第878話 彼女は『毒蛇王』と対峙する
第878話 彼女は『毒蛇王』と対峙する
「うぉりゃああ!!」
GOINN!!
全身のバネを使った渾身の一撃!! にもかかわらず、赤毛娘の必殺の鈍器は致命のそれに至らない。
持ち上げられた鎌首を中空で叩きのめしたといても、その力はぐにゃりと歪む胴体に吸収され、力を伝えきれていない。明確に往なされている。
「ぐぅ、手強い」
魔力を通した赤目銀髪の矢も、その一撃が鱗を貫くことはない。剣での攻撃に効果が薄いと感じた時点で、牽制の為の『魔力矢』を用いた攻撃に切り替えたのだが、多少は貫通するかと思っていた魔力を込めた「鎧通し」による射撃も効果がほぼない。
『魔力で相殺しているんだな。魔鰐よりずっと上手いか』
『魔剣』の考察に彼女も同意する。魔力を消耗させ削り倒すしかない。リリアルと『毒蛇王』の削り合い。こんなこともあろうかと、魔力回復ポーションは相応に用意している。日ごろ使わないので、ストックが有り余っている。中には使用期限的に微妙な物もあるが、どの道不味いので問題ない。
赤毛娘が接近する隙を作る為、魔装銃の援護射撃の合間に牽制の弓射を『毒蛇王』の視界に出入りしつつ、繰り返している。赤目銀髪の狩人としての積み重ねが、目を合わさずとも感じる視線で動きを察知し、銃撃と赤毛娘の鈍器攻撃の間を埋めるように矢を放っている。
遅れて前線に到着する彼女。
「待たせたようね」
「いい塩梅」
「うぉりゃああ!!」
赤毛娘の眼中には『毒蛇王』しかないようだ。
「作戦は」
「頭を下げさせて、魔鉛弾を目に叩き込むわ」
「了解」
頭を下げさせるのは赤毛娘の仕事になるだろうか。赤目銀髪と彼女は頭を下げさせるように、首を持ち上げる支点になっている腹の部分をチクチク攻撃することにする。足はないのだが、顎の下で死角になりやすく、腹の部分は背や脇腹より攻撃が通り易そうではある。『腹板』と呼ばれる部分は、背の鱗同様、筋肉により伸張・収縮することで体を覆いつつ動きを妨げないように張り付いている。ただでさえ硬いうえに、魔力を纏いさらに強度が増している。
しかしながら『腹板』の部分は継ぎ目の凹凸を引っ掛かりにして前進する為に、完全に締めることはできない。そして、腹板の部分の強度は背の鱗よりも分厚いので、容易に貫くことは出来そうにもない。
故に彼女は、日頃あまり使わない刺突武器を赤目銀髪に手渡す。
「はいこれ」
「……オウル・パイク」
刺突に特化した槍。長さは凡そ3m、刃は1mほどあるだろうか。十分、皮を貫いて内臓まで届く。
「ええ。魔力を込めて突き刺して。できるだけ深く」
「承知」
狙うのは地面から起き上がった際の腹。牽制の攻撃を首の後ろに彼女が叩き込む。
「くっ」
魔力を纏った『魔鰐』でも切断できた魔銀製斧槍を用いても深い切り傷は与えられない。
『魔力が有り余ってるんだろうぜ』
『魔剣』に指摘されるまでもないが、ここまで硬いとは彼女も考えていなかった。
「長い戦いになりそうね」
『目を潰せ。あとは時間をかけて磨り潰せばいい』
どうやら、街の中の傭兵達は『毒蛇王』の暴れっぷりと、吐き出す毒液の効果に驚き、同時に打って出るつもりはないようだ。流石に味方のはずの魔物の毒で倒れるのは嫌なのだろう。
既に、街門前は、リリアル勢と『毒蛇王』だけが対峙しており、敵も味方も距離をとっている。
『魔物を戦争に使うなんて、まあ、まともじゃねぇな』
その昔、古の帝国と戦った南の大陸の大国は、オレファンを持ち込み、大いに戦争に用いたというが、寒さや無理な大山脈越えなどで多くのそれを失い、最後は二頭ばかりが残るのみであったとか。
オレファンは突進力こそ高いものの、戦列の間を開け、後方へ通過させること、音や傷つくことで容易に狂乱状態となり、自軍で暴れることもあるなど、押し出しは立派だが使い勝手の良い魔物であるとは言えなかったと記録されている。彼女の名前と語源を一にする大英雄の時代においてもそれは知られており、対策も十分練られていたという。
