第893話 彼女は公都内を探索する
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第893話 彼女は公都内を探索する
「いろいろ頑張った」
「主に……マリーヌがですが」
胸を張る赤目銀髪に、やんわりと灰目藍髪が事実にのっとって説明している。
川沿いにある船着き場に幾つかの川船が係留されていたのだという。吸血鬼は流れる水の上を嫌うのだが、船に乗れば問題が無くなる。故に。
「マリーヌが『水槍』で船底を穿ち、全て水没させてあります」
「直せなくはないけど、吸血鬼には無理」
「そう。それなら船で逃げ出すことは出来なくなったわけね」
「ついでに、中州に掛かる橋も落としておいた」
「……」
「「「「……」」」」
大雨で幾度か流された記録がある橋だが、復興を機会に大きな石橋に替えるのも良いかもしれない。いや、良いに違いない! 良いに決まっている!!
赤目銀髪曰く、橋と川を監視するように建てられた円塔に関しては、数こそ少ないが、魔力量の多い吸血鬼が何体かいそうであるという。
「正確ではない」
「いいわ。それでは一緒に、四角い城塔へ向かってもらいましょうか。その方が比較できるでしょう」
「わかった」
彼女は伯姪たちに大聖堂周辺の探索を委ね、赤目銀髪と共に大聖堂の西にある四角い城門楼であったろう城塞へと向かった。
円塔はこの街の建物の中では最も古めかしい建物。『魔剣』曰く、聖征の時代
以前の塔の様式であろうと。
それに対し、四角い城塞は大聖堂と同じ時代のもの。恐らくは、聖征の時代が終わり石造で建物を建てる技術者が育った後のものであろうと思われる。王国に残る多くの建物は、この時代のものであり、それ以前のものは数少なく、あるいは新しく建て直される建物の石材に戻されて使われてしまった。百年戦争以降、修道院の数が大いに減ったが、そこで使われていた石材は運び出され近隣の街づくりに再利用されていることが多い。大昔に切り出された石材で作られた修道院は身近な石材所となったわけである。
城門楼に近い城塞。二人は直ぐそばまで魔力を隠蔽したまま近寄る。
「魔力走査で中を確かめたいのだけれど」
「あの窓まで登ってみればいい」
開口部は少なく、屋上部分は四方に石落とし、矢狭間が供えられた堅牢なもの。上から入り込むよりも、三階ほどの高さにある明り取りの窓と思われる場所から中に入り込む方が良いだろう。恐らく、吸血鬼は上階にはおらず、地下室あるいは窓のない居室のような場所にいるはずだ。
なにより、吸血鬼にとっての真夜中過ぎは、人間であれば午後の時間に当たるだろうか。鐘の音が定期的に鳴り響き、街の中にも木霊している。苛立ちも高まっている事だろう。
「昼間もならせば、更に苛立つ」
「そうね。殿下に明日から昼間も鳴らすように提案してみるわ」
「それがいい」
嫌がらせは徹底する方が良い。中途半端では禍根を残す。
何体かの吸血鬼を討伐してきたリリアルだが、吸血鬼というものに関して、魔力持ちの魔力を取り込むことと、自ら魔力を生かすことをどうしているのかそれなりに検証してきた。彼女たちが自らの体内で生じた魔力を用いて周囲に変化をもたらすことに対し、吸血鬼は自ら魔力を生じる為に、魔力持ちの魂を取り込む必要があり、その魂が生じさせる魔力を体の中で循環させ、力を発揮する魔物であるという事が分かっている。
要は、自分自身の体の外に魔力を出す事があまり得意ではない。眷属である動物に働きかける、あるいは霧を生じさせるようなこと。魔力持ちに対し自らの魔力で干渉し『魅了』することくらいだろうか。魔力纏いや魔力壁の生成などは出来ないものが大半であると分かっている。
「魔力を溜め込んでも、だせない魔力ケチ。それが吸血鬼」
「……否定はできないわね」
彼女は開口部から中へと入り込み、土と黴と湿気た空気の臭いのする城塞内部に入り込んだ。
「掃除ができていない」
「吸血鬼は綺麗好きではないのかもしれないわね」
恐らく単純な人手不足だろう。訪問する者もいないので、自分の生活空間意外、手を抜いているのかもしれない。寝床は土を敷いた棺桶だし。
王都の大塔に似た構造か。階段と広間からなる建物。ここは二階に相当する場所に見て取れる。
