第889話 彼女は灰色の何かと対峙する
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「顔はやめな。ボディーだよボディー!!」
「……足を削る方が効率がいい」
頭を弾き飛ばすのも効率が良いが、前進を止めるには腰から下を『土槍』の投擲で横合いから粉砕するのが一番面倒がないと判明。
「先生!! 次をお願いします!!」
「そこのを持っていってちょうだい」
土槍の投擲方法の最適化が成立した結果、彼女は『土槍』職人として戦列の後方でせっせとリリアル生の為に道具を魔術で作成していた。今回の遠征にリリアルでは、『土』の精霊の加護や祝福を持つ者、参加していない。畢竟、魔力量が最も多い彼女が作り、冒険者組各位がその『土槍』を身体強化で投擲することが最も効率が良い。それはわかっているのだが……
『副元帥の戦功。土槍作りってのもなぁ』
「毒竜も倒しているわよ。単独ではないのだけれど」
コーヌに隠されていた『毒蛇王』。使役がどの程度できていたのかは不明だが、討伐不十分で毒蛇王が残っていればどの道、王国が支配下に置いたとしてコーヌの街はしばらく使い物にならなかったであろう。
コーヌ解放が遅れていれば、今回の公都包囲も補給に難儀していた可能性は高い。対岸のギュイエ領からの補給も使えるようになり、物流がより良い状態になっているからだ。
「地味だわ」
『なら、また、一騎駆するか』
「弄られるのも嫌だわ。主に姉さんにね」
十五歳なら耐えられたが、もうすぐ十八にもなる。少々気恥ずかしい。
「スケルトンならともかく、あの干物の群れに突撃するのは嫌よ」
『まあ俺は……魔法袋に収納しておいてくれ。しばらくな』
『魔剣』はに異臭が消えるまで仕舞っておいてもらいたいらしい。
リリアル勢の『横槍』により、『屍鬼兵』の突撃の威力は大いに減衰。倒れた屍の首を剣や矛槍で叩き落し、動きを止めつつ徐々に隊列を整え押し返し……はせず、死体を残したままジリジリと後退する。でないと、干物を踏みつけて前進しなければならない。すごく嫌。
後退するので当然、デルタ兵の段列・王太子本営との距離も300mから徐々に縮まっている。
だが、気になるほどではない、そう誰もが判断していた。あと三十分もあれば削り切れるだろう。あとは、押し返せばよいと。
WWOOOOWUUU!!!
『屍鬼兵』の塊の中央が割れ、三体の黒い何かが飛び出してきた。跳ねるように近衛第一連隊の戦列に飛び込むと、その灰色の何かは腕を振り回し歩兵の一団を薙ぎ倒す。
「なんですかあ!!」
『土槍』を取りに戻っていた赤毛娘は、抱えたそれを投げ落とすと、愛鈍器を抱えて一気にその灰色の何かに向け走り出した。
「あれは」
『人狼だろうな。満月でもねぇのに良く出張ってきたな』
吸血鬼の箱庭に人狼が入り込んでいる。いや、協力・共生関係なのだろうか。人狼と対峙した経験は……大昔にある。いまではすっかりリリアルに馴染んでしまっているが。
「行きましょう」
彼女は魔銀のスクラマサクスを手に取り、王太子本営の前に急ぐ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
近衛連隊の戦列をわずか数秒で薙ぎ倒し、『屍鬼兵』の突進を援護した三体の人狼は、そのまま王太子本営へと飛び込もうとして打ち据えられる。
POW!!
POW!!
POW!!
薬師組魔装銃兵がデルタ兵の戦列に飛び込もうともう突進する三体の人狼に弾丸を放つ。気にする素振りも無く、さらに加速した人狼。だが。
BANN!!
