表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
933/984

第887話 彼女は公都ヌーベを臨む

第887話 彼女は公都ヌーベを臨む


 ヌーベ公領の公都『ヌーベ』は古の帝国時代から知られた要衝であり、二つの川の合流点にほど近い渡河点に出来た街が発展したものと言える。聖征の時代にはその時代背景から城塞化が進み、いまとなっては旧態依然ではあるが堅牢な石壁の街壁を備えた都市であり、大聖堂や修道院といった施設もあったと記録されている。


 なぜ「あった」と記されているかと言えば、ヌーベは百年戦争期に領を外部から閉ざしており、ここ三百年ほどヌーベを訪問した外部の人間が情報をもたらす事がないからであった。


「古帝国時代の防壁とその後に増築された部分が組み合わさって城門楼なども設けられているようね」

「攻めるにしても、攻城装備が必要でしょうね。とはいっても、聖征の時代の設備に見えるから、近衛連隊の砲兵の野砲で十分破壊できると思うわ」


 弓の射程は精々200ないし300m。軽量の小型野砲でも射程は500mほどもある。大型の攻城砲なら数キロの射程が望める。城壁を数日掛けて粉砕し、そこから内部に侵入して制圧するという選択肢は十分選べる。


「壊し過ぎたら後で面倒なんじゃない?」

「どうかしらね。まったく新しい街を建設する気かもしれないわよ」


 征伐後は王太子領に組み込まれると考えられることから、今の街を壊して新しい街を開発するのではないだろうか。野砲の砲撃に対応するには、堡塁や分厚い人造岩石製やレンガ製の堅牢な構造物が必要となる。元の住人がほとんどいないと考えられるヌーベで新市街を位置から形成するのは効率が良いと言えるだろう。


 古帝国時代のみならず、聖征の時代、百年戦争期においてもヌーベは交通の要衝であり、西からあるいは南から進撃する勢力に対する防衛拠点となる。内海側から山間部の街道を通り出てくる敵を抑え込むのに適した立地でもある。ギュイエと王太子領、ブルグントと旧都を結ぶ十字路の真ん中にある立地でもあることから、商業路としても優位な立地だ。





「あの中に傭兵が一千、不死者の兵……、『屍鬼兵』だったか。それが三千。吸血鬼が三十弱。貴種も数体いる可能性があると。帰っていいかな?」


 王太子がにやりと笑いながら彼女に話しかける。内心「いいわけないでしょ」

と叫びつつ、彼女は首を横に振る。


「近衛連隊の教練には悪くない相手です。それに、吸血鬼は流れる水の上を渡れません。西側には橋がなく、南側は中州二つを三つの石橋で繋げたものですが……」

「あれは破壊する。占領後は一本の大型石橋を架橋して陸路の交通を

改善するのでな」

「ならば、南と西は監視程度で問題ありませんね。北と東に近衛の第二・第三連隊を配置し、対吸血鬼用戦力として騎士団戦闘部隊をその背後に配置。予備戦力として近衛第一連隊を王太子本営と共に北側に配置するという

形になるのでしょうか」

「概ねそうかな」


 西側と南側には近衛連隊所属の騎兵を中心に警戒線を形成する。攻城戦に騎兵は不要。だが、周辺警戒は行う必要がある。


「魔鉛製の弾丸の配布は済んでいるのでしょうか」

「ああ。一人二発。それでも、一万発の用意は大変だったな」

「私は、魔鉛弾の入った箱に魔力を流しただけですから」


 彼女の魔力を込めた魔鉛弾。これまでは一発ずつ手に持って魔力を込めていたのだが、一万発はさすがに無理!!


 なので、深さ5㎝ほどで縦横30㎝ほどの魔銀鍍金仕上げの『箱』を数個作ってもらい、魔鉛弾を平たく並べておいてもらい、そこに彼女がまとめて魔力を流すことにした。一箱当たり四百発、それでも二十五回は魔力を流した。一発ずつより効率はずっと良い。何度も十kgほどの箱を持ち上げ魔力を流したので腕が疲れた程度が問題であったが。身体強化せよ!!


「しかし、魔鉛を一万発分、いや、含有率を半分として……20㎏か。どうやってそれほど手に入れられるのか興味深いな」

「灰色の魔術師殿の伝手と言えば良いでしょうか。帝国の鉱山から購入しているのですよ」

「羨ましい伝手だ。王家とは直接やり取りしてはくれまいがな」


 オリビア=ラウスは帝国の高位冒険者。依頼は受けるが、王家の要請で鉱物資源を供給するような存在ではない。リリアルとの個人的友誼で手にしたものだと王太子も理解する。


「吸血鬼討伐に使用するという事で得られたものですから」

「……そうなのか。吸血鬼殺しがライフワークだったなオリヴィ女史は」


 帝国周辺では『ヴァンパイアハンター・ヴィ』として知られている灰色乙女(彼女の祖母と同年代の美魔女)である。吸血鬼のいる場所でリリアルはオリヴィとよくかち合うので間違いない。