彼女は建物内部の螺旋階段の位置から下階に向け『魔力走査』を放つ。屋外とくらべると魔力が広がりにくく、また、石の壁で反射する為か位置までは把握しにくいが、魔力持ちのいる数程度は把握できる。
暫く確認して、二十四体の吸血鬼が、この下の階もしくは地下にいることがわかった。
「一度出ましょう」
赤目銀髪は彼女の言葉に頷き、窓から外へと出る。周囲の城壁の上には巡回する兵士らしきシルエットが見て取れるが、こちらに気が付いた様子はない。
下に降り、物陰へと移動する。
「次はあの丸い塔?」
「……いえ、あちらは……調べずとも解るわ。強い魔力を持つ吸血鬼はあちらにいるのでしょう。刺激するのはよくないわ」
四角い塔と比べ、古い作りの円塔だが、その分開口部も限られている。窓から中に入れるほどの場所は限られており、何らかの仕掛けが施されているであろう。中途半端に仕掛ければ、かえって返り討ちに会いかねない。『貴種』の吸血鬼の能力を完全に把握しているわけではないし、過去の吸血鬼は精々従属種の上位に過ぎなかったことを考えれば、彼女と赤目銀髪、あるいは入り込んでいる六名だけで相手をするのは不安を感じる。
「首を刎ねて終わりならいいのだけれど」
「しぶとい筈。二の矢三の矢が必要」
「そうね。一先ず持ち帰る案件もあるのだから、今日はここまでにしましょう」
空の端が色を変える頃、彼女は公都を後にした。今日は昼まで眠れそうと思いつつ。
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野営地に帰着後、彼女を始め潜入組メンバーは昼まで狼皮テントで昼までぐっすり眠ることにした。
起きるのを待ちかねていたかのように、昨日の潜入に参加できなかった赤毛娘が話しかけてきた。
「先生!!」
「何かしら」
目をキラッキラに輝かせた赤毛娘が「気が付いたんです!!」と話しかけてくる。
「夜討ち朝駆けってあるじゃないですか!!」
戦の習いの一つ。騎士の戦いはともかく、相手を襲撃するのに、薄暮の時間前に襲撃し、明るくなれば引き上げる戦い方の一つの事だ。人間がもっとも頭が回らない夜明け前の時間。未だ眠る者も多く、夜の警戒をする者は最も疲れが重なる時間帯。少数での侵入者は目立たず、襲撃を行う事ができ、寝起きで慌てた多くの敵は乱れ混乱する。その間に、襲撃者は火を放つなり、将の首を取るなりして逃げおおせるのだ。
「吸血鬼にとっては、午後の時間がそれに当たると思うんですよ。午後のお茶の時間の後くらいがいいころ合いじゃないかって!!」
とはいえ、傭兵達は普通の人間。明るい時間に潜入すれば目立ってしまうのではないかと思わないでもない。
「しばらく包囲をし、何日か攻撃を継続して傭兵達を疲労させたなら、あるいは緊張が弛緩したならばというところね」
悪くはない……どの道、『御老公』の話を伝え、王宮の理解を得るのに時間はかかるのだ。丁度良いと彼女は考え、身支度を整えると王太子本営に向かう事にしたのである。
本営は攻囲が完了し出撃してくる戦力も見てとれない為、落ち着いていた。これが数日もすれば弛緩してくかもしれない。野営と籠城なら、野営側の身体的な負担が多い。が、それは救援軍・後詰があればこそ。圧倒的な補給力を持ち河川港であるコーヌを抑えた王国側は、この野営を延々と続け、吸血鬼はともかく、傭兵側が飢えて死ぬのを待つだけでも構わないからだ。
ピンと張りつめた空気はないが、弛緩するほどではない。何日この状態が維持できるかは不明だが。
彼女は王太子への面会を求め、近衛騎士の一人が幕内へと進み、間もなく入場の許可が出た。
「少し遅い目覚めであったようだな」
「はい。昨夜は公都内を散策してまいりましたので」
「そうか」
王太子と彼女の当たり前のような遣り取りに、側近や幕僚、あるいは警護の近衛騎士達が驚きを隠せない。
「収穫はあったか」
「はい」
「では、聞かせてもらおう。おい、暫く、誰も入れるな」
「承知いたしました!!」
側にいた近衛騎士の一人が幕内を出ていく。出口が閉ざされ、周囲を囲む近衛騎士達が警戒するように移動していく気配を捕らえつつ、頃合いかと思い彼女は話し始める。
吸血鬼は三つの城館・城塞に別れ潜伏していること。そのうち、最も古い川を監視していたであろう円塔の城塞に、恐らくは貴種の吸血鬼とその側近が詰めているだろうということ。
