第886話 彼女は都市ブリノンを後にする
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第886話 彼女は都市ブリノンを後にする
いつもの胴体と頭だけの状態にして、体を魔装網でくるんで引き摺り野営地に戻ると、当直に立っていたデルタ兵に会いギョッとされる。
「お疲れ様」
『オツカレサマ……』
彼女と挨拶するデルタ兵。しかしながら、その視線は後方にある網の中の物体に釘付けとなる。
「気にしない。小太吸血鬼」
「首を落とすのに、どこに首があるのか探さないといけないんで大変です!!」
『オツカレサマ……』
手足の無い生身であれば生きているのかどうかも怪しい姿にも拘らず、なにやらぶつぶつ反論めいたことを口にしている吸血鬼を見ないことにして、デルタ兵は気持ちを整えることにしたようだ。
「お、新しい的ですね」
『的』
「あ、ポーション飲みます?」
『ううぉおお!! 止めろ!!』
居残りとなった薬師組魔装銃兵たちは「新しい的来た!!」とばかりに珍しい小太吸血鬼をいじり始めるが、少し前まで散々虐め……尋問されていた記憶を呼び起こされ、再びパニックとなる吸血鬼。
「聞きたいことは聞いたので、後は好きにして構わないわ」
『構う!! 構って下さい!!』
「なら、ポーション飲むの?」
『……』
どうやらポーションは飲まないらしい。
「先生、これ、どうするつもりですか」
薬師組で最も魔力量が多く、且つ、もっとも大人しい藍目水髪が彼女に吸血を如何にするのかと問い質す。死者である故に、魔法袋に収納することもできるのだ。わざわざ情報を聞き出した吸血鬼を網に入れてこれ見よがしに駐屯地に持ち込む必要はない。
「デルタ兵の皆さんに、慣れてもらう為ね」
「慣れて……もらう?」
薬師組だけでなく、赤毛娘や赤目銀髪も今一つピンとこなかったようで首をかしげている。
彼女の意図は明白だ。長い間、吸血鬼の支配下であり、家族や一族を護る為に傭兵紛いの行為を行ってきたデルタの民にとって、支配者である吸血鬼には潜在的な恐怖感が存在する。
吸血鬼は不死者であり、人喰鬼に匹敵する腕力と敏捷性を有する。肉体を破損しても戦闘不能にならない耐久性も有している。人喰鬼の場合、失血死することもあるが、吸血鬼は手足を失っても死なないし、吸血行為により、力を回復させることもできうると聞く。リリアルの場合、そこまで長く戦う事がないので、回復は見たことはないのだが。
「この後、公都に攻め込んだときに、吸血鬼と対峙して恐怖心で体が動かなくならないように、吸血鬼なんて大したことがないと教えたいのね」
「ええ。侮る必要はないのだけれど、さりとて、恐怖に凝り固まるほどの敵ではないと理解してもらいたいのよ」
まともな武器を取り上げられていた故に、吸血鬼は圧倒的優位であったと言っても良い。不死者には魔銀製の武器でなければ効果が薄いのだ。しかしながら、腕力だけを考えると、デルタの民も吸血鬼・オーガにさほど劣らぬ力を有している。魔物と間違われるほどには。
「鈍器で叩き潰せばいい」
「斧は鈍器に刃を付けたようなもんですから!! 骨を圧し折って身動きとれなくしてから集団で滅多打ちとかでも行けると思います!!」
デルタ兵の教導にオセロ男爵を利用する意図をリリアル生は共有する。しかしながら、冒険者組の反応は分かれる。例えば蒼髪ペア。
「いけるいける!!」
「いや、まあ、出来なくはないか。魔銀装備がないと苦戦しそうだけどな」
対魔物用装備の充実しているリリアル勢には、装備無しの苦労は今一つ正確には想像できない。
「やってみましょうか」
「どうやって」
「魔力を装備に纏わせずに使えば、非魔装装備と変わらないかと思います!!」
赤毛娘が愛鈍器で小太吸血鬼の腹を力一杯叩く。
「それ!!ドン!!」
『うぎゃあぁぁぁぁ!!!』
「「「……」」」
「ほら、効いてますよ!!」
「「「……」」」
力こそパワー。
