第885話 彼女は都市ブリンに潜入する
第885話 彼女は都市ブリノンに潜入する
「首無き子」
「……確かに、首が見えないわね」
吸血鬼に向かい『気配隠蔽』を行いつつ、身体強化と『魔力壁』で足場をつくり、最短距離で走る彼女と赤目銀髪。
「足を止める」
「貴女に任せるわ」
「ん」と声なき返事で返す赤目銀髪。魔装曲弓に魔銀鍍金製の矢をつがえ魔力を纏って壁走りする吸血鬼へと放つ。風切音と共に矢は飛んでいき、壁走りする吸血鬼の左足ふくらはぎの当たりにタンとばかりに突き刺さる。
『うぎゃあぁぁぁぁ!!!』
吸血鬼は出血や痛みに対してかなりの耐性を有しているはず。肉体は変化しており、心臓は動いているものの仮死状態・冬眠中の蛇のように非常にゆっくりした動きになっている。また、痛覚も人間の時よりずっと鈍くなっているという。でなければ、手足を斬り落とされ痛みで狂死することもなく生き続けられるはずもない。
が、小太吸血鬼は痛みに弱かったようだ。
その叫び声に警戒していた傭兵や、就寝・休息中の城内の兵士が反応し始めたのだろう気配が濃くなる。
「失敗」
「仕方ないわ。音の出ない弓で狙撃したことが無意味になったことは残念だけれども」
「不本意」
マスケット銃の火薬の発砲より魔装銃はかなり音が小さいが、「ポン」といった破裂音はする。『導線』と『魔鉛弾』の組合せで必中が狙えるのだが、音の更に小さい弓での狙撃を敢えて行った赤目銀髪の配慮は、相手の絶叫で無駄になった。ガッペむかつく!!
騒ぎ立てる吸血鬼の存在は、城壁の上の回廊に注目を集め、周辺から兵が集まりつつある。
「まずい」
「では、こうしましょう」
彼女は思い切り城壁の外に向け小太吸血鬼を蹴り飛ばした。
なにやら叫び声を上げて落下していく吸血鬼を追って、彼女達は城壁の外へと飛び降りる。駆け付けた傭兵達は壁の外を伺うが、真っ暗な地面しか見えなかったようだ。
落下地点から移動する為、赤目銀髪はさらに吸血鬼を蹴り飛ばす。ゴロゴロと空樽のように転がり動かなくなる吸血鬼。
しかし、やがてむくりと起き上がり、足に刺さった矢を抜くと、空に向かって吠え声のような怒りを込めた叫びをあげた。
『わ、我はオセロ男爵ウードなるぞ!! 誰だ!! 我に矢を放ったのは!!』
TANN!!
『うぎゃあぁぁぁぁ!!!』
「それは私」
それに応え自己紹介がてら『ウード』に矢を放つ赤目銀髪。
「夜は静かにする」
「マナーがなってないわね」
彼女は懐から魔銀鍍金製刺突短剣を出して矢の刺さった足と逆の太腿に魔力を纏わせ突き刺し地面へと縫い留める。
『うぎゃあぁぁぁぁ!!!』
『こいつ、うぎゃあしか言ってねぇな』
『魔剣』の不条理な言葉。痛いんだもの仕方ないじゃない。
やがて、その場に城壁内に侵入していたメンバーが集まってくる。
「先生、撲殺にしますか、刺殺にしますか!!」
「吸血鬼は既に死んでいるんじゃないでしょうか」
「吸血鬼は二度死ぬ!!」
どっかの諜報員みたいなこと言われている!!
