表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
921/986

第876話 彼女はコーヌを遠景に眺める

第876話 彼女はコーヌを遠景に眺める


 ヌーベ攻めに動員された戦力は、王都から三個近衛連隊と騎士団の一部戦闘部隊。リリアル副伯領兵、モラン公の私兵とロマンデ領兵軍二千。これは、モラン公の子息二人がロマンデにおいて代官・総督を務めている関係でモラン公指揮下に属させている。


 また、教会勢力との繋がりが深く、傭兵軍の司令官としても著名なギュイス家も参戦しているが、傭兵を今回用いることはないので『エンリ』が聖都の聖騎士とギュイス家の私兵を伴い王太子の側近くに侍している。


 叔父である聖都大司教の推薦で聖騎士と成り、大沼国への対サラセン戦に参加して武名を上げた……とされる。『向傷』の二つ名を持つギュイス家の嫡男。教皇庁の影響力を受けることを嫌う王太子の意向もあり、形だけの参戦であることは言うまでもない。


 対するヌーベ公領の主戦力は約二百名の騎士団、うち、二十名ほどが『魔騎士』とみられる。魔力で身体強化と武装強化を行う精鋭。残りの戦力は市民兵・領兵が二千程と推測されている。その中の半数は、職人組合などの寄合ごとに集団を形成する武装市民であり、防衛戦ではそれなりに活動できるだろうが、野戦に参加するとは思えない。


 全ての街壁を持つ都市で『攻城戦』が主な闘いとなる。本来、都市を包囲する敵軍を排除する為に軍が編成され都市の包囲を解いて野戦となることがほとんどである。敵の後退する遠征軍の背後を追尾して、相手がそれに対し受けて立つことで野戦となることもある。


 ヌーベでは一方的な包囲戦になるであろうし、救援の軍は来ない。はず。帝国傭兵が二千程公都に入ったという情報もある。その場合、公都の面前で野戦となるかも知れない。


 東のブルグント、西のギュイエ、南の王太子領はそれぞれの領境に領軍を配置し、ヌーベの敗残兵が自領に入り込まないよう封鎖する他、万が一の場合、王太子軍の後詰を依頼することもあり得る。王都からの軍だけでヌーベ征伐は完了させるつもりだが、周囲を固めておくに越したことはない。


 王国の戦力は約四万。今回参加するのはそのうち主力の近衛三個連隊一万二千、ロマンデ領軍二千、騎士団戦闘部隊一千、リリアル二十六……その他となる。





「戦場が一望できますな」


 モラン公と彼女は、旧修道騎士団支部跡にある、望楼に登り、コーヌ(COSNE)に目を向けている。目の前の草原の向こうに街壁を有した門がかすかに見える。


 街の西側はロアレ川が流れ、残りの三方は街壁で囲まれている。旧都を小さくしたような形状であるが、壁の高さや街の面積を考えると、そこには千名ほどの住民と市民兵が百名ほどが元の戦力であっただろう。


 そこに、ヌーベから帝国傭兵隊の一部戦力、三個中隊千名強が増援として送り込まれていると王太子と幕僚は分析した。長期の籠城は困難であろうか。


 街の三方は正面を近衛第一連隊、南側をロマンデ領軍、北側を騎士団戦闘団が囲んでいる。


「直ぐに戦闘は始らないのでしょうか」

「そうだろうね。先ずは軍使が開城勧告を行い、一日二日は猶予を与える。こちらはその間、移動した疲れを癒し、包囲陣を整理する。補給も届く」


 攻城戦は時間がかかる。ニ三ケ月ということもないではない。こちらはのっぱらで雨風に曝され、食事も暖かいものを滅多に口に出来ない。糞尿の処理も大変なことになる。土魔術で穴をあけて埋めて入ったとしても土壌は汚染される。水の供給だって大変だ。目の前に川が流れているとしても、生水を飲むのは宜しくない。体調を崩し病気にかかりやすくなる。滞陣中に病気が蔓延し、戦力が大きく低下する。