結論。デルタ兵にも実際、叩きのめしたり槍で突き刺したりさせることにする。なーに、豚の血でも上からかければ回復するのが吸血鬼。百人分くらい試し打ちできるだろう。
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翌朝、野営地を離れる前に、彼女は吸血鬼をデルタ兵に紹介することにした。
「これが、ブリノンの街の代官をヌーベ公から賜っていた、吸血鬼のオセロ男爵です。昨夜、逃げ出そうとしていたところを捕縛しています」
『我が代官、オセロ男爵ウードである!!』
『『『……』』』
デルタ兵に怯えに似た緊張が走る。想定通りなことに彼女は安心する。
「この後、公都を攻めるのですが、吸血鬼が三十体程度潜んでいると推定されています。そのうち、何体かは上位種である『貴種』でしょう」
ヌーベ公と御老公は恐らく貴種。その他は従属種・隷属種が二十数体いるのであろう。リリアル冒険者組の他、騎士団で魔銀装備を有する騎士や近衛連隊でも魔銀装備を持つ指揮官級で部隊を編成して送り込まなければ一般の兵士や騎士は吸血鬼の餌になるだけだろう。下手をすれば敵戦力の強化になってしまう。
「その他に、不死者となった動く死体、『屍鬼兵』も三千ほどが戦力として潜んでいるそうです」
『オオイ』
『『『……』』』
三千という数に動揺するデルタ兵。
「三千かー」
「ミアンと比べればずっと少ない」
赤毛娘と赤目銀髪は「楽勝?」と言外に匂わす。
「あん時は立て籠もる側だったろ? 今度は攻めるんだぜ」
「馬鹿ね、アンデッド、それも喰死鬼以下の無能がガチャガチャいたって、先生の一騎駆でどうとでもなるじゃない」
蒼髪ペアの発言で、彼女に視線が集中する。そういえば、そんな時代もあったかもしれない。
「……やらないわよ」
「えー なんでですかぁ」
「年だから」
「まだ三年位しか経ってないわよ。そもそも、この遠征は近衛連隊の演習を兼ねているのよ」
第一連隊こそミアン防衛戦に王太子と共に参戦したベテラン山国兵が中心の歩兵集団だが、第二第三は傭兵を始め新規に採用された兵士が基幹の新部隊。経験を積ませる為にも、相応の損失を踏まえた実戦経験を詰ませる機会が必要とされる。
「マスケット銃は効果が無いじゃないですか」
「一発分は魔鉛弾を支給するようね。その後は……」
「剣で首を斬り飛ばすんでしょ?」
吸血鬼はともかく、『屍鬼兵』は失血死しないだけの雑兵。槍で抑えつけ、剣で首を斬り飛ばせば問題なく討伐できる。
「今回は、騎士団戦闘部隊に王都大聖堂の聖騎士隊も参加しているのだから、上位種の吸血鬼以外はさほど問題ないでしょう」
『『『……』』』
『問題ナイトハ……一体ドウイウ意味ダ』
旗持ちのデルタ兵が代表して彼女に問う。
「不死者が強いのは、身を護る意思がないことが最大の理由でしょう。身の危険を感じて逃げ出したりすることもない代わりに、大多数の死者は思考が希薄なの。だから、落ち着いて処理していけば問題ないのよ」
「槍を並べて防柵を作り、押さえて首を斬り飛ばすだけの簡単な作業でしょ?あなた達は身体強化以前に、並の人間より優れた体力を持っているんですもの、心をしっかり持てばさほど難しい相手ではないのよ」
彼女と伯姪の説明に最初は半信半疑であったが、少女に過ぎない魔装銃兵の薬師組たちが落ち着き払っている事に気が付き、デルタ兵たちは動揺を納める。
「その前に、ちょっとだけ吸血鬼で度胸を付けましょう」
『……ナニヲ言ッテイル』
「だから、吸血鬼ってのは死ににくいだけであって、無敵じゃないってことを知りなさい!!」
赤毛娘が前に出てきて「ウォリャ!!」とばかりに鈍器で網の中の吸血鬼を叩きのめすと「グシャ」とばかりに胴体がつぶれる。
「ほら、こんな感じ。でね……」
「ん。任せて」
『ぎぎぎぎぎぃぃぃぃ!!!』
苦痛に呻く小太吸血鬼に革袋に入れてあった何かの液体を垂らすと、破壊された箇所が急激に回復していく。
『ソレハナンダ』
「猪の血。狩ってから取っておいた」
