第883話 彼女は裸マントと対峙する
第883話 彼女は裸マントと対峙する
ギュイス隊に突入した裸マントの決死隊。その数は凡そ三百名ほど。
「古の勇者みたいね」
「裸マントの勇者きたぁ!!」
「「「きもっ!!」」」
赤毛娘のテンションは上がっているものの、薬師銃兵組の女子には大変不評。裸マントはだめだよね。
伯姪が「古の勇者」と評したのは、その昔、パルティア帝国という今のサラセン帝国に匹敵する大帝国の遠征軍を僅か三百名で迎え撃った『剣獣王』率いる一団のことを意味する。
「確か、全滅したのよね」
「裏切者が狭隘路の背後に回る抜け道を帝国側に伝えた結果と伝わるけれど、時間を掛け消耗させられれば大軍には勝てないわ」
戦いは数だよ兄貴ィという寡言がある。少数で大軍に勝つことは異常なのだ。『剣獣王』の目的も勝つことではなく、時間を稼いで友軍の動員を完了させることと、意地もあっただろう。地の利を得て戦えば、勝てずとも苦しめることはできる。繰り返せば、大軍は物心ともに消耗し、やがて軍は崩壊する。最初に降伏する気持ちを圧し折ることが大切であった。
だが、あの狂戦士たちは異なる。ノイン・テーターに操られ血に狂い、衝動的な戦い方をする。抑え込み、削っていけば良い。
「あ」
「もう抜かれたぁ!!」
「来る、来る、きちゃうよぉ!!」
戦列こそ維持されていないものの、乱れたギュイス隊の隙間から、裸マントの一団がこちらに向かって走ってくる。馬の襲歩よりは遅いがあっという間に接近してくる。
「裸マントチャージ!!」
赤毛娘の興奮はさらに高まる。
彼女は柵を乗り越え、デルタ兵の戦列へに向かう。裸マント兵は既に目の前だ。
「槍で押さえて、抑えたら押し返す!!」
『『『WOW!! WOW!! WOW!!』』』
百名の槍兵。本来であれば、横三十、縦十ほどで形成し、前五列は槍を前に出し、後五列は上に掲げ、前列が崩されたら後方から増援として戦列に参加することになる。が、デルタの戦列は三列のみ。全員が槍を斜め上に掲げ突入に備え水平へと構え直している。
「参加する」
「いやー 殴るが勝ちですよ」
赤目銀髪、赤毛娘、その背後には蒼髪ペア。蒼髪ペアは長柄ではなく片手曲剣を構えている。
「足止めしたら斬ればいいですよね」
「できるだけ首刎ねねぇとな」
ノイン・テーターに操られた裸マント剣兵は不死ではない。痛みに鈍く、魔力による身体強化に似た力を発するものの、生きている人間だ。吸血鬼や喰死鬼と比べれば余程殺しやすい。
DONN!!
槍を構えたデルタ兵の何人かがぶつかった拍子に後ろへと倒れ込む。槍は刺さったままだが、強引に前に出てくる裸マント。血は噴き出ているものの、興奮しているからか口から何やら吐き出しつつ、剣を振り回し暴れ回る。
『飛燕』
その首がポロリと落ちる。
「槍を放して後退!!」
『ワ、ワガッタ!!』
体当たりで槍を破損させ槍による防御陣を削るつもりだろう。薄い防御陣であるから、正面だけでなく、左右を走り抜けられる。
POW!!
POW!!
