表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
937/985

第891話 彼女は旧領主と邂逅する

第891話 彼女は旧領主と邂逅する


「早課まで探索」

「失礼します」

「気を付けて」


『早課』は日が昇る少し前の時間帯。今は上弦の月。夜中近くには月が沈む。星明かりだけとなり、潜入がしやすくなる。しかしながら、不死者に闇夜はあまり関係がない。


 赤目銀髪と灰目藍髪がペアを組み南東の川に近い場所から壁の中に進入する。そのまま、西に向かい、南西端で待機。同じく、北西から進入する伯姪と茶目栗毛が南に向かい南西端で二人と合流。


 彼女と歩人は、北東から侵入し南下した後、北西に向かい、街の中心付近で四人と合流することになる。


 北と東は王国軍と面しているので相応の監視がなされているだろうが、川に面している側は監視の目も少ない。また、大聖堂や城塞は古い地図では川に近い北側と西側にある。探索の焦点はそこになるあろう。


「では行きましょうか」

「……深夜手当ってつくんだよな……」


 彼女が歩人をにらみ返すと、首をすくめて「やれやれ」と言わんばかりに振りをする。「やれやれ」なのはこっちなんですけど!! と薬師組女子に言葉の集中砲火を浴びつつ、草臥れた中年歩人はわざとらしく足を引きずるように野営地を出ていった。





 ヌーベの街は、二つの川の合流点近くにある『渡河点』を護るようにして発展した街である。連合王国に旅した際にもあったのだが、そうした街は古の帝国時代の監視・防御用の砦とその周りに人が集住したことに端を発する事が少なくない。


 一番古い建物、例えば大聖堂や簡素な城塞は、その渡河点に掛かる橋の側に建てられていると記されている。王都の大塔や、ネデルの森の中にあった廃城塞都市の教会堂の地下などには、吸血鬼が潜んでいたりするのであるから、この古い城塞のような場所は一番の目標になる。


 最初にそこに到達するのは、南東から侵入し西に向かう赤目銀髪たちになるだろう。先に様子を確認してくれていれば、合流後、六人で捜索することもできるだろう。大聖堂も本来の教会組織からは離脱している教区であるので、何を奉じているかも不明であったりする。


「月が沈んで真っ暗だぜ」

「歩人は夜目が利くのではないかしら」

「土夫は穴掘り得意だから暗いところ得意だけど、歩人は原っぱ好きだから人間並みにしか見えねぇんだ……でございます」


 そう愚痴りながら、「腹も減ったな」などと言い歩いていく。無駄に飯を喰いたがる存在でもある。歩人の里では六食が基本なので、隙あらば食事を得ようとする種族なのだ。いやしんボーイというわけではないし、体を大きくしようとするアスリートでもない。多分、胃が小さいのだろう。


 



 月が沈み、城壁上で監視をする傭兵達の居場所も判りやすくなる。魔物と違って魔力持ちとは限らない為、『魔力走査』で接近を確認することが確実とは言えない。彼女と歩人は『気配隠蔽』を行えるものの、肉眼で見えるのであれば効果が無い。森や草原、屋内であればともかく、見晴らしの良い場所では隠れられるようなものではない。


「いま通過したぞ……でございます。お嬢様」

「行きましょう」


『魔力壁』の階段をのぼり、胸壁を乗り越え壁に身を寄せ姿を見えにくくする。濃灰色の外套は月明かりの無い薄暗闇の中、彼女達の存在を見えにくくする。真っ黒な外套より、やや灰色がかっている方が実際の夜の闇には馴染みやすい。


 街壁の中を覗き込み、当てになりそうな建物を確認する。大聖堂の位置は事前の情報通り。その手前に、法国風の城館はある。大聖堂の先には四角形の四隅に円形階段があるだろう階段楼のある城塞。その背後には、円塔がみてとれる。


「あれ全部を一度には無理ね」

「あの、手前の住み心地の良さそうな館がいいな……でございます」


 大聖堂と円塔は南都から入り込む赤目銀髪たち、四角形の塔は北西から進入する伯姪たちが近い。彼女が最初に入り込むのは手前の城館で良いだろう。


 市街には灯火の類はほとんどなく、闇に紛れて移動するには申し分ない環境だと言えるだろう。


「さあ、降りましょう」


 彼女は歩人にそう告げると、さっさと胸壁を乗り越え、魔力壁の階段を駈け下りた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「人の気配がしねぇ」

「……黙りなさい」

「っす」


 家々には灯火も無く、人の気配も希薄。全く無いわけではないが、無人一歩手前の廃墟街と言っても良いだろう。再開発される以前の、王都のスラムは外観こそ廃墟に近かったが、生活感があり、人の吐息が感じられる生臭い空間だった。恐らく、今でもそういう場所はあるだろう。