『イノシシノチ』
「吸血鬼が血を得て体を回復させるのは不死者としては優れた継戦能力を有していると言えるわ。けれど、吸血している間に、他の者が背後から首を刈れば倒せないわけではないのよ」
『『『……』』』
リリアル式吸血鬼討伐法に絶句するデルタ兵。いや、そこまで身を挺さなくても何とかなるでしょう。
「ワイルド過ぎる倒し方」
「ま、最初ちくっとするだけだから!!」
『吸血鬼ニナルンジャナイノカ』
「先っちょだけなら大丈夫だよ。たぶん」
リリアル生は誰も試していないので、そんなことわからないんじゃないかな。
「吸血鬼が出たら戦列を固めて防御隊形を取ればいい。引き付けておいてくれたなら、俺達か騎士団の魔銀武器持ちが討伐するからな」
『魔銀武器ハモラエナイノカ』
デルタ兵の一人からの質問に、彼女は首を振る。そもそも出せるような予備が……ないこともない。
「これを貸し与えるわ」
『魔銀ノ刺突槍……』
「鍍金であるけれど、これなら十分止めを刺せるでしょう。数がないのでそれだけになるのだけれど」
『十分ダ。感謝スル』
旗持ちのデルタ兵が刺突槍を受け取り、その背後のデルタ兵が揃って頭を下げる。
「こんなことなら、魔銀鍍金の槍、沢山用意するんでしたねー」
「使わないから仕方ないわよ。そもそも槍は消耗品。鍍金とはいえ魔銀を用いるような装備にはならないのよ」
槍は消耗品。魔銀の能力を生かすには、穂先迄魔力を通す工夫が必要であり、柄を折られてしまえば能力が無くなる。剣ほど効率よくないのだ。
「領軍の小隊長には魔銀鍍金短剣、中隊長には魔銀鍍金の曲剣を与えるように将来的にはしたいものね」
『そのくらいはあっていいな。身分を示す証拠にもなる』
『魔力纏い』はリリアル生にとっては基礎の範囲。魔装銃兵を務める薬師組であっても、魔銀鍍金短剣は自衛装備として持たされている。従騎士扱いといったところだろうか。領兵の中であれば、小隊長が従騎士並、中隊長が騎士並という身分に相当するだろう。
先のことはこの遠征が終わり、領内に開拓村をデルタの民に与えてからになる。それは後日で良い。
『や、やめろぉ!!』
『ソリャアァ!!』
何人目か忘れるほどの鈍器の振り落とし。
DOZUNN!!
『うぎゃあぁぁぁぁ!!!』
「はいどうぞぉ」
革袋から流れ落ちる血。潰れたからだが回復していくが、その速度はかなりゆっくりとなっているよう思える。
「はい次!!」
『イクゾ、クソ吸血鬼ィ!!』
DOZUNN!!
『あぎゃあぁぁぁぁ!!!』
「はい回復ぅー」
デルタ兵は最初こそ吸血鬼と言う存在に恐れおののいていたが、一人、
また一人と鈍器で吸血鬼を叩きのめす度に、「あ、大したことないんじゃね」
という気持ちが広がっていく。必要以上に恐怖し、萎縮すればそれは相手に利することになる。代を重ね、恐怖心を擦り込んできた吸血鬼にとっては、本来、優れた肉体と魔力を有するデルタの民は反抗されれば怖ろしい存在であったろうし、飼いならす事が出来たのなら並の領民より余程戦力になると考え、その心理を認知を歪めさせていったのだろう。
「サーカスのオレファンね」
「なにそれ」
巨大な生物である「オレファン」を赤ん坊の頃に足環をつけて鎖につなげ、杭を打って逃げられないように鎖を繋げる。赤ん坊のオレファンには杭を抜くほどの力はなく、鎖の繋がった杭を自分では抜くことができないと心から信じ込んでしまう。
やがて大人になり、小山のような大きさとなったとしても、「杭は抜けない」という思い込みから、オレファンは大人しく繋がれ飼われてしまうのだという。
「デルタの民の心を繋ぐ杭は抜けたようね」
その為に、百人のデルタ兵に散々ぶちのめされたオセロ男爵(小太吸血鬼)がちょっと壊れちゃったのは必要なことであったと彼女は理解することにした。的になる程度の存在だからそれで十分だ。
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