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第877話 彼女は街から出てくる何かと対峙する

第877話 彼女は街から出てくる何かと対峙する


 幾度かの砲撃により、土を突き固めた部分が崩れた街壁が倒壊する箇所が現れてくる。軽量砲では表面の積石を多少叩き割る程度であったが、二門の大口径砲の砲弾は壁を突き崩す威力が十分あった。


 軽量砲は射程が500mほどであり、砲弾の大きさも握り拳程度の大きさでしかない。また、硬い地面なら跳躍して当たることも期待できるが、街の周囲も軟弱な為、砲弾は跳ねずに地面にめり込んでしまう。直接当てなければ効果が無い。


 それでも、幾つかの砲弾は街門を閉ざす金属で補強された木製の扉を破砕しつつあるのだが、門を破壊する迄には至っていない。


『こりゃ、お前が歩いて行ってバルディッシュかなんかで叩き斬った方が良いんじゃねぇのか』


『魔剣』の言う通りでもあるのだが、今回の遠征は、近衛連隊の実戦演習の意味もある。砲撃で門を破壊し、内部に歩兵を突入させ、逃げのびる敵は騎兵で掃討する役割分担になる。


「そろそろ前進してもいいんじゃないすか」

「待て。反撃らしい反撃がない時点で相当怪しいだろう。上の命令があるまでは、この場で待機でいい」


 そんな話が後方の歩兵から聞こえてくる。街へ続く街道はともかく、それ以外の場所は泥濘に近い場所もある。戦列を組んで歩兵が前進しようとすると、あまり良い足場とは言えない場所を進まなければならない。走れず、隠れる場所もない草原で、城壁の上から弓や銃で攻撃されれば、多くの損害が出てもおかしくはない。


 その辺り考えると、連隊長……の下の幕僚たちは砲撃で今少し内部の反応を確認してから歩兵を前進させたいと考えているのかもしれない。


「院長先生、突撃したいです!!」


赤毛娘ぇよ『先生……〇スケがしたいです』みたいに言わないでもらいたい。


「今回は魔物が出るまでは待機よ」

「はー魔物でなければ遠足みたいなもんですねー」

「ですわぁ」

『なのだわぁ』


 碧目金髪とルミリ、金蛙はのほほんと砲撃を見ている。が、家に帰るまでが遠足という格言もある。食べて見なければ、何が入っているのかわからないとも。


「前進!! 第一近衛連隊前進!!」


 前進の号令がかかり、歩兵は長槍を銃兵は火縄の点いたマスケットを構え足元を踏みしめながらゆっくりと前進する。弓も銃も水平距離の射程はおよそ200mほどだが、高い位置からならばもう少し延びる。弾丸はともかく、矢は打ち下ろしの方が威力も増す。梯子を掛けて壁をよじ登る攻城戦もあるが、今回は崩れた壁や門から押し入って突き崩すことになるだろう。


 先頭で突入するのは、魔力持ちのベテラン兵。槍ではなく矛槍や両手剣などを用いて白兵を熟す高給取りの兵士が担う。その分死に易いのだが、彼らは部隊の中で尊敬される存在であり、名誉な役割だと自他ともに認められている。故郷に帰れば『勇者』扱いされる存在なのだ。


