第881話 彼女は領軍を率い参戦する
第881話 彼女は領軍を率い参戦する
王太子軍の後衛。ワスティンの森の方角から現れた一団にざわめきが生じる。そこに、先行する一騎の騎士が近寄ってくるのに指揮官は気が付いた。
「止まれ!! 何処の所属か!!名乗られたし!!」
青黒いスラリとした馬格を有する馬に乗るのは、リリアルの紋章を身に纏う女騎士。
「王太子殿下の命により、コーヌ攻略を終えたリリアル副伯閣下が領軍を率いてブリノンの助勢に向かっている。道を開けられよ!!」
指揮官は了承すると、自軍の配下に指示を出し、街道の左右に兵士たちが避けていく。
「感謝する!!」
馬首を返し、戻っていく騎士。しばらくすると、街道を早足で三人の少女に率いられた屈強な百人の兵士が通過していく。鎧は使い込まれており長柄を掲げ些かも列を乱すことなく足早に通過していく。恐らくは、身体強化をしたまま全員が行進しているのだろうと推測される。
あっという間に兵士は通過していき、路面の荒れた街道の彼方へと消えていった。
「暗くなる前にブリノンに到着できそうね」
『いや、野営場所は離れていた方がいいんじゃねぇの』
デルタ兵と共に王太子の本営に向かうのはさすがに少々不味いかもしれない。『魔剣』が指摘するように、ブリノン手前で足を止め、彼女だけで王太子の元に向かう方が良いだろう。
「リリ、王太子の所にいるみんなの場所を確認してきてちょうだい。もうすぐ到着するって伝えてほしいの」
『わかったー……』
もう陽も傾いてきており、リリは眠そうになっている。蕾が開く時間に目が覚め、閉じる時間に眠るのが妖精なのだそうだ。自己申告に依れば。
しばらくすると、前方から伯姪がリリと共に彼女の元にやってきた。
「コーヌは攻略できたみたいね」
「ええ。また竜が出たわ」
「また」
「毒蛇王でした!!」
赤目銀髪と赤毛娘が尻馬に乗って話しかけた。都合三体目の竜殺し。今回は魔装銃兵も支援しているので、彼彼女らも『竜殺し』になるのだろうか。灰目藍髪はその資格が確実にあると思われる。
「それで、ノイン・テーターが出ているんですって?」
「そうなのよ。梯子を掛けたり大砲で城門を破壊したくらいじゃ、どうもなりそうにないわね」
「大砲の弾を跳ね返す」
「すっごい!!」
ノイン・テーターは複数存在していると思われ、少なくとも四方に各一名、指揮官はノイン・テーターか吸血鬼ではないかと推測されている。ノイン・テーターは『踊る草』に半死人が変化させられたものであろうが、吸血鬼はどの程度の能力なのかは未知数。貴種であれば複数の吸血鬼を側近として侍らせていると思われるが、一周500mほどの小城塞に貴種の吸血鬼がいるとは思えない。
「さて、王太子殿下の所へ行きましょうか。それと……」
「領兵はこの先の林間で野営します」
「そう。『土壁』で簡単な遮蔽をしましょう。その方がいいわよね」
「はい」
灰目藍髪と赤毛娘はデルタ兵と共に野営地に残る。前者は王太子軍の他の部隊との折衝のため、後者は話し合いに付いていくのは面倒だからという消極的な理由。
彼女は簡単に『土壁』で野営地を形成し、デルタ兵は大いに驚いたようだ。
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ブリノンの城塞と川を挟んだ対岸に王太子軍の本営は設置されていた。打って出られたとしても、近衛歩兵の陣地を幾つか突破しなければ王太子の本営には届かない。また、流れる水の上を吸血鬼は渡れないはずという理由で、川を挟んでいる。
「リリアル副伯閣下、ご到着です」
「そうか。奥へ案内してくれ」
簡易な柵がめぐらされ土塁に囲まれた場所に、一際大きな天幕が設置されており、そこが王太子の本営であった。
「御前失礼いたします」
「待っていたよ副元帥。コーヌは予定通り攻略できたようだね。こっちは少々手古摺っている。面目ないな」
などと、口では言っているもののその実、「魔物はリリアルにおまかせ」とばかりに、無理に攻め寄せようとは考えていないようだ。
「包囲してそのまま様子見でしょうか」
「そうだね。幸い、不死者なのはノイン・テーターだけであるし、狂戦士化したとしても腹は減るし水も飲む。排泄もする。戦う直前までは、全体が狂戦士化することもないだろう」
