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第884話 彼女は都市ブリンを封鎖する

第884話 彼女は都市ブリノンを封鎖する


 ギュイス公はあっという間に半壊した自隊の元に向かい、指揮官たちを叱責した上で戦列を整えさせたのだという。ブリンへの突入は、破壊された壁から十分に可能だと、間近で確認してきたとさらに捲し立てる。


「いまです!! 殿下、いまなのです!!」

「なるほど。では、城壁に最も近いギュイス隊に内部へ突入するように命ぜねばなるまい」

「そ、それは……」


 彼女はギュイス公の内心を慮る。ギュイス隊は裸マント突撃により相応の戦死者戦傷者を生じている。傭兵との契約に基づき、少なくない見舞金が生じることは明白。ハリボテ傭兵であったとしても、数を揃えるのにはそれなりに資金が掛かる。実際、ギュイス家お抱え傭兵の数が減ることも、あるいは支出が増えることも避けたいと考えているだろう。


 所謂、カネは出さないが口は出すという奴だ。死ねばいいのに。


「副元帥閣下の領兵は寡兵ですが精強に思われます。狭い市街に、数の多い我が隊は向いていないようです。ですので、今回の戦功の機会は副元帥閣下にお譲りしたく……」


 何のことはない、王太子本営を上手く守備したリリアル領軍に擦り付けたいということである。


 彼女は少しの間考え、王太子に提案する。


「あの崩れた城壁を修復し、門は私たちの土魔術で固めて封鎖するのはどうでしょうか」


 内部に、一般市民が取り残されているのであれば戦後統治のことを考えればいち早い解放も必要であろう。しかしながら、立て籠もるのは傭兵団と吸血鬼一匹。吸血鬼の身体能力であれば、単独での脱出も可能だろうが、傭兵団は街ごと閉じ込めてしまえば問題ない。


 籠城する準備は済んでいる。であれば、十日や一月分の食料は確保されているだろう。水も横を流れる川から取水されているので、水不足で苦しむこともない。


「副元帥、頼めるか」

「承知しました。ギュイス公とその配下の皆さまは、再編と封鎖されたブリノンの監視のため、この地に残っていただければよいと思います」

「なるほど。確かに。この度の遠征、ギュイス公は十分活躍……あー 活躍してくれた。コーヌでの軍の再編も終えれば、東と北から近衛と騎士団で十分包囲可能になるだろう。公爵、ここまでご苦労であった。再編に尽力し後方を固めてもらいたい」

「……畏まりました、殿下」


 遠回しに「戦力にならないから、お前留守番な。兵站くらいしっかり確保しろよポンコツ」と言われ、ギュイス公は渋面を作り頷く。ハリボテ部隊を王太子の側に展開し、掛け声だけ勇ましく吠え、「ヌーベ征伐で活躍した」と王都の社交界で吹聴し、自勢力の扶植に務めたかったのだろうが、そうは行くかとばかりに王太子に潰されたわけだ。


 渋い顔にもなる。王太子はそこまで甘くなかったというだけの事。


 ギュイス隊三千のうち、ギュイス家が直接常用しているのは千ほど。あとは、都度臨時雇いの帝国傭兵であり、裸マントはその臨時雇いの部隊を目掛けて突撃し突破した。装備も統一され訓練された常用兵と、頭数だけ揃えた適当な装備と訓練の臨時雇いでは違いは一目瞭然。例えば、近衛連隊であればそのような兵士の際は少ないが、領兵の場合、徴用された村や街単位で編成され、装備もそれぞれが用意したものを身につける。貧しい街や村であれば装備も古く、また簡素あるいは部分的な防具や武器であることも少なくない。練度だけでなく装備・士気も一段劣るのが領兵なのだ。臨時雇いの傭兵はそれに近い。


 ギュイス公は渋面の後、ほっとした顔を見せる。ワザとかあるいは本心が漏れたものか。レーヌ公家の分家筋ではあるものの、傭兵軍の指揮官としての優秀さから徴用され王国貴族に名を連ね、伯爵から公爵へとなった一家。本心では、王太子に付き合い遠征に参加したものの、そこで損失を増やすことなく義理を果たせたと感じているのかもしれない。





 彼女は一人ブリノンの正門へと近づいていく。騎乗するでもなく、軍使としての旗を持つでもなく。まるで、街壁の周りを散歩するかのように。ところが。


「先生!! 危なくありませんか!!」

「狙撃されたりするかもしれないわね」

「今なら飛んでくる矢も止まって見える」

 

 お供に付いてきた赤毛娘と赤目銀髪。飛んでいる蠅でも摘まめそうなことを言っている。


BANN!!


