第874話 彼女は因縁に決着をつける
第874話 彼女は因縁に決着をつける
既に大半のゴブリンが撃ち殺され、あるいは、燃え盛る廃屋の煙に巻かれて倒されていた。一部の元気なゴブリンは飛び上がって街壁の縁に手をかけよじ登ろうとしてきたが、二期生はともかく、三期生は冷静に腰のナイフを抜くと、目の中にその切っ先を突き刺し叩き落していた。ナイフの使い方には大変慣れていらっしゃる。
きゃあきゃあ大騒ぎしていた二期生とはえらい違いだ。魔物討伐の経験も少ない二期生にはゴブリンと言えども中々殺しづらいのだ。三期生年長組は、デンヌの森で散々討伐訓練でもさせられていたのだと推測する。
「だいたいは始末できたかしら」
「そう思うわ」
彼女と伯姪は『廃村』の中へと飛び降りる。身体強化のできるナイトやキングといった上位個体にとって、3mほどの囲いは大した枷にはならない。
「アンナ!! いきまーす!!」
「ちょ、まってよぉ」
「ですわぁ」
『なのだわぁ』
二人に続き、赤毛娘が飛び降り、真っ先に駈出し未だ動いている倒れたゴブリンに止めを刺す……いや叩き潰している。特に素材としてみるべき物もないので構わないのだが、後片付けは自分でやってもらいたい。
「俺達も行くぞ!」
「「「ヤァ!!」」」
三期生はネデル訛が抜けないので、返事はウイではなくヤァと返す事が多い。勿論、時と場合による。
小さな体には大きく見える短槍を小脇に構え、すすっとゴブリンに近付くと胸と首とに止めを刺していく。赤毛娘と違ってスタイリッシュ&ノーマッシュ。
二期生を始め、茶目栗毛らは壁の上から警戒を続けている。
「ゴブリンが住んでいた襤褸小屋どうする?」
「綺麗さっぱり燃やしましょう」
「汚物は消毒ね!!」
油球を屋根の上に投げ、小火球で着火する。ボワッと炎が燃え上がり、中に潜んでいた生き残りのゴブリンが飛び出してくる。
POW!!
TANN!!
GUGYA!!
DOSUNN……
魔装銃の一撃でゴブリンは倒される。サクッと止めを刺され息絶える。
赤毛娘といつの間にか現れた赤目銀髪の二人が、石塔の前に立ち中の様子を伺っているのが見て取れた。
「これは、このまま中に突撃!!」
「キングがいるはず。階段の上に待ち構えれていると面倒」
「……そうだ!! わかった!!」
赤毛娘は自分の魔法袋から油と、木の枝や葉っぱの付いた薪にするには未だ生木に近い木を出した。
「これ、多分、すっごく煙が出ます」
彼女と伯姪は赤毛娘の話を先ずは聞くことにする。
「それで、その煙がどうしたのよ」
「獣脂も一緒につけて、燃やすと、すっごく煙が出て、塔の中が煙突みたいになると思うんです」
「煙いから上に逃げる。そして、一番上で待ち構える」
「そうそう。なので、途中の窓とか」
「土魔術で目張りして煙が漏れないようにして、風を送り込めばいいわね」
開け娘と赤目銀髪の提案に、伯姪がなるほどと頷く。
「先生」
「やらない?」
「……風で送り込むにしても、『風』の精霊魔術を使える人がいないのではないかしら」
「「「あっ」」」
リリアルメンバーは土と水を扱うのは主で、加護持ちもそこに偏っている。身近な存在で言えば、彼女の姉に付きまとっている山羊男が『風』の精霊だ。碧目金髪、逃した精霊は大きかった。並の精霊だが。
『アリー、リリ、すこしだけ、つかえるー』
「……リリ。煙を上に向けて流すのだけれど」
『できそー でも、魔力はアリーからもらうー』
ピクシーのリリも多少は『風』が使えるようだ。
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掌に乗るほどの小さな妖精が両腕を広げるようにかざしている。見た目は大魔術師のようだ。彼女の頭の上で。
既に、彼女が全ての狭間や窓を土魔術で埋め、中のゴブリンがLaaraa騒いでいたが問題ない。そもそもゴブリンは暗視ができるのだから、奴らは自分たちが有利になったと思っているだろう。
「風の精霊シルフよ我が働きかけに応え、風を起し賜え……
『微風』」