「どうせなら、ヌーベの吸血鬼もオリヴィ女史が討伐してくれれば楽が出来たのだろうがな」


 王太子は「めんどくさ」と言わんばかりの表情で口にする。


「指名依頼をすれば良かったのではありませんか」

「……」

「もしかして殿下」

「……思い至らなかった。冒険者なのだから打診すべきであったか……」

「……」


 彼女は王太子の「ウッカリ」に沈黙で答える。いつもリリアルが勝手に魔物討伐してくれていることに慣れてしまったのか、『吸血鬼討伐を冒険者に依頼する』という、当たり前の発想に至らなかったらしい。とんだポンコツ王太子である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 吸血鬼の人数は少ないものの、対抗できる戦力は限られている。近衛連隊に魔物対策の武装を渡すことは数を揃えることは規模を考えると無理がある。近衛連隊の相手は帝国や神国、あるいは連合王国の兵士であり、魔物は守備範囲外。


 魔物退治を担うとすれば、国内の治安維持に注力する騎士団であり、それも、魔物対応専門の部隊となる。その中でもさらに精鋭が不死者の討伐に当たる。魔銀鍍金製のメイスあるいは片手剣を装備し、魔力纏いも十全にできる騎士がその対象となる。数は限られている。


 故に、吸血鬼への警戒は騎士団戦闘部隊の役割りとし、その大半は発見次第、魔銀装備の騎士へ伝達し魔物の移動を牽制するといったことになる。戦闘団の中に魔銀装備を有する騎士は百名程度。

それでもリリアル生の数倍はいるのだから、対吸血鬼戦力としては筆頭となる。その中には、王と大聖堂所属の聖騎士隊も含まれており、主に王太子本営周辺の警備を担っている。


――― リリアルは尖兵として、公都内に侵入する役割が求められることになる。


 



 王太子本営にはコーヌ(COSNE)攻略に参加した戦力のうち、近衛第一連隊と騎士団戦闘部隊の大多数、そして近衛第二・第三連隊の指揮官が集結している。コーヌの街にはロマンデの徴募軍とロマンデの代官を務めるモラン公子が残務処理と捕虜にした傭兵を王都に搬出する為に駐留している。騎士団の一部も捕虜管理の為に残っていた。犯罪者や野盗の捕縛に慣れた騎士団員が当たるのが妥当であるとの判断でもある。


ブリノン(BRINON)には包囲の抑えとしてギュイス公子エンリを指揮官にギュイスの私兵隊を残している。これは、モラン公とギュイス公の存在を分けるための方便でもある。神国・教皇庁に近いギュイス家にはあまり関わって欲しくなく、また手柄を必要以上に立てさせるつもりもないという王太子の意思表示か。


「さて、諸君。いよいよ公都の攻略だ」


 王太子から、先だって攻略あるいは無力化したコーヌ・ブリノンの街で得られた公都内の情報に関しての共有が図られる。


 一つ、内部には二十強の吸血鬼がいる。そのうち最低二体は貴種と呼ばれる存在であり、ヌーベ公と御老公と呼ばれる。


 一つ、、『屍鬼兵』と呼ばれる不死者の兵が三千ほど存在する。能力はスケルトン兵と喰死鬼の中間程と推測される。


 一つ、帝国傭兵が五個中隊二千人ほど公都の防衛に雇われている。


 戦力としては三個連隊と騎士団戦闘部隊の半分程度だが、傭兵はともかく、吸血鬼と屍鬼兵は人間の兵士を大いに上回る能力を有している。吸血鬼は血を吸う『人喰鬼(オーガ)』であり、腕力も相当する。一方屍鬼兵は吸血鬼に使役された死者である『喰死鬼』より腕力や俊敏性は劣るものの、痛みを感じずまして三千が戦列を組んで攻め寄せるのであるなら、恐怖も痛みも感じない分、数字に倍する戦力となると推測される。


「こういう魔物にはリリアル卿が専門であろう?」


 近衛連隊の幹部である法衣子爵の誰かから不意の発言。王太子とその周辺、あるいはモラン公は苦い顔をしている。専門家ではあるが、数が数であるのだからこの言はいただけない。


「高い評価をいただき恐縮です」

「ならば……」


 子爵何某を一瞥し、彼女は王太子に向け話しかける。


「僅か三十にも満たない私たちの部隊で三千の不死者の相手をせよと……殿下、そう言う事でございましょうか」

「い、いや。そんな事は考えていない。副元帥一人でこの遠征が終わってしまうではないか。何のために近衛連隊と王都の騎士団の戦闘部隊を全て動員したのかわからなくなる。子爵、不用意な意見は慎め」

「!!」


 灰色乙女を手配し忘れたことを思い出し、彼女に責められているように感じた王太子は何某の意見を強く否定した。


「近衛連隊は攻城戦の経験に乏しい。そういう意味で、今回の公都攻略は良い経験になる。時間をかけてでも、しっかり準備をし経験を積む事も肝要であろう」

「ふむ、今回は王国内での遠征。幸い、コーヌの港も街道も使えるから、補給の心配もない。野戦築城をした上で、公都を緩やかに包囲し、攻城砲で城門・城壁を破壊するのが上策」