が、『毒蛇王』はその比ではない。どこかで操っている者、使役者がいるのか、それとも、『罠』として配置されていたものなのか……
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彼女と赤毛娘、赤目銀髪が『毒蛇王』に正面から挑み足止めしている間、リリアル魔装銃兵は、散発的に援護射撃を継続し、わずかばかりながら魔物の纏う魔力を削っていた。魔鉛弾が当たれば、その弾丸に籠っていた魔力の分、『毒蛇王』は魔力を消費する。
周りの空気がひりつくにも拘らず、碧目金髪はちんたらと射撃を継続している。
「あー また弾かれましたぁ」
「なかなか傷つけられませんわぁ」
『竜に近い毒蛇なのだわ。あの冠が欲しいのだわぁ』
いや、ルミリと『金蛙』も物見遊山であった。
「いつもなら、十分倒せているはずなのですが」
灰目藍髪が『水魔馬』のマリーヌに騎乗し、様子を伺っている。多少魔力が高まったとはいえ、巨大な魔物に立ち向かえるほどではない。彼女が魔力を込めても叩き斬れない魔物相手に、魔銀鍍金製武器で薄っすら覆った程度の魔力では文字通り太刀打ちできるわけがないからだ。
BURURUNN!!
『水魔馬』は前に出ようとするが、手綱を締めてその場での足踏みへと止める。
「何か良い手はないのでしょうか」
灰目藍髪、自身が手を出せる相手ではないと知りつつ、良い手がないかと思案する。
『ない事もないのだわ』
「……どういうことですか」
竜はガルギエムやタラスクスのように、水に棲む生物が魔物に変化し、やがて精霊になるものも含まれる。例えば、『金蛙』は大昔に帝国のどこかの森の沼に住んでいた『蛙』が精霊となった……というよりは、その地に住む人間が崇拝していた精霊が『蛙』の姿を取ったというのが正しいのだろう。
乙女が泉の女神になることもあれば、泉の精霊が乙女の姿を取ることもある。蛙の場合、精霊が分かりやすく『蛙』の姿を取り、それを人間が崇め、加護を与えられ信仰を得たといったところだろう。
『あの毒蛇に無駄に魔力を使わせればよいのだわぁ』
「いまやってるじゃん」
碧目金髪はそう言い返しながらPOW!! と発砲し、何度目か忘れるほどだが再びはじき返される。
「あー 弾が勿体ないですぅ」
「ですわぁ」
加護を与えたルミリの無関心をよそに、『金蛙』は再び灰目藍髪に話しかける。
『蛇は体を濡らして体温を下げるのだわ』
「水は苦手ではないわけですね」
『乾燥が苦手なのだわぁ。それに、体表を火であぶられれば、体を護る為に魔力を余計消費すると思うのだわぁ』
「……なるほど」
既に毒を吐きまくられ、周辺の土地は草が枯れている。囲い込んで、燃やすことは難しくはない。幸い、最近使われていない油球も沢山在庫がある。魔力回復ポーションと同様、溜まる一方だからだ。
「先生に献策してきます」
「いってらー」
魔装銃兵の士気を碧目金髪に委ね、灰目藍髪は『水魔馬』を駆り彼女の元へと向かう。
「先生!!」
「下がって……ここは危ないわ」
「献策があります!!」
赤目銀髪が彼女の位置へと移動し、赤毛娘と二人で『毒蛇王』の牽制を続ける。後退する彼女に合流する灰目藍髪。
「まず、あの魔物に油を掛けて火を放ってはどうでしょう。身を護る為に魔力をより多く消費すると思われます」
「……そうね。斬り刻むのには少々手間がかかりそう」
その大きさは15mほどもあるだろうか。油をまいて火をつけたとしても、暴れて転がれば直ぐに消化されてしまうだろう。
「火の精霊の加護持ちでもいれば容易かもしれませんが」
「ない物ねだりね。さて、どうしましょうか」
激しく燃焼する何か。あるいは、激しく熱を発する何か。彼女はふと思い出した。魔法袋の中に仕舞い、それきり忘れていたそれ。