走ってきた勢いのまま転び倒れる裸マント。馬防柵を射撃台にして、魔装銃兵が狙い撃ちし始めた。正面はデルタ槍兵、左右を抜けてくるものは魔装銃兵が撃ち倒す。
駆け上がってくる生き残りの裸マントは……
「確かにキモイわ」
「鍛えているわけではなさそうな体ですから」
残った伯姪と茶目栗毛・灰目藍髪が斬り倒していく。実質、四段の防御陣。リリアル冒険者組、デルタ槍兵、魔装銃兵、伯姪たち。
「近衛中隊!! 正面の左右を押さえて、突破されぬように反撃せよ!!」
王太子殿下から左右の近衛中隊にデルタ槍兵の正面に集まる狂戦士を左右から挟撃するように指示が出る。
暴れ回る裸マントだが、兵士の持つべき複数での連携がとれていない。一人が抑え、もう一人が致命傷を与えていく。胸鎧・兜・手甲を装備した近衛の戦列に暴れ込んでも、有効な攻撃を与えられず、自身はマントで隠せない上半身、首や心臓、あるいは腹を狙われ血を噴き出して倒されていく。
帝国遠征で見た、ノイン・テーター率いる狂戦士の突撃に潰走状態に陥ったオラン公軍を見ている彼女からすると、この突撃は大いに期待外れなものでしかない。
「なんでかしらね」
『飛燕』を飛ばし時に、魔装拳銃で狂戦士裸マントを打ち倒す彼女のボヤキに、赤目銀髪が答える。
「ギュイス公の部隊は潰走した」
「……そういえばそうね……」
突進力・突破力と言う事を考えると、何段もの戦列を突破し続けることは難しい。縦深のある陣形の場合、突破力は減衰してしまうということだろう。
「それと」
「何かしら」
赤目銀髪は魔装弓をつがえつつ彼女に付け加えた。
「マントではなく鎧が必要」
「それはそうね。裸は駄目よね」
彼女は『飛燕』に胸を切裂かれ頭を削られ倒れる狂戦士を見つつそう思う。
兜と胸鎧は大事。
近衛の中隊に挟撃され、前に出るだけで暴れる狂戦士たちは、槍で抑えられ銃撃で倒され、視野が狭くなったところを複数から攻撃され、獣のように狩られる裸マントたち。
物の十分ほどでギュイス隊を突破してきた狂戦士は打倒される。
「あらかた片付いた」
「いえ、ノイン・テーターがいるはず。死んだふりでもしているのでしょう」
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倒れた裸マント剣兵の首をリリアル冒険者組は二人一組で斬り落としていく。
「次はこいつだ」
「斬るわよ」
一人は首を刎ね、一人はその首に口を開けさせ、銅貨を舌の上に乗せる。上手く乗らないときは、口元を歯ごと叩き割り、銅貨を口に突っ込む。丁寧さよりも早さが大事。
「これ」
「いっくよぉ!!」
バギャッとばかりに裸マント兵の口をメイスのフィンで叩きわる赤毛娘。割れた歯の隙間から銅貨を強引に押し込む赤目銀髪。そして首を刎ねる。雑。仕事が早いけど雑。
「なかなか当たりが出ない」
「あたりっちゃ当たりかもだけど、なんか違う気がする!!」
ノイン・テーターは当たりではない。むしろ、襲われる可能性を考えると外れだろう。
「これにしましょう」
「斬ります」
灰目藍髪が首を落とし、彼女はその昔作った銅貨が棒の先についたノイン・テーター討伐用銅貨を口に入れようと待ち構える。
すると、その目がカっと見開かれた。
『我は不死身也!!』
「知っているわ。はい、大人しく口を開けなさい。あーん」
『あ、開けるわけなかろうが!!』
首ちょんぱされたノイン・テーターは口をぐっと食いしばる。絶対銅貨を咥えないぞと意思表示する。
「もう諦めなさい。どうせ一度死んでいるのだから、これでおしまいにしておけば面倒がないのではないかしら」
『嫌だ。俺はまだ戦う。そして沢山殺す』
彼女はふと考えノイン・テーターの頭をボトリと地面に落とし頭を踏みつける。
『き、貴様!! 足をどけろ!!』
首から上しかない不死者が喚いても何も怖くない。
「よく見てちょうだい。その胴体に、獣油玉をぶつけてちょうだい」
「承知しました」
灰目藍髪は彼女の指示通り、最近ちょっと減った油玉を取り出しノイン・テーターの胴体へとぶちまける。
『お、おい、ちょっとまて』
「おい、甥も姪もいないわよ。そろそろできたら嬉しいのだけれど」
