第882話 彼女は王太子を護ると約束する
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第882話 彼女は王太子を護ると約束する
王太子からの依頼は、明日の本営の守備をリリアル領軍に任せたいということであった。
「ギュイス軍が城を攻めるのですよね」
「そこは変わらない。いままで公子と共にギュイスの私兵が本営を護っていたのだよ。近衛の第二第三連隊は練度不足ということと、ギュイスの影響を受けている指揮官が少なくない。信用できないんだ」
ギュイス家は王家と婚姻関係を結び娘を王・王太子の配偶者に送り込み外戚として影響力を高めようという野心がある。現国王、王太子ともにギュイスの娘を王妃・王太子妃にすることはなかった。王太子妃にはギュイスの本家筋に当たるレーヌ公女ルネが婚約状態となり、思惑は大いに外れた。
どうやら、王弟殿下に嫁ぐ伯爵令嬢をギュイス公家の養子として送り込もうと進めているようだ。女王陛下はどうなるのだろう。
「私に万が一があれば、叔父上が王太子になる。ギュイスがそれを狙わないとは限らない」
王太子が考えているのは、城攻めの先鋒を承ったギュイス軍が潰走、本営にノイン・テーター率いる狂戦士団が強襲してくる。その場合、少数の近衛騎士の護衛では到底守り切れないということだ。
「ギュイスがそうそう醜態をさらすかしら」
伯姪の疑問に、王太子が答える。
「ギュイスは元々傭兵家業から成上った一族だ。私兵も帝国や法国、あるいはネデル出身の傭兵経験者を雇っている。俄かに編成された近衛連隊より、逃げ足だけなら確実に上だ」
戦列をわざと乱し、後方に圧力を逃すような戦い方は得意と言うことなのだろう。騎兵突撃を方陣で受け止めるほかにも、戦列の間隔を広くとり、間を通過させるという回避の仕方もある。真っすぐ勢いよく走ってきた騎馬は、急停止や急旋回をすることは難しい。通常は戦場を抜け、後方の戦場の外で再編成し、迂回して再び突撃といった方法をとる。狂戦士の場合、後方に王太子の本営があると考えれば、そちらに殺到することは十分あり得る。王太子が殺されれば、遠征は恐らく中止となるだろう。
「裏切るかもって事ですか?」
物怖じせず、赤毛娘が王太子に問う。
「抵抗したのだが力足らず、心ならずも敵の突破を許してしまった……とでも言えばいい。そもそも、戦場に出ていた王太子が死ぬのは自己責任。守れなかった近衛や近衛連隊の問題だとでも言うのだろう。まあ、そんなことは言わせないがね」
その為にもリリアルに本営の守備を委ねたいという事なのだ。
「承知しました」
「守り切ってくれるなら、褒美は望むままだ」
彼女は今回手柄を上げられるなら、デルタの民をリリアルの領民として王国に認めさせることを褒賞に願うつもりであった。王太子の命をリリアル領兵が守り切れば、褒美をもらうのは当然。彼女が願うまでもない。
王太子はおそらく、デルタの民を領兵として引き連れて彼女が参陣したことをすでに把握しているだろう。言葉にしなくても、願う褒賞は伝わっていると考えて良い。
「美味いスープだった」
「開拓村が完成したなら、開村祭を行いますので、殿下をご招待させていただきます」
「そうか。ルネも喜ぶだろう。あと……王妃殿下も」
「……」
大型魔導船に乗りたい王妃殿下。旧都から川を遡ってヌーベ迄魔導船で行きたいなどと言いかねない。国王夫妻の行幸にリリアルが随行するということになるだろうか。
喫水の深い30m級魔導キャラベル船『聖ブレリア』号では無理だろうが、 18m級魔導ホイス船『聖フローチェ』号なら幅広浅喫水ということもあり、ヌーベ迄船で移動することも可能だろう。あまり小さい船では従者や使用人、あるいは身の回りの品など運び込めないので、最低でもこの大きさの貨客船となる。
王太子殿下が去り、夕食の片づけを終えると、さっさと野営の準備に入る。デルタ兵百人分の毛布は……避難民に配布する分を分けてもらってある。毛布と言うよりは、冒険者の厚手のマントのようなものである。これなら地面に直接寝るわけではないので大丈夫。
デルタ兵の中から交代で歩哨を立てさせ、『猫』と『水魔馬』も周辺の警戒に入っている。吸血鬼の襲撃がないわけではないが、王太子の本営や各部隊の司令部など以外は少数で襲撃するメリットもないので問題ないだろう。
当然、『リリ』は彼女の髪の中で爆睡中である。
「早く寝ましょう」
「明日は大変そうね」
彼女と伯姪が狼皮テントを広げ中に入る。リリアル生は魔装荷馬車で網寝具で蓑虫状態となるはずだ。
「今日も大変だった」
「そうね。あなた達は竜討伐……したんだったわね」
「毒の息を吐く面倒なにょろにょろでしたよ!!」
何も考えずにメイスを振り回していた赤毛娘だけは、さわやかな笑顔で答えるが、彼女と赤目銀髪は疲れ気味。灰目藍髪は離れた位置で薬師組の少女と話をしているが、背中が煤けている。騎士らしさを常に意識して姿勢よくするのが日頃から気を付けているのだが、今日はその辺、既に気が回らないほど疲れているらしい。
薬師組女子は明日は本格的な戦闘となると考えているのか緊張して口数が少ない。冒険者組はややハイテンションなのと対照的だ。
「私、この戦争が終わったら」
「だめ!!」
「そういうのはやめたほうがいいよ!!」
たらればの話は不吉だってばっちゃが言ってた!!