パチパチと燻っていた生木が燃え始め、そこからたった煙は石塔の階段を伝って上へ上へと流れていくのが見える。塔の入口から入った空気は、木を燃やし、そのまま煙となって煙突の如く上へと向かう。
「屋上で待っていればいいのかしらね」
「階段を降りてくるかもしれないわ」
「なら、あたしと院長先生は屋上!!」
「副院長とここで迎え撃つ」
赤毛娘と赤目銀髪で勝手に役割分担した!! 魔力量の多い二人が屋上で待ち構えるのは悪い判断ではないかもしれない。
「行きますよ!!」
赤毛娘は自ら『魔力壁』を作り出すと、兎のように勢いよく駈け上っていく。
「では、役割分担という事で」
「ええ。こっちは任せておいて」
「多分上に行くはず。何とかと煙は高いところに登るはずだから」
何とかとはゴブリンだろうか。何となく押付けられた気もするのだが、因縁の相手と言う事で、彼女に譲ってくれたのかもしれない。
遅れて屋上へと至る。石塔の上は見張台を兼ねられるようになっており、階段の出口からは煙が立ち上り始めている。燃えているわけではないので轟轟といった感じではなく、それこそ煙突のように白い煙が噴き出しているといったところだ。
「出てきたところを一撃で倒しますか?」
「それでは最初の一匹で様子見されて出てこなくなるのではないかしら」
キングと側近のナイトが三体残ってるはずだ。残りは、ジェネラルと一緒に殆ど討伐した。廃村内に潜んでいた、あるいは襲い掛かってきたものもそれなりにいた。石塔内はさほど広いわけではない。キングの寝所に下っ端を入れるとも思えない。
「では、先生はキングとサシで。あたしは、ナイトをいただきます」
「……お願いするわ」
愛用の両手持ち棘付メイスをブンブンと素振りしつつ、赤毛娘が役割をサラッと決める。一期生は二期生三期生を指揮する機会も多いので、仕切り慣れし始めているのかもしれない。それはそれで自主性があって大変よろしい!!
『ウウ、ケムィ ケムイゾォ!!』
一匹いのゴブリンが飛び出してきた。成人男性ほどの背格好、細身ではあるが全身鎖帷子に板金胸鎧や腕鎧で強化したものを身につけている。彼女は「古めかしい」と内心思う。百年戦争の前半に流行った組合せ。板金鎧の技術が発展途上であり、全身板鎧で覆う以前の嗜好だ。
片手に剣を持ち盾はない。
赤毛娘は気配を殺し、彼女も同様にして階段から離れた位置で姿勢を低くし様子を伺っている。
階段下から別の声が聞こえ、屋上に出たゴブリン・ナイトは『ダイジョウブダ』と返している。ガシャガシャと階段を上り近付いてくる音が聞こえる。
現れたのは三体のゴブリン。二体は先に姿を現したゴブリン同様部分鎧を身につけた鎖帷子と剣、兜を被ったゴブリンナイト。残りの一体は、ナイトより頭半分ほど背が高く、身につけた鎧は板金で補強された部分が増えた黒っぽい鎧を身につけている。そして、兜の代わりに王冠。判りやすく『キング』である。
そして、肩に羽織るマントのようなものには、王国の青地に百合の花と赤地に黄金の獅子の意匠が縫い取られている。
『マジか』
「……黒王子……」
『魔剣』と彼女は驚く。が、赤毛娘は気が付いていない。知らないからだろう。百年戦争で王国を大いに荒した連合王国の王太子は、黒い板金鎧を身に纏っていたことから『黒王子』と呼ばれていた。
『騎行』を幾度となく行い、ロマンデや王国南部の街や村を激しく略奪し、数百の村落が灰燼に帰したと記録されている。長らくボルドゥを拠点として活動し、自国に王宮に戻ることなく、長患いの末にボルデュで死んでいる。一説には神国遠征の際に罹った病から服することなく、止らぬ下痢に悩まされ、晩年は糞尿垂れ流しとなったと言われる。
その『黒王子』由来と思われる意匠を何故、ゴブリンの王が身に着けているのか。
「確か、黒王子の息子が幼くして王位を継いだのよね」
『爺さんもいい加減ボロボロの体だったからな』
黒王子の父親である国王も、幾度となく国内、対王国で戦争を繰り返していた。先代国王もそうだが、野営続きの戦場暮らしを何年も続ければ相応に体を傷め病がちとなる。先代国王も死去する二十年も前から病がちとなったし、神国国王の父親である皇帝も晩年は馬に乗れず輿に乗って戦場に向かわざるを得なかったとか。連合王国の父王も晩年は体を壊し極度に肥満となり、病を得て寝たきりとなった。世話をする者も逃げ、死後七日間も気づかれなかったともいわれる。