そう聞き流しながら、彼女は胴体に向け『小火球』を放つ。ボボッと炎があがり、肉と皮、脂の焦げる臭いがたちこめていく。
「ほら、良く燃えているでしょう。首を斬り落としても死なないからと言って、胴体が燃えないわけではないようね」
『ああああああああ!!!!! 俺の、胴体がああああああ!!』
彼女は「ふふ、良く燃えるわね。乾燥していたのかしら」等と言いつつ、首を持って王太子の本営へと足を向けたのである。
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王太子の本営に彼女が現れると、王太子はその手に持つ何かを見て不思議そうに尋ねた。
「副元帥、その手に持っている包みは何だろうか」
「ノイン・テーターの首です」
「「「!!!」」」
護衛の近衛や側近が立ちはだかるように彼女と王太子の間に立つ。それを窘める王太子。
「よい」
「ですが殿下」
「副元帥が持ち込んでいるものが危険であったとして、諸君らに止めることはできないだろう? 彼女自身も子爵家もずっと王家に尽くしてくれた忠臣である。形だけであったとしても、とって良い姿勢ではない」
王太子の言い分は正しい。王都を護る子爵家の娘であり、これまで何年も王国のために尽くしてきた。今回も、コーヌで竜討伐をし、王太子の元に精兵を引き連れ助勢に駆け付けた。そして、本営を狙う狂戦士を食い止め、その首魁の首を文字通り取ってきた。
「失礼した副元帥」
「お役目の上、当然のことです」
彼女は袋からノイン・テーターの首を出す。王太子の従者が『台』を持ち、王太子と彼女の間に置いた。
「これ、喋るんです」
「ああ、ノイン・テーターは首を刎ねても死なぬのだな」
『ひでぇんだよぉ……お、俺の胴体が……燃やされて……』
王太子に泣き言を言い始めるノイン・テーター。しかしながら、王太子は「傭兵として焼き討ちくらいしているであろう? 自業自得だ」と斬って捨てた。
「長話するのも意味がない。率直に聞こう」
『い、いや、俺、首だけでも結構役に立つぜ……いえ、断つと思います殿下』
彼女は「塀の中に投げ込めば役に立ちそう。火薬樽に詰めて火を付けましょう」等と不穏なことをこぼす。
「では、ヌーベに入った傭兵は何人くらいだ。規模でも構わん」
王太子は諜報の結果得た戦力情報を内部の人間から確認したいのだ。内通者も作れないような閉鎖された領地であるから、外部から観察した推測だけでは正確には把握できないからだ。
『あー その前に、俺の命の保証は……』
「貴公、既に死んでいるのであろう? 保証は出来まい」
『……そうでした……いや、ほら、首だけでも長生きしたい的な?』
どうやら未だ滅せられたくないらしい。
「そうだな。私の側で話し相手にでもなるか」
『俺、帝国ジョークとか得意だし、ネデルや帝国、ミランの傭兵とかにもそこそこ知り合いいるから、詳しいぞ……です殿下』
どこかの歩人のように、強引な丁寧語? 敬語に修正する首だけ不死者。
王太子と彼女は「ナール」という中隊長であった首だけノイン・テーターにブリノン城塞に立て籠もる戦力と、指揮官に付いて問い質す。指揮官はヌーベ公配下の吸血鬼の一体。元々、ブリンを統治していた貴族であったという。住民は事前に公都に移動しており、残っているのは傭兵団とそれが雇っている非戦闘員だけだという。
『元々、狭い城壁の中にある小さな街なんで、小教区教会と領主館に、鍛冶屋と小さな商店が幾つかって感じの湿気た街なんでさぁ……です』
「傭兵はどの程度いる」
『俺の配下以外で戦闘員が二百、全部で三百ほどだと思う……ます』
ノイン・テーターは「ナール」だけであり、残りは普通の帝国傭兵であるという。長槍・矛槍・マスケット銃を装備、比率は六・二・二ほどであるという。練度は低く、ネデルでの雇止めにあって、ヌーベに流れてきた者が大半と話を続ける。
「殿下!! 今こそ攻撃の時ですぞ!!」
その時、今までどこに行っていたのか姿を見かけなかったギュイス公とその取巻き……側近たちが断りもなく王太子の本営に入ってきたのである。
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