「どうやら、男爵閣下らしいわ」
「へぇ。ヌーベ公の麾下の吸血男爵と言うわけね。どのくらい生きているのかしら」
「吸血鬼は死んでいる」
周りを取り囲みながら、一先ず動きを止めようと、伯姪が腕一本切落とし、赤毛娘が矢の刺さった足を叩き潰し挽肉に変える。
『あああああああ!!!』
「夜は静かにする」
「もう一本の腕も斬り落とせば静かになるんじゃないですか?」
そういう間に、残りの腕と足も斬り落とされる。もう吸血鬼の手足はゼロよ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
いつもの胴体と頭だけの状態にして、体を魔装網でくるんで引き摺り尋問しやすそうな場所を探すがなかなか見当たらない。
「どうしようかしらね」
「この辺りで土牢を作って周りに叫び声が響かないようにすればいいんじゃないですか!!」
「夜も更けてきた。騒音は迷惑」
「そうね。では、そうしましょう」
『土牢』で地面を掘り下げ、周辺を崩れないように『堅牢』で固める。その上で、屋根に当たる部分を『土壁』で作り『堅牢』で固める。空気の抜ける穴を魔力纏いした槍で抜き、即席の地下室のような場所を作り照明を灯す。
「暖かい」
「野営の時にはここまで掘り下げませんね」
地面の下まで掘り下げることはまずない。壁だけで十分凌げるし、テントや馬車を用いて遠征時は就寝しているので、ここまでやることはない。
「では、オセロ男爵閣下。いろいろ伺いたいことがあります。素直にお話しいただければ、苦しまずに済みますよ」
『ふん、貴様ら女子供に話す事などない!!』
無表情の赤目銀髪が、懐からなにやら液体の入ったガラス瓶を取り出し、コルク栓を開ける。
「これはなんでしょう」
『知らぬわ!! いいから我を解放せよ!!』
「体で確かめるといい」
瓶から零れ落ちるのは……回復ポーション。
『うぎゃあぁぁぁぁ!!!』
「煩い」
そう告げると、大きく開かれた口の中にもポーションを数滴たらす。
『ぎぎぎぎぎぃぃぃぃ!!!』
喉が焼けたか口の中が爛れたか、声にならない声を発し唸りつつ、体を左右に転げる。口元からは何やら煙のようなものが上がっている。
「静かにする」
「聖水じゃなくても効くんだ!!」
『回復の逆効果なんだろうぜ』
『魔剣』曰く、回復させる効果の反転で傷を負っているのではないかと言う。人間なら回復するが、不死者の場合回復ではなく損傷に至るという事なのだろう。ここでも、日頃死蔵しているポーション(期限切間近)の有効利用が為されるかもしれない。
とはいえ、爛れた口も見る間に回復し、再び何やら喚き出しそうな気配を醸す中、彼女は吸血鬼に率直に問うた。
「ヌーベには何体の吸血鬼がいるのかしら」
『……』
彼女の問いを黙秘で無視する吸血鬼に向け、赤毛娘がポーション瓶を傾けつつ話しかける。
「お薬の時間ですよぉー」
ぽたりぽたりと吸血鬼の犬歯が剥き出しになったぽっちゃり顔にポーションが滴り落ちる。ジュウ、ジュウと焼けたよう音が聞こえる。
『熱い!! 熱いのだ!!』
「んー もう少しお薬が必要みたいですねー」
思い切ってドバっと吸血鬼の顔に掛ける赤毛娘。
『うぎゃあぁぁぁぁ!!!』
大きな声で叫ぶ吸血鬼の顔面を無言で蹴りつける赤目銀髪。煩いというのも飽きた。
「十匹くらいかしらね」
伯姪が凡その数を言うと、吸血鬼は『我らを甘く見るのではない』などと回復しつつある強気の顔で言い返す。
「ま、一匹いたら三十匹はいるといわれますしねー」
「それって黒い悪魔ではないですか?」
「コック……『言わないで』……たまに飛ぶわよね黒い悪魔」
「「「……」」」
吸血鬼より黒い悪魔が飛んでくる方が余程心理的に恐ろしい。
『ふん、我らは相応に力を備えておる』
「まあ、二十匹くらいってことね」
『……』
「大体正解」
十では少なく、三十には及ばない。そして、間を取った二十では黙秘。大体そのくらいなのだと見当はつく。
「ヌーベ公は貴種の吸血鬼なのよね」
『ふん、貴種というだけではない。御老公は王国の歴史に匹敵するほど
