第890話 彼女は王太子に無茶振りされる
第890話 彼女は王太子に無茶振りされる
「やれやれだぜぇ……でございますお嬢様」
「堡塁作りだって? 人死に減らせるんなら頑張るか」
「お願いするわ」
歩人は嫌そうに、癖毛は使命感を感じているかのような表情で答える。公都から1㎞程離れた場所に、突入路兼攻城砲台を残して堡塁を形成していく。
まずは、土牢で壕を形成し、その土で土壁をつくり堡塁とする。敢えて硬化はさせず、駈け上りにくくしておく。土塁の上の土槍も崩れれば進入がわかる程度にしておく。なので、通常の野戦築城よりは魔力も手間もかからない。三位一体で『土牢』『土壁』『土槍』を形成していくのだ。
「どんどんいきましょう」
「「へーい」」
闇の中でも関係なく走れる『水魔馬』の二輪馬車に乗せられ、ブレリアの工事現場から連れてこられた二人の土魔術師。明るくなる前から、堡塁工事に動員され、彼女と三人でせっせと作業を進める。
「いいよな、副元帥様は馬上からでさ」
「魔力量が多いから、地面から離れていても問題ないのよ。それに……」
本来であれば、地面に手を触れて魔術を発動する方が良いのだが、流石に兵が見ている前で副伯閣下が地べたに手をついて魔術を発動するのは宜しくない。彼女は馬上から『土牢』を唱え、癖毛が『土壁』、歩人は『土槍』を作りつつ、馬がゆっくり進むのに合わせ数mほどずつ堡塁を形成しているのである。
「これ、どのくらいあるんだっけ」
「そうね……4㎞くらいかしら」
「……いまは……」
「100mくらい進んだから、あと3900mね」
なんと、全行程の2.5%も終わっている。あとたった97.5%だ!!
「今日中は無理だろ……ではございませんでしょうか。お嬢様」
「無理という言葉は嘘つきの言葉よ」
「その言い回し自体が嘘つきだろ!!でございます」
なんのことやら。思い込みも大切だよセバス。
「どう、セバスおじさん?」
「さぼってんじゃないでしょうね」
「安眠できるように頑張ってください」
「お、おう。魔力ポーションあるか……手持ちが終わったんだわ」
「はい!! よろこんで!!」
薬師組魔装銃兵がセバスの所にやってきた。彼女と癖毛は壕と土塁を形成し、どんどん先に進んでいっているのだが、一番負担の少ない歩人の『土槍』作りが遅れつつある。もう、300mくらい遅れているのだ。まあ、無くても最悪事足りるのだが。でも、ないのは何となく不安。
本日、何本目かも思い出せない魔力回復ポーションをゴキュゴキュと喉を鳴らし飲む歩人。
「ぷはぁ」
「おっさんクサ」
「いや、おっさんでしょ。おっさんなんだから」
おっさん(見た目は美少年?)弄られする歩人。いつものことではある。
「先生たちも迷惑しているみたいだから、ちょっと私たちも手伝おうか」
「そうだね。魔装銃ってそんなに魔力消費しないし」
「いっちょ、鍛錬の成果見せますか!!」
「「「おう!!」」」
四人の薬師組が、10m間隔に並び『土槍』を発動。
「「「おおおぉぉ!!」」」
遠巻きに見ている近衛の歩兵たちから歓声が上がる。どんどんどんとばかりに2mほどの長さの土の杭・『土槍』が形成され、土塁の縁に並んでいく。
「どんどんいこうぜ」
「「「おう!!」」」
歩人は「楽できた、ラッキー」と思っているが、後日、役に立たないおじさんと散々弄られることになることを理解していないのである。
余りに魔力量が多いことが知られると面倒なので、彼女はポーション瓶に水を入れて「いやー魔力切れそうですわ」と言う演技をしつつ、さっさと『土牢』で壕を掘り上げていく。所々、城門の正面には野砲が設置できる独立した堡塁を形成。入口正面を塞ぐように配置する。
「ふぅ。結構面倒ね」
『お前一人なら、時間がかかるだろうな』
『土壁』は相変わらず癖毛が専従しているが、『土槍』は冒険者組が薬師組に変わり二人一組で魔力が半分程度になるまで交代で行っている。
「セバスおじさん、もう息上がってるんだ」
「おじさんだからしょうがない」