CHUINN!!


 城壁の真下は狙いにくい。そうそう当たるものでもないし、射角に相当する面には『魔力壁』を展開し、弾丸程度は弾いてしまう。無駄玉だと判断した銃兵はやがて彼女達への攻撃を中止する。


 砲撃で崩された城壁。高さ10mほどの壁が5m程の幅で崩れ落ち、なだらかな坂のように崩れた土石が積み上がっている。


「これを塞ぐのって結構大変そうです!!」


 魔力量が多くとも、精緻な操作が苦手な赤毛娘には確かにそうだろう。


「何やってる!!」


 頭上から誰何する大声。壁を防衛している傭兵団の中隊長あたりだろうか。傭兵にしてはしっかりとした防具を身につけている。


「壁の補修をしに来たのよ」

「はあぁ?」

「いいから、そこで見ていなさい」


 彼女は地面に向け手をかざし、詠唱を始める。今日は本営の陣地形成に魔力を相応に使っている。詠唱して魔力消費を抑えたいのだ。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の形に整え……『(barba)(cane)』」


 崩れた街壁の部分に下から土が盛り上がり粘土で繋いだように埋めてく。


「お、おい、見て見ろ!! 壁が塞がったぞ!!」


 壁の上で監視していた傭兵が、壁の下にいる仲間の傭兵に声をかけている。塞がった壁の向こう側からざわめきが聞こえる。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の形に固めよ……"『(adaman)(teus)

"


 魔力を込める量により維持される時間が変化する『堅牢』。彼女は一月程持てばよい程度に魔力を込めた。


 赤毛娘がその壁の強度を確かめるように鈍器で叩く。どがっと音がするものの微動だにせず、むしろ、となりの元の壁なら崩れそうなほどである。ちょっと削れているが。


「硬い」

「かっちかちです!!」

「さあ、次に行きましょう」


 彼女はそのまま、正面の城門へと移動する。小さな街であることから、出入りできる門は一箇所、ギュイエ隊が展開する場所のみ。


「さて、ここは少々魔力を多く使いそうね」


 先ほどの崩れた城壁の下は土の地面であった。また、崩れた土砂もあったので『土壁』の生成に生かす事が出来た。しかし、城門前は擦り減っているとはいえ石畳で舗装されている。土から形成するよりも石を崩して土にするほうが魔力はより多く消費する。


「この石畳、砕いちゃいましょう!!」


 そういうと、赤毛娘は魔銀のメイスに魔力を纏わせ、石畳に打ち付けていく。ドカンガシャンとばかりに石畳は破砕され、地面が剥き出しになる。


「できました!!」

「……ありがとう、助かったわ」


 赤毛娘、脳筋である。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の形に整え……『(barba)(cane)』」


 街へ入る門は金属で補強された板戸と、その奥に金属格子の落し戸があったのだが、板戸の外側を塗り込めるように『土壁』が形成されていく。


「お、おい、ちょ、ま」


 壁の上の監視兵が何やら喚いているが、聞くまでもない。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の形に固めよ……

"『(adaman)(teus)

"


 しっかりと魔力を込め、半年は緩まないように硬化させる。『土』の精霊魔術で緩めることができるだろうが、込めた魔力を相殺するように魔術を行使する必要がある。彼女の無駄魔力を相殺するほど魔力を込めるには幾日もあるいは幾人もの魔術師が魔術を施さねばならない。


 魔術師自体が少なく、まして傭兵団に土魔術師がいるとは思えない。強いて言えば……吸血鬼にその可能性はあるが、傭兵団を生かす為に何か行動するとは思えない。ヌーベの吸血貴族にとって、傭兵は駒に過ぎず防衛した後のことは特に考えていないだろう。


 むしろ、保存食か水筒のような存在。


「これで完成ね」

「帰ろう」

「お昼ご飯が待ってますからね!!」


 朝から戦闘が始まり、裸マント団との戦い。そして、ブリノンの封鎖が終わってもいまだ昼前。戦場で昼食はまず取らない。携行食を口にし、水で薄めたワインを飲む程度。故に、お昼ご飯はない!!