その昔、百年戦争の冒頭において、連合王国海軍は王国への上陸に先立ち、王国艦隊に対する攻撃を行った。その際用いられたのは石灰による攻撃。人造岩石を作る『消石灰』ではなく、それを焼成して作った『生石灰』を目潰し代わりに投げ込んできたのだ。
『生石灰』は水と反応し激しく熱を持つ。水分が加わることで『消石灰』へと変化するのだが、目に生石灰が入った場合、激しい痛みが発生する。その結果、王国海軍は大敗し、上陸を妨げることは出来なかったとされる。
彼女が魔導船を作った際、姉にそそのかされ『生石灰玉』を作っておいたのだ。目潰しになればと考えて。
「良いものがあったわ」
彼女は布で包まれた白い粉を魔法袋から取り出して見せる。
「それは」
「石灰。目潰し兼熱を生じる物質……けれど」
「水が必要ですね。お任せください」
愛馬に拍車を入れ、『毒蛇王』へと近づく灰目藍髪。
「下がりなさい」
「「!!」」
即座に後退し距離を取る赤目銀髪、超接近し蛇頭と鈍器でどつきあいしている赤毛娘は一瞬、間に合わない。
――― 『水牢』
『水魔馬』は自らの魔力を注ぎ込み、『土牢』ならぬ『水牢』を形成する。落とし穴に似た『土牢』と異なり、中空に形成される水の塊が、長大な『毒蛇王』の体を包み込むように纏わりつく。
細長いトンネルのような『水牢』。体の動きに合わせるように、包み込んで離さない。
「お願い、マリーヌ。今少し、あの蛇を……」
みるみる魔力をすり減らしていく『水魔馬』。一度掘り下げれば形を保てる『土牢』『土壁』と異なり、魔力を消費して形を保ち続けなければ流れ落ちてしまう『水牢』を維持し続けるのは並大抵のことではない。
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「手筈通りにね」
「もちろんですわぁ」
『任せるのだわぁ』
彼女は灰目藍髪が突進した後、背後のルミリと『金蛙』を呼び寄せ、この後の段取りを説明し協力させる。
水に閉じ込められ暴れる『毒蛇王』。それに対し、彼女は自ら有する加護であるところの『雷』の精霊の力を借りる。
『最近ご無沙汰だからな。拗ねてねぇといいんだが』
『雷』の精霊は、『魔剣』から譲られた存在だが、その大元は彼女の祖母が若かりし頃倒した『魔王』から奪ったものである。祖母は彼女のようにあちらこちらで冒険者の真似事などすることもなかったので、 『魔剣』に共生させていたのだが、使い所が難しい精霊でもある。
しかし、『水牢』の中であれば……
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『聖雷炎』
小火球に似た雷の精霊魔術『雷炎球』。彼女の場合、『聖性を帯びた炎』となり、不死者、悪霊の影響を受けた魔物に対して「浄化」の効果をもたらす。
『毒蛇王』には『聖性』の効果はあるのかどうか疑問だが、水の牢の中で走り回る『聖なる雷』は、先ほどまでの打撃・斬撃に耐えていた外皮を傷つけ、その巨大な蛇体はビクンビクンと跳ね回っている。
『聖雷炎』は複数の「雷炎」を放つ範囲魔術。その数は魔力量により増加する。当然、魔力マシマシマシで注ぎ込んだその効果は絶大。
「ぐっ」
魔力を消耗し、体を維持できなくなった『水魔馬』は姿を変え『|海馬《Hippocampus》』へと変わる。馬上から地面へと落ちた灰目藍髪が体を打ちくぐもった声を出したのは仕方がない。
『水牢』が解き放たれ、痙攣していた『毒蛇王』は地面へと体を投げ出され、のたうち回っている。意識は混濁しているように見えるのだが、ガン開きの目は白濁し、『聖雷炎』の効果による目潰しは成ったと見て良いだろう。
『待っていたのだわ』
「ですわぁ」
ゴブリンほどの大きさに体を大きくした『金蛙』と、その加護持ちであるルミリがずいっと『毒蛇王』の前へと進み出たのであった。