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第870話 彼女は懐かしいものと戦う準備をすすめる

第870話 彼女は懐かしいものと戦う準備をすすめる


 ゴブリン・キングの他、『ジェネラル』と思わしき豪華な兜と胸当を付けた個体が一体。その周囲を、兜と胸当に剣を佩いた『ナイト』と思われる個体が六体ほど護衛のように取巻いている。


 ゴブリンの小集団には『ファイター』あるいは『メイジ』と思われる指揮官個体と、ゴブリンたちを使役するように振舞う『ホブ』と思われる大型の個体が数体のゴブリンと共に行動している。


「ゴブリン中隊といったところかしらね」

『そうだな。ゴブリンの戦士にホブとゴブリン数体で一つの集団。それが……あー』


 ざっと二十程度は廃村内でたむろっている。外に出ている集団もいるであろうから、三百近い群なのかもしれないと彼女は群の数を上方修正する。


 ゴブリンは昼間は活動が鈍くなることもあり、明るくなれば廃村へと出かけた集団も戻ってくることが想像できる。真夜中は動物も活動が鈍くなるため、餌となるものを狩に出かけているのだろう。


 明るい時間は、落ちている木の実や食べられる茸などを拾い食いしつつ、『廃村』の周囲にいるのだと思われる。警邏と食事の両方を兼ねているのだろう。


 三百のゴブリンがワスティンの森に潜んでいたとするなら、領内の見回りの最中に見かけてもおかしくはなかった。ヌーベ領方面から送り込まれてきた可能性も十分にある。意図的に、このタイミングでリリアル領内を混乱させたいとでも考えたのだろうか。住民はほぼゼロなのだが。


『時間もない事だし、そろそろ始めた方がいいんじゃねぇのか』

「それもそうね。明るくなる前には終わらせたいもの」


 彼女は『魔剣』の意見に同意し、気配隠蔽を維持したまま『廃村』の外周へと密かに降りるのである。





 彼女の意図するのは、ゴブリンの殲滅と『廃村』の再開発に繋がる土木工事の同時進行。


 今ある木製の柵の外側を覆うように、ゴブリンを逃がさないようにする『土壁』を作り、その『土壁』の素材は手前の地面を掘り下げ『土牢』で空堀を形成する一石二鳥となる魔術の行使。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁を築け……『(barba)(cane)』」


 丸太を隙間なく並べた高さ3mほどの木柵の外側に、人が上に載って二人並べるほどの厚みをもつ土壁が形成される。


(adaman)(teus)


 土の壁が硬質化し、砂岩程度の硬さとなる。人口岩石には劣るものの、土を突き固め外側を詰み石で囲んだ古い街壁よりははるかに堅牢となっている。ゴブリン・パンチ程度では破壊は不可能となった。


そして――― 


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の塒を整えよ……『(terra)(carcer)


 深さ2m、幅3mほどの地面が数mに渡り削り取られる。その残土が次の『土壁』の材料となる。


 これを、延々と数m毎に繰り返していくのである。





『おい』


 既に月は中天を越え傾き始めている。ようやく彼女の作業は半ばを越えたといったところだろう。『魔剣』が声を掛けたのは、そんな時間であった。


「……気が付いているわ」

『ならいいけどよ。どうすんだよ』


 彼女が気が付いたのは、小さなスケルトンが徘徊している事にだ。どうやら、ゴブリン・スケルトンではないかと思われる。三期生年少組と同程度の体格に見える白骨。腕には棒切れが握られており、カクカクと不自然な動きでこちらに近付いてきている。


 スケルトンやレイスは人の生気に近寄ると言われ、人の集まる場所へやってくる。ミアンに万余のスケルトンが現れた最大の理由は、あの地域で最も人の多い街であったからということもあっただろう。王都を除けば万の人口を越える都市は数えるほどであり、王国北東地域・ランドル周辺においてはミアンが最大の都市であるからだ。


『気が付いてると思うか?』

「いいえ。私の気配隠蔽はそれなりのレベルなのだから。あり得ないわ」

『自信あるのはいいこった』


 ゴブリン・スケルトンは一体だけであり、彼女に向かって歩いてきたのではなく、フラフラと彷徨っているように見て取れる。


「ちょっと休憩しましょう」

『ああ。魔術を発動すれば、こっちに寄ってくるかもしれねぇからな』


 考えすぎかもしれないが、ゴブリンの群れに『死霊術師』のような存在がいて、使い魔代わりにゴブリンのスケルトンを生成して、周辺警戒をさせているのかもしれない。


 とはいえ、多くのスケルトンを作成する労力とそのスケルトンと群のゴブリンが争う可能性を考えると、沢山用意するとは考えにくい。スケルトンはあまり高度な命令を与えることはできないとされ、また、並のゴブリンも同様、食欲と殺戮欲のような情動の他はあまり考えることができるとも考えにくい。