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翌朝、前日同様、豚汁とパンの朝食、加えて体を温めるためにワインを一杯づつ振舞う。
「寝酒に欲しかった」
「寝過ぎちゃうかもしれませんから、朝で良かったです!!」
赤毛娘はワインで酔おうが酔わまいが同じテンション。ワインを久しぶりに口にしたデルタ兵は更に士気が上がっている。
朝食の片づけを終え、野営地を片付け整列させる。
リリアル騎士団十六名、デルタ領兵百名。全員が武装し、デルタ兵は顔を覆う布で口元を隠してる。
「今日はリリアル領軍の初陣となります」
今までは冒険者あるいは学院生・騎士団として戦場に立った経験はあるものの、『リリアル領軍』としては初陣であることは間違いない。傭兵経験のあるデルタの民も同様。
「我々は王太子殿下の本営の守護を命ぜられました。本営の前に立ち、向かってくる敵兵を決して通さぬという大切な仕事です。この役目を果たすことで我々は王国の一員として必要欠かざる存在であると王家と王国に示す事が出来るでしょう。皆さんとその家族が、王国での生活をより良いものにする為にも、力を示さねばなりません」
『『『WOW!! WOW!! WOW!!』』』
デルタ兵は彼女の言葉に気勢を上げる。「ひっ」とばかりに身を縮こませる薬師組と対照的に。次期国王の馬前で力を示すことは、いにしえから戦士として認められる重要なこと。優れた力を示し認められたものの子孫が『貴族』なのであるから。
「ギュイス隊って微妙ね」
「王太子殿下が前に出している理由がそれですもの」
ギュイス『連隊』は五百人の中隊が六個で編成されている。どうやらネデルの神国軍をモデルにしているようであるが、銃兵の数がかなり少ない。本来、半々程度である槍兵と銃兵のバランスが槍七・銃三といったバランスで、左右と後背の銃兵が申し訳程度でしかない。
「銃兵は装備にお金がかかるから、数合わせの槍兵を多くしてるんでしょうね」
「あーだとしたら、予備の弾薬もけちってるかもですね!!」
赤毛娘のひと言に、彼女と伯姪も頷く。川を背にするブリノンの街。川を渡って公都へ続く街道を塞ぐように正面に布陣したギュイス隊。その背後に街道脇の平地に王太子の本営を配置している。近衛連隊の二個中隊が左右を固め、正面は『リリアル隊』と言う名のデルタ兵が配置されている。近衛は嫌がったが、王太子の下命で配置された。それぞれの中隊が第二・第三から派遣された部隊であり、どちらが配置されても相手から文句を言われるというのが表向きの理由。
王太子の腹案としては、ギュイス家に瑕疵を付けて黙らせたいというものがある。恐らく、狂戦士の中隊がギュイス隊を襲った場合、突破されその背後の王太子本営を狙う突撃に変わると想定される。
その正面をリリアル勢に任せ、狂戦士を削り切った後、ブリノンの街を開城させるという予定なのだ。
「立て籠られたらどうするのよ」
「門を『土壁』で覆って開かないようにして、その外側に『土牢』で掘割を入れて渡れないようにすればいいと思うの」
その場合、王太子軍主力は公都ヌーベへ進軍し、包囲はギュイス隊に委ねることになるだろう。とにかく、手柄になるような余地を与えたくないということだ。
「ギュイス公って嫌われてるんだー」
「余所んちの王様の大叔父とかでえばってるからだよ」
北王国の前女王の母親はギュイス家出身。その息子である赤子王も血縁者ではある。教皇庁との関係も深く、神国・ネデル領との交流もある。つまり、獅子身中の虫。外国勢力を後ろ盾に持つ有力貴族が王国内で大きな顔をする事に王家が良い顔をするわけがない。王女殿下がレンヌ公子と婚約した理由もその辺りにある。
王家と対立する勢力の核となるギュイス家の力を削ごうとするのは、極めて当たり前の判断。
「さて、こちらは突破される前提で少々工夫しましょうか」
彼女は王太子本営の設置される原っぱを『土』魔術を用いて野戦築城することにしたのである。