「不死者が多いとはいえ二千の傭兵に住民もいるのだろう。包囲が続くことは人間と不死者の間に軋轢を生むに違いない」


 とはいえ、吸血鬼ニ十体が毎晩のように陣地を襲撃するとなれば、損失は勿論のこと、士気も大いに影響する。逃亡する者も大いに増えるだろう。


「退魔の鈴はどの程度効果があるだろう」

「貴種に関してはなんとも。ですが、従属種・隷属種、あるいは屍鬼兵に

関しては動きを鈍くする効果があるでしょう」

「「「おお!!」」」


 個人装備である『退魔の鈴』は騎士団中心に装備が進んでいる。攻略は近衛連隊が行い、夜間の警備及び陣地の防衛は騎士団戦闘団が担うのが良いのではないだろうかとの見解に至る。


「殿下、可能であれば、退魔の鐘の鐘楼を活用したいのですが」


 王都大聖堂からの応援部隊である聖騎士団からの提案。予備の『退魔の鐘』を持参しており、ヌーベ攻略に活用できるのではという。


「……鐘楼か。副元帥……」

「魔術で鐘楼までは構築いたしかねます」

「そうか」


 王太子の無茶振りが過ぎる。コーヌ、あるいはヴィルモアから30㎞近く離れており、どちらの鐘楼も退魔の鐘の効果はないだろう。精々、数キロ以内に設置されなければ、鐘の音が拡散されてしまう。


「木材で足場を築き、攻城塔を流用してはどうだろうか」

「「「それだ!!」」」


 今回、百年戦争時代の城塞ということもあり、攻城塔を用意してきた。今時はつかわれないが、聖征の時代、あるいは百年戦争の時代まではそれなりに使われていたのだ。


『今時、攻城塔とは古めかしいな』


『魔剣』の言う通りだが、復古主義も今回だけは悪いものではなかったということだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「なんだか、街壁の向こうがざわざわしています!!」

「亡者の嘆き」

「不死者と同衾している帝国傭兵はどんな気持ちなのでしょうね」


『ねえ、いまどんな気持ち』と聞いてみたいというところだろうか。リリアルの野営場所は王太子本営の後方。背後からの不死者による奇襲を防ぐためという大義名分のもと、デルタ兵を隔離しておきたいという配慮でもある。兜を外せば『醜鬼』と言われかねないのだから、休憩場所は選ばねばならない。


 数分毎に『退魔の鐘』が鳴り響く。眠りの浅いものは目が覚めかねないのだが、不死者が襲ってこないという安心と天秤に掛ければどうだろうかとなる。勿論、巡回する騎士団戦闘部隊は『退魔の鈴』が携行されており、虫の音に似たリズムが警邏の最中に鳴っているのは、かえってしっかり見張るものがいるという安心感にもつながる。警邏中に一定のリズムが聞こえるのは、警邏する者にとっては睡眠に誘うような効果があるだろうが。気合で跳ねのけてもらいたい。


『吸血鬼ヨケノ鈴……』

『アリガタイ』


 デルタ兵は聞きなれない鈴の音に最初戸惑っていたものの、不死者を避けると伝え聞き、別の意味で騒めきを伴う。デルタ人の村の礼拝堂には『退魔の鐘』を置こうと彼女は強く思う。民を心服させるのは為政者にとってとても大切な事だからだ。安心安全を買えるなら買っておきたい。


「ワスティンの森の中でも魔物除けの効果があるのかしらね」

「あると思わ。まあ、ガルム達にとっては苦痛かもしれないけれどね」


 そういえば、リリアルには不死者や魔物がいる。どういう効果があるかは……実験して確認しなければならないだろう。主にガルムで。


 夕方から宵の口では耳についた退魔の鐘の音も、夜半になるころにはすっかり耳になじんでくる。音がしない方が不安になるほどだ。


 狼毛皮テントでいつもの遠征のように二人で寝る彼女と伯姪。


「これ、何日くらい続くのかしら」

「さあ。ひと月くらいあってもおかしくないわね」


 毎晩これが続くと思うと、恐らく、吸血鬼たちは相当苛立つことだろう。何も退魔の鐘は夜だけ鳴らすわけではない。昼夜問わず、遠征が終わるまで継続するのだ。


「効果あるのかしら」

「あると思うわ」


 鐘の音が鳴り始めた頃、捕縛して王太子の元に突き出した『オセロ男爵ウード』は、目と耳と鼻と口から血を流しながら苦しみ始めた。距離が近かったという事もあるだろうが、従属種の吸血鬼であるウードには相応の効果があったのだから、ヌーベ公都内の不死者、特に『屍鬼兵』には効果があるだろう。故に、壁の中のざわめきは収まらないのだ。


「傭兵だって殺気だったアンデットが近くにいれば、ウロチョロできないでしょ? 根負けするのはアッチが先かもね」


 鐘の音を聞きながら、彼女と伯姪は暖かい毛皮敷の上でぐっすりと眠るのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
吸血鬼未満の不死者の千や二千程度一人で倒せるだろうに
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