 ゴブリンが賢く思えるのは、人を害する策を用いる際において発揮される思考であって、多少の用心深さがあれば回避できる程度の浅知恵にすぎないのだから。


 スケルトンがその場を立ち去るまで、彼女は一時の休憩をとることにした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「けっこう頑張ったのではないかしら、私」

『そうだな。随分と土魔術の行使もスムーズになった』


 土の精霊の加護を持つ『半土夫』の癖毛や、『歩人』のセバスならば絶えず休まず『廃村』の周囲程度に土壁と土牢を施すことは難しくない。しかしながら、加護持ちでもない彼女が魔力に任せて加護持ち並に造作するのは、規格外と言える術の行使となるだろうか。


 反復して同じ作業を繰り返す事が苦にならない彼女の性格にもよると思うのだが。魔力量に恵まれ、魔術の才能も相応に持ち合わせている『彼女の姉』には不可能な行為だ。「やだよ、めんどくさい」と一言で拒絶されるだけなのだが。


 天才肌の姉、秀才の妹と言う関係性。姉妹揃ってちょっとおかしい。その方向性がそれぞれ異なるというだけで。


 二箇所の出入口周辺を除き、木柵の外側は全て『土壁』×『堅牢』と『土牢』で覆われた。一周1.5㎞ほどであろうか。王太子宮となっている元修道騎士団王都本部の敷地に匹敵する範囲となる。


『セバスの野郎にやらせるより、お前が土木工事した方が早そうだな』

「あの男は、実行した成果が目に見える仕事をさせた方が良いのよ」

『隙あればサボろうとするからな……あいつ』


 工程と工期を定めて、実行できる土木工事ならサボっているかどうかも把握しやすい。目に見えない仕事を任せるよりも、管理監督しやすい。真面目な黒目黒髪や茶目栗毛に学院の管理を委ねる方がよほど適材適所と言うことになる。二人とも彼女の二歳年下であり、もうすぐ十六歳となる。騎士の叙勲もなされていることであるし、彼女の代理を委ねるのに能力も身分も不足がない二人なのだ。


 セバスおじさんは……土木工事が終わったら彼女が叙勲を検討しないでもない。検討を検討するくらいはしよう。


 スケルトンの姿も見えなくなり、『廃村』の外に出ていたゴブリンの小集団も三々五々戻ってきている。空の低い位置が薄っすらと明るくなり、あと小一時間もすれば日が昇ると思われる。


「暗い時間に作業が終わらせられてよかったわ」

『ゴブリン共が土牢に落ちねぇと良いけどな』

「落ちてもギャアギャア騒ぐだけで大して気にしないわよ」

『それもそうだな』


 周辺の様子が若干変わった程度で並のゴブリンは気にもしない。情動だけで動くのであるから、自分が穴に落ちたことに怒り狂っても、その穴がいつできたかなどということを考えたり、その変化を上長に知らせたりするほどの知能はない。人間の幼児が色々話すのは、その話を親が聞いてくれると思っているからであり、聞かないと知られれば離さなくなるのと同様、ゴブリンの集団には他人? の話を聞いたり情報を共有するといった感覚は欠落している。


 だから、恐らく問題ないのだ。





 仮設の駐屯地に彼女が戻ると、既にほとんどの隊員は起きて準備を初めていた。ヤル気があって大変結構なのだが。


「おお、戻られましたか閣下」

「して、やはり……」

「キングとジェネラル、近衛のナイト六体が石塔の中に潜んでいました」

「「「……」」」


 加えて群の総数が約三百に上振れしていること、哨戒兵として「スケルトン」が徘徊していることを付け加える。ざわつきが高まる駐屯地。勇気ある隊員が、彼女に話しかける。リリアル生はいつもの事なので我関せず。


「三百にこの人数で仕掛けるなんて……無謀すぎやしませんかぁ」


 まともな騎兵なら当然の疑問。さっさとこの場をずらかりたいのが本心だ。騎兵は逃げるのも仕事のうち。戦力を温存するのは悪い事ではない。彼女の中においてはありえない判断なのだが。


「十騎で三百の兵に仕掛けることも軽騎兵ならあるのではないかしら」

「そりゃ、牽制程度でしょ。真正面からぶつかるような馬鹿はしませんよ」


 距離を取り、視界に入る範囲で遊弋することで、敵の戦力を警戒させ遅滞行動をとらせるように振舞う事はある。つかず離れず、嫌がらせと接触を維持することで相手の行動を抑止する。逃げ足が速く、馬上の高い視点から相手を観察できる騎兵ならではの接触方法と言える。