その昔、百年戦争で王国の重装騎兵の突撃を破砕したのは野戦築城された連合王国の防御拠点。拠点が完成される前に破砕すればさほど問題ではないが、一度完成してしまうと、騎士の突撃では突破できなくなる。長弓と下馬騎士が担った重装歩兵の役割りを、魔装銃兵とデルタ兵が担う事になるだけのこと。
『土壁』で100m四方を2mほど嵩上げする。その分、斜面の前が掘り下げられ、2mを更に2mほど掘り下げられた傾斜が10mほど前方へと続く。勢いをつけて駆け下ってくるとそこから急傾斜となる4mの壁。斜面は敢えて『硬化』させずその上に、防御柵替わりの『土槍』をコノ字型に配置していく。
「朝から精が出るな」
彼女が一通りの防御陣地の完成をみると、背後から声を掛けられる。数人の近衛騎士を引き連れた王太子殿下。
「ここは城門から街道までよく見てとれるな」
「はい。相手もここに殿下がいることを良く理解できるでしょう」
「はは、自分で言い出したこととはいえ、狂戦士が自分めがけて突き進んで来ると思うと少々怖ろしいな」
言葉と裏腹に王太子は口元を綻ばせている。どうやら、内心楽しみであるようだ。
「これで防げるとお思いですか副元帥閣下」
王太子の護衛筆頭らしき年配の近衛騎士が彼女に問う。法衣伯爵のであったと思うが、副元帥の彼女に質問する立場にあるかと問えば、王太子の護衛としての義務だと考えてギリギリセーフ。
「もっと簡素な防御陣地で私たちは魔物と戦ってきました。リリアル槍兵百名とリリアル騎士がこれだけいるのですから、当然百や二百の狂戦士程度、どうとでも対応できるでしょう」
そこに付け加えるならばと断わり、彼女はつづけた。
「もし守り切れないと思うのであれば、魔馬車で殿下をお守りください。殿下の魔力量であれば、立て籠もって数日は守り切れるでしょう」
寝台魔装馬車(王太子用)があるのであれば、魔力の続く限り、王太子の体は安全であると言えるだろう。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ギュイス隊の軽量砲が城門の前に据え付けられ、歩兵と銃兵を周りに配置した状態で射撃が始まる。何度かの射撃が加えられ、城門とその周辺に金属の砲弾が命中し、壁が崩れこのままでは長く籠城できる状態では無くなりそうに思える。
新しい城塞の場合、攻城砲の射撃を受けにくいように城門の周りには土塁が配置され、屈曲した入口周りとなっている場合が多い。街道は『己』のような形で屈曲し、土塁の間を通って城門へと至るわけだ。百年戦争以前の城塞であるブリノンの壁は、厚みも無く土塀を石で囲んだ昔ながらの城壁であり、火矢には強いが投石機や野砲の砲撃に耐えられる強度はない。
城門や城壁の一部が砲撃で破砕されるたびに歓声の上がるギュイス隊の戦列。このまま、城門が破壊されれば一気に中に入り込み略奪でもできるのではないかと気分が高揚しているのでろう。
近衛連隊や騎士団は略奪を厳禁としているが、帝国傭兵基準のギュイス隊はその統制の外にある。ギュイス公家の方針が「略奪も報酬の一部」として契約しているのであれば、認めざるを得ない。
とはいえ、元々住民のどの程度が「人間」かわからないヌーベ各都市において、略奪できるものがあるのかどうかは未知数である。
DOONN!!
ひときわ大きな破砕音。城壁の一部が崩れ落ち、ギュイス隊の喚声が一際大きくなった。土煙が煙幕のようにギュイス隊と壁の間を覆う。喚声がやがて悲鳴へと変わる。
王太子は立ち上がり『土槍』の馬防柵の辺りまで出てくる。
「何事だろう」
「打って出たのではないでしょうか」
「おそらくは。決死隊です」
ノイン・テーターに魅了され『狂戦士』となった決死隊。その突撃を喰らったギュイス隊前衛の断末魔の叫び。
土煙の中から現れたのは緋色のマントを羽織った上半身裸の剣士たち。盾を構え、長槍兵の戦列へと突撃している姿が見て取れた。
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