「サボりに決まってるじゃん」
「自分の限界を決めるのは自分だからね、しかたないね」
魔力が減って交代した魔装銃兵薬師組の四人が歩人をなじる。いや、正論パンチを繰り出している。
「くっそー く、悔しくなんてないんだからね!!」
「「「おじさんきもい」」」
「まじきもい」
拗ねたおじさんはきもい。
「あなた、本当に歩人なの?」
「びくっ」
冒険者組で交代にきた伯姪に後ろから声を掛けられ驚く歩人・セバス。
「加護無し歩人なんですよ多分」
「でも、私たちだって『草』の祝福受けているから、土魔術はそれなりに楽に発動できるんです。魔力少ないですけど」
「下の二人と比べて、あまりにも貧弱すぎる」
「「「セバスは土魔術師の中で最弱」」」
「くっそー く、悔しくなんてないんだからね!!」
伯姪は歩人の言葉をやんわり否定する。
「悔しいのではなく、情けないでしょう。情けない歩人よ」
「「「「なさけないおじさん」」」」
「くー」
CooじゃないよCooじゃ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
振り返れば随分と壕が壕すすめられている。2㎞四方ほどであるから、二辺で4㎞。『土牢』が完了し、三箇所の出口と野砲陣地を作り終え、癖毛も土壁を作りつつ、あと500mといったところだろうか。
「仕上げの『土槍』は木杭や他の魔術にお願いしても良いわよね」
『当然だろ。今回、王宮の魔術師ども、ほとんど何もしていねぇんだからな』
そんなことを考えている彼女の元に、一騎の騎兵が駆けてくる。離れたところで急ぎ馬を止め、降りて小走りに彼女の元へとやってきた。
「副元帥閣下、王太子殿下がお呼びです」
「承知しました。引継ぎをしたのち、直ちに本営に向かいます」
「お願いいたします。では!!」
踵を返し去っていく伝令兵。何事であろうか。
『何押付けられるんだろうな』
「そういう不穏な事でないことを祈るわ」
彼女は癖毛と伯姪に堡塁の完成を見届けることとを頼み、本営へと向かうのであった。
一戦終えたとはいえ、相応の損害を被り、また、屍鬼兵が生身の人間と大いに異なる事と、それによる損害……主に掴まれ、しがみつかれ、噛みつかれた怪我……で相応の損害を被っている各近衛連隊指揮官たちは兵士の怯えが伝播したのかかなり意気消沈している。
反面、魔物討伐慣れしている騎士団戦闘部隊は横槍を入れ、半包囲の体制を作りよってたかって打ち倒したことで意気軒高。不死者用の魔銀メイスを装備した聖騎士達も加わっていたこともあり、比較的容易に討伐することができたようだ。
左右両翼の第二第三連隊はそのお陰で正面を務めた第一連隊より損害が若干少なかった。第一連隊は人狼の殴り込みで出た損害に加え、その為生じた戦列の乱れを突いた『屍鬼兵』の突進を無理やり抑え込んだこともあり、損害は最も大きかった。リリアルとデルタ兵の支援がなければ、さらに大きな損害を受け、この遠征では戦力として使い物にならなくなっていた可能性も否定できない。
「お召しにより参上いたしました殿下」
「待っていた。包囲の為の野戦陣地は完成したのか」
「八割ほどでしょうか。壕の開削は終わっておりますので、後は土壁と防柵の作成が終わり次第ですね」
「「「おおぉぉ……」」」
数少ない魔術師の中でも『土』魔術師は遠征には伴っていない。土木工事専門扱いの彼らは、魔導騎士の基地建設や防塁の建築にいそしんでいる。大砲全盛の攻城戦において、戦闘には有益ではないと考え帯同していない。
リリアルも癖毛と歩人は当初連れてきていなかったのだから同じ事だ。
「これで、安心して包囲が継続できる」
「その通り。怪我人と死傷者が二割ほど出ているからな。後送したとはいえ、今すぐ攻城戦と言うのも難しい」
連隊幹部たちがリリアルの堡塁作りに対し、口々に感謝を述べる。
「お礼の為に呼ばれたのでしょうか」
「いや。本題はここからだ」