『ギヤアアァァァ!!!』
弾丸が弧を描く。本来、人狼が通過した遥か後ろを抜けているはずが、ギュンとばかりに曲がり脇腹を深々と抉る。そのまま前のめりに転がる人狼。
『ガアァ!!』
『ヒギャ!!』
一体は左肩、一体は太腿に命中。その勢いは失速する。
「冷静に、第二射発射!!」
指揮兼護衛を務める灰目藍髪の号令の下、動きの鈍った人狼に更なる射撃が叩き込まれる。が、三射目を狙う前に、デルタ兵と人狼がぶつかる。
「デルタ兵と重なって……魔装銃射撃できませーん」
デルタ兵を抜けたなら、王太子本営まで遮るものがない。
『負ケルナ!!』
『犬ッコロ二目ニモノ見セテヤレ!!』
槍だけでなく、短剣や斧に持ち替えたデルタ兵が覆いかぶさるように武器を叩きつけるが。
『コンナモノ効クカァ!!』
吸血鬼同様、魔銀か魔鉛に魔力を乗せて叩きつけなければ、人狼の毛皮を断つことはできない。デルタ兵の装備は駈出し冒険者程度のものであり、上位の魔物である『人狼』には刃が立たない。
だがしかし、ここで纏わりついた時間、赤い彗星……否、赤毛娘が追いつく間を稼ぐことができた。
「沈め!! ワンコロ!!」
デルタ兵を振りほどき、突進しようとした一体の『人狼』の頭に、魔力をマシマシにした魔銀の鈍器が叩きつけられ爆散!!
「道を開けて!!」
続いて、中央の人狼に向け、地を這うような姿勢で突進した姿勢のまま、魔銀鈍器を振り抜いた。
BOGUNN!!
人狼の右膝が破裂するように砕け、そのまま倒れ込んだ頭に、鈍器に仕込まれた刺突用の針の如きピアスヘッドが突き刺さる。魔力マシマシで。
『ポワァ』
謎の叫び声を上げ、人狼の眼がグルンと白目をむく。
「独り占め駄目」
その後ろから、白銀……赤目銀髪が魔装曲弓を構えて最後の一体に魔銀矢を放つ。魔力を曳いて飛ぶ鏃は、そのまま人狼の首を射抜き、勢いを大いに殺す。込められていたのは彼女の魔力。
『ギイィィィ!!!!』
首の鏃を引き抜こうと転げ回りながら手を掛けるも、その掛けた掌が更に焼けこげる。
「止め!止め!」
「「「はいよろこんで!!」」」
POW!!
POW!!
POW!!
射撃用の狭間から飛び降りた魔装銃兵が、銃口を向けたまま最後の人狼に走り寄り、頭と胸に止めとばかりに魔鉛弾を撃ち込む。人狼三体は息の根を止められた。息をしていたかどうかは定かではないが。
「首を落とすまでが討伐よ」
「はい! スパっとな!!」
赤毛娘が魔銀鍍金製のサクスでスパッと人狼の首を斬り落としていく。そのまま死体は魔法袋へ収納。ほら、人狼は『屍鬼兵』より臭くないから。全然。
人狼が暴れた周囲は、鎧を切裂かれ槍を圧し折られ傷ついた歩兵が倒れ込んでおり、戦列が薄くなっている。ここぞとばかりに殺到する『屍鬼兵』。
「デルタ兵!!前へ!!」
『『『WOW!! WOW!! WOW!!』』』
デルタ兵の一団は薄くなった近衛歩兵の戦列の中央に入り込んでいく。暴れかかる『屍鬼兵』を素手で突き飛ばし、足で踏み潰し、首を手斧で叩き落す。膂力に優れ、肉体の圧力で突き倒し、踏み倒し押し込んでいく。
その間に、近衛歩兵は左右を固め直し、銃撃で屍の頭を吹き飛ばし、戦列を整えていく。
「もう大丈夫そうね」
伯姪が彼女に告げる。また『土槍』職人かと思っていた彼女だが、近衛歩兵は『屍鬼兵』の討伐に慣れてきたと見え、また、数を減らした『屍鬼兵』の圧力も弱まり、一部を戦列に取り込んで後列の予備兵が各個撃破する流れ作業が成り立ち始めた。
人狼が戦列中央を奇襲で破壊し、そのまま後方の王太子本営を狙う奇襲も頓挫し、斬首作戦は失敗したように見て取れる。油断は禁物だが。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「もっと土掘ってください!!」