どうやら、先行させた軽騎兵百人ほどが一斉に刈り取られたようだ。ノイン・テーターとそれが率いる十人ほどの帝国傭兵が場外に出てきて無双。馬も人も斬り殺し、あるいは殴り殺し最後はノイン・テーター以外の狂戦士化した傭兵は後続の王太子軍前衛に囲まれ殺されたとのこと。
「損害は今のところ軽微だが、そのまま放置して後背を突かれるのも困る。かといって、包囲する部隊を残して公都に進むと戦力的にはかなり厳しくなる」
「ブルグント領軍に包囲を引き継いでもらうわけにはいかないのでしょうか」
「領境の警備以上の動員には今からでは時間がかかる。兵は農民の徴用となるから、仮にノイン・テーターが狂戦士化させて出撃した場合甚大な人的損害が出る。ブルグント公にその配慮を押付けるのは宜しくない」
領軍の兵士の損失はそのまま生産力の低下に結びつきかねない。また、野戦・野営に関する能力も低い。自分たちの領都や街を護る為ならそれなりに役に立つが、遠征には凡そ向いていない。傭兵が軍の主力となる理由はその辺りにある。
「城門を破壊し、内部に侵入して……リリアルになんとかしてもらえないだろうか」
王太子の図々しい依頼。
「ふむぅ。副元帥閣下は竜殺しでもある。魔物討伐は専門家ではないのかな」
王太子の言葉に重ねるように話をし出したのは、ギュイス公子エンリ。王太子の側近然といつのまにか本営で幅を利かせている。
「ふふ、面白いことをおっしゃいますのね公子。それならば、冒険者ギルド経由で指名依頼をしていただけますでしょうか。そもそも、私はコーヌ攻略を済ませてこちらに助勢に来たのですよ。リリアルが出張っては王太子殿下率いる近衛とギュイス公子の武威を汚すことになりかねませんもの。リリアルは殿下の身の安全を確保する以上のことを積極的にするつもりはありません」
本来は、お前と王太子が軍を率いて攻略すべき対象であって、彼女は既にコーヌ攻略を達成しあくまで手伝いに来ただけだと明言する。当然であろう。お前は何しにヌーベにといったところだろう。
「殿下、勇猛で名だたるギュイス家の私兵に先手を命じられてはどうでしょう。経験豊富な傭兵達を多く抱えていると伺っております」
「ふむ、そうだな。ギュイス家の名を貶めるようなことはできまいな。どうだろう、公子エンリ。明日の朝、一当たりしてもらえないだろうか」
「……しょ、承知しました。王太子殿下の御下命とあらば」
横目で彼女を忌々しげに睨みつつ、公子エンリは王太子に一礼する。
「そう言えば、コーヌには竜が出たと聞く。どのようなものであったのか」
王太子は明日の事はまた明日考えるわ……とばかりに話題を変え、彼女を夕食に招こうとする。コーヌ攻略の詳報を聞こうと場を改めるのである。
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「上手く押付けたわね」
「それは誤解よ。ギュイス家が王太子軍に参加しているのですもの、私たちが出しゃばるのは本筋ではないでしょう」
「本当は?」
「寄餌になってくれると助かるのだけれど」
「「やっぱり!!」」
伯姪と赤目銀髪は本営からの帰り、彼女とそんな会話をしている。
「先生、お待ちしておりました」
「リリアルの野営地はもう少し離れた場所に設けたの。領軍も連れてきているので、そちらに向かいましょう」
「「「領軍?!」」」
いつのまにやらリリアル領軍が編成されたのかと、伯姪たちと同道していた
リリアル生から驚きと懐疑の声が上がる。疑ったらいかんよ。
王太子殿下の本営に同行していた冒険者組、及び馬車移動していた銃兵たちを引き連れ、彼女が『土壁』で囲い仮設した野営地へと向かう。
「うぉ!! 本当に領軍がいるじゃねぇか!!」
「イマジナリー領軍ではない」
「で、でも、どこから来たんですか?」
魔装銃兵の薬師組メンバーが挙動不審に領兵たちを土壁の手前で立ち止まって観察している。
「デルタの民の義勇兵ね」
「ヌーベどつき隊の有志一同」
「「「へ?」」」
デルタの民と初顔合わせとなる多くのリリアル生は『魔物?』とか『醜鬼!!』といった言ってはいけないことを口にしている。事前に説明しておけばよかったと彼女は反省する。