生きてらっしゃる』
「吸血鬼はもう死んでいる」
それはそうなんですが。『御老公』は五百年前から生きている『不死者』であるとすれば、聖征の時代以前のヌーベ公であるということだろう。
ヌーベ公は百年戦争に至る少し前に王家の姫をブルグント公の分家筋に嫁がせヌーベ伯からヌーベ公にした記録がある。吸血鬼のヌーベ公と王家の血を引くヌーベ伯のちヌーベ公とは併存しているということなのだろうかと彼女は考える。
「男爵、あなたは御老公の配下なのかしら」
『御老公はヌーベ公の後見ではあるが、あくまでもご隠居に過ぎない。我主のヌーベ公は御老公と比べ若輩ではあるが、力はそれを上回る方だ』
小太吸血鬼オセロ男爵の言葉を信ずるのであるなら、ヌーベ公は二体存在するという事になる。古い血筋の吸血鬼『御老公』と、王家の血筋と旧ブルグント公の血を引く新しいヌーベ公が吸血鬼化したもの。この話は恐らく王太子に伝わっていないだろう。彼女も初耳なのだから。
「御老公とヌーベ公は公都のどちらにいらっしゃるのかしら」
『……』
「ジュジュッといっとくぅ?」
『い、いやだぁ!! 熱いのはもう嫌だぁ!!!』
必死に体を左右に振る達磨吸血鬼。
「知らないから言えない」
『し、知ってる。も、勿論だぁ!! ご、御老公は滅多に他の吸血鬼とは会われないんだぁ!! 恐らく、市街の宮殿にいらっしゃるはずだぁ!!ヌーベ公はぁ、旧城にいる!! か、確実ではない!!我は、ブリノンの代官が長いのだぁ!!』
長らくブリノンにいたため、公都の吸血鬼事情に疎いと言いたいのだろうか。
「つまり、公都の吸血鬼からハブんちょされてたわけだ!!」
「嫌われ小太り」
『違うぞ、決してそうではない!!』
赤毛娘と赤目銀髪の指摘に、必死に反論する小太り。しかし。
「はっきり言っては失礼ですよ。吸血鬼にしては見た目が大変残念故、恐らく閑職に回されていたのでしょう」
『……』
「「「……」」」
真実ほど人を傷つけるものはない。いや、この場合吸血鬼か。灰目藍髪のまっすぐさが傷つけることもある。
「ほ、ほら、元気出しなさいよ」
「役目柄疎遠になることもあるでしょう。それは仕方ないことではないかしら。あなたはきっと、代官の役割りを立派に果たしていたのでしょうから」
『……であるか』
交代制の仕事や遠方での勤務の場合、土日休みの旧友たちとは疎遠になりがちなのだ。家庭の有無もある。大人だからしたかないのだ。
「げ、元気だしなよ、ね!!」
「ポーション飲むか?」
『ううぉおお!! 止めろ!!』
ほら、元気出た。
オセロ男爵(小太吸血鬼)への尋問で、ヌーべ公都内の吸血鬼の数は凡そ把握できた。旧城と呼ばれる古い城塞に吸血鬼の拠点があるのだが、表向きの政庁として建設された宮殿にも最古老の吸血鬼がいるということもだ。
また、吸血鬼の生活を維持する為に、生身の人間である数少ない生き残り
の領民も公都には数百人住んでいるのだという。吸血鬼の使用人兼食料
であるようだ。
「小太男爵閣下は、血は吸わないんですか!!」
「ダイエット中?」
『た、たまに吸いに行くぞ。我用の人間もいるのだ』
若い個体を残し、子育てが終わったあたりで世代交代になるのだという。吸血鬼に支配された人間の話は後日、王太子の配下の文官にでも聞き取りさせるとして、今回の遠征に必要な情報を先に問い質していく。
「公都には、傭兵はどのくらい引き込まれているのかしら。それに、あなた達が手配した『屍鬼兵』と呼ばれる不死の兵士の数。知る限り、正確に教えてちょうだい」
『……』
「ポーション飲むか?」
『ううぉおお!! 止めろ!!話す、いや、話させてくださいませぇ!!』
オセロ男爵の知る範囲では、呼び寄せた傭兵の半分、恐らく千人強が公都におり、また、『屍鬼兵』は三千ほど公都内の墓所に存在するという。包囲する一万強の近衛連隊と騎士団戦闘団は、相応の損害を覚悟せねばならないかもしれないと彼女は感じていた。
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