第879話 彼女は『毒蛇王』を討伐する
第879話 彼女は『毒蛇王』を討伐する
「ちょっと待ちなさい」
『待てないのだわぁ』
「待つのですわぁ」
彼女の静止を振り切ろうとする『金蛙』。ルミリの声に一瞬戸惑ったが、大精霊(仮)は、こちらに向かい再び口を開き、攻撃しようとする『毒蛇王』に魔術を放つ。
『大瀑布』
上空から驟雨のような水を一定時間継続して叩きつける事で動きをとめ、軽度のダメージを与える足止めの魔術。
『蛇は生殺しが一番危険なのだわ』
「蛙は蛇が大の苦手なのよね」
『そ、そんな事ないのだわぁ』
目を泳がす『金蛙』に「その通りですわぁ」とルミリが苦手を肯定する。目が白濁しているので、『蛇に睨まれた蛙』とはならない。が、蛇は視力に頼らない手段で相手を察知する能力が高いとも言われる。いわゆる、第三の眼。相手の体温なり魔力を感じる機関を発達させている。
「少し下がっていなさい」
「はいですわぁ」
『なのだわぁ』
彼女は魔力壁を使って『毒蛇王』の頭上へと駆け上がる。
彼女の魔力を感じ取り、頭上に向け毒息を吐こうと口を開くのだが。
「これでも喰らいなさい」
薬玉が割れ、中から白い粉が蛇頭に降りかかる。既に十分に濡れている『毒蛇王』だが、『金蛙』から追撃がなされる。いよぉ、待ってました!!
「水の精霊フローシェよ我が働きかけに応え、我の盾となり我を守れ……『水煙』
ボフッとばかりに、『毒蛇王』の頭周辺に水煙の盾が覆いかぶさる。
GYAAAA!!!!!
シュウシュウと煙を上げ激しく反応する白い粉。転げ回ろうとするその動きを四面の巨大な『魔力壁』が中空で囲い込む。巨大な『魔力壁』の維持。中で暴れる『毒蛇王』のせいで、いつも以上に魔力を消費していく。
「ふぅ」
「……一本いっとく?」
「ええ、頂くわ」
赤目銀髪から差し出された魔力回復ポーションを一気に……ではなく少しずつ飲み下す彼女。
「あ、あたしも!! げふげふげふ」
魔力回復ポーションは怪我を直す回復ポーションよりも味がエグイ。日頃から飲まない赤毛娘はすっかり忘れていたので、激しく咽たのだ。不味い、もう一本。とばかりに、彼女は自らの手持ちの魔力回復ポーションを再び口にする。もう口の中は苦くて味覚がおかしくなっているが仕方がない。
『草喰ってる場合じゃねぇな』
それは笹。魔力回復ポーションの主原料は『踊る草』。効果は高まったが味は……渋い、苦い、エグイの三拍子そろった激マズ。良薬は口に苦しというが、口が曲がるほど。但し、臭くはない。鼻は曲がらない。
「こんな不味いもののませるなんて、あたし絶対許さない!!」
誰を?と赤毛娘に聞き返す勇者はいない。いや、みんな苦くエグイのは同じ気持ちだ。言い換えれば、心は一つとなった。なんかカッコいい。
『もう一度だ』
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『聖雷炎』
再び『毒蛇王』を覆う『魔力壁』の結界。他者の魔力であれば弾いてしまうのだが、彼女自身の魔力に由来するものは、それを妨げることはない。四枚の三角形の壁に閉じ込められた『毒蛇王』の体に、雷を纏った聖なる炎が襲い掛かる。
GUGYAAAAAA!!!!
