第888話 彼女は『横槍』を入れる
第888話 彼女は『横槍』を入れる
「何やら騒がしいわね」
「ちょっと見てきます!!」
王太子本営の裏手にあるリリアルの野営地。公都側の様子は少し動かねばわからない。朝食の用意も終わらない薄暮の時間にも拘らず、近衛の陣が騒がしくなったのに気が付き、早速赤毛娘が様子を見に駆け出していく。
「私も見てきます」
「お願いするわ」
灰目藍髪は水魔馬に乗り駆けていく。高い位置、あるいは離れた位置まで動き周囲を確認するつもりなのだろう。
朝食の準備を終え、デルタ兵と共にスープとパンといった軽い食事をとる。終日戦場と言う事になれば、暗くなるまでこの後食事抜きと言う可能性もあるのだ。朝食をしっかりとるのは、戦場では大切なことになる。
「先生!! 出てきました!!」
赤毛娘の報告に「何が」とは聞かない。公都内に潜んでいた不死者、中でも数の多い『屍鬼兵』を壁の外に出したのだろう。自分の分を目ざとく見つけ、赤毛娘は報告も早々に朝食を取り始める。
暫くすると灰目藍髪も戻ってくる。
「三千の屍鬼兵と思われる兵士が、正面の城門前で戦列を組んでいます。長槍と剣の装備、丈の短い袖無鎖帷子を身につけています」
袖無鎖帷子、鎖帷子の頭巾で肩まで覆い、首を護っていれば、不死者の首を刎ねて討伐する難易度が上がる。鎖帷子とはいえ簡易なものなのだろう。
「どこで手に入れた」
「古い時代の兵士や騎士から剥いだのかもしれませんね」
百年戦争の時代、徴兵された兵士は鎧など身につけておらず、あったとしても鎖帷子などではなく、キルト地の布鎧が精々。長く死者に着せておけるものではない。なので、金属製の古い鎧をかき集め、簡単に討伐できないようにしているのだろう。
彼女達の朝食が終わる頃、王太子本営から呼び出しのための伝令がリリアル駐屯地にやってきた。彼女は伯姪を連れ、何らかの命令があるだろうと心当たりをつけて王太子の元へと急いだ。
「まさか、鐘の音に一日で根を上げるとはな」
三千の『屍鬼兵』は三つに別れ、北と北東、そして東に対し100×10ほどの戦列を敷いている。中央の第一、その両側の第二第三にそれぞれ対峙しているように見える。
「そろそろ前進してきそうですな」
「食事も睡眠もいらない良い兵士だからな。鐘の音で騒がれるくらいなら、とっととぶつけてしまえという事だろう」
側近の言葉に王太子も同意する。王太子の側近とモラン公とその近侍以外は既に本営を離れ、自分の指揮する部隊に戻っているようであり、昨晩の面々から大いに数を減らしている。
「副元帥。活躍の場は難しそうだな」
その昔、ミアン包囲の際彼女が一人で三千のスケルトン兵を排除した際は、ミアンの街の東側にある堡塁を利用した。元々、ネデル側から侵攻するであろう神国の攻城部隊に対抗する為、大砲の射線を遮る堡塁以外ない広場のような場所に相手を引き込み跳ね飛ばしたのだ。
今回は三手に別れ、それぞれが防具を身に纏って武装までしている。
簡単に魔力壁で跳飛ばすだけで排除できるとも思えない。
「城壁で粘られるよりは良いでしょうな」
モラン公は敵の戦力が表に出てきたことは悪い事ではないと判断したようだ。各連隊は自軍の三分の一程度の不死者の兵と対峙しているだけであり、突進を抑え込み首を刎ねることで勝負になると考えているのだ。
DANN!!DANN!!DANN!!DANN!!