 ところが、ヌーベの街は街並みこそ整っているものの、書割のように人の気配がない。ゴーンゴーンと『退魔の鐘』は一定の間隔で成り続けている。


「暴れている吸血鬼でもいないかしらね」

「……いてたまるか……でございますねお嬢様」


 傭兵達は鐘の音が一定の間隔で夜間鳴らされ続けている事に今のところ苛立っている。反面、王都近郊に駐屯する、あるいは勤務している近衛連隊や騎士団戦闘部隊員は王都大聖堂を始め、退魔の鐘を聞きなれているので、睡眠導入替わりに良い効果があるらしい。むしろ、遠征に『退魔の鐘』が必需品なのではないかと言う意見も高まりつつある。敵からすれば、狂気の沙汰だが、慣れ親しんだ退魔の鐘。王都っ子には違和感がないらしい。


 遠目に黒い影の塊に見えていた城館。近づいてみれば、やはり法国風。つまり、法国戦争の時期以降、かの国の建築家や職人が戦場になっておらず資金に余裕のある周辺国で仕事をし始めた結果、法国の洗練された建物に魅了された王国貴族や富裕商人の為に建てた館が王国内にも大いに増えた。


 王国で仕事をした職人たちは、その後、更なる仕事を求め一部は連合王国で、女王陛下の歓心を買うことに心を砕く廷臣たちの館づくりに励んでいる。


「新しい建物ね」

「よそ者出禁だったんだよなぁ……でございますよねお嬢様」


 何事にも例外はあるということだろうか。どこかの帝国伯爵は、外見こそ襤褸館ではあるものの、内装は手間暇かけた良い趣味の物で誂え揃えていたと記憶する。あれは吸血鬼ではなくエルダー何某であるが、死を超越した不死者であるから、同じような嗜好なのだろうと彼女は見当をつける。


 そこだけが時代に先んじた……今の時代と違和感のない赤味を帯びた砂岩の化粧壁であろうか。さらに、漆喰で仕上げてあるような上品な外観。とはいえ、窓からの侵入者を防ぐためか、規則正しく配置された窓には鉄格子が嵌っている。


「おっ、灯りが灯っている……でございます」

「そうね。吸血鬼には不要な物ね」


 吸血鬼は暗視ができる。薄明りでも十分であり、人間のような灯りは不要。であるとすれば、使用人のような人間がおり必要であるから灯している。あるいは……


「待ち構えているのかしらね」

『かもしれねぇ。注意しろよ』

「ええ。心得ているわ」


 明らかに怪しい罠であろうか。彼女は歩人を従え、入口へと向かうのであった。


「公都の伯爵館もこんな感じのがいいんじゃねぇの……でございませんでしょうかお嬢様」


 歩人が余計なことを言う。確かにブレリアの領主館は、旧城塞と城内街の区画を利用した小高い丘の上にあるものを再利用したものだ。小さな領地であるし、これから人が増えれば、城塞の近くの果樹園やら練兵場を移転させ居館を立てても良いかもしれないが、今すぐに必要とも思えない。


 そもそも、公都ヌーベの城館もその流れて新しく建てられたものであり、四角い城塞と、さらに古い円塔の砦が古い時代の居館であろうか。


「もっとあなたに『土』魔術で基礎工事をしてもらわなければね」

「……今ので十分でございますね」

「そうでしょう? さあ、入りましょう」


 敷地に入ると広い芝生の前庭が広がる。王都迎賓館もこのようなつくりであったと思い出す。左右に並木が植えられ、ここがヌーベであることを忘れさせるような今風のアプローチ。


 大きく異なるのは、使用人棟のようなものが見当たらず、人気がないこと。巡回する警備兵などもみあたらないことだろうか。


『吸血鬼だから、使い魔が監視しているのかもな』

「魔力はあの灯りのある部屋以外から感じないのよね」


 魔力走査を館周辺に広げているものの、灯りの付いている部屋の他は、魔力量極小のものしか感じない。恐らくは、先天的に魔力を有している使用人のものだろう。喰死鬼や屍鬼兵、あるいは吸血鬼のものではない。


 建物の前面、中央と左右にある細長い塔が恐らくは螺旋階段の塔。左右に張り出した円塔は城館の防御施設として活用されるものだろうか。窓の配置から見るに、三階建て。一階が来客用のスペースあるいは大食堂・玄関ホールであろうか。二階が居館の主とその家族の生活空間。地下と三階あるいは小屋裏は恐らく使用人が使用しているのだろう。


