ることはさほど遠回りではない。もしかすると、ブレリアにニース商会が支店を構えるかもしれない。いや、多分、必ず、支店を出してくるだろう。


 そうなれば、子育てはブレリアでなどと考えている可能性は無いではない。そうなる前に、姉が子爵家を継ぎ伯爵に陞爵しノーブル伯になってもらいたい。




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― 新着の感想 ―
>別途で寝てぇんだよぉ ベッドの誤字だろうけど まあみんなの野営地とは別途別の場所で寝るのは文句言われない、どころか歓迎されそうだな さて大叔母様になるまで優雅なお一人様暮らしだろうか
子供が産まれても姉が落ち着くところが想像出来ないです…
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