退魔の鐘の音をかき消す様な打楽器の音。それを合図に、『屍鬼兵』の戦列が前進し始める。
「マスケット銃の射撃はギリギリまで止めよ!! 失血死しないのだからな!!」
「魔術を使える者は、30mまで接近した段階で、火球を放て!!」
彼女はリリアル兵を本営前面に展開することを王太子に告げ、王太子はこれを了承。伯姪と共に後方の野営場所へと戻る。
野営地ではすでに完全武装のデルタ兵と、やや浮足立っている雰囲気の魔装銃兵リリアル生。赤毛娘はなんだかウキウキが止まらない様子であり、他の冒険者組は緊張が隠せない表情である。
「王太子殿下の本営前で防衛の任に当たります」
彼女はそう宣言すると、デルタ兵の長である『アナム』に命じた。
「左右に二十五列、前後に四列にならんで。前二列は槍を掲げて突進を止め、後二列で首を刎ねなさい。確実にね」
『承知シタ』
アナムは先頭に立ち王太子本営へと向かう。
「本営前に馬防柵を設けてもいいんじゃない?」
伯姪に促され、デルタ兵の戦列の前に幾つかの区切りをいれつつ、硬化させた『土槍』で柵を作る。柵の切れ目は、そこに敵兵が殺到する前提で左右から押し込めるようにするものでもある。
「この防柵の斜め後ろに射撃用の土壁もあるといいです先生」
魔装銃兵たちからのリクエスト。突撃してくる敵兵をデルタ兵が押さえている斜め背後から魔装銃で援護するということになるだろうか。
「あたしたちは!!」
「反対側側面から横槍を入れる」
「「おう!!」」
リリアル冒険者組は馬無騎兵として、身体強化した上でデルタ兵と魔装銃兵の抑えている反対側面から突撃し粉砕する模様。彼女と伯姪は射撃陣地に残り防御と指揮に専念する。
「冒険者組の指揮はお願いするわ」
「了解です!!」
赤毛娘が気合を入れて返事をするが、彼女と伯姪は全力で否定。指揮は茶目栗毛が取ることになる。魔力量的に前衛を張るのは無理であるから妥当と言えるだろうか。
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「戦列というより戦塊って感じね」
「人間の姿をした別の物と言うのは不気味に感じるわ」
三つの塊が三つの近衛連隊の戦列に相対している。距離は500mほど離れているだろうか。正確には、三つの塊の正面に三つの連隊が相対するように横隊を展開したというのが実なのだが。
近衛連隊は正面三十五名前後十名の今風の歩兵の戦列。加えて最前列に銃兵を二段に展開し、発射後は長槍兵の後方へ移動。槍兵が突撃を押さえている間に、再装填した銃兵が後方から射撃をするといった対応を前提としている。
人間ならば、長槍同士の押し合い、穴が生まれれば後列からその穴を埋める兵士が押し出し、槍を介した押し合いがしばらく続き、合間を縫って剣や矛槍を持った兵士が斬り込むことで決着がつくのだが。『屍鬼兵』はどちらかというと『入江の民』のような突撃をする様子に見て取れる。
槍で突かれたくらいでは押し止められない失血も痛みも感じない存在なのだから、そんなものの集団に人間相手の戦術が取れるかどうかは甚だ疑問なのだが。訓練したこと以外を要求する方が兵士には無理筋の話。今まで通りやる他はない。
「敵!! 前進を開始しました!!」
王太子本営前方から、本営付きの兵士が状況の変化を伝える。本営に残っているのは彼女と伯姪がリリアル関係者。本営前方にデルタ歩兵団。その右斜め後方に魔装銃兵。歩兵団を挟んで反対側に冒険者組。その300m程前方に近衛第一連隊の戦列が並んでいる。
DONN!!
DONN!! DONN!!
軽量の野砲が射撃を開始。三つの連隊の後方から、開けられた戦列の間から前方の『屍鬼兵』の塊に向けて放たれる。握り拳ほどの弾丸が命中すると、ニ三体の兵士が跳ね飛ばされ、跳ね飛ばされた兵士とぶつかった別の『屍鬼兵』がなぎ倒されるのだが……
「無駄みたいね」
「ええ。既に死んでいるのですもの」
後方に残された倒れた死体がむくりと起き上がり、再び駈出すのが見て取れる。
「でも、これではっきりしたじゃない」
伯姪の言葉に彼女も頷く。前列の銃兵が下げられ、長槍兵の予備が更に戦列の密度を上げるべく、後方から追加される。生身の人間に有効な、遠距離からのダメージでは足を止めることも戦力を削ることも出来ない。長槍で動きを止めた後、銃口を頭に向け首から上を吹き飛ばすように狙い撃つべきだと指揮官は判断したのだ。
『騎兵がいないのも納得の突撃だな』
『魔剣』が口にするのも納得の突進。馬並の速度で加速し、一気に500mの距離を縮める。わずか30秒で500mの距離を詰め、一気に槍の壁に飛び掛かる。
『入江の民』は船での襲撃を主としていたため、馬を使わない襲撃も得意であった。ロマンデに住み着いた部族は馬を駆り鎖帷子の重装騎兵として白亜島や内海沿岸で傭兵として活躍したこともあり、馬が苦手であるわけではない。が、沢山の馬を船で運ぶことは難しいので、船からの襲撃では目の前で行われているような歩兵の突撃が主な攻撃方法であったと伝わるだけの話だ。
サラセンから「鐙」が伝わるまで、王国では馬上で戦う事が困難であったのだから、入江の民も同様であったとも言える。加えて、馬は高価な財産であり、戦で失う事も躊躇される。
「ぐわぁ」
「馬じゃねえんだぞ!!」
人間相手だと思い構えていた前列の歩兵たちが槍ごと吹き飛ばされ、慌てて待機していた最予備が前へと詰め寄る。
「頭を狙って!! 放て!!」
PANN!!