 騎士と兵士の戦力比は十倍と言われる。騎士・騎兵十人で百の歩兵・兵士に対抗できると。対抗できるのであって、勝てるわけではない。まして今回は、軽騎兵の『馬抜き』であり、騎兵とは言い難い存在だ。只の兵士と変わらないと軽騎兵隊員たちは考えている。


「一部を誘引し、ここで各個撃破して削ります」

「「「はあぁ!!」」」


 毎度のことながら、ゴブリンを挑発しこの場所に連れてきて少しずつ討伐しようというのが彼女の提案である。幸い、ゴブリンは十体程度の小集団ごとに活動しており、その集団ごとにここに誘き寄せれば、討伐自体はさほど難しくない。そう都合よく釣り出せればだ。


「で、誰がやるんだよ。その釣餌役は」

「……順番?」

「「「……」」」


 こういう時は、言い出しっぺがやるものだ。キングとその近衛はこの時間おそらく石塔の中で休んでいると考えられる。しばらくは、それぞれの小集団ごとに活動しているはずであり、戻らなかったとしても気が付くのはかなり後になるだろう。


「そういえば、『疾風』のやつらと連絡とれたんですか?」


『リリ』に伝書妖精を頼んだものの、未だ戻りはない。時間をかけてやりとりすることを考慮しても良いのだが、いま目の前の群れに手を出さないという選択肢はない。ここにいる人員で仕掛けるのは前提で、伯姪らが増援に加わるか否かは余禄であるにすぎない。


「馬さえあればな」

「あっても逃げ切れるわけがない。まだ身体強化して走れるだけ走った方が生き延びれる可能性があると思うぞ」

「森だしなぁ」

「馬だって下手に走らせれば転んだり、足の骨を折ったりするからな」


 馬と鹿では走り方が異なる。草原を走る馬は木の根や枝を気にせず平らな地面を素早く疾駆することを得意とする。鹿は、飛び跳ねるように走るが、足元が不整地であるからこその走法なのだろう。


「では、最初は私が連れてくるわね」

「……それはここでこの面子で討伐するのは確定ってことっすね」


 何人かが「やれやれ」といった素振りをみせるが、苛立ちや怒りの様子はみられない。十体程度毎ならなんとでもなると考えているからだろう。


 彼女は朝食の準備をさせ、その間に、何人かで手分けをして仮駐屯地の周りに落とし穴を設置させる。『土ボコ』程度ではあるが、足元に気を取られれば、隙を作ることができる。


 彼女は仕事を委ねると、自身は仮駐屯地の壁を『堅牢』で硬化させ、その土壁の外側を3m程の幅で深さ3mの空堀を『土牢』で形成。その底には『土槍』×『堅牢』の仕掛けを設置する。この仕掛けだけで、それなりのゴブリンに手傷を負わせることが出来そうだ。


「……落ちたら死ぬな」


 土壁の上から下を覗き込んだ軽騎兵隊員の一人が呟く。何箇所か攻撃に適した進撃路を敢えて設定し、『土牢』を設けずに土壁下までたどり着けるようにしておく。二人はならべない程度の幅の細い回廊。


「ここにゴブリンが押し寄せるんですよね」

「ま、正面の奴が押さえて、左右から槍で突くなりすれば、安全にその下に叩き込めそうだな」

「この仕掛けなら、安全にゴブリンの群れも削れるかもしれませんね」

「ばっか、三百まとめてきちゃったら、死体で埋まるだろこの堀」

「「「……」」」


 前向きな空気を吹き飛ばす奴っているよね。





 すっかり周囲が明るくなったころ、彼女は一人ゴブリンを釣り出しに行くことになる。


「先生、お気をつけて」

「なるべく、少な目でお願いしますぅ」

「音の出る銃は使用しないようにね。喊声も上げないように。纏まってくると苦しくなるのは自分なのだから、気を付けてね」


 急に押し黙り、彼女の言葉にコクコクと頷く『怒涛』小隊の構成員。既に、剣と小盾、あるいは短槍を持ち、ゴブリンと対峙する準備は万端、整っている。


 木々の間を駆け抜け彼女はゴブリンの巣食う『廃村』に気配を消さずに気かづいていく。すると、見張台の上から『ギャアギャア』と彼女を指さし叫ぶゴブリンの姿が見て取れる。


『お、気が付いたみてぇだな』


 すると、『廃村』の奥から十体ばかりのゴブリンの集団が彼女の報に駈出すのが見て取れた。不用意に近づく人間を見つければ、こうして一部隊を呼び出し、差し向けて襲わせているのだろう。盗賊村の被害と思われているうちのいくつかには、このゴブリン群の被害者が含まれているかもしれないと、彼女は考えていた。







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