 ギュイス隊を除き、王太子本営と第二第三近衛連隊は移動が始まっている。天幕は収容され、馬車に資材が積まれていく。王太子は魔装馬車で休息中であろうか。軍が移動する際は、兵の士気を高めるために馬上で移動することになるのだが、休憩は馬車。天幕が無くても、護衛するのに適している。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 彼女達と領軍は一旦、昨夜の野営地まで移動する。王太子軍とは別行動する理由、それは、ブリノンに潜む吸血貴族討伐を行う為だ。


『俺達ニモ手伝ワセテモラエルカ』

「いいえ。正面から向かうわけではないし、全員で向かうわけでもないわ。それに、あなた方には領都攻略戦で相応の活躍の場が与えられるでしょう」

『ワカッタ。ココデ皆マツ』


 デルタ兵百人の長に推された「アナム」が代表して彼女に応える。街中に潜入し、魔力走査を行い吸血鬼を探し出し首を刎ねる。この手の役割りを担うのは決まっている。





「あー はいはいはい!! あたしも行きたいですぅ!!」


 魔力走査は苦手だが、撲殺力には自信がある赤毛娘が潜入を希望。今回は遊撃担当が四人いるので、正直、必要ないと言えばない。


 とはいえ、小さい城塞都市であるが巡回する傭兵を躱して吸血鬼の居場所を探し当てるのに四人では少々心もとないかもしれない。


「どういう組み合わせにしましょうか」

「そうね、悩ましいところだわ」


 赤毛娘と誰を組ませるか、そして、六人目を誰にするか。魔装銃兵のリリアル生は難しいし、蒼髪ペアも探索向きではない。


「私でしょうか」

「そうね。貴女しかいないわね」


 魔力量は乏しいが、遠征で探索慣れしている灰目藍髪が加わることになった。歩人でもいればいいのだが、今は土方……土魔術に専念しているのでここにはいない。


「先生、吸血鬼の討伐なのですが」


 茶目栗毛が話を切り出す。曰く、ノイン・テーターによる突撃も失敗したことで、王太子軍をこの場に引き付け公都への攻撃を遅延させる作戦に切り替えるのではないだろうかと。


「帝国傭兵も無駄死により籠城のち降伏となる時間稼ぎを選ぶということね」


 その意見に伯姪も同意する。


「吸血鬼はそこに残る必要はない」

「あー さっさと逃げだしちゃうかもですねー」

「あり得ます。夜陰に乗じて、一匹だけなら逃げ出せるでしょう」


 そう。暗くなれば、黒くて平べったい虫のように自在に出入りできるのが吸血鬼の特性。例え、隷属種や従属種のように変化の術が使えない下等吸血鬼であっても、優れた身体能力(リリアル冒険者並)を持っていることを考えると、城壁を越えて外に逃げ出すことも難しくない。むしろ、包囲されている間に逃げ出すだろう。この場に吸血鬼一体が残る意味がない。


「では、敢えて城壁の上に潜んで吸血鬼が離脱するところを抑えることにしましょう」

「探す手間が省けていいわね」


 彼女の提案に伯姪を始め全員が頷く。


「公都の吸血鬼の情報を引き出す為にも、殺さない方がいい」

「えー まあ、最近、新しい吸血鬼も掴まえていませんから、的の需要はありますね!!」

「「「……」」」

 

 違う、そうじゃない。最後はそうなるかもしれないが、最初から的集めが目的ではないぞ!!


 



 すっかり暗くなり、月も中天に差し掛かる時間。城壁の上で監視する兵士たちも封鎖しているギュイス隊に動きがないことを確認すると、やや弛緩した雰囲気となり、見回りも緩慢になった。攻めてくるとすれば薄暮の時間帯。真っ暗の中、同士討ちの危険を顧みず包囲間もない時期に夜間強襲を一個連隊程度で行うはずがないと考えている事もある。


 暫くは包囲して様子見と……傭兵隊長らは判断しているのだろう。


 やがて、街の中心にある領主館の二階の窓が開く。吸血鬼は夜目も効くので明かりは必要ないようだ。出てきたのはやや古めかしい貴族の衣装を身に纏っている小太りの男。


「でてきた」


 彼女は赤目銀髪とペアを組み、城壁の凹みから城壁の中を監視していた。伯姪と茶目栗毛、灰目藍髪と赤毛娘がそれぞれ組になり、城壁のどこかで同じ様子を監視している事だろう。


「やはり、魔力走査には引っ掛かるわね」

「所詮魔物、魔力を隠す気がない」


 城内で最も魔力の大きな存在を彼女は監視していたのだが、リリアル生のように『気配隠蔽』あるいは『魔力隠蔽』の能力を有していれば密かに逃げられるかもしれないと危惧していたのだが、魔力量の多さを誇る元貴族の吸血鬼からすれば、敢えて隠す理由がないのであろう。


 彼女は窓から飛び出し、城壁へと内壁を走る吸血鬼に向け、赤目銀髪とともに走り出したのである。





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吸血鬼になっても痩せないのだな というか活動停止まで小太りのままか、もしかして
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