王太子から、彼女らリリアルの騎士で内部に潜入し、出来る限り吸血鬼を討伐してもらいたいというのが呼ばれた理由だと伝えられる。
「どうだ。可能か」
「可能か不可能かと言われるならば可能です。ですが、傭兵の数が多く、吸血鬼以外の対応は致しかねます」
吸血鬼ニ十数体であれば、リリアルの冒険者組で潜入し、各個撃破できないとは思えない。何とかなるだろう。しかしながら、その後、帝国傭兵約二千を相手にするのは困難なのは当たり前。本来は、近衛連隊が攻城戦をして撃破する必要があるから当然だろう。
「吸血鬼を討伐すれば、雇い主がいなくなるのだから、防衛についている傭兵達は降伏するのではないか」
そんな意見が出るものの、雇い主である吸血鬼が討伐されてしまえば、命令を出す者もいなくなる。降伏する意思表示を勝手にできるかと言えばどうなのだろうか。野戦なら、戦場から勝手に離脱するようなこともありえるが、二面は川、残りに面は包囲の堡塁で囲まれた公都ヌーベから何事もなく二千の傭兵が脱出できるとも思えない。
「住民の安否も気になるのだよ」
モラン公から彼女に話しかけられる。コーヌの住民は街を逃げ出しており、傭兵ばかりであった。また、ブリノンは多少残っている可能性もあるが傭兵ごと閉じ込めているので、公都攻略後に軍使を派遣し開城勧告することになるだろう。代官はこっちにいるので、敗北宣言させ、投降を呼びかけるまでだ。
「では、まず、内部の状況を夜にでも調べましょう」
「そうだな。頼むぞ」
「承知しました」
昼は砲撃を継続し、夜は退魔の鐘をならしつつ、監視と包囲を続ける。その間に、一度公都内を彼女たちが捜索し、傭兵の配置、住人の状況、吸血鬼の居場所を確認することになった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「潜入ですか!! メイスが鳴ります!!!」
赤毛軍曹、俄然ヤル気である。メイスが鳴るのは余程のことだろう。ブウォンと鳴るのだろうか。そもそも、潜入する時にフォンフォン音を立てているのは駄目だ。彼女の姉なら遣りかねないが。
「……今晩やるのね」
「内部の情報収集ね。吸血鬼のいる場所も確認しておきたいし、城内のレイアウトも王国側には資料がないのですもの」
ヌーベは領内の街道や街の場所に関しては古い資料があるので、凡その見当はつくものの、百年戦争中頃から領内への移動を制限している。特に、領都ヌーベに関しては、百年戦争以前に描かれた簡易なものが入手できただけであり、大分小さい街として描かれている。恐らく、百年戦争以降、街壁を拡張し、防御施設も改築さえているのだろう。当然、市街地や城館の類も同様だ。
「地図作りは得意」
「あー 突入までは野営地でデルタ兵とメイスの素振りでもして体調を整えておきます!!」
頭脳労働が苦手の赤毛娘。
「遭遇戦もありえます」
「出会い頭で吸血鬼討伐はあり得るわね」
灰目藍髪の発言に伯姪も同意する。探索中に、敵と遭遇する可能性は少なくない。
「傭兵側の指揮官を処分するのも手です」
「断酒作戦ね」
「……断種作戦……たまひゅん間違いなし」
『斬首作戦』である。断種も致命的な気がするが、指揮官を処すことで指揮系統を破壊するのは悪い方法ではないのだが……
「それは後日にしましょう。傭兵が降伏するにしても、指揮官がいない場合、勧告に応じる責任者が必要ですもの」
彼女は王太子からの命があればと話を区切る。赤毛娘が「断種作戦はだめかぁ」等と呟いているが、断種ではない。
潜入には、彼女と伯姪、茶目栗毛に赤目銀髪の遊撃セット。加えて……
「私もですか」
「俺もかよぉ……でございますお嬢様」
灰目藍髪と歩人が加わる。
「あんた、今日、堡塁作り途中からサボってたじゃない」
「セバスおじさんはサボり魔。お昼寝十分だから、お目めぱっちり」
「……何故バレたし……」
相応に広い公都の中を捜索するのに、頭数が必要ということもあり、本人は勿論のこと周囲も不安で不満だが、歩人も加わることになったのは仕方がない。