 攻城戦で時間を掛ければ、経済的なだけでなく人的負担も増える。投石機や大きな大砲で城壁を突き崩し、内部に入り込んで……という戦いで短期間で開城に持ち込みたいとモラン公は考えている。


 近衛連隊は大砲を十二門持ち込んでいる。その大半は5㎝ほどの砲弾を放つ軽量砲だが、いくつかは城門を破壊できる砲も持ってきている。大砲の射程は銃より当然長く、銃が精々200mほどに対し、5㎝の軽量砲でも500m、大口径なら2㎞以上の遠距離から攻撃できる。


 包囲して開城使いを送り、拒否されるなら先ずは正面の近衛連隊が大砲で攻撃し、ある程度街壁・城門を破壊した後に歩兵と銃兵で接近し内部に突入するという算段になるだろう。


「リリアル卿の出番はないかもしれぬ」

「それは大変助かります。何しろ、十名少々の女子供ばかりですから」

「はは、一騎当千の女子供だと聞いておるがな」


 そんなことを吹いているのは王太子か王妃殿下しかいない。あるいは姉。身内に敵の多い彼女である。


「私たちは魔物討伐専門ですから。ヌーベ公なら、魔物を戦力化していてもおかしくありませんでしょう?」

「ああ。迎賓館に現れた『魔鰐』だったか。衛兵も騎士団もなにもできなかったと聞いている」


 魔力纏いを施された外皮を持つほとんど『竜』の魔鰐。それは、並の剣や矛槍程度では傷一つ与えることはできない。


「川べりの街ですから、『魔鰐』の襲撃があるかもしれません」

「……どこから……いやどうやって操っているのであろうな」


『魔鰐使い』は『魔鰐』をどうやって使役しているのだろうか。もしかすると、ノイン・テーターのような『魅了』の効果を、あるいは精霊を憑依させ鰐を『魔鰐』に変化させ、精霊使いの派生として使役しているのかもしれない。魔鰐を戦力化することは一切考えられないので、考えても無駄としか思えない。水魔馬と金蛙とフェアリーくらいで既に彼女はお腹いっぱいなのである。


ヴィルモア(Viermore)の騎士団支部跡は一つの小さな街のように整備されている。礼拝堂があり、領主館があり、馬房がある。鍛冶工房や薬師工房も設ける場所が確保されている。今だ基礎部分だけだが。


「マジ、もう無理。でございます、副伯閣下様」

「セバス。無理という言葉は嘘つきの言葉です。無理と思うから、無理なのです。まだまだあなたの潜在能力は高いところにあるのです」

「……そっすよねー ま、俺……いえ私にとって未だ成長期の真っただ中。リリアル領の街道と言う街道、街という街、村という村、水路と言う水路を整備して、リリアル副伯家の執事に相応し仕事をしてみせるでおじゃる」


 最後「おじゃる」ってなんだよ!! オジャル・セバスは両の拳を固め交互に付き上げて見せた。


『飴と鞭か』


『魔剣』の呟きに彼女は頷く。鞭・鞭・鞭・鞭・鞭・飴くらいの加減で飴を与えないと増長慢の塊であるオジャル・セバスは調子に乗り仕事をしなくなる。鞭ばかりだとメンタル弱い系おじさんであるので、それもまた仕事をしなくなる。


 なので、たまに、ごくたまに褒める。この先、デルタの民の開拓村に森の中の街道整備、水路の整備と励んでもらわねばならないのだから。実際、この支部跡が小規模な街として機能できるのは歩人の土魔術の酷使によるものであるのは間違いない。一通りの街壁を有し、井戸もある。街路も舗装され、野営する場所も整地されこのまま上に人造岩石製の構築物を建ててもおかしくはない。