つまり、戦争は若い時にだけするもので、なんどもするものでもない。戦争は体に良くないのだ。
『許さん!! 許さんぞ王国ぅ!!』
キングの口からは、滑らかな王国語が聞こえてくる。逆恨みも甚だしい。
「さっさと仕留めましょう」
『そうだな。ゴブリンになってまで王国に恨みを晴らそうとか。あいつ、
国に帰ったはずなんだけどな』
『魔剣』曰く、死に際に王国に戻りその後「病死」したことになっていたのだという。この調子では、既にボルドゥで死んでいたことを秘して遺体だけ本国に戻し「病死」したことにして葬儀をしたのであろう。
『悪霊』となり、土の精霊と結びつき『ゴブリン』に生まれ変わった。つまり、ゴブリンに転生した「黒王子」はゴブリンの王となり、王国を長らく荒らしていたということなのだろう。迷惑すぎる。
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下から吹き上がってくる白煙を避けるため、四体のゴブリン上位種は石塔の縁へと三々五々移動する。
『クウキガウマイ』
『ケムリデ、メガァメガァイテェ!!』
などと、喚いている。
『あの方向に王都が……』
「違うわよ。そっちはシャンパー。王都はこの方向よ」
『……そうか、忝し……ン……誰だ貴様』
すると背後から「とりゃああ!!」と声が掛かり、一体のゴブリンナイトの背中に赤毛娘がドロップキックを極め、綺麗に受け身を取った。
『ドヒャ!! アアアアァァァァァ……』
GUSHA!!
すっと立ち上がり、背中に回していたメイスを構える赤毛娘。
「来い!! グッチャグチャに叩きのめしてやる!!」
慌てて剣を構える二体のゴブリン・ナイトのそれぞれを一撃で倒し、止めの一打を叩き込むとグシャリと頭がつぶれ、体がビクンと痙攣する。
ゴブリン・キングは、その姿を呆気に取られて見ていると、彼女が魔剣を『スクラマ・サクス』の形に変え、腹を切裂いていた。
『グワァ……き、貴様ぁ!!』
「ゴブリンごときに名乗る名は本来ないのだけれど、この地の領主、王国副元帥・リリアル副伯 アリックス・ド・リリアル。百年戦争はもう百年以上前に王国の勝利で終わったの。いい加減、この国から消えなさい」
『グッ』
彼女の言葉にはっと一瞬我に返るゴブリン・キング。その直後、彼女は腹を斬られ前かがみになったその首を一閃、斬り落としたのである。
石塔の中には入らず、外から魔力壁の足場を元に下へと移動する。
「なんか落ちてきた」
「晴れ時々ゴブリンって感じの天気ね」
「……嫌な天気だ!!」
赤毛娘の返しに、降らせた元凶なのにと彼女は思う。
「それで、キングは倒せたの?」
「お陰様でね。この地にゴブリンが沢山湧くこともないと思うわ」
「なら良かった」
彼女の魔法袋には、王国の青地に百合の花と赤地に黄金の獅子の意匠のマントがキングの死体と共に収まっている。
「キングは他のゴブリンと違う?」
「そうね。ナイトより一回り大きくて、言葉も王国語を流ちょうに話していたわ」
「え、会話したの?」
「そうね。シャンパーの方角を見て王都かと独り言ちていたから、王都は反対方向だと教えてあげたわ」
赤目銀髪の問いに、彼女は真面目に答えた。
「キング、方向音痴」
「風評被害だ!!」
ゴブリンには確かに方向感覚は大して必要はない。考えてみると、王国の西に東に『騎行』しまくった『黒王子』は方向音痴であったのかもしれない。
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「そんなことがこの地であったのですね」
「はい。なので、暫く強い魔物は出ないと思いますし、この街壁の中ならそれも安心ですから」
「「……」」
ゴブリンキングの墓標となった石塔を見ながら、『廃村』を『羅馬牧場』の拠点とする話を聞き、なんだか嫌な気分となるシルゲン夫妻。
「では私たちはこれで」
「ご無事の帰還を神に祈っております」
彼女は羅馬に乗り、ヌーベ領への遠征に向かったのである。