「……」
赤毛娘が『屍鬼兵』の遺骸を両手で持ち上げ穴へと放り込む。すでに土をかぶせるのも僅かの深さまで死体で埋まっている。改めて『土牢』を設けなければ溢れてしまう。
この場所に土の精霊の加護や祝福持ちは……リリアル生だけ。中でも、魔力量に余裕があるのは彼女だけ。歩人や癖毛、黒目黒髪がいないので、そうした仕事を彼女が熟さざるを得ない。
『どっちか連れてくればよかったんだろうな』
『魔剣』の呟きに、前もって言ってほしかったと思う今日この頃。今回の遠征にあの三人はそれぞれ別の役割を担わせているのであるからそれは無理なのだが。
「やれやれね」
「近衛連隊も怪我人多数ですもの、比較的傷の少ないリリアルで戦場の片づけをするのも仕方ないでしょう」
「ゴミ捨て得意」
三千体の不死者の遺骸。それも骨ではなく干物。穴に入れて燃やすかしなければならない。燃やしても戦場全体に異臭が残るので、後日回しになるだろう。燃やして骨を砕くまでしなければ、スケルトンで復活するかもしれない。戦後処理に回すにしても、放置することはできないだろう。
とは言えそれは王宮で考えるべき仕事。ヌーベは王太子領か王領になるのであるから、リリアルには関係ないと言えば関係ない。
そこに、王太子からの伝令がやってきた。既に午後も遅くなり夕方となりつつある。このまま攻城戦とはいかず、負傷者の後送や部隊の再編制の時間も必要であり、攻囲を続けつつ明日以降に改めて攻撃を行うことになっている。
恐らく、この後の攻城戦に付いての話し合いであろうと見当をつける。
「攻め急ぐべきではないと考える」
王太子は本日の野戦で相応の死傷者を出していることを踏まえ、時間をかけて攻略することを宣言した。『屍鬼兵』の多数を討伐し、公都内に残る戦力の多くは帝国傭兵。凡そ二千強。
「昨夜の対応を継続し様子を見るという事で宜しいか殿下」
「そうだ。他に意見があれば聴こう」
モラン公の問いに王太子は端的に答える。人間相手ではなく不死者相手の戦いに、経験のある第一連隊はともかく、新編の第二第三連隊の指揮官は顔色を失ったまま本営の会議に参加しており、一言も言葉を発しない。幾人かは歯の根も合わないほどガチガチと歯を鳴らしている。トラウマにでもなっているのだろう。
戦列後方から指揮していただけの連隊幹部でさえこの体たらくなのであるから、実際、前線で対峙しあるいは襲われ負傷した兵士の戦意喪失も深刻であろうか。
「殿下」
「何だろうか副元帥」
彼女は、土塁と壕を設けた野戦築城を提案。安全を感じられる陣地での休息で心身の回復が必要ではないかと話をする。
「誰が作るのだ。そのような大規模なものを」
「……それは……」
歩人と癖毛を呼び寄せ、簡易堡塁で公都を取り囲んでしまえば良いと判断する。勿論、彼女も参加するのだが。幸い、西側と南側は河川に面している公都ヌーベ。北と東を数キロの堡塁で囲むのは……三人がかりなら一日仕事ではないだろうか。今日は無理だが。
彼女は、リリアルの『土』魔術師を呼び寄せ、明日以降、早急に堡塁を作り守りを固めると告げる。
「それは大変助かります閣下」
「さすが、護国の聖女」
「副元帥が王太子殿下の遠征に加わっていただいて、これほど心強いと感じたことはない」
「枕を高くして寝られるというものですな」
「「「「わははは」」」」
わっはっはではない。
彼女は灰目藍髪に癖毛と歩人を連れてくるように命じる他なかった。水魔馬に二輪馬車を付ければ、明日の朝までにはつれてこられるだろうと計算したからである。
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