新しい四角い城塞には従属種・隷属種の一般的な吸血鬼が集まっており、これを討伐するのは難しくないと思われる事。
そして、新しい城館には……
「吸血鬼の『貴種』の一体と会談しました」
「そうか。話の通じる相手であったのだな」
王太子はどのような人物であったかを彼女に聞き、他の吸血鬼と一線を画する古い存在であり、聖征時代の君主であること。他の吸血鬼は帝国の紐付きとなっており、百年戦争時代に入り込まれ当時のヌーベ公とその近侍である貴族たちが吸血鬼化していることを説明する。
「まともな領民は残っていないと」
「はい。吸血鬼に使役されている魔力の無い人間以外は、殺されるか逃げ出すかしているようです。おそらくは」
と言葉を区切り、『御老公』が暗に手引きをし逃がしたのではないかと推測を伝える。
「随分と理性的な吸血鬼なのだな」
吸血鬼は一見理性的にみえるのだが、その実、血を求める野獣が貴族風の皮を被っているだけの不遜な存在である。貴族が貴族の義務もを果たさず、護るべき領地も領民も、まるで飼育場と家畜のように扱うのであれば、それは既に、貴族でも君主でもなく暴君であり、収奪者でしかない。
生きている価値がない存在。吸血鬼は既に死人なので、正に価値がない。
「最後までヌーベを見届けることが望みであるようです」
「ふむ。ヌーベの生き字引……といったところか。吸血鬼故に、血を吸わねば生き永らえられないだろう。その件はどうするのだ」
志願者に血を与えさせるという方法も無いではない。売血という行為が認められるのであれば、対価が相応であれば応じる者もいるだろう。修道院に入るだけの資産の無い魔力持ちの貴族の娘……など幾らでもいる。
「可能であるならば、吸血鬼を辞めていただこうかと思っています」
「吸血鬼から別の何かになってもらうということか」
「はい。決闘する条件に加えようと考えております」
「「「決闘!!」」」
何故ここで決闘の話が出るのかという、王太子近侍の疑問。王太子はニヤニヤと笑い始めた。
「ここでも決闘か」
「開城に協力する条件にと望まれているので。仕方がありません」
彼女はやれやれとばかりに首を振るが、王太子は面白そうに話を続ける。
「受けてもらえると有難い。雇い主が皆殺しになれば、帝国傭兵の奴らが何をするかわからぬからな。川にでも流して処分してもいいのだが」
ごみを川に捨てるのは止めましょう。
「連合王国の商人にでも売却して、ネデルで卸てもらえば良いかと思います」
「今回の遠征の足しにはなるか」
「はい」
一週間ほど今の状況を続け、昼間も退魔の鐘を鳴らし、吸血鬼も帝国傭兵も疲労させることを王太子は了承する。その後、時機を見てリリアル勢が公都内に侵入し、吸血鬼どもを排除。『御老公』に降伏を受諾してもらい、帝国傭兵を王国内から追い出しヌーベを王国に復帰させる。
この流れで遠征を終結させることに王太子は理解を示した。
暫く包囲が続くことになったので、彼女は一旦リリアルとデルタ兵を領地に戻すことを考えた。デルタ兵は魔銀鍍金製の斧や槍を与えたいということもある。また、コーヌで分かれた碧目金髪たちをそのままというわけにはいかない。二期生三期生の子たちはそろそろ学院に戻しても良いだろう。大方、遠征は終わったようなものである。
野営地に戻り、撤収する用意を始めるように伝える。王太子には……
「伝令に向かいます」
「お願いね」
灰目藍髪が水魔馬に乗り、王太子本営へと向かう。野営に飽きたから帰るわけではない。公都に潜入し、吸血鬼を討伐するための準備!! そう、準備のために前線を一時的に離れるのだ!!
王太子の許可は得た。
さっさと帰ろう。デルタ兵は活躍した。王太子本営正面を護り、多くの屍鬼兵を倒した。怪我人は出たが、死者は無かった。リリアル謹製のポーションで命を生き永らえさせることができた。
「胸を張って帰りましょう。あなた達の遠征は終わったのよ」
『『『WOW!! WOW!! WOW!!』』』
気勢を上げ野営地を離れるデルタ兵。彼らとリリアル生を伯姪に任せ、彼女は灰目藍髪と……歩人を連れ、ヴィルモアに残した碧目金髪達を迎えに行くのである。
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