 土魔術でちゃちゃっと作らない理由は、魔術で作り上げたものは魔術で解呪され元に戻る可能性が高いから。仮の開拓村程度であれば問題ないだろうし、消耗する街路なら良いのだが建物はやはり人力で作る

必要がある。土は土に戻るものだから。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 軍使の開城勧告は無視された。どうやら、街の住人の大半は外部からの商人や商人相手の商売人らであり、川船を使ってとっくに退去してしまい、防衛は市民兵ではなく、一部のヌーベ騎士団員と傭兵隊によって行われていることが確認された。


 ヌーベの外港とはいえ、その住民の大半は余所ものであったという事だ。言い換えれば、ヌーベ内部の情報はコーヌの住民からは得られなかった。ヌーベの騎士の誰かが実質コーヌの代官を務め、その代官の護衛が少数の騎士団員であるのだろう。


「傭兵だけが相手なら、防壁だけ破壊してしまえば、適当なところで降伏するやもしれん」

「近衛連隊に、出来る限り前に出て正面城門を破壊するように命じます」

「反撃を受ける前提で、砲の周辺は塹壕なり土槍なりで防御陣を形成せよ」

「はっ」


 モラン公の騎士の一人が、近衛連隊に向かい伝令として走っていく。当然、走るのは馬なのだが。


「砲台づくり、お手伝いに行きましょうか?」

「そうだな。副元帥閣下に陣地作りをさせるのは気が引けるが」


 コーヌ攻略隊の本来の指揮官は彼女なのだが、実質は後見とされるモラン公が指揮を執っている。そもそも、彼女が使わす伝令役の騎士は……子供にしか見えない少年少女ばかり。誰も指示を聞かないだろう。灰目藍髪くらいだろうか、辛うじて騎士としてみられるのは。特に乗馬がいい。


 彼女は、前線視察という名目で、灰目藍髪と赤目銀髪、それにモラン公の側近の騎士を連れ近衛連隊の陣まで向かう事にした。





 陣では当然のように誰何される。警備しているのは……軽騎兵中隊。残念乍ら、リリアル派遣組ではなかったようで彼女の顔を見ても判らないようだ。


「どのようなご用件で」

「リリアル副元帥閣下である。モラン公と確認した上で、近衛第一連隊の構え、特に砲兵の配置を確認しに来た。連隊長殿にお目通り願いたい」


 モラン公の騎士が口上を述べ、急ぎ一騎が奥へと走る。


「リリアルではこうはいかない」

「確かに。その通りでしょう」

「おじさんは最強」


 少女騎士が口上を述べても、相手はすんなりと動いてくれなかったかもしれない。相応の年季というか重みがないと、相手も動きにくいのだ。モラン公の騎士はその点、満点であった。


「では、ゆるりとお進みください」

「ありがとう」


 彼女は警備の軽騎兵に軽く挨拶をすると、一行を伴い馬上のまま奥へとすすむ。モラン公の騎士から声が掛かる。


「あれが連隊本部でしょう」


 指し示す先には、連隊旗や幾つかの中隊旗が掲揚されている天幕がある。周りには何頭かの騎馬がおり、恐らくは伝令用のそれであろう。





 下馬し、モラン公の騎士を先頭に幕内へと入る。


「リリアル副伯閣下がお越しです」

「……何用だ……いや、如何なさいました閣下」


 彼女達の姿を見て一瞬立場を忘れるが、慌てて言葉を作ろう連隊長。見た目はオジサン。中身もオジサン。とはいえ、近衛連隊長は国王の幼馴染あるいは小姓上がりの友人であることが多い。国王との関係性は良好だが、軍人として能力が高いかどうかは別の話。山国傭兵主体の第一連隊はお飾りの連隊長である場合が少なくない。現場に任せておけば何とかなると思われているからだ。