『魔力壁』の中において、火薬の炸裂が連続するかのような輝きが繰り替えされる。自身の魔力を消費し、魔力で体を覆う事で抵抗していた『毒蛇王』の本体に既にダメージが届き始めている。
物理的な『生石灰』の熱反応に対し、魔力纏いは十全にその体を護ってはくれなかったようだ。『魔力纏い』ではなく、物理的な結界を兼ねる『魔力壁』であれば対抗できたであろうが。蛇には無用な能力。身につけているわけもない。
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あちらこちらが焼け焦げ、すっかり動きも鈍くなった『毒蛇王』。いや、既に虫の息と言っても良いだろう。
「それでは、そろそろ止めを……」
「鈍器だと素材が使えなくなる。これ以上は駄目」
「ちぇー」
『毒蛇王』の革鎧……良いかもしれない。胴回りは3m程もあるだろうか。
「先生。お願いします」
灰目藍髪に即され、彼女は再び魔銀製斧槍を構える。彼女なら、『魔力壁』越しに『毒蛇王』にその刃を届かせることが出来うる。
「大人しく……ね」
『魔力壁』にバルディッシュの刃をすっと入れると、最初の弾かれるちからを少し感じたあと、そのまま頭の下あたりをスッパリと斬り落とした。命を失い『物』となったその胴体を、彼女は自身の『魔法袋』にそのまま納め地面へと降り立った。
しかしながら、斬り落とした頭はしばらく地面をのたうち回っていた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様。貴女には、モラン公への伝令をお願いするわ。『魔物』は片づけたので、後は兵士の仕事であると伝えてちょうだい」
「はい。直ちに」
魔力を消耗し小さくなっていた『水魔馬』も、ポニーサイズ程度の馬格に回復し、灰目藍髪を乗せ後方で待機する集団へと街道を掛けていく。その背中に乗る鞍はややオーバーサイズ感が否めない。
「蛇って美味しいの?」
巨大な蛇の死体をどう処分するか。蛇皮は加工することは確定。魔力纏いも十分可能な素材であり、魔銀鍍金が施せない革鎧でも同様の効果が期待できる。水上での戦闘を考えるなら、金属製や金属で補強されていない軽量の鎧・水に浮く鎧は是非とも作りたいところだ。
だが、肉は食べるか処分するしかない。骨は砕いて、鶏の餌にでもすれば良いだろう。貝殻の代わりに。良い卵に育つと良いな。肉美味いかの赤毛娘の疑問に、狩猟採集の経験が豊かな赤目銀髪が答える。
「淡白な味」
「蛙くらい?」
『金蛙』がビクッとする。
『か、蛙は美味しくないのだわぁ』
「美味しいですわぁ」
どうやら、加護を与えた者は蛙は美味しいと認識しているらしい。大きい蛙はそれなりに王国でも食用にされていたりする。蛇も食べられなくはないようだが、肉に味がなく白身の魚に近いようだ。
「食べではありそうですぅ」
魔装銃を仕舞う二期生と碧目金髪たち。今最もコーヌの街に近いのはリリアル勢。激しく雷鳴が響き渡り、その後『毒蛇王』の姿が掻き消え、一部崩れたものの健在な街壁の上からこちらの様子を見ていた傭兵らしき者たちは、やがて巣を崩された蟻のように蠢き始める。
「先生、後退準備完了しました!!」
いい笑顔で「帰ろうぜ」とばかりに声を掛ける村長の孫娘。この後の街の攻略は近衛連隊と騎士団におまかせするだけだ。崩れた壁が何箇所かあり、街門も砲撃で破壊可能。となれば、魔物討伐専門のリリアルに出る幕はない。役割分担って大事。
彼女と十二名のリリアル生……兵はコーヌの門前、荒れ果てた泥沼と化した場所を後にし、近衛連隊の本営へと戻るのであった。
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既に伝令から魔物の排除が完了した旨、モラン公を通して各部隊指揮官には連絡が入っている。慌ただしく配置につく馬上の指揮官たちを横目に、リリアル勢はモラン公の元へと帰りつく。
「ようやく終わりました!!」
「かえってお風呂に入って寝たいくらいですぅ」
「ですわぁ」
すっかり自分たちの仕事は終わったとばかりに寛ぎだす赤毛娘たち。
『アリーかっこよかったー』
『負けてないのだわぁ!!』