 実際、敵の中に最初に飛び込む行為は『勇者』と称されてもおかしくはない。


「千人規模の守備兵がいる割には、反撃が弱いわね」

「やる気ないだけかもしれませんよ」

「それなら良いのですが……」

「面白くありません!! 魔物を殴りたいです!!」


 三人とも名誉ある王国の騎士なんだが。いいのかそれで。





 散発的な銃や弓による反撃を受けるが、脅しに近い威力であり、時折、発射される王国軍の砲撃、あるいは銃兵による射撃のたびに反撃は止まる。


「いい感じですぅ。今日中に終わりそうですよぉ」

「ですわぁ」

『なのだわぁ』


 楽観的な二人と一匹を横目で見つつ、彼女は崩れた壁・門に近付く兵士の姿から目を離さない。


「魔装銃兵は何時でも射撃できる準備を」

「「「え」」」

「こ、ここからじゃ、届きませんよ!!」


 村長の孫娘が反論するが、そんな事はわかっている。


「先生!! 魔物……殺りたいです!!」


 赤毛娘の言葉が終える瞬間、崩れた街壁が爆散し、激しく破片が周辺へと飛び散る。


「な!!」

「は、早く終わらなさそうですぅ」

「突撃!!」


 赤毛娘は、その弾けた壁に向かい走っていく。


「ちょ、待ちなさい!! 各自、前進。魔装銃兵はあの開口部の手前で密集隊形。指揮官は……貴方に委ねます」

「承知しました」


 灰目藍髪に碧目金髪以下、魔装銃兵の二期生を委ね、彼女は赤目銀髪に声を掛ける。


「追いましょう」

「ん……なんか出た」


 赤毛娘の後を追い、街壁に向かう彼女たちの前方に、爆散し大きく崩れた街壁の間から、巨大な何かがはい出てくるのが見て取れる。


 そこには、鎌首を持ち上げ巨大な蛇のような何か。頭の高さは街壁の上に達するほどであろうか。頭の後方はやや広がっているように見える。


「毒蛇……とても大きい」


 赤目銀髪の独り言。確かに口から出ている大きな牙の先から、なにやら液体が滴り落ちている。地面に落ちると、煙のようなものが立っていることから、酸かもしれないと彼女は判断する。


「歩兵を下がらせないと」

「指示するのは誰?」

「……私ね……」


 彼女の答えに赤目銀髪は黙って頷く。彼女は魔力を込めた声を張り上げる。


『魔物はこちらで対応します!! 歩兵は砲兵陣地まで各自の判断で後退。後ろを見せれば襲われかねないので、槍を構えて徐々に下がりなさい!!』


 パニックを抑えるために魔力を込めて大きな声を出した。その効果もあり、突入を控えていたベテラン兵を中心に数人単位で塊となり、槍を構えてジリジリ後退し始めることに成功している。


 爆砕された壁の周囲にいた歩兵は倒れて動かないものがかなりいる様だが、動ける者は秩序だって後退できている。


「銃兵!! 発砲!!」

「やめなさい!!」


BANN!!

BANN!!

BABABABANN!!


 銃兵の一人が銃撃を始めると、思い出したかのように周囲の銃兵が『大毒蛇』に向け射撃を開始する。当たることは稀であり、仮に当たったとしてもかすり傷一つつけられていない。只の鉛弾では、魔力を纏った魔物に効果はない。


 それを見て、恐怖に囚われ銃を捨ててわれ先に逃げ出す銃兵たち。足場の良い街道に集まりつつ、後ろも見ずに走り出していく。


 彼女は内心非常にまずいと感じながら、先行する赤毛娘の姿と、大蛇の姿を同じ視界にとらえる。ぶつかるように走ってくる逃亡銃兵を跳ね飛ばしながら、逃げる銃兵を追いかけるように街道沿いを這い出した『大毒蛇』に向け赤毛娘は魔力壁を足場に飛び上がった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『あれは不味いだろ』


『魔剣』の呟き。彼女は何がと聞き返す。


毒蛇王(Basiliscus)。古竜の一種だ。吐く息は毒、視線で敵対する者を硬直させる。『石化』等と言われるが、魔力で硬直させるんだ』


 つまり、毒の息に触れず、目を合わさなければ問題ないという事になるだろうか。そもそも、彼女は魔物の眼なんて見ていない。一撃必殺だから。


「なら問題ないわね」


 横にいる赤目銀髪に毒の息に警戒し、目を合わせないよう伝える。


「口の向きに気を付けていれば問題ない。目? 見る必要はない」

「伝えて」

「承知」


 吶喊した赤毛娘に向かい、赤目銀髪は駈出す。


「確か、鏡で写して直接見なければいいのよね」

『あとは、魔力を遮るメガネを掛けるとかだな』


 魔装眼鏡。こんなこともあろうかと、いや、砂や風、あるいは海水の飛沫を避けるために、魔水晶を元に作り上げた透明の板を革のカバーで覆った眼鏡風の眼帯を作っておいたのだ。魔力は魔力で相殺すればよい。


「目を潰してもらえば問題ないわね」

『いや、自分でやれよ』


 彼女は背後を振り返り、魔装銃手であるところの碧目金髪へと歩み寄る。『毒蛇王』の能力を伝え、魔力を纏って眼鏡を使用し、目力による硬直を回避し、『導線』を用いて魔鉛弾をその目に叩き込む。


「簡単な事でしょう?」

「……え?」


 何言ってんだろこの人とばかりに首をかしげる碧目金髪。


「あー 頭が高い位置にあるじゃないですかぁ」

「そうね」

「あの高さだと角度的に厳しいかなってぇ」

「かもしれないわね」


 ムリムリムリと言葉に出さずにアッピールするが、彼女は当然無視をする。何故なら、それは卑怯者の言葉だから。いや、無理なものは無理なんです!!