「えーと、先住民の人を魔物呼ばわりしていたということ?」
「よくある話なんだろうね。悪魔とかもそんなんじゃないの」
「悪魔がいないとか……天使もいないことにならない?」
「精霊と聖霊って何がどう違うんだろうね」
「……とりあえず、お腹減ったね」
「「「減ったね」」」
急な出兵でデルタの民も自身で持ち運ぶ食料など確保できていなかったこともあり、彼女を中心に食料と水を配給しなければならないのは当然だろう。その分は、領都ブレリアを魔装馬車で通過する際、あらかじめ魔法袋に入れ確保してある。いざとなれば、学院に伝令を走らせ百二三十人分の食料を魔法袋に入れ持ち込んでもいい。意外と家近な遠征先。
「おっかえりーみんな!!」
赤毛娘がぴょんぴょん跳ねながら王太子組のリリアル生を野営地に迎え入れる。
「皆さんお戻りでしょうか」
「そうそう、夕食の準備はー」
「これからです」
「うん、知ってた。ちゃっちゃとやりましょう!!」
伯姪が音頭を取り一期生が魔法袋から取り出した鍋や薪を土魔術でつくった炉にかけて湯を沸かしていく。水は当然魔法水。だって、疲れたんだもの。
「猪の肉。良い脂が出る」
「薬味には……」
香草代わりにポーション素材を刻んで香りづけするようだ。塩と薬草と猪の肉に野営地周辺で採取してあった茸。赤毛娘が待機中にデルタ兵に命じて周辺で集めさせたものが多い。
『肉ハ久ブリダァ』
『今日ハ祭リカ』
祭りと言うよりは前夜祭。明日は小城塞を攻めるのだ。
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夕食……と言っても猪汁と堅パンといった粗末な物。とはいえ、兎や鼠を罠で捕らえる程度しか許されなかったデルタ兵たちにとっては、猪肉の入ったスープはごちそう扱いであった。
「豚も飼いたいわね」
『開墾し過ぎなきゃ森の恵みで育てられるしな』
秋になれば木の実を食べさせに森に豚を連れていくのは農村の風物詩とも言える。豚は嗅覚も犬並みに優れているので、木の実や茸、果樹なども良く見つける。森の恵みで肉付きの良くなった豚を冬になる前に肉に変える。保存用の塩漬け、ベーコン、ソーセージ、ハムといった加工した肉にするのが冬支度としては重要となる。
「鹿って意外と食べるところ少ないんだって?」
「鹿は血抜きが大切。あと、肉も切れ目を入れておいた方が柔らかくなる」
「えっ、鹿ってお貴族様以外食べたらだめなんじゃないの!」
「猪の罠にかかっていたからしょうがない。故意ではないから無罪」
「村の知恵だね!!」
いや無罪じゃない。知られなければ罪に問われないというだけ。
デルタ兵は出身村ごとにかたまり一団となり、リリアル生はリリアル生で纏まっている。
「こんばんは。ご相伴に預かりに来たよ」
「「「!!!」」」
リリアルの野営地に現れたのは王太子殿下。先ほど天幕内で拝見した時とは異なり、若手の軽装の騎士といった風体になっている。
「なぜ、このような場所に。護衛はお連れですか」
「ん、居ないよ護衛。この格好は、伝令役の騎士と変わってもらったからだね。表向き、リリアル副伯への伝令でここに来ている」
周りがどう接しようか戸惑っていると、王太子が「もらえるかな」とスープの入っている鍋を手で示す。
「味は保証いたしかねます」
「はは、いいよ。兵士と同じ食事しかとらなかった将軍もいると聞くしね。そもそも、貴族や王族らしい生活を戦場に持ち込むこと自体時代遅れだよ。甲冑と槍で戦う時代でもあるまい」
騎士が戦争の花形であったなら、貴族の生活を戦場に持ち込んでも良いかもしれない。が、多数の生活用品とその生活を維持する非戦闘員である使用人を引き連れ戦場に向かわなければならない。一日の移動距離が僅か数㎞ということも珍しくはないのはそのためだ。
「せっかく、野営するのだから、こうした食事も楽しまなければ損だろう」
落ち着かない気持ちでいっぱいのリリアル生をしり目に、王太子は我が家のようにリラックスしている。
「ところで明日の事だが、副伯とリリアル領軍には頼みがある」
スープを飲み切ると、王太子は彼女達に向け話を始めた。