「このあと、正面の城門を大砲で攻撃するのではないでしょうか」

「然様です閣下。現在、砲の設置を進めているのですが……」

「川の近くで湿地なために、十分な地面の強度がないと」

「その通りです。土魔術師たちも、頑張っているようですが、力不足のようです」


 オジサン連隊長は察してチャンよろしく、彼女に視線をチラッチラッと向けてくる。


「私が堅牢な台場を作りましょう」

「おおぉ!! それは大変ありがたい。おい! 閣下を早速現地にご案内せよ!!」


 そこで「私がご案内します」と言わないところに、オジサン連隊長の「僕は国王陛下のお友だちだから、お前になんて気を使わないよ」という本音が見え隠れする。何かの機会に王太子と王妃殿下に言いつけようと心のメモ帳に記録することを忘れない。


『ま、年金貰って悠々自適することしか考えてなさそうな奴だからな』


 今まで近衛連隊は「お飾り」に近い存在であり、精兵ではあるが前線に出ることは少なかった。王太子殿下が軍の実権を握るのであれば、

この辺り今後見直され、今回の遠征の過程も査定される事だろう。当初から川沿いの街を攻略することが示されているのであれば、不整地・軟弱地盤に対応する戦力を確保しておくことは想定できていなければならない。

攻撃だけに魔術師を使うという考えが、古い『騎士物語』的発想に基づくものであろう。戦争の主体は、騎士から銃兵・大砲に移行しつつある。大砲を有効に使う為には、砲台の運用も重視しなければならない故に、野戦で砲台を築き、土魔術を有効に使える魔術師の需要は高くなる。




 街へ続くあぜ道の両側には、歩兵・銃兵が展開し、街門の正面には十門ほどの軽量砲と、やや大きな野砲が二門が配置されている。が、砲の重さで台車が斜めに沈んでいたり、発射の反動で地面に台車がめり込んでいるようで、多くの砲兵と幾人かの魔術師が大砲を動かそうと動き回っている。


「みなさん、お疲れ様。今、砲台を作成するので、その場から離れて待機をお願いします」

「リリアル副元帥閣下が、街門を砲撃する砲台を作成してくださる!!

砲兵と魔術師は直ちにその場を離れ待機しろ!!」


 案内役の騎士が大声を上げると、彼女の声に戸惑っていた兵たちが一斉に動き始める。膝まで泥に埋まり、体中に泥を付けた兵士がよたよたとその場を離れていく。


「まずは、大砲を収容しましょう」

「「「……は?」」」


 何言ってんのかさっぱりわからねぇと言いたそうな周囲を気にせず、彼女は自前の魔法袋に一基の軽量砲を収納する。


 その上で『土壁』『硬化』を行い、周囲より1m程高い場所に砲台を形成、地面も方が沈まないような硬度に高め、再び砲を配置する。大砲は、発射の際の反動で、台車を引き摺りながら後退する。その分、10mほど後方まで砲台を確保した。形としては扇型の砲台で、左右にある程度角度を付けられるように成形してある。


「これは……」

「これで良ければ、他の大砲も据え付け直しますが、どうかしら?」

「「「「よろしくおねしゃす!!」」」」


 砲兵は専門職であり、徒弟制度の色が濃く残る兵種である。口調が騎兵、歩兵とはまた異なる。職人口調なものが砲兵には多いかもしれない。


 彼女は残り十一門の砲座・砲台をあっという間に整備した。


「これで、ようやく街門の砲撃が開始できます。リリアル閣下に敬礼!!」

「「「「!!」」」」


 真摯な感謝を捧げられ、面映ゆくもあるが彼女は真面目に答礼すると砲台の列の後方へと退き、砲撃の開始を見届けることにした。


「発射準備完了!!」

「準備完了!!」

「完了!!」


 十二門の砲撃準備が完了すると、多少の時間差を付けつつ、各砲が砲撃を開始し、街門とその周辺の街壁がつぎつぎ破壊されていったのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アリーも強敵との決闘で大きかった胸を失ったとかいう設定作っておけば大平原の小さな胸も誇れるものになるんじゃなかろうか 向う傷と同様に
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