妖精と『金蛙』(スタンダード・モード)の横で、鼻息荒く灰目藍髪にアピールするポニー『水魔馬』。はいはい、みんな頑張った頑張った。
「モラン公、ただいま戻りました」
「あ、ああ。ご苦労であったな。激しく閃光が瞬いていたようだが、問題ないのだろうか」
「問題ございません」
名目上の指揮官である彼女は、このまま本営に滞在し、コーヌ制圧を見届けねばならない。歩兵連隊・騎士団戦闘部隊は前進を開始しており、間もなく、尖兵から破壊された街門・街壁を抜けて内部の掃討に入る事になるだろう。
「他の魔物の気配はどうだろうな」
モラン公の何気ない言葉に、彼女はひとしきり考え、答えた。
「不死系の魔物は日中活動を制限されています。日没前までに制圧できないようであれば一旦、街壁外に撤退しするべきでしょう。また、屋内の捜索には騎士団所属の元冒険者の力を借り、虱潰しにして安全確保を十全にするよう調整が必要でしょう」
「なるほど。『海のことは漁師に聞け』ということであるな。伝令、騎士団長に連絡。元冒険者の斥候部隊を先頭に、街中の建築物を虱潰しに掃討できるか?と伝えよ」
「はっ!!」
近衛連隊の手前、元冒険者を有する騎士団戦闘部隊員に「探索できるか」と問えば否はない。むしろ、山国歩兵中心の歩兵に街中の探索などできるはずもない。これが、森や山中の掃討であれば活躍の余地もあるだろうが。
「副元帥、これで良いな」
「大変結構です。少々休憩を取らせていただきます。あとはお願いしてもよろしいでしょうか」
「構わぬよ。副元帥閣下のお手を煩わせることはなかろうからな」
彼女は同年代の少女たちを連れ、リリアル領最南端の拠点ヴィルモアへと向かう。そこには、休憩できるだけの場所と資材があるはずだから。
「これで今日は終わり」
「だと良いのですが」
赤目銀髪の言葉に、灰目藍髪が「旗立てるな」とばかりに言葉を重ねる。彼女も内心、王太子率いる部隊の行動を気にしていた。王太子の周辺を警護する冒険者的存在として伯姪ら冒険者組を中心に配置していた。魔物を使った襲撃があったとしても、近衛と伯姪以下リリアル勢で余程の相手でなければどうにかできると考えていたからだ。
『ノイン・テーターの傭兵隊長が潜り込んでいると面倒そうだな』
余計な『旗』を立てる災厄の『魔剣』。出ると思うから出るのだ。思うな。
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ヴィルモアの宿営地。それぞれが魔装荷馬車や狼皮テントなどで寛ぎつつ視界の奥にある街壁のあたりでは、何やら大きな声が上がっている。
「優雅ね」
「テーブルと椅子でも出しますかぁ」
「このままでいいわ。戦場音楽とでもいうのかしらね。地面に響くような音が伝わってくるわ」
「それが戦場」
「……関わりたくないですわぁ」
国王と王太子の外交方針は『外征が必要となる戦争はしない。専守防衛に徹する』ということにある。新たに奪う領地よりも、既に王国の一部である街や村を再開発し、人を増やし兵を養いつつ国力を高めることを目指している。
ヌーベ公領は王国内にある患部。それを取り除くのは『外征』ではない。王国の臍に当たる中央部に存在する王国の統治の及ばない……魔物に支配された土地の解放。東西南北に通ずる街道を整備し、入植者を増やして豊かな土地にする事も可能だ。
ヌーベ近郊は古帝国時代『ガロ』と呼ばれた現在の王国の支配地域を統治する中心地であった。戦略的な要衝であるのだ。
聖征の時代前後で王国の統治から離脱し、百年戦争の時代において独立性を高めた。王家の権威権力の及ぶ範囲は狭まっており、ヌーベはその最後に残された場所でもあった。百年戦争以降、その範囲を広げる為に、王家は牙を磨いてきたと言っても良い。
「これが終わったら、領地経営に専念できるわね」
彼女の希望的観測に、リリアル一期生らが異口同音に否定する。
「それはどう?」
「どうでしょうか」
「どうなんですかねぇ」
「ですわぁ」
『無理なのだわぁ』
「なんかあったら便利に呼ばれちゃうのがリリアルですから!!」
便利に使われているのではなく、首を突っ込んでいるの間違いだと思いたくない。意思は大事。
そうしていると、何やら黒い影が勢いよく走り込んでくる。
『主、至急の連絡です』
現れたのは『猫』であった。