PAPAPAPANN!!
頭を狙った射撃。しかしながら、的の小ささもあり、距離を取って放ったものは外れることもある。
「こうするのだ!!」
短銃を構えた指揮官の一人が、槍で押し止められ手足を振り回し暴れる『屍鬼兵』の頭を狙い近寄って撃ち放つ。
BONN!!
熟れた西瓜を地面に落とし方のように、バグンと頭の後ろがはじけ飛び動きを止める『屍鬼兵』。が、槍に深く刺さったまま、だらりとのしかかるので長槍兵が思わず槍を放してしまう。
そこに、後方から新しい『屍鬼兵』が突入してくる。
「小火球!!」
「馬鹿!! 止めろ!!」
BONN !!
「うわぁ!!」
「包帯や衣服に脂が染み込ませてあるぞ!! 火を使うな!!」
自身の身を顧みない突撃、生きた人間なら火だるまになれば苦痛で転げ回るだろうところを、『人間灯火』となってそのまま長槍の戦列に飛び込む相手に、少々の魔術攻撃は意味がない。
痛みや苦しみを感じない兵士相手に、魔術は少々効きが悪いようだ。
長槍に突き刺さり仕留められる『屍鬼兵』のせいで、長槍の戦列が崩れつつある。騎兵相手、あるいは同じ長槍兵相手ならここまで簡単に崩れはしない。深く突き刺さるまで抵抗した『屍鬼兵』の戦術勝ちといったところか。
「崩れそうね。何か手はない」
伯姪も思考しているようだが良い手を思いつかないようだ。彼女に振り返った横顔はあまり見ない危機感を感じた青ざめたものに見て取れる。
「横槍を入れましょう」
「……私たちだけで?」
伯姪の問いに彼女は答えず、背後の王太子に向かい宣言する。
「私たちで横槍を入れてきます」
「……そうか。頼む」
王太子の言葉を背に、彼女と伯姪は冒険者組の元へと走り出した。
冒険者組に合流すると、突撃しようとする赤毛娘・蒼髪ペアと策を考える茶目栗毛・赤目銀髪でジリジリと対峙している様子であった。
「先生!! あたし!! 突撃します!!」
「……臭いわよ。あの死体」
「えー」
そう。干からびた死体を死霊の力で動かしているであろう『屍鬼兵』は、スケルトンのように黄白色の骨ではない。肉と皮が残っている異臭のする干物なのである。
「燃やす」
「近衛連隊ごと人間松明になるわね」
赤目銀髪の意見を伯姪が一言で断ち切る。
「じゃあ、どうするんですか!!」
「横槍を入れるわ」
「突撃じゃないですか!!」
「いいえ」
彼女はこんなこともあろうかと作っておいた『堅牢』を掛けた『土槍』を魔法袋からドサリと地面へ放り出す。
「これを近寄って横合いから投げつけるのよ」
「……正に、横槍ね」
「正に脳筋」
「「「脳筋」」」
槍束を小脇に抱え、いや赤毛娘の場合肩に掲げて早速とばかり走り出す。崩れそうな長槍兵の辺りに向け、魔力壁の足場を蹴って。空から投げつけられる『土槍』に上半身を弾け飛ばされ、『屍鬼兵』の突撃は衝撃力を大いに減衰させるのであった。