『頭が高いのだわぁ』

「全体で10m以上ありそうですわぁ」


 鎌首をもちあげると、5m程の高さになるだろう。上に向かって射撃するのは中々に困難である。顎しか見えねぇ。


 赤毛娘と赤目銀髪が『毒蛇王』に纏いつき、右へ左へと移動しながら攻撃するものの、打撃を与えても大したダメージを受けているようには見えず剣では堅牢な鱗の表面を傷つける程度でしかない。今は、後退する歩兵たちを逃がす時間稼ぎをしているに過ぎない。


 毒の息で周囲の土は腐り、草原は枯れはてつつある。戦後の除染も大変なことになりそうだ。『踊る草』でも植えておけば回復するのかもしれないが。


『毒蛇王』は、頭の上に三本の槍のような突起を持っており、見ようによっては「王冠」に見えなくもない。また、頭の下あたりが横に広がるフードのように膨らむところも、普通の蛇や竜種の魔物とは一線を画している。そこを振動させ、魔力を放ち、周囲を威嚇している。


「魔装銃兵前進」

「「「ええぇぇ」」」


 二期生は勿論、灰目藍髪はともかく、碧目金髪は超絶嫌そうな顔をしている。


「魔鉛弾を使用。交互に発砲して、あの子たちから気を逸らせればいいわ」


 普通の弾丸では何の影響もない。迎賓館に現れた『魔鰐』同様、否、それ以上の魔力纏いで外皮を覆い、ダメージを受け付けないだろう。が、痛みを感じないわけでも気にならないわけでもない。『魔力壁』による防御とは異なるのだ。


「さあ、始めましょう」


 灰目藍髪は碧目金髪の首根っこを掴むと、前へと進み始める。


「ちょ、なんで前に出るのぉ!!」

「頭を下げさせて、射線が通ればいいのでしょう?。それに、その銃で目を撃ち抜くには100mくらいまで近づかないと」

「うげぇ」

「ですわぁ」

『なのだわぁ』


 引き摺られていく碧目金髪。ルミリと『金蛙』も二人に続く。


「頭を下げさせるから、後はお願いね」


POW!!


POW!!


 二期生が発砲を始め、持ち上げた首の下や、広げたフード部分に弾丸が命中する。


GWAA!!!


 鬱陶しそうに叫び声を上げ、魔力の波が魔装銃兵を襲う。


「い」

「が」

「ううぅぅ」


 体が硬直し、発砲が停止する。


『なんとかするのだわぁ』

「ですわぁ」


――― 『(aqua)(fumus)


『フローチェ』の力を借りたルミリの『水』魔術。本来、『水煙』に水球の変化魔術であり、細かい水の粒とすることでミスト状の霧が発生することで一瞬の目くらましや火縄の消火などに利用されるに過ぎない。


 しかしながら、大精霊(仮)の加護の力により、ルミリが発動すると限定的ではあるが治癒・解毒に優れた効果が表れる。


 すなわち、『毒蛇王』の魔力の影響を相殺し、身体の硬直を緩和あるいは解消することができる。


「な、治った!!」

「呪いの波動、破れたりぃ!!」


POW!!


POW!!


 援護射撃は再び始まる。しかしながら、頭を下げさせなければ急所への射撃は効果的に行う事は出来ない。


「まだですぅ」

「先生、お願いします」


 薬師娘たちは、彼女がその機会を作り出してくれることを信じ、じっと待ちに徹していた。




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― 新着の感想 ―
お話の中では倒すとその毒で周囲が死滅するけどさて 最初はただのコブラの別名でしかなかったらしいのに、出世したねぇ
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