 灯りが灯っているのは二階の左奥。円塔横の部屋だ。


 正面のドアの前に立ち、歩人が従者の役割を果たそうとドアノッカーに手を伸ばそうと背伸びをするのだが。


「余計なことをしない」

「ですよねー」


 音を立てて存在をアピールする間でもない。鐘の音でそれもまぎれしまうのかもしれないが。


 ガチャリと重厚な木製ドアを開け中へと入る。螺旋階段を右手に奥へと進むと、玄関広間の中央に人影がある。


「ようこそ公都館へ。御尊名を伺いましてもよろしいでしょうか。私は当館で主の側仕をしているマジョルドと申します」

「アリーと申します。この者は従者のビト。夜分遅く、先触れもない来訪で大変恐縮です」

「ははは、昨日から盛大に鐘の音でお知らせていただいておりますからご心配無用です。それに、主は今が丁度、昼過ぎくらいのものですので。さあ、ご案内いたします」


 執事は部屋の奥へと足を進める。左手奥の螺旋階段を上り二階へと立ちいる。どうやら二階は三つの螺旋階段毎に壁で仕切られているようで、上がった場所は一階と異なり中央とは壁で切り離されている。


「マジョルドでございます。お客様をご案内いたしました」

『入りなさい』


 手で合図をされ、部屋の奥へと誘われる。彼女はおそらく円塔と接続されている奥の扉を開け、中へと入る。その後を恐る恐るついてくる歩人。


「不意の訪問ご容赦ください」

『気にせぬよ。それに、来客は久しぶりだ。むしろ喜ばしいばかりだ』


 部屋の奥の椅子に座る男は、古めかしいが豪奢な刺しゅうを施された長衣を身につけている。部屋は古い革と埃の臭いがしている。あるいは死臭であろうか。納骨堂の臭いと言っても良い。そう、王太子宮の一角にあったそれだ。真新しい建物なのに大変残念。


『我が名はルネ・オセール・トネール。古きブルグント王家の末裔。最初のヌーベ伯・ヌーベ公家最後の当主に当たる』


 古い時代の王に似た衣装。名乗りもそれに準じたものだろうと彼女は理解した。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ルネ・オセール・トネールは吸血鬼である。それも『貴種』の吸血鬼であるが、眷属はこれまで持ったことはないという。俄かには信じられない。


「それで、トネール公は」

『いや、名前で呼んでほしい。ルネと』

「では、ルネ様と」

『うむ。若い女性に名前で呼ばれるのは大変久しぶりだ』


 これが、目を向いて歯を剥き出してでも言われれば『THE吸血鬼』と言った面持ちなのだが、あくまで品よく穏やかな会話を楽しむ雰囲気である。


『立ったままでは話しにくい。そちらの椅子に座ってもらえるだろうか』


 彼女にとっては大きめの背もたれのある古風な椅子に座る。座り心地は硬く、今時の柔らかな座面ではないが、体の局面に合わせるように彫り込んであるのは多少マシか。


「お、オデは……」

「従者は背後に控えていなさい」

「であるか」


 自分も座りたいアピールをするセバスだが昼間散々サボったんだから黙って立っているが良いとばかりに、顎で背後を示される。





 ルネの生まれは聖征の時代。カ・ル大王後の分裂した王家の一つブルグント王家の最後の一人であり、当時のブルグント公であったのだという。


『聖征に参加するのでね、後継を立てねばならなかった』


 初代聖王国国王となったネデルの伯爵は、中年になってから修道院に入る感覚で聖征に参加した。つまり、伯爵家を年少の息子に譲り、自身とその兄弟とを連れ、カナンを目指した。二度と戻らないつもりで。巡礼の末に異教徒から聖地を奪い返す為の戦いに文字通り命を懸けた。死ねば殉教者となり、神の国へと至ると信じて。


 ルネもそうした信教の徒であったというのだ。


『私には息子はいなかったが弟には息子がいた。であるから、弟の子に公位を譲り、聖征に向かう事にした』


 弟の名はヴィルヘルム。弟の息子はヴィルヘルム二世と名乗り、公位を継いだのだという。兄弟の母は王女であり、王国の血とブルグントの血を共に受け継いだ高貴な生まれであった。


 最初の聖征に向かい、やがて傷つき、力尽き死を迎えることになるのだが、ルネは自らの異教徒との戦いを終わらせる気持ちにはなれなかった。故に、吸血鬼となり、更に戦う事を選んだのだという。


 今の穏やかな表情からは伺う事の出来ない『戦闘狂(のうきん)』であったのだろう。そう言えば、王都でワインとポーションを鯨飲する『伯爵』閣下も、元はサラセンと戦い続けた戦闘狂であったなと彼女は思い出すのであった。




読者の皆様へ

この作品が、面白かった!続きが気になる!と思っていただけた方は、ブックマーク登録や、下にある☆☆☆☆☆を★★★★★へと評